【幕間】 正式稼働二日目
カヲル達がログアウトした頃。
World chronicle開発室で、数人のスタッフが稼働状態のモニタリングを行っていた。
先日に引き続き、数名のスタッフがゲーム内で突発的なトラブルに備えて巡回しており、ログインしていないスタッフが外部からサポートを行っている。
「お疲れ様で~す」
間延びした調子の声で開発室に入ってきたのは先日、浅倉達と深夜の巡回シフトだった女性スタッフの悠だ。
今も巡回作業から戻ってきたところらしく、手にはHMDが持たれていた。
彼女は主に特殊クエスト関連の作業に携わっており、それらのクエストに関わり合うNPCのデザインを担当していた。
「お疲れ。そうだ、悠ちゃん、さっき特殊クエスト【幼生の守護者】を起動させたプレイヤーが現れたよ」
「本当ですか!? アレって10レベル以上を想定してたんですけど、二日目で見付けられるなんて……」
「それだけどね、驚くことに起動したプレイヤーは1レベルの子だよ」
自身が想定していたレベルの遥か下でクエストが起動した事を伝えられた悠が、更に驚きの表情を見せる。
クエストが起動した詳しい状況を訊ねる悠に、男性スタッフがその時の状況ログをモニターに映し出して悠へと見せる。
「なるほど……トリガーになったのは別の特殊クエストで、しかもカウンタークエストが絡んでたのか」
クエスト状況を確認した悠が感嘆の声を上げる。
悠達の想定とはかなり違う状況ではあるが、元々、基本となるクエストをデザインしただけで、実際にクエストとして形にするのはゲームを制御する人工知能だ。
その為、こちらが想定した状況と全く違った状況でクエストが進行し、想定外のクエストが起動する事態も起こる。
これらは全て、『仕様外の事が起こる仕様』によるものだ。
基本的に、プレイヤーが攻略できないクエストは存在しない。
勿論、クリア条件を間違える事による攻略失敗はあるが、攻略不可能のクエストは一つも存在しない。
中には、かなり条件が厳しいクエストも存在するが、それらのクエストも攻略方法がある。
「モンスターにも感情移入ができるプレイヤーか。確かに、この子の行動はクエストのトリガー条件を十分に満たしてるわね」
アリスの行動ログを別タブに表示して、悠がそう感想を漏らす。
クラウンフォックスの性質上、アリスの行動は最適解とも呼べる行動だった。
別の方法としては、傷付いたクラウンフォックスを手当てして信頼を得る手段もあるが、こちらの方法は【テイマー】をメインかサブのクラスに持つプレイヤーでないと実行が不可能だ。
メインクラスでテイマーを習得するには、10レベルで発生する特殊クエストを成功させるか、5レベルでサブクラスのテイマーをアンロックするしかない。
もっとも、サブクラスでテイマーをアンロックするには、【ディアラスタ】ではなく【フェスティール】で受注できるクエストの方が簡単だ。
サブクラスのアンロック条件は、開始時に選べる各都市によって難易度に違いがある。
各都市の特色に近いサブクラスほど、条件が優しくなっているのだ。
例えば、鉱山都市【ディアラスタ】では鍛冶職などの職人系のサブクラスは、アンロック条件が易しくなっている。
これは、師事する相手であるNPCが多い事に起因しているからだ。
「それにしても、暫定的にサブクラスの条件をアンロックするとは想定してなかったな」
そう言って、モニタリング作業をしている男性スタッフが感心した様子を見せる。
システム的には条件を満たさなくても、レベル以外の条件を満たせば前倒しでアンロックする柔軟さ。
杓子定規でない自由な判断をするAIに、これまでのゲームとは違う可能性を垣間見る。
「レベル自体は、ゲームを続ければ上がっていきますからね」
個人差はあるが、レベル自体はゲームを続けていれば自然と上がる為、システムの判断でアンロックされたのだろう。
聞かされてはいたが、仕様外の事が起こる仕様を目の当たりにした悠達は、このゲームが既存のゲームとは違うのだと改めて認識する。
悠達がゲーム内を巡回し、外から常時監視しているのは、この矛盾したシステムが想定外の事態を起こした時に対応するためだ。
AIが全てを管理しているとはいえ、人の手が不要と言う訳ではない。
本格稼働したばかりの今が一番、様々な問題点が浮き彫りになる状況なので、逆に人手が必要なのだ。
「そう言えば、お嬢がさっきログインしましたよ」
別の場所でモニターしている女性スタッフが、二人に声を掛ける。
その言葉に、男性スタッフがパソコンを操作して別タブを開く。
「本当だ。お嬢がログインするのは随分と久しぶりだね」
「高校受験を控えていましたからね。確か、志望校に合格したって連絡がありましたし、正式稼働したら戻ってくるって言ってましたから」
男性スタッフの言葉に悠が答える。
「そう言えば、お嬢がテイマーの条件を色々と増やしたんでしたっけ」
当時の事を思い返した女性スタッフが、感慨深げに話す。
正式稼働前に行われたテストプレーにおいて、参加したテストプレイヤー達の行動で、色々な条件がシステムに組み込まれた。
冒険には出ず、延々と読書を続けていた人や、ただの一度もモンスターを倒さなかった人。
AIに学習させる為に、考えられる様々な行動をテストプレイヤー達が実行していた。
その成果が、今回のレベル制限を前倒しで解除する事などに繋がっている。
「テストプレイヤー達の中で、お嬢がもっとも予想外の行動をしていましたよね」
「既存のゲームではあり得ない行動だけど、World chronicleではそれも容認される行動だからね」
当時の事を思い出しながら、スタッフ達が話を続ける。
World chronicleは、コンセプトそのものが既存のゲームとは違う為、開発スタッフは手探り状態で作業を行ってきた。
正式稼働した今でも、特殊な仕様を持つWorld chronicleに手探り状態での作業が続いており、それは今後も続いていくだろう。
「開発環境の関係上、ディアラスタが一番先行しているように見えるけど、他の所の状況はどうなんでしょうね?」
悠の疑問に、他の開始エリアをモニターしてるスタッフから状況が教えられる。
海洋都市【シースティア】では、船乗りの前提条件となる水夫がアンロックされ、森林都市【フェスティール】ではメインクラスでテイマーにクラスチェンジしたプレイヤーが現れたそうだ。
「あれ? 拳士がアンロックされたけど、どういう事だ。条件を満たせるプレイヤーはまだ居ない筈だぞ」
フェスティールをモニタリングしている別のスタッフが、訝しげな声を上げる。
「え? ストライカーって、最低でもレベル15以上にならないとアンロック出来なかった筈だよね」
「いえ、条件であるNPCが適正レベル15以上のエリアに居るだけで、サブクラスとしてはレベル5でアンロックが可能ですよ」
別のスタッフからの指摘を悠が訂正する。
派生クラスは基本的に、サブクラスとしてレベル5でアンロックする事が可能となっている。
ただ、条件を満たすためのNPCが条件以上のレベルを必要とするエリアに存在している事で、条件を最短で満たせないようになっている。
ストライカーもその中の一つで、低レベルのプレイヤーが立ち入る事が出来ないエリアにNPCが存在してる。
「ログを確認しましたけど、どうやら出口からNPCの居る庵へと到達したようです」
「出口からって……カモフラージュを見破ったって事か? というか、あの出口って崖の上に無かったか?」
「どうやら、あの崖を登り切ったようですよ。下からだと、登れるようには見えない筈なんですけどね」
驚きの声を上げるスタッフに、モニタリングしていたスタッフが呆れた様子で答える。
調べてみると、ストライカーをアンロックした理由は、出口から庵に訪れた事が直接的な原因のようだ。
訪れるには、かなりの手間が掛かる場所に庵がある為、帰りはショートカット出来るように出口を用意したのだが、その出口から庵を訪れるプレイヤーが現れるとは誰も思ってはいなかった。
簡単に訪れられないように、切り立った崖の上の死角に出口を作り、遠目からも見つからないようにカモフラージュを施した。
にもかかわらず、その切り立った崖を登り切り、出口を見付けたプレイヤーを褒めるべきか呆れるべきか。
複雑な思いを抱きながらも、担当スタッフはモニタリングを続ける。
「こうも簡単に隠し要素を見付けられるとは、こちらの想定が甘かったと言うべきか、プレイヤー達の発想力が凄いと言うべきか……」
「どちらかと言えば、後者だろうな」
従来のゲームとは違い、World chronicleでは隔離されたエリアでない限り、理論上は移動が可能となっている。
その為、今回のように開発側が登れないと考えていた崖を登り切るプレイヤーが現れる事となったのだが、この件に関して崖を登れないように修正を加える処置はしない事にした。
その理由の一つがログを確認したところ、誰でも登れるといった状況でなかった事だ。
崖を登ったプレイヤーは、慎重に足場を探し当てて登っていたため推測ではあるが、フリークライミングの経験者だと思われる。
思考制御型のシステムを導入している為、プレイヤーが出来る事はゲーム内でも反映されるため、プレイヤーが出来る事を制限するのはコンセプトに反する事でもある。
そのような理由もあり、致命的な問題が出ない限りは、開発側で制限を掛ける事は行わないように取り決められている。
「私達が手を出さなくとも、多少の問題ならシステム側が対応しちゃいますしね」
そんな悠の言葉に、スタッフ達から同意の声が上がる。
プレイヤー達の行動に合わせて、システムが最適化を常に行う。
悠達、開発陣が手を出すのは、システム側で対応が出来ない問題が出た時だ。
これは、システムに組み込まれたAIが学習する為に必要な措置であり、決して手を抜いている訳ではない。
今この時も、プレイヤー達の行動に合わせて学習しているAIの姿を思い、悠が表情を綻ばせる。
以前、学習するAIの様子を涼子と共に浅倉から見せてもらったが、子供が一生懸命に頑張っているようで、悠の琴線に直撃だった。
子供の姿をしている事を疑問に思った悠が浅倉に訊ねてみたところ、学習する事によって姿も成長していく仕様だと教えられた。
これは、AIを人と同じ姿にする事により、視覚的にも学習する事が出来るようにとの配慮だ。
人と同じ姿である事により、プレイヤー達の行動を比較対象として判断したり、自身に置き換えたりする事で情報を蓄積していく。
その蓄積された情報を元に、AIだけでなく世界もまた成長していく。
悠は、自身がその一翼を担える事に喜びと誇らしさを覚える。
「それじゃ、私は休憩を取ってから巡回作業に戻りますね」
「お疲れさん」
メールに急ぎの用件がきてない事を確認した悠はそう言うと、休憩室へと向かう。
(アリスちゃんに、ミツ君か……いちど会って話せたら良いのだけれど)
休憩室へと向かう途中、自身が手掛けた特殊クエストを発生させた二人の事を考える。
悠にとって思い入れのあるクエストなので、二人がどのようにクエストに向き合ってくれるのか?
再度ログインするまでの休憩時間、悠はその事に思いを馳せる。
2013年05月25日 初投稿
2017年12月01日 本文修正




