第95片 妄想少女と文系少年の妄想⑥
「で、私がなぜあなたがたに、戸張と緋色にこのことを秘密にしようとしたかは分かりましたか?」
「え・・・?」
なんだ。今の昔話のどこかにそのヒントがあったのか。
俺を使い分の悪い賭けをしてまでこいつらにこのことを、山梨黒雪のことを全て秘密にした理由が。
「うん、まぁ、私は分かったかな」
「・・・・・・・・・・私も」
「え!?」
分かっていないのってもしかして俺だけ?
「私が死ねばたぶん、その方たちは生き残ることができる。いや、いずれは消えてしまうけれど私のありったけをこめれば、死ぬほどの力を込めれば普通の人間の寿命ぐらいは生きられる。私は初代妄想少女ですからね」
「・・・・・・」
分かった。なぜこの2人に伝えなかったのか。
俺にも分かってしまった。
山梨と緋色の存在を消したくない山梨黒雪。
そしてさっきからこちらを、緋色と山梨を見ようとしない黒曜石。
「で、もう私たちが何をするか分かるよね、七実くん」
「・・・・・・未空なら分かってくれてるはず」
「おい・・・お前らまさか・・・・・・」
「えーっと黒雪さん。もう苦しまないでください。その・・・えぇと、あんまりこう直球で伝えるのはあれなんだけど、私たちを消してください」
「・・・・・・・・・・私も賛成」
なぜ黒雪さんがこの2人にこのことを伝えたくなかったのか。
そして会うことすら、会いそうな確率すらなくすことまでした理由。
それはこの話をするとこの2人なら消してくれと、そう頼むからだろう。
「嫌です。私はここで死ぬと決めました。もうあなたたちを失いたくはないんです・・・」
「そんなこと分かってます。あなたの気持ちはもう十分分かりましたから。だから消してください」
「・・・・・・・・お願い」
「やめてください・・・あなたたちにお願いされると・・・私は辛い・・・」
泣きそうな顔で、いや、もう泣きながら黒雪さんは2人のお願いを拒む。
「やめて・・・お願い・・・・・」
「ごめんなさい、こんな辛い思いをさせてしまって・・・でもはやく消さないとあなたの命が危ない。私たちは本来いてはいけない人間なんです。だから」
「でも!・・・・・・でも、それでもあなたたちは私にとって大事な人達なの・・・本来いてはいけなくてもそれでもあなたたちはここにいるべきなの!」
リィイイイイイイイイイン
と綺麗な音色が鳴る。緋色のベルだ。
「・・・・・・・・・落ち着いて。私たちを忘れても私たちの原型を、オリジナルを忘れることはない」
「でも・・・でも!だったらあの少年はどうするの!あなたたちのことを全て忘れちゃうんですよ!私はいいかもしれない!でもあの少年、七実未空、それにまだ寮にはあなたたちの帰りを待つ人達がいる!その人達はどうするの!」
「な、七実くん・・・・・」
「・・・・・・・未空」
2人が俺を見る。
・・・・・・・・・・・・・・。
「黒雪さん・・・あんたには・・・あんたには家族がいるんだろうが!死んだ人間のことを想い続けるのは綺麗なことかもしれない!でもいつまでもそれを引きずってあんたまで死んだらそれは汚い、汚れた想いになっちまうんだぞ!」
涙を我慢しようとした。笑顔を、真剣な顔を作ろうとした。
でも無理だった。涙が溢れてくる。山梨・・・緋色・・・・・・・・。
「ありがとう、七実くん」
「・・・・・・・・分かってくれると信じていた」
「ぐぅ・・・くそっ、くそ・・・俺は・・・・・・俺はお前らのことが・・・・・」
「分かってるよ・・・それ以上はだめ。私たちが辛くなっちゃうから」
俺は下を向く。
涙が止まらない。こんな・・・こんなことってあるかよ・・・。
「七実未空。いいんですか?黒曜石が言うのもなんですが、あなたは未練たらたらじゃないですか」
「いいもなにも・・・俺にはもう何もできない・・・何もしれやることができないんだ!」
ん?いや、待て。
黒曜石は妄想だろ。妄想に妄想汚染なんか通じないはずだ。
だったら俺が忘れた後に黒曜石を妄想して何があったのかを聞き出せば、思い出せるんじゃないか?
「黒曜石」
「無理ですね。それは妄想というものの禁忌です、タブーです。絶対にしてはいけないこと。妄想の私にはそんなこと出来るわけない」
「・・・・・・・すまん」
「いいんです。謝る必要はありません。というか少しぐらい取り乱した方がいいですよ。冷静でいることは残酷でいることですから」
「いいんだよ・・・これで」
俺は見届けるだけだ。
この結末を。
「ほら、七実くんからの許しも得ましたし」
「・・・・・・・・お願いします」
「でも・・・でも・・・・・・でも・・・・・・・・」
「黒雪!いいかげん私たちの話を聞いてよ!」
「!?」
唐突に山梨の雰囲気が変わる。
そうじゃない、そうじゃないんだ。きっとあそこにいるのはもう山梨戸張と結露緋色ではなく、春川戸張と飼い猫である緋色なんだ。
「はぁーようやく。あなたの妄想の力が弱まって記憶が戻ったよ。頑固なとことか口調や雰囲気が変わってもまったく変わってないね」
「戸張・・・戸張なの・・・?」
「で、はやく私たちを消して。私たちが一番苦しくて悲しいことはあなたが苦しんでいることなの」
「・・・・・・・・」
「お願い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お願い、黒雪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かりました」
「うん、ありがとう。でももうちょっと待ってて。今、七実くんと話してくるから」
「・・・・・・・・待ってて」
すると緋色と山梨は俺の方に向かってくる。
「え、えぇと・・・戸張さんに、飼い猫の緋色さん・・・・・?」
「いや、いやいや、七実くん。確かに記憶は戻ったりしたけれど、でも前の記憶がなくなったりしたわけじゃないんだからかしこまらないで」
でもこいつらみんな俺よりも年上なわけだろ。
緊張はする。
緊張はするが、いつもの2人で少し安心する。記憶が消されてもまんまということは性格までは消されていなかったということか。
「いやー参ったね。お前ら2人がまさか妄想だなんて」
精一杯の強がりということぐらい分かられているんだろう。
でも2人とも笑顔を絶やさない。あの笑わない緋色でさえ笑っている。
「七実くん、ごめんね。あんな辛いこと言わせちゃって」
「いや、いいって。ほら、きっとさ忘れても心には刻まれている・・・みたいな感じになるんだろうしさ。安心しろって。俺はお前らを完全に忘れたりはしない」
「七実くん・・・」
「・・・・・・・・未空。ありがとう。今まで本当に楽しかった」
「おいおい、緋色。なんだそれは。まるで・・・・・・まるでもう1生会えないみたいじゃないか。そんなことないだろ・・・」
我慢していたものがまた溢れ出す。
もう我慢なんてするもんじゃないな。さっきよりも止まらない。
「なんで・・・なんでお前らはそんなに笑顔なんだよ・・・怖くないのか、消えるんだぞ。お前らのことを知っている人間がいなくなるんだぞ・・・なのになんで」
「んー、なんでと言われれば涙なんて私たちには似合わないじゃん。ひいろんなんてまさに似合わないし。だからかなー、とかね」
「・・・・・・・・未空泣きすぎ」
「だって・・・だって・・・・・・・・」
「それに完全には忘れないんでしょ?じゃあ大丈夫。七実くんの気合を信じてるぜ!」
「もちろんだ・・・・・期待してくれ」
「じゃあ、これ」
そう言って渡してくれたのは山梨がいつも髪を結んでいるゴムだ。
「これを私の形見というか思い出すきっかけとかにしてよ」
「・・・・・・・・・・じゃあ、私もこれ」
と、緋色が渡してくれたのはベルである。
「・・・・・・・・・私が消えたら効力も消えるけどベルとしては機能するから」
「おう、もらっとくありがとな」
と顔を上げた。
顔を上げた瞬間。
俺は頬に何か変な感触を感じる。
その事態を理解するのには少し時間がかかったが俺は気付く。
山梨と緋色が俺の頬にキスをしたのだ。
「な、なっなななななっ!」
「あはは!七実くん顔真っ赤ー!でも勘違いしないでよね、別に好きなわけじゃないんだから!とかね」
「・・・・・・・・勘違いしないでよね。私が好きなのは数夏なんだから」
「お前ら何して・・・」
「プレゼントだよー。いらないなら返してもらうけど?」
「・・・・・・・・・どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・もらっとく」
「うん、その方が賢明だよ、みそらん」
「・・・・・・・・うん」
「みそらん!?」
なんか初めて山梨に名前呼びされた気がする。
「私なりのデレってやつだね」
「自分で言うな」
「・・・・・・・・・・未空、もう元気になってる」
「オマエラガヘンナコトスルカラ!」
全部声が裏返った。
焦りすぎて何にも保てない。
「んじゃ、もう行こうかな」
「・・・・・・・・・うん」
「じゃあ・・・・・・・消します。妄想を完全に」
「よろしく黒雪」
「・・・・・・・・・」
もう妄想を消すことが始まっているのか、2人の姿が少しずつ薄くなっている。
「山梨!緋色!」
「みそらん、私、戸張って呼ばれたいなー!」
「と、戸張!緋色!絶対忘れない!絶対忘れないから!」
「うん・・・うん・・・」
「・・・・・・・・うん」
もう誤魔化すことはないというかのように2人とも泣いていた。
あぁ、また俺もつられて泣いてしまう。
「だから、だからまた会おうぜぇええええええええええええええ!!!!!!」
「うん、『またね』!」
「・・・・・・・・・・・またね」
完全に消える。
そうして、この話は1区切りとなった。
緋色と戸張は消え、そして俺の頭にはまだ記憶が残っているがそれもなくなるのだろう。
残された黒雪さんは大泣きしながらも自分で立ち上がり、自分で去っていく。恐らく元気になったのだろう、具合の悪そうな顔色ではなく普通に戻っていた。
さて、と。俺はどうしようかな。
この後、あじさい荘に帰ると数夏と高松に柏部がいる。
柏部はもう気付いていたのかもしれないが、でもそれでもこのことはちゃんと伝えなければなぁ。
俺は急いで帰宅する。
走って涙を誤魔化す。
目とか腫れてないかな。せめてあいつらの前には普通の顔で立ちたい。
ちゃんと伝えたいのだ。
〇
冬。
11月ももう終わりに近づいている。
「あー、もう今年も終わりじゃないか」
「そうですよ、七実さん。何かやり残したこととかあるんじゃないんですか?」
「んー、やり残したこと・・・ねぇ・・・」
やり残したことはたくさんある。
勉強やらなにやらたくさんな。でも・・・でも何か。何かがおかしい。
何か大切なものを、大切なことを忘れているような気がする。
久々かもしれません、1日2回投稿。
というわけで実はもうこの理文男女(略しすぎてなんのことやら)が終わりじゃね?とかって思った方もいらっしゃると思いますが地味にまだ続きます。
選挙とかすることがあるんで。
ではまた次回。