ゲームの始まり
以前から話題になっていた"World chronicle"というゲームが正式稼働する事が決定し、ネットではその話題で持ち切りになっていた。
世界初のAIによる完全制御というゲームシステムに、ゲーマー達の興味が集中していた。
公式サイトには必要最低限度の情報しかなく、簡単な世界観やその世界で暮らす人々の事、プレイヤーが就けるクラスしか書かれていない。
そのあまりにも不親切な内容に賛否両論の意見が出ているが、大筋では完全AI制御によるゲームシステムに対する興味が勝っているようだ。
このゲームはこれまでのゲームとは趣が異なっており、登録できるキャラクターは一人のプレイヤーに付き一人まで。
キャラクターを作り直すには、キャラクターの削除から再登録まで一定の期間が掛かる事。
プレイヤーの生体データを利用するため、ゲーム内のキャラクターの性別は基本的にプレイヤーと同じになる事。
これには事情がある場合に限り、運営会社である“インフィニスト社”のユーザーサポートに相談すれば対応するとの事。
各都市にインフィニスト社の支店があり、必要なハードが無くともゲームをプレイする事が出来る。
ここ姫湊市にある、インフィニスト本社直営店には、ゲーム開始を待ちきれないプレイヤー達が長蛇の列を作り、開店を今かと待ち侘びていた。
「凄い列だね、薫ちゃん」
「それだけ皆が楽しみにしてるんでしょ、光」
どこかおっかなびっくりと言った感じの少年の言葉に、ぶっきらぼうに少女が答える。
年の頃は十二歳前後だろうか? 幼さの残る顔立ちが微笑ましさを感じさせている。
二人は先ほど到着したらしく、姫湊本店前に並ぶ長蛇の列に目を奪われていた。
「ほら、光。さっさと並ばないと、いつになったらお店に入れるか解らないよ!」
「待ってよ、薫ちゃん!」
少女がそう言って急いで列に並ぼうと移動すると、少年が慌てて少女を追い掛ける。
列の最後尾には、スタッフと思わしき青いジャンパーを羽織った人物がプラカードを持っており、プラカードには『残り二名まで』と注意書きが書かれていた。
「光、急いで!」
注意書きに気付いた薫がそう言って、光の手を引き列の最後尾に並ぼうと急ぎ足になる。
二人が列に並ぼうとしたその瞬間、列に割り込むような形で二人の青年が薫達を押し退けて最後尾に並ぶ。
体格差があるため、青年達に押し退けられた薫が地面に倒れそうになるのを、光が咄嗟に自分の身体をクッションにして薫を庇う。
「二人とも、大丈夫!?」
転んだ二人に、慌てた様子でスタッフが駆け寄り助け起こす。
「ちょっと、何すんのよ!!」
スタッフに助け起こされた薫が自分達を押し退けた青年達に食って掛かる。
「あ? 何すんのよって、列に並ぶのにお前達が邪魔なのが悪いんだろうが」
青年の内、髪を金髪に染め上げ耳に複数のピアスを付けた柄の悪そうな青年が、薫を睨み付けて文句を言う。
「脩、子供にそう言う言い方は無いよ。ごめんね、僕達も友達と待ち合わせていて急いでいたから」
もう片方の黒い髪に柔和な表情をした青年が、やんわりと金髪の青年を窘めると、つまらなさそうな表情で金髪の青年が舌打ちする。
黒髪の青年がそう言って薫に謝るが、薫は納得がいかないらしく二人に更に食って掛かる。
「ったく、お前らのようなガキが遊べるゲームじゃないんだぞ。年齢制限の注意書きを見てないのかよ!」
「ふんっだ! ちゃんと見たわよ! 今度の新学期から中学生になるんだから、制限には引っ掛かってないわよ!!」
険悪な様子で啀み合う二人に黒髪の青年と光が必死に二人を宥めようとする。
その様子にスタッフも見かねて仲裁に入るも、先に並んだのは青年達なので薫達には諦めて貰えないかと申し訳なさそうに話すのが精一杯のようだ。
「……何でよ。せっかく来たのに、このまま帰れっていうの」
悔しそうに呟く薫に、光がなんと言って声を掛ければいいか解らず黙っている。
「これは一体、何の騒ぎ?」
そう言って、ベージュのジャンパーを手に眠たそうな表情をした男性が近付いてくる。
「あ、浅倉さん。実は……」
そう言って、スタッフは浅倉と呼んだ男性に事の成り行きを説明する。
スタッフからの説明を聞いた浅倉は金髪の青年を一瞥すると、薫達に向き直る。
「わざわざ来てくれたのに、このまま帰るのは悔しいよね。お詫びといっちゃなんだけど、二人には特別に良い物を見せてあげるよ」
そう言って、浅倉は二人を連れて姫湊店の裏口へと移動する。
カードリーダーにカードを通し、扉を開けた浅倉が二人を手招きする。
浅倉に連れられて二人がやって来たのはコードが床中に散乱する研究室のような場所で、部屋の中心に三台の筐体が置かれている。
「これは?」
不思議そうな表情で光が浅倉に訊ねる。
「これはね、二人がプレイしようとしているゲームのテスト筐体でね。二人にはこれでゲームを楽しんでもらおうと思ってね」
朗らかな笑みを浮かべて浅倉が二人に話す。
「ちょっと、浅倉さん! 部外者を連れてくるなんて、どう言った了見なんですか!?」
そう言って、眼鏡を掛けた神経質そうな女性が室内に入ってくる。
「や、涼子ちゃん、お疲れ。聞いてくれよ実はさ……」
浅倉は詰め寄る女性に飄々とさっきの経緯を説明する。
「……なにそれ。この子達にそんな事をしたんですか?」
浅倉の説明に、涼子と呼ばれた女性が二人に対して行われた仕打ちに歯噛みする。
「事情は解りましたけど、このままテスト筐体を使うのには賛成できません。この子達は部外者なんですよ?」
「解ってるって。だからね、涼子ちゃん、この子達をテストプレイヤーとして社の方に登録してくれないかな?」
涼子の指摘に浅倉は飄々とした態度を崩さずにそう告げる。
「……はぁ、解りました。それで、浅倉さんはどうするつもりなんです?」
「僕かい? プライベート用のキャラを使って、この子達のインストラクターをやるよ」
二人のやりとりについて行けない薫達は、唖然とした表情で二人のやりとりを眺めている。
その事に気付いた浅倉が、二人に謝るとこれからの事を説明する。
「まずはこっちのお姉さんに、二人の個人データを社の方に登録してもらってキャラメイクから始めようか」
「そう言えば挨拶がまだだったわね。初めまして、私は永瀬涼子。よろしくね」
涼子の自己紹介に慌てて薫達も自己紹介を済ませる。
二人の素直な様子に涼子は微笑むと、室内に備え付けられているパソコンから必要なデータを入力していく。
「二人は生体端末は所持している? あればそれから二人の個人データを入力したいのだけど」
涼子の言葉に二人は頷くと、それぞれの手首に付けられているブレスレットを涼子に見せる。
二人が差し出したブレスレットの端末コネクターに、パソコンから伸びる入力端子を装着すると、キーボードをリズミカルに叩いてデータを読み込んでいく。
「はい、オッケー。それじゃ、二人とも、右と真ん中の筐体に入ってもらえるかな?」
涼子の指示に薫と光は指定された筐体へと入る。
筐体の内部にはリクライニングシートが置かれており、左右に生体端末の読み込み機が取り付けられている。
シートの前には大きなモニターと可動式のキーボードとコントローラーが置かれている。
『二人とも、シートに座ったら生体端末に読み込み機からコネクターを取り付けて、キーボードを操作しやすい位置にセットして』
涼子の指示に二人は従う。
二人がシートに座ると、自動的にシートが二人の体格に合わせて、負担の少ない状態に変形する。
その事に光は驚くも薫は逆に自動的に動くシートに軽く興奮気味に喜んでいる。
『それじゃ、準備が出来たら二人のキャラクターを作成していこうね』
涼子の声に二人は頷くと、これから作る自分達のキャラクターに想いを馳せるのだった。