ロマーノとジュリエッタ
※メビウスリングのSS城で同じ名義で一度投稿したものです。
屋上から見下ろす景色は、かといって特に格別ということもなく、普通にいつもの見知った街だった。円く優しい夕陽色が街を包むこの情景に感動する者だってそりゃあ居るのだろうが、とびきりローでブルーな今の私らには、安っぽいはりぼてじみた背景にしか感じられない。何しろここはこれから子供騙しな悲劇ごっこの舞台へと変わるのだ。
ロミオとジュリエットだ、と思う。今からロミオとジュリエットを演じるような気さえしてきた。何もかも演劇のように大袈裟で嘘らしくて、これが夢だと囁かれたって私は信じるくらいだ。むしろ夢であった方が良かったかも知れない。
ロミオとジュリエットか。いや、違う。別に片方が死んだふりをしているわけでもなく、禁断の愛を紡ぎあったこともなく、確かに似通っているのは二人の間に漂う悲壮感くらいのものだろう。私たちはただ悲劇的なだけだ。絶望的で悲劇的な、絶望的に悲劇的な二人であるだけだ。ロミジュリに似て非なるもの。パチモンだとかパロディだとか、そういう類いのロミジュリだ。ロマーノとジュリエッタ、なんてお似合いなんじゃないか。
お互い暫く無言で立ち尽くしていたのだが、突如として主演男優が静寂を引き裂いた。
「今の気分は?」
自嘲気味とも偽悪的ともとれるにやにや嗤いに、私はとっておきの皮肉で返してやる。
「……最ッ高だぜ、ロマーノ」
「何だそりゃ」
ロマーノ(仮)のにやにや嗤いは苦笑に変わった。やれやれとでも言いたげだ。私は続ける。
「ロマーノとジュリエッタだよ。知らねえのか?」
「知らねえよ。ロミジュリじゃねえのか。どんな話だそれは」
「いつでもいちゃらぶしてたロマーノとジュリエッタっていうアベックが、お互いの心のすれ違いに気付いて銃で撃ち合って心中すんの」
刹那の無音。
「……救いようがねえな」
また苦笑。
「だろ」
「作者は相当モテない童貞とみた」
にやりと笑ってみる。さっきのを真似て、自嘲気味に偽悪的に、嗤ってみる。
「ところがどっこい、作者はぴっちぴちで可愛い女子高生なんだなあこれが」
「ほーう。その子はきっと今俺の目の前に突っ立ってる下品な馬鹿女と違ってかなり頭が良いんだろうな」
「それは聞き捨てならないかな。うん。それは聞き捨てならないな」
「まさかお前が作ったわけじゃなかろう?」
私は夕日にピースサインを翳しながら言った。
「ふっふっふ、私だ」
「お前だったのか」
暇を持て余した神々の遊び。
「というより、折角連れて来たのに綺麗の一言もないのか」
呆れたように言われた。声には冗談めかした落胆が混じっている。
「わー、綺麗! 私!」
「じゃなくて」
「私が綺麗なことに否定はしないのね」
「して良かったのか」
「すんまそん」
舌を出してかわいこぶってみせて、それから、ちょっと虚しくなった。
「夕方の屋上が良い、って言ったのお前だろ」
「そうだけどさあ」
「普通もっと感動するだろ。目の前ででっかく夕陽が沈んでってたら」
「何、お前は感動したの」
どうやらローでブルーなのは私だけだったらしい。全く、勘違いも甚だしいな。
「いや、してない」
「なんだよおい」
「なんだろうな」
「ねえ」
そこはかとなく居心地が悪くなり、話を変えてみる。
「あ?」
「お前はお前でもっと積極的になるべき場面じゃねーの? ムード良し、人気もない、二人きり。それに」
「きょうび待つ女なんざ流行らねえって」
ロマーノ(仮)は私の言葉を遮りすたすたと近付いてきた。そして息がかかるくらいに近寄った挙句、
「いてっ」
でこピンしやがった。
「ふっ」
「あー何だよもうほんとにぃ……」
「何を期待したんだよ馬鹿」
「するかボケ」
「してただろ」
「してねえよ」
「顔真っ赤だぞ」
まじか。まじなのかそれは。言われてもっと恥ずかしくなる。熱い。暑い。
「……夕陽が照らしてっからだって」
「嘘だ」
「まじだよ。あちいんだよ」
「嘘だ」
「あちいよ」
「照れてるからな」
「ちげえって」
「照れんな」
「照れてねえ」
「可愛い」
……。
「はい俺の勝ち」
「負けてねえし」
「はいはい」
「はいは一回」
「YESYES」
「YESなら良いと思ってんのか」
「じゃあいいえ」
「いや負けてねえし」
楽しい。
「今度こそ負かしてやるよ」
「そもそも勝ち負けねえだろ」
「す……やめとくわ」
「えっ」
「えっ」
「言えよ」
「あ、あ……あーあーあ」
「とっとと言えって。私心の準備出来ちゃうぞ」
「それは困る」
――楽しい。
「あ、あああっ、あーうー」
「好きだよ」
表情が見る間に変わっていく。
「……っ」
「逆転勝利っ」
楽しい――
「I love you」
「ふぇっ」
――からこそ、悲しかった。
「……はは」
「……えへへ」
切なかった。苦しかった。辛かった。
「泣くなよ」
失いたくないから喪うしかないんだ。そう決めたじゃないか。
「陽が落ちる前に、還ろうか」
「うん」
頷いた。
頷いて、ブレザーの内ポケットに手を入れる。涙が止まらなかった。内ポケットから出したのはハンカチーフみたいな気の利いた小道具なんかではなく、拳銃だ。生々しくてごつくていかつい、死の道具。
「辞世の句でもどうよ?」
震える声で無理矢理おちゃらけてみる。
「句は無理だな。普通に言いたいことで良いんじゃないか」
「んじゃ、先どうぞ」
そして拳銃を構える。
「愛してるぜ、ジュリエッタ」
そう言いながらロマーノは引き金に指をかけた。それに倣うように、私も指をかける。
「本当に、本気で大好きだ」
嘘吐き。
「お前には」
貴方には、
「あの子が居るんだろ」
ジュリエットが要るんでしょ。
私なんかせいぜい代役なのだ。パチモンで、パロディだ。本当の相手はもっと他に居る。本当のロミオ役である君には、本当のジュリエット役が要るのだ。私なんて、要らない。
それを聞いたロミオ役は笑っていた。悲しそうに、哀しそうに笑っていた。どうして信じてくれないのか、とその黒い瞳だけは言っていた。
「お前の番だ」
「……そうだねぇ」
一回だけ深呼吸して、言いたいことを考える。たくさんある。たくさんあるから考える。
「もっと一緒に、居たかったな」
「こんなことやめちまえば、居られるぞ。何万年でも何億年でも、側に居てやる」
彼の口から初めて、やめるという言葉が出た。初めて。それが暗に指しているのは、彼はどんな私でも受け入れる気でいた、ということだ。いや、いる、のか。過去形ではない。ロマーノは、彼は、私に選択肢を与えたのだ。どっちを選んでも、許す気で居るのだ。
本当は解っていた。杞憂だと。考え過ぎだと。私はあの子の代わりなんかじゃないんだと。ロマーノは本当に私を愛していたのだと。そんな幸せな真実は、最高の現実は、存在しているのだと。
でも、些細なすれ違いから始まった勘違いは止まらなかった。止められなかった。自分でも。それも、過去形じゃない。……全く、勘違いも甚だしいな。
「ごめんね、私……それでも」
覚悟は出来ていた。
「良いよ」
最後にまた、哀しく笑った。
「さよならだ」
引き金を引く。これで良かったのか――私には解らなかった。解らなくて良かった。どうでもよかった。とにかく、幕引きだ。終演だ。代役のくせに、最期まで演じ切った。それが誇らしいことなのか恥ずかしいことなのかも、解らなかった。考える猶予なんてなかった。
お互いの心のすれ違いに気付いて、銃で撃ち合って心中。
――救いようが、ない。
「XXX!」
「XX!」
そうしてロミオとジュリエットの如く名前を……本当の、便宜上でも役名でもない名前を呼び合って、そのまま私らは、終わったのだった。
最期にみた君は、最期にみた夕陽は、確かに紅く微笑んでいた。
「綺麗だよ」
これをメビウスリングに投稿したのは11ヶ月も前のこと。執筆を始めたのに至っては一年以上前です。
うへぁ懐かしい。
言い訳はこれ以上しないでおきます。以上、初投稿のけめこでした。