契約しよう
レベルアップにともない、サブクラスの使用が可能となったカヲル達。
ステータス画面を開いてみると、システム欄にnewのアイコンが表記され点滅していた。
「カヲルちゃん。システム欄に、サブクラスについての項目が追加されているよ」
ミツの言葉にカヲルとアリスもシステム欄を開くと、新しく追加された項目を確認する。
【サブクラス】
特定の条件を満たす事によって使用可能となる拡張機能。
メインクラスとの組み合わせにより、キャラクターに多様性を持たせる事が可能となる。
基本クラスである剣士と法士はメインサブ共に同じで、アンロックされた時点でステータスに表示される。
サブクラスには上位クラスも含まれているが、一定の制限が課せられており十全ではない。
メインクラスとして使用する為に、サブクラスのアンロックが条件であるクラスも存在する。
複数のサブクラスを習得している場合、ステータス画面より設定が可能となる。
説明文を読み終えたミツがステータス画面を開くと、確かにサブクラスの項目が追加されており、法士とサマナーが選択可能となっていた。
現状の設定では法士となっており、ミツは法士をサマナーへと変更してみる。
『吾輩と本契約が出来る状態になったようじゃな、さっそく本契約を済ませるかの?』
その言葉にミツが頷くと、瞑想室の利用許可をもらう必要があるとミーシャが伝える。
理由を訊ねると、本契約には余人が居ない事が条件で、本来なら隔離された空間をミーシャが展開して契約を交わすのだが、本来の力が発揮できない今の状況では隔離された空間を用意する必要があるとの事だ。
「カヲルちゃん、僕が契約を済ませるまで、カヲルちゃん達はどうする?」
「そうね、下の酒場でアリスと二人で何か食べながら、お喋りでもしておくわ」
カヲルはそう答えると、アリスに『それで良い?』と確認を取る。
異存のないアリスは了承すると、リシェスが食べられる物があればいいのだけれどと酒場で扱っているメニューを気に掛ける。
方針が決まり、契約を済ませるためにミツ達はグラスウェルに本を返却するため司書席へと移動する。
「調べ事は済んだのか?」
『うむ。これからマスターと本契約を結ぶために、瞑想室を借りに行くつもりじゃ』
返却された書物を受け取ったグラスウェルの質問にミーシャがそう答える。
「……そうか。だったら、契約が済んだ後で儂の所へ戻ってこい」
突然のグラスウェルからの申し出にミツが返答に窮するが、ミーシャは気にせず『後ほどの』と受け答える。
そのやりとりに唖然とするミツ達をミーシャが急かす。
ミーシャに急かされたミツ達が冒険者ギルドの受付に移動すると、タイミング良くカウンターに空きが出来、ミツが移動するよりも早くミーシャがカウンターへと飛び乗る。
『すまぬが、マスターに瞑想室の使用許可をくれんかの?』
突然現れた喋る丸い仔猫に受付嬢が唖然としていると、慌てて受け付けカウンターにやってきたミツがミーシャを抱き上げ、改めて瞑想室の使用許可を受付嬢に願い出る。
ミツの登場で、受付嬢は先ほど話し掛けてきた仔猫が使い魔の類であると納得すると、ミツに使用許可申請の書類を手渡す。
書類にサインして受付嬢に渡すと、係の者が瞑想室へとミツを案内する。
書庫とは反対側、冒険者ギルドに入って右手側の階段を上った先が、瞑想室のある別棟へと続く通路となっている。
別棟は各種訓練施設が用意されており、申請すれば登録している冒険者なら誰でも利用が可能だと案内する女性NPC【サイリス】がミツへと丁寧に教えてくれた。
「でも、冒険者の皆さんは訓練施設を利用するよりも、実戦を好まれるようですけどね」
「訓練施設ではどんな事が出来るんですか?」
どことなく寂しそうな様子で話すサイリスにミツが訊ねると、一転して嬉しそうな様子で訓練施設の事をミツへと説明する。
サイリスの説明によると、訓練施設は新しく覚えたスキルやクラスチェンジした後の習熟作業を主目的とした施設で、施設内で使うスキルは精神力を一切消費しないそうだ。
そして、利用者自身が一度戦った相手なら、仮想敵として種類や数などを調整して模擬戦も行えるが、当然の事ながら経験値は入らずレベルアップはしない仕様となっている。
スキルの使い勝手を知るためなら、動かない案山子を設定する事も出来、一度も戦闘経験が無い場合はこの案山子が仮想敵として設定される。
「基礎訓練も、決して無駄では無いんですけどね」
その様子から、訓練施設を利用するプレイヤーが少ない事が伺える。
確かに説明だけ聞くと、訓練施設を利用するよりも、実戦で経験値を稼ぐ方が効率が良いように思える。
しかし、World chronicleの性質を考えると、ミツには訓練施設にも何かしらの隠し要素があるような気がしてならない。
(その辺りを調べるのはまた今度かな)
カヲル達を待たせている事もあり、ミツは後日改めて訓練施設を利用してみようと考える。
「ココが瞑想室です。鍵を渡しておきますので、利用が済んだら受付まで鍵を持って来てくださいね」
「はい、ありがとうございました」
案内を終えたサイリスにお礼を述べたミツは、渡された鍵を使い瞑想室へと入る。
瞑想室の内部はミツの想像していたのとは違い、部屋の中央にミツの胸元くらいまでの高さがある水晶柱以外には何もない真っ白な部屋だった。
ミツの肩に乗っていたミーシャはピョンと飛び降りると、そのままトテトテと水晶柱の方へと移動する。
そのまま水晶柱の傍に移動すると、おもむろに右の前脚を水晶柱へと押し当てる。
その直後、水晶柱から淡い光が溢れ出し、部屋の中を明るく照らし出す。
「……えっ!?」
水晶柱が辺りを照らし出したのはほんの僅かな時間で、光が消えると共に、部屋の中は深い森の中にその姿を変えていた。
驚くミツに、ミーシャが水晶柱を操作する事によって、部屋の内装を任意に変更する事が可能なのだと説明する。
『さて、それでは契約を済ませないとな。マスターこちらに来てくれんかの?』
ミーシャに声を掛けられ、ミツは言われた通りにミーシャの指示した場所へと移動する。
『我は此処に、言霊による契約を宣言する』
ミーシャがそう呟いた直後、ミーシャとミツを中心に幾何学模様の光り輝く魔法陣が展開する。
魔法陣が展開されると同時にミーシャの躰が淡く光り出し、その姿が人型へと変化する。
突然の事に唖然とするミツの目の前で、ミーシャの姿が黒い魔法衣に身を包んだ成人女性の姿になる。
人型になったミーシャの顔立ちは、どことなく母親である杏子の面影があり、その理由が解らないミツが混乱していると、クスリと笑ったミーシャが種明かしをする。
『驚かせてしまったかの。この姿はマスターの未来、その可能性の一つじゃよ』
ミーシャの種明かしにミツは、物理シミュレータの一つに、自身の将来の姿を再現する物があった事を思い出す。
そうすると、目の前に立つミーシャの姿は、自身の成長した姿というよりも、カヲルが成長した姿といった方が正しいかも知れない。
「ミーシャって、人の姿になれるの?」
『この姿は、契約を交わす際の便宜上の姿じゃよ。ま、幻の一種だと理解しておけば良いかの』
初めて出会ったときの状況から、人型にも姿が変えられるのかと思ったミツの予想とは違い、特定条件下でのみの現象であるとミーシャは答える。
人型となったミーシャが右手を差し出すと、その手に光が集まってゆく。
『契約者【ミツ】に我が真名【 】を預け、永久の契りを此処に結ぶ』
朗々と紡がれる声に合わせ、集まった光が様々な色彩を帯びを辺りを照らしていく。
『この誓い、二人の命尽きるまで、二人の魂が朽ちるまで違える事なし』
光の乱舞が収束すると、ミーシャとミツを繋ぐラインとなって二人の身体を包み込む。
それに合わせて、二人の足下に展開されている魔法陣が一層の輝きを放つ。
『いま此処に、契約は成し得たり!』
契約完了の宣誓と共に、ひときわ大きな光を発した魔法陣と二人を包む光が霧散する。
光の眩しさに目をつむったミツが目を開けると、瞑想室は元の真っ白な部屋に戻っており、ミーシャも人型から元の仔猫の姿に戻っていた。
「ミーシャ、仔猫の姿に戻ったんだね。出会ったときの姿じゃ無いのは、ひょっとして……?」
『マスターが吾輩を維持するに足りる魔力を有しておらぬからの。いま暫くは仔猫のままじゃよ』
予想していた通りの答えにミツは、自身の現状の最大精神力がミーシャと釣り合っていない事を実感する。
今の状態でミーシャが出来ることを訊ねてみると、ごく小規模の電撃魔法の使用と爪による近接戦闘が可能となった事が伝えられる。
もっとも、今の状態だと近接戦闘は注意を逸らすための攪乱攻撃くらいにしか役に立たず、電撃魔法の方がまだ使える程度らしい。
『後はマスターの努力次第じゃよ』
そう言ってミーシャはミツの肩に飛び乗ると、ミツの頬に自身の顔を擦り付ける。
契約も済んだので、ミツは瞑想室に鍵をかけるとサイリスに鍵を返却するために、受け付けへと戻ることにする。
「サイリスさん、鍵の返却に来ました」
「あら、もう良いの?」
返却に来たミツに意外といった様子で応対するサイリスに、ミツはミーシャと契約を結ぶのが目的だった事を伝える。
「そうなんだ。瞑想室は、一定時間利用すれば精神力が鍛えられるから、良かったらまた利用してね」
利用者が少ないせいか、ミツの事を気に入ったらしいサイリスがそう言って、ミツの予想を肯定する情報を教えてくれた。
とは言え、自身のステータスが確認できないWorld chronicleでは、どれほどの効果が訓練施設で得られるかが解らないので、検証するのは難しいだろう。
けれども、訓練施設を利用する事によって低レベルでも基礎力が上げられるのならば、その恩恵はとても大きい。
能力値の上限がどうなっているのかは分からないが、レベルアップと施設での訓練等で別々に上限が設定されているのなら、最終的な成長に歴然とした差が出てくると思われる。
有益な情報を教えてくれたサイリスにお礼を述べたミツは、カヲル達の元へと移動する。
「あ、おかえりミツ。契約は無事に終わった?」
リシェスの頭を撫でながら、カヲルがミツに声を掛ける。
ミツが契約をしている間にリシェスはカヲルに大分と懐いたようで、嫌がる素振りは見せずにカヲルの好きにさせている。
「あれ? ミツ君、ミーシャって首輪をしていましたっけ?」
戻ってきたミツに『お帰りなさい』と声を掛けたアリスがミーシャの変化を指摘すると、確かに契約前までは無かった金色の首輪がミーシャの首に付けられていた。
『そう言えば忘れていた。マスター、これを受け取って欲しい』
そう言って、ミーシャがどこからともなく金の指輪を取り出してミツに渡す。
その指輪はシンプルな作りをしているが、指輪の中央に取り付けられている猫睛石が、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「ミーシャ、これは?」
『その指輪は吾輩との契約の証であり、指輪に取り付けられている宝石が吾輩を召喚する為の触媒となっておる』
ミツの質問にそう答えたミーシャは『肌身離さず持っておくのじゃぞ』とミツに注意を促す。
渡された指輪はサイズ的に薬指に填めるように出来ているらしく、ミツは恥ずかしそうに左手の薬指に指輪を填める。
「本当、そうしていると女の子にしか見えないよね、ミツは」
「その指輪、とってもお似合いですよ」
半ば呆れたように話すカヲルとは対照的に、アリスがミツを褒める。
そんなアリスの褒め言葉に、照れながらもミツがお礼を述べる。
「じゃ、グラスウェルさんの所に行って、用事を済ませたらクラスチェンジをしに行こうよ」
そう言ってカヲルが席を立つと、アリスもリシェスを抱き上げて席を立つ。
カヲル達がグラスウェルの元に戻ってくると、やはりというか他に利用している人の姿は見掛けられず、司書席でグラスウェルが書物を読んでいた。
「戻ったか。これを持っていけ」
カヲル達に気付いたグラスウェルがそう言うと、傍らに置いてあった古びた書物をミツへと手渡す。
「……これは?」
手渡された書物を不思議そうに見ながら訊ねるミツに答えたのは、意外な事にグラスウェルではなくミーシャだった。
『懐かしいの。それは、吾輩の以前のマスターが記した魔導書じゃよ』
感慨深げに話すミーシャにミツが驚いた表情を見せる。
「ヤツからの預かり物だ。お前が新しい主人を見付けたら、ソイツに渡してくれってな」
そう言ったグラスウェルの表情は、肩の荷が下りホッとしたようにも見えるし、どことなく嬉しそうにも見える。
「そんな大切な物を僕が貰っていいの?」
「ソイツの主になったヤツには必要な物だが、ソイツの主以外には役に立たん代物だ」
恐縮そうに訊ねるミツにグラスウェルがそう答える。
『吾輩としても、そのグリモワールはマスターが持つべきじゃと思うよ』
二人にそう言われたミツは頷くと、グリモワールを大切そうに抱きしめた。
2013年06月27日 初投稿




