表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/119

第94片 妄想少女と文系少年の妄想⑤

 まず昔話を1つとは言ったが私は思い出話をするつもりはないということである。

 だから感動する部分や私にとって嬉しかった部分を余すことなく伝える気はさらさらない。

 なので最初に言っておこう。

 春川戸張は妄想死する。

 妄想をして自分に負担をかけて死んでしまう。

 私の目の前で。

 では私と戸張が初めて会った時。その時のことを少し話そう。

 私は孤立していた。信じられないぐらい孤立していた。

 確かに高校2年生というものはクラス替えがあり、私だけじゃなくなかなかクラスに馴染めない人間もいた。でもそれでも私は異常だったのだ。

 私が黒色が好きだった。だから自分の長い髪も好きだったし、名前も好きだった。

 でも人間というものは案外変わりやすいものらしく、私はすぐに黒色が嫌いになった。

 人見知りで話しかけることのできない私は体育の授業や泊まりイベント、そしてレクリエーションを通じて、嫌でも人と話さなければいけないもので馴染んでいくつもりだった。

 1年生の頃は中学の頃の友達もいてはやく馴染めたものだが今回は1人。だったら1人で頑張らなければならない。

 そんな時、私は本に夢中になるという癖のようなものである友達が仲良くなろうと思って話しかけてくれたのを無視してしまった。

 それはきっと完全に無視されたんだと思われたに違いない。

 私にとっては全く聞こえなかったとはいえ、夢中になりすぎてまわりが見えなくなる私が全面的に悪いと思っていたわけだが、しかしもう少し粘って大声で呼んでくれとひねくれる私もいた。

 そこから完璧に孤立した。

 私を孤立させるという目的で一致団結したまわりのクラスメイトはこれを機に仲良くなり、私はまったく馴染めなくなってしまった。前よりもずっと。

 読書は好きだ。だから反省してやめるつもりもないし、他人に振り回されるのも嫌だったので昔からの頑固な性格を十分に発揮し、むしろ堂々と本を読んでやった。

 孤立はしたがいじめは受けなかった。

 その時習っていた日本史の授業。新石器や旧石器の話に武器の先端に黒曜石をつけて狩りをしたという話があり、クラスメイトが私を黒曜石と呼ぶようになったせい、というよりおかげだろう。

 冷たくて黒い私はまるで黒曜石。

 今考えてもあの時の私は少し暗すぎた。

 でもそんな私にぴったりの名前。それは狩りに使われるからひどく鋭利な形をしていたのだ。割ってもどこかの刃ができ、刃を割っても刃ができる。

 そんな黒曜石をクラスメイトは恐れて触れないようにすることにしたのだ。

 おかげで中途半端な立ち位置を獲得した私は1人ずっと黙々と読書をしていた。

 そんな時。

 そんな時だった。

「私は春川戸張。あなたは?」

「私は・・・・・山梨黒雪」

 唯一その時話しかけてくれた、触れてくれたクラスメイト。

 それがこの戸張だった。

「で、山梨さん。あなたこの状況を何とも思わないの?」

「え?」

「この意味の分からない状況」

「で、でもいじめられてるわけじゃないし・・・無視されてるわけでもない・・・ただ孤立しているだけならそれは私のせいだし・・・」

「はぁ・・・そのうち動くかなぁって思って黙って見てたけどもう無理!山梨さんが読書に夢中になってて声が聞こえないことを弁解する気もないし、私が動くしかないじゃない」

「なんでそのことを・・・」

「あなたの中学時代の友達から聞いた。1年生の時も誤解されそうになったんだって?じゃあ、少しは学んだらどうなの?」

「中学時代の友達って・・・なんでそんなの知ってるの・・・」

「知ってるわよ。だって廊下で黒雪さんのお友達はいらっしゃいませんかーって叫んだもん」

「なっ・・・!」

 私は驚いた。

 恥ずかしいことを!と思ったのが1つ。そうしてそんな恥ずかしい中でも友達として手を挙げてくれた違うクラスの親友に驚き感謝した。

「なんでそんなこと・・・」

「だってあなたどう考えても悪い人間じゃない」

 戸張は最初からクラスの中心人物のようで私とは縁のないタイプだと思っていた。

「だから本来はあまりこういうこというの好きじゃないんだけど・・・自然となるのが普通だし、でもあなたはそれじゃあ気付きそうにないし」

「・・・?」

「その・・・私と友達になりましょう。今度はこのクラスで私が誤解を解いてあげるわ」

 そう言われて手を、握手を求められた。

 でも、そう簡単には握れない。私と友だちになったら戸張まで孤立するんじゃないかとそう思っていたから。だから・・・だから・・・。

 だからじゃない。でも。でも私は手を握った。

「お、お願いします・・・」

 泣きながら手を優しく握った。

 私のような黒曜石で怪我をさせないように優しく。

 なんで泣いてるの!?ってすごく心配させてしまったが、それでも戸張は笑顔だった。

 もちろん、その日だけ。ということもなく毎日のように私に話しかけてくれた。読書に夢中になっていて何回呼びかけてもらったかも分からないけれど。

 でも戸張は一度だって読書をやめろとは言わなかった。

 私は読書をやめると言ったこともあったのだが、そもそも読書は家でできるわけだし、と思った判断だったのだが、戸張はやめることはないと言ってくれた。

 好きなことを我慢するなんて意味分かんないと言ってくれた。

 私はあなたに声が届くまで呼び続けるからと言ってくれた。

 ほんとうに感謝しかないなぁとその時思ったのだ。

 もちろん、こんな風な日々の感動をいちいち話すことは不可能であり、する気もない。だからここは春川戸張は救世主であり、私の大親友だったと覚えてもらって構わない。

 次第に仲良くなり、私たちは名前で呼び合うようになった。

 学校祭時期の夏ということもあり、さらに仲良くなるきっかけが増えたからということもあるのだろう。桜浪は秋に学校祭があるらしいが私たちは桜浪ではなかったから。

 もちろんお互いの家に行ったこともある。

 戸張の家は広くてひどく現代的で私にとっては近未来のような家であった。

 私もあまり落ち着かないんだと言った戸張は本当にそう思っているようで私のその時代相応の家に遊びに来たときすごくリラックスしてくれたことを覚えている。

 私の家は猫を買っていてそれもまた戸張がリラックスした要因なのだろう。

 戸張は動物が大好きで私もまた大好きだった。

 特にうちの猫は私に初めて懐いてくれた(私は動物に嫌われるような人間だったので本当に嬉しかった)から私もすごく可愛がっていた。

 孤立していた私にとっては唯一の友達ともいえた猫。

 だから正直戸張がその猫を嫌いだったら私は少し悲しいなぁと思っていたのだ。そんなことはなく、むしろ自分の家族のように接してくれた。

「かわいーいー」

「よかった。戸張がこの子を好きになってくれて」

「だって黒雪もこの子が好きなんでしょ。じゃあ私が嫌いになるわけないじゃん」

 よくよく考えたらその理屈は少しおかしいが、しかし理屈じゃないんだと思った。

 そのまま時間は過ぎていく。

 学校祭を過ごし、夏休みを過ごし、そして夏休み明けにはすでに私の誤解は解けていて普通にクラスに馴染めている私がいた。それは戸張のおかげ以外のなにものでもない。

 そう言えばきっと戸張は黒雪の頑張り以外のなにものでもないと言うのだろう。

 しかし夏休みが明けてしばらくした後、まだ秋にすらなっていない頃。

「はぁ・・・はぁ・・・」

「どうしたの?戸張」

 戸張が血相変えて教室に飛び込んできたのだ。

「なんでもないよ・・・」

 しかしそれでも戸張はなんでもないと答えた。

 なんでもないわけないのに。でも私はそれを深く聞いてはいけないと思った。友達というものに慣れていなかった私はどこまで踏み込んだらいいのかが分からなかったからだ。

 しかしその後、1時限目の授業が終わった後、戸張は何事もなかったかのように私に接してくれた。

 さっきまでのあの慌てぶりは嘘のようで、やはりなんでもなかったのかな。遅刻しそうだったから走ってきたのかなとかそんなもんだろうと考えていた。

 そんなわけで月日はさらに経つ。

 3年生になった私たちはクラス替えというものがあってもまた同じクラスになった。さらには私の1年生時の友達までもが同じクラスになり、私たちの青春はさらにいい方へ運んでいった。

 受験のために一緒に勉強したりたまに息抜きしたり。

 そんな日々が続くと、卒業しても続くと思っていた。

 しかし、でも。

 それは3年生の冬。

 冬休みに勉強している時、その時に戸張は倒れたのだ。

「戸張!?戸張!」

 何度呼びかけても意識は戻らない。

 病院に運ばれてもどこも悪いところはないと診断された。

 そんなわけない。だって戸張は・・・。

 私の目の前で倒れたのに・・・!

「黒雪・・・・・」

「戸張!?」

 しかしその後戸張は目を覚ました。

 私はナースコールを鳴らそうとしたがその手を止められる。

「ごめん・・・もう無理だから・・・鳴らさないで・・・最後は戸張と話したい・・・」

「でも・・・」

「あなたに最後伝えたいことがあるの・・・」

「何?」

「あのね・・・私が血相変えて教室に飛び込んだことがあったでしょ・・・」

「うん、でもあれはなんでもないって・・・」

「うん、なんでもないの。私が『なんでもない』ようにしたの・・・」

「?」

 意味が分からなかった。

「あのね、あなたの猫いるでしょ・・・あの猫・・・あの朝の時点で死んでるの・・・」

「え・・・!?」

 どういうこと?

 だってあれは2年生のことの話で今でも猫は私の家に・・・。

「妄想って分かる・・・?」

「妄想・・・」

 言葉の意味は一応。

 想像するのと似たような意味だよね。

「私は妄想を、自分の妄想を他人に見せることができるの。そしてさもそこに存在しているようにすることができる。実際その妄想はそこに存在しているわけなんだけど」

「そんなの・・・」

「信じられないよね。私はあの朝遅刻しそうだった。走って登校してたんだけど・・・あなたの家の近くの道路であなたの猫は死んでいたわ。たぶん家から逃げ出して車に轢かれたのね。私はその猫の亡骸をあなたの家の近くの土に埋めたあと猫を妄想してあなたの家に置いた」

「そんな・・・・・」

 そんなの信じられるわけがない・・・!

「その妄想はね、人に負担をかけるの。当たり前だよね、人に自分の妄想を見せるなんて脳に負担がかからないわけがない。でもあなたに悲しい顔をしてほしくなかった。私は妄想に向いてないから猫を妄想するだけでここまでになっちゃったけど・・・」

「なんで!そんなのすぐにやめればよかったじゃない!」

「ごめんね。でもあなたの幸せそうな顔を見てると妄想をやめれなくなっちゃって・・・でもあなたはきっとこう言ってもなんと言っても自分のせいだって思いそうだったから伝えられなかった」

 だって思いそうって言われてもこれは完全に私のせいで・・・。

 私のせいで戸張が。

「あなたのせいじゃない。私の身勝手な我儘のせい。だから傷つかないで。私が死んだらたぶん猫の存在をあなたは忘れるわ。妄想汚染っていってね、強すぎる、長すぎる妄想は消えたと同時に記憶から消えるの。妄想をしている私が死んだら妄想もなくなってしまうから」

 妄想汚染はまわりの体にも悪いからはやく消そうと思ったんだけどね・・・と戸張は後悔したような顔をした。

 なんでここまできてまだ私の心配をするの・・・。

「何がなんだか分からないだろうけれど、信じて。ごめんね、最後にこんなことになって・・・」

「・・・・・戸張・・・・・」

「ありがとう。楽しかったよ」

 そう言って戸張は息をひきとった。

 そんなのこっちのセリフなのに・・・。









「でも私は猫の妄想を忘れることがなかった。なぜなら私は妄想に強い体質だったらしいんですよ。だから今でも戸張への感謝はなくならない」

「それで、それであんたは春川戸張の妄想をした」

「そう、でもね、どうしてもその時の記憶を保ったままの戸張を妄想してしまう。だから妄想死についてと、春川戸張としての記憶をさらに妄想で押さえつけたものを妄想したのです」

「それが・・・」

 それが山梨戸張。

 それがこの元気な女子高生。

「もちろん、妄想が妄想を使えるなんて容易いけれど、使えば使うほどあなたの妄想は弱まり私の体も弱っていく」

「だからさっき山梨の妄想を止めたのか・・・」

 全てが繋がっていく感覚。

 この人は悪い人じゃない。

「あれ?じゃあ緋色は・・・?」

「彼女はその時の猫を基盤として妄想していたんです」

 なるほど。

 でも妄想死させる原因だった猫の基盤に妄想を押さえつける役割を任すなんて少し皮肉だな。

「妄想を山梨に使って欲しくなかったから緋色も妄想した」

「そうです。しかし私の元に置いておきたくはなかった。あの時の記憶が鮮明になるから。だから1年前私はまわりの人の記憶をいじり、さらに戸張と緋色をあなたがたの近くに置いた。あなたがたなら仲良くなってくれると思ったから」

 本当はすぐ消そうと思ったんだけど、私の手でもう一度戸張を消すなんてできなかったと語る。

 さらに俺たちに馴染んでいる姿を見て尚更消せなくなったんだな。

「でもさっきも話したけどさー、一回消してもう1度出したらどう?体力が回復するまで待てないとか私やひいろんは言わないよ」

「あなたは本当に戸張そっくりね。記憶も抑えているはずなのに。そうしたらどうなるか、私の昔話の中にあったでしょう」

「え・・・?」

 待てよ、待て待て。

 そう、確かにこの人は言っていた。

 強すぎる、長すぎる妄想は1度消すと・・・。

「妄想汚染で俺らの記憶も消える・・・・!?」

「そう、そして猫を妄想するのとはわけが違う。恐らく私の記憶も消えるでしょうね」

「ってことは・・・もう2度とこの山梨と緋色には会えなくなる・・・!?」

長くなってしまいました。


ほんとうは分けるつもりだったんですが・・・。


ではまた次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ