苦い勝利
オーシャンの危惧した通り、戦闘はかなりの苦戦を強いられる事となった。
元々、クエストの適正レベルがロイド達のレベルよりも上な為、彼らの攻撃によるダメージが思ったほど出ていない。
その事もあり、オーシャン達の攻撃も注意を惹き付けるぐらいにしか効果が出ておらず、長期戦になる気配が濃厚だ。
不幸中の幸いと言うべきか、グラン手製の装備品であるため、オーシャン達でも注意を惹き付ける事が可能となっている事。
通常の市販品を使っていたのなら、注意を惹き付ける事すら出来なかったかも知れない。
「コイツッ! 素早いだけじゃなくて防御力も高いのか!?」
攻撃時の手応えから、ロイドが悔しげな声を上げる。
ツーハンデッドソードは、その性質から威力はあるが小回りが利かない難点があり、素早い相手には攻撃を命中させるのが至難だ。
その上、相手の防御力が高いため、与えるダメージも予想を下回っている。
結果的に、ロイドはより重い攻撃を加えようと攻撃の手数が少なくなってしまう。
そんなロイドを援護するべく、ラウンドシールドを装備したデュークが、シールドスキルの【パリィ】で攻撃の隙を作る。
状況に応じてモンスターからの攻撃を受け流し、ある時は受け止め、ロイドは自身へと注意を惹き付ける。
アプリコットは、アリスになるべく自身の近くにいるよう指示すると、ロイドとは反対側からモンスターへと攻撃を仕掛ける。
デュークやロイド達に比べると、アプリコットのブレイドはモンスターを切り裂く事が容易ではあるが、元の攻撃力の関係で、与えるダメージ量は二人達より僅かに劣っている。
それでも、デュークと二人でモンスターの注意を惹き付ける事が出来ているため、相手の動きを僅かながらも止める事に成功している。
その隙を見逃さず、ツーハンデッドソードの切っ先が地面に触れそうなほど身を低くしたロイドが、モンスターへと突進する。
モンスターに攻撃を仕掛ける瞬間、背を向けるような形で踏み込んだロイドは、そのまま掬い上げるような形でツーハンデッドソードを斬り上げる。
この攻撃は【ムーブスマッシュ】という、ツーハンデッドソード専用のスキルだ。
移動後、身体を回転させる踏み込みから繰り出される攻撃は、遠心力の力も加わって高いダメージを与える事が出来る。
高い攻撃力を持つがその反面、攻撃を仕掛ける瞬間に相手へ背を向ける体勢となるため、間合いを正しく把握する必要性がある。
ロイドが放つ渾身の一撃はベストなタイミングであるにも拘わらず、クリーンヒットとはならなかった。
その理由はロイドが攻撃を当てる直前、モンスターがその場を飛び退いたからだ。
僅かなダメージしか受けなかったモンスターは、着地した瞬間に前足を軸にクルリと回転すると、尻尾をロイドへと叩き付ける。
攻撃直後で反応が遅れたロイドは、遠心力が乗った尻尾の攻撃をまともに喰らい吹き飛ばされる。
ロイドの身体から黄色い光が溢れ出し、先ほどの攻撃がかなりのダメージを与えた事を示す。
「拙い! ヒール!!」
リンクが咄嗟に吹き飛ばされたロイドに回復魔法を掛け、それを見たアリスもキュアを掛ける。
二人からの回復魔法を受け、先ほど受けたダメージを完全に回復したロイドは素早く起き上がり、二人にお礼を述べる。
その様子を見ていたオーシャンが違和感を覚える。
(今の攻撃……着地から僅かに間がなかったか?)
援護をしながら観察していると、ほんの僅かだが、モンスターの動きには奇妙な間がある事にオーシャンは気付く。
更に注意深く観察していると、そのどれもが右前足を起点とした行動だった。
(確かめてみるか)
デュークがパリィで攻撃を受け流した瞬間に合わせ、オーシャンが【ボルツ】をモンスターの右前足付近に撃ち込む。
オーシャンの推測通り、ボルツを避けようとしたモンスターの動きに僅かな遅れが生じ、初めて攻撃がクリーンヒットする。
悲鳴のような鳴き声を上げたモンスターが動きを止めた瞬間を逃さず、左右からアプリコットとデュークが挟撃を仕掛ける。
遅れて、正面からロイドが再びムーブスマッシュを放つ。
オーシャンはモンスターが後へと攻撃を避けた時の事を考え、いつでもボルツを撃ち込めるように意識を集中する。
アプリコットの攻撃はモンスターの左前足に命中し、更にモンスターの体勢を崩す。
僅かに遅れてデュークの攻撃が右脇腹付近に命中し、モンスターが仰け反った所にロイドのムーブスマッシュが炸裂する。
胸部に裂傷を負ったモンスターは、短い悲鳴を上げつつその場で一回転してロイド達を弾き飛ばす。
先ほどの攻撃を見ていた為、この攻撃は予測済みでデュークはラウンドシールドで、ロイドとアプリコットは自身の得物で攻撃をガードする。
ガードの上からでも十分な威力を持つ攻撃に、それぞれが大きく後退するも体勢を崩すまでは至らない。
パリィで攻撃をいなしたデュークは他の二人ほど後退せずに済んだため、すぐさま反撃に転じてモンスターへと斬りかかる。
ツーハンデッドソードを持つロイドは、切っ先を地面に突き立てる事によりブレーキを掛け、反撃のチャンスを伺う。
ブレイドという武器の性質上、攻撃を受け止めきれないと判断したアプリコットだけが三人の中で大きく後退する事となる。
無理に攻撃を受けきろうとすれば、刀身が折れるか、良くて曲がりそうな威力の攻撃だったからだ。
その為、アプリコットは攻撃に逆らわずに自身も後退する事によって威力を受け流す事に成功する。
「動きが止まった今がチャンスだ! 一気に行くぞッ!!」
デュークの反撃で動きが止まったモンスターを見て、今が好機とロイドが叫ぶ。
ロイドの檄に呼応して、デュークが素早くショートソードの専用スキル【スラッシュヒット】を使い三連撃を放つ。
その攻撃が終わり、その場を飛び退いたデュークに続き、ロイドが頭上高く振り上げたツーハンデッドソードを勢い良く振り下ろす。
ツーハンデッドソード専用スキル【ヘビースマッシュ】の一撃を受け、モンスターがその場に横転する。
「これで、トドメだッ!!」
「だめぇーーーーーー!!」
そう叫んで、攻撃を仕掛けようとするロイドとモンスターの間に、アリスが割って入る。
コマンドが成立したため、ヘビースマッシュをキャンセルする事が出来ないロイドは、アリスもろともモンスターを切り捨ててしまう光景を想像して眼を閉じてしまう。
ツーハンデッドソードが肉を断ち斬る感触が手に伝わり、ロイドは取り返しの付かない事をしてしまったと、その場に崩れ落ちるように膝を付く。
「……嘘」
眼前の出来事が信じられず、アプリコットがそう呟く。
信じられない事に、ヘビースマッシュがアリスに命中する瞬間、モンスターがアリスの襟首を噛んで地面に引き倒し、その上に覆い被さったのだ。
結果として、ヘビースマッシュはアリスに命中する事なく、モンスターを深く傷付ける事になる。
「私を、庇ってくれたの……?」
唖然と呟くアリスを安心させるかのように、返り血を浴びたアリスの顔をモンスターが優しく舐め取る。
深紅に輝いていた瞳は、元の深い翡翠色に戻っており、その瞳にアリスの姿が映る。
そのまま、モンスターはアリスを押しつぶさないように横向きに倒れると、苦痛の鳴き声を上げる。
苦しそうに鳴き声を上げるモンスターに、アリスがキュアを掛け続ける。
懸命にキュアを掛け続けるも、モンスターが受けた傷は致命傷で癒える兆しを見せる事はない。
「アリスちゃん……」
涙を流しながらキュアを掛け続けるアリスに、アプリコットは掛ける言葉が見つからずに立ち尽くす。
そんなアプリコットにオーシャンは頷くと、アリスの肩に手を置き手遅れである事を伝える。
『……クオォーーーーーン』
懸命に自身を治癒しようとするアリスに、お礼を述べるかのようにか細い鳴き声を上げると、モンスターはそのままゆっくりと地に倒れる。
その瞳には輝く雫が溢れており、流れ落ちた雫が虹色の玉石となってアリスの掌に落ちる。
モンスターの最後を看取る事となったアリス達が呆然としていると、ガサリと木の葉を揺らす音が聞こえ、小さな仔狐が姿を現す。
フワフワとした僅かにくすんだ白緑色の毛に、エメラルドを思わせる翡翠色の瞳。
現れた仔狐は倒れて動かなくなったモンスターの傍にやってくると、小さな鳴き声を上げてその身を擦り寄せる。
「このモンスターの子供、なのか……?」
唖然と呟くデュークの言葉に、気まずい沈黙が流れる。
ひょっとすると、このモンスターは子供を守るために自分達と戦ったのではないかという思いが沸き、仔狐に対して居たたまれない気持ちが沸き起こる。
仔狐はそんなデューク達の思いをよそに、動かない親に身体を擦り寄せ鳴き声を上げ続ける。
「……ごめん、なさい……ごめん……なさい」
そんな仔狐を抱きしめて、ボロボロと涙を零しながらアリスが謝り続ける。
アリスに抱きしめられた仔狐はキョトンとした様子を見せると、零れ落ちる涙を舐め取る。
「ロイド君、当初の予定では討伐ではなく追い払う筈だったが、どういうつもりだったのかい?」
オーシャンに冷ややかな視線を向けられ、ロイドが言葉に詰まる。
「あのままやらなきゃ、こっちがやられてたかも知れないんだぞ!」
言葉に詰まるロイドをデュークが擁護する。
あのままモンスターが大人しくこの場を去るとは思えなかったと、リンクも追従する。
その上で、間に割って入ったアリスの行動こそ軽率だったのではないかと反論する。
「確かに、その可能性が高かったでしょうね。けれど、確かめもせず討伐しても良いという理由にも、ならないわよね?」
「君達の言う通り、アリスちゃんの行動は軽率だったけど、討伐が目的でない以上、彼女の行動を一方的に非難する事も出来ない」
アプリコットとオーシャン、二人からの指摘に、デュークとリンクは気まずそうな表情を見せる。
ロイドが最後の一撃を放った瞬間、モンスターはその身を挺してアリスを守ったのだ。
どう言った理由によるかは解らないが、向こうもこちらを追い払う程度に留めておきたかったのかも知れない。
とはいえ、今となっては真実を知る術はなく、モンスターの命を奪った事実も変わらない。
「過ぎてしまった事を蒸し返しても仕方がない……か。取り敢えず、この仔狐をどうするかが問題だな」
オーシャンの言葉に、皆の視線がアリスに抱かれた仔狐に集まる。
「……私が、この子のお母さんになる」
自分の抱く仔狐を見るオーシャン達にアリスがそう宣言する。
そんなアリスに、デュークは何というモンスターかも解らないのに、どうやって育てるつもりなのだと声を荒げて指摘する。
「解らなくても、この子を独りぼっちにする気は私にはありません!」
アリスは涙でにじむ瞳をデュークに真っ直ぐ向けると、力強く言葉を続ける。
【システムアナウンス:特殊クエストが発生しました】
突然聞こえたシステムアナウンスの声に、アリスが驚いた表情を見せる。
驚くアリスをよそに自動でシステム画面が開かれ、受注クエストの項目にクエストの情報が表示される。
【幼生の守護者】
幼生の親となり、成獣になるまで守護する事。
報酬:不明
【システムアナウンス:誓いの証を獲得しました】
新たなシステムアナウンスが聞こえると共に、モンスターの亡骸が淡い翡翠色の燐光を放ち、光の粒子へと変わる。
光の粒子はアリスの右腕にまとわり付くと、翡翠色のリングにその姿を変える。
【システムアナウンス;サブクラス【テイマー】がアンロックされました】
「今のは……一体?」
突然の出来事にロイドが呆然とした様子で呟く。
アプリコットがアリスに何が起こったのかを訊ねると、アリスは特殊クエストが発生した事を伝える。
「サブクラス、だって……?」
「なんだよ、それ」
アリスの説明を聞いたリンクとデュークが、それぞれ納得がいかないといった様子で呟く。
噂で在った基本四職以外のクラスの情報。
サブクラスの存在は未だ確認が取れていない情報で、新たな情報に困惑が隠せない。
「親になるというアリスちゃんの覚悟が、条件を満たしたって事なのだろうけど……これは、同じサブクラスでも条件は複数ありそうだな」
オーシャンの呟きに皆が困惑した様子を見せる中、アリスの腕輪に鼻を近づけ匂いを確かめた仔狐が、嬉しそうな鳴き声を上げる。
予想外の展開に頭を悩ませるオーシャン達とは対照的な仔狐の姿に、アリスはつい表情を綻ばせた。
2013年02月14日 初投稿




