第93片 妄想少女と文系少年の妄想④
「山梨・・・緋色・・・」
お前らはこのことを信じるのか?この聞きようによってはふざけてるとしか思えない内容を。
俺は信じられない、信じるではなく信じたくない。
お前らは・・・。
「どうしたの、七実くん」
「・・・・・・・うん、どうしたの」
「え?」
なんだこの温度差。
今、完璧に感動パートだったでしょ、悲しみにうちひしがれているお前らを俺が励ますような感じだったじゃないか。
「七実くんは私たちが妄想だったらそこで縁を切る?今まで妄想だったことを教えてくれなかったことを怒る?」
「いや、そんなことないけど・・・」
そもそも縁なんか切る意味が分からないし、妄想だったってことを本人たちも知らないんじゃ怒るも何もないしな。
「でしょ。だったら何も変わらない」
「・・・・・・・・・いつもと同じ」
「お前ら・・・・・」
励ます・・・ねぇ・・・。そんな必要はまるでなかったみたいだ。本当に強いな、俺なんかよりもずっとずっと強い。
「でも、ま。私もまだ信じられてないんだけどねー。それになんであちらさんが急に私たちの正体をバラす気になったのかも気になるし」
「・・・・・・・・うん」
「お母さんの顔を思い出せない親不孝ものってわけでもなかったし、万事おっけー!で、そこのえーと、あなたの名前はなんでしたっけ?」
「山梨です」
「下の名前は?」
「・・・・・・・・」
「まぁ、いいや。で、山梨さん。私たちのこともそうだけどよく七実くんをボコボコにしてくれたね。仲間がやられて黙っているような温厚な人間じゃあないんだよ、私たちは」
「・・・・・・・戸張。最初から全力でいい。暴走したら押さえつけるから」
「さんきゅー、ひいろん。んじゃ、いきますか」
「おい、山梨。お前何する気だ・・・?」
「何って戦うんだよ。あちらさんと」
その時、世界が変わる。
急にあたりが暗くなり、そしてまわりの色がちぐはぐになる。本格的な妄想の印だ。
この光景を見たのはどこかで・・・あったような・・・頭が痛い。きっとこれは妄想汚染で記憶のない部分なんだろう。
黒曜石と初めて会った時のことなのだろう。
「んじゃ、まずはどうしようかなー」
「戸張!やめなさい!」
「へ?」
いきなり大声を出されて驚く山梨。
今までの柔和な笑みとは全くうってかわってこわい、血相を変えた顔になる。
なんにせよ、山梨の妄想はその瞬間に消え、そして世界は元に戻る。
今しかチャンスはないな。
「おい、山梨。お前が手を下すまでもない。あの人はもう死にそうなんだ」
「え?」
その言葉に山梨と緋色は驚いた表情を見せる。
「それは病気でってこと?それとも・・・・・」
そこで俺は自分の間違いをする。
しまった。妄想に詳しい山梨と緋色、その2人に死にそうという単語を使ったことが間違いだった。
これでは、すぐに分かられてしまう。
この人はお前ら2人を作っているから、妄想しているから死にそうなのだと。
負担がかかっているのだと。
お前らのせいなのだと。
山梨はもう気付いたみたいだな。
「山梨・・・・・・」
「なんで、なんであなたはそこまで頑なに私たちを妄想しているの?」
「・・・・・・」
そう、妄想なんかより絶対に自分の命の方が大切に違いない。
自分が死んでしまったらもう妄想はできないけれど、でも、1度消した後、また妄想すれば会えるわけだし、永遠の別れなんかじゃないはず。
妄想が大切なのだというならまずは自分の命を大切にしないといけない。
「あなたは一度私たちを消してしばらくしてからまた回復後に妄想すればいいじゃない。なのになんでまだ妄想し続けようとするの・・・?」
「それにだ」
俺はそれに付け加える。
「それになんで病院とか・・・えーと確か、俺が体育祭の時に寄った図書館。そこも桜浪図書館だったはずだが、それもあなたが妄想したのだとして、なぜその余計なものを妄想したんですか」
「・・・・・それは簡単です。図書館は病院のカモフラージュ。妄想1つドンと置くより、2つぐらい置いたほうが違和感がなくなったりするんです。で、その病院は私の死を病死とするために用意しました。」
「なんで・・・そんなこと」
「それも簡単ですよ。あなたに、七実未空くんに私が病気で入院しているということを伝えるためです。病気で入院していて、死因は病気。そうあなたに植え付けるためだったんです。妄想で弱っている以外は健康なので普通の病院に入院することは不可能です、なら自分で妄想すればいい、と」
「だからさっきからあんたの説明は何か要領を得ない!なぜ俺に病死だと伝えたかったんだ!」
とそのセリフを言って自分で分かってしまった。
それは俺に病気というのを刷り込みその他の可能性で死んだと思われたくなかったから。
じゃあ、なぜそう思われたくなかったのか。
それは山梨や緋色に俺がそこらへんの話をするとき、病死だと2人に伝えるため。
もちろんその時点じゃ2人はこの人のことを知らないが、しかし妄想で死んだという可能性を、1%でもある可能性を0にできる。
これは正直、すごい賭けじゃないか。
俺が病死だと思い込み、その話を2人にする、そうしてようやく成り立つこの方式。
そこまでして2人を妄想で死んだと思わせたくない理由。
『母親であり、親友です』
『妄想とは何もない状態からは生まれない』
黒曜石のこの言葉。
俺の考えが正しければあの人の誤算は俺や山梨が妄想に詳しすぎたこと。
過度の妄想は死に至ることを知っていたこと。
「妄想は何らかのイメージがないと成立しないようですね」
「・・・・・・」
「あなたはじゃあ、山梨と緋色はどこからイメージしたものなんですか?」
「・・・・・・」
「もしかしてもしかしてですが、この2人はあなたの学生時代の親友をイメージして妄想したものなんじゃないんですか」
「・・・・・・・本当にあなたはすごいですね。先ほど誰でも救えるとは思わないことと言いましたがそれは前言撤回です。あなたはきっと誰でも救える。本当にヒーローのように」
気がつくと黒曜石もどきは消えている。
本物の黒曜石は下をむきっぱなしだが。
「でもあなたが救えるのは人間であり、妄想ではないのです。では僭越ながらここで昔話を1つ」
〇
「・・・・・・・・」
「ねー、ねーってば!」
「!?」
「あー、ようやく気付いた。ほんと、何回話しかけても反応ないんだもん。そんなにその本が面白いの?私も少し興味が出てきたなー」
「あ、あなたは・・・?」
「え?うそ、覚えてないの?私これでも一応クラスメイトなんだけど」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「ショックー・・・。じゃあ、ここで一つ自己紹介を」
「あの・・・そうじゃなくてなんでわざわざ私に話しかけて・・・」
「私の名前は春川戸張。あなたの名前は分かってるよ、けどほら、あなたも自己紹介をしちゃいなよ」
「え、あ、えと・・・その・・・山梨・・・山梨黒雪」
「山梨さんね、黒雪っていい名前だねー、綺麗!」
黒くて冷たい雪。
その時たまたま習っていた日本史の授業で出てきた黒曜石という単語が見事に私に合うという理由でつけられたニックネーム。
その黒曜石は冷たく、漆黒で触れたものを傷つけるようなものだった。
だから私はそのニックネームを嫌っていたし、名前も嫌いだった。
今思えばあれは名前うんぬんより、当時、人見知りが悪いように働いて冷たい人だと思われてしまった私の責任ではあるけれど、でも嫌いだった。
しかし彼女がその嫌いな名前を褒めてくれた時から私の世界は変わった。
山梨黒雪。17歳の夏。
最近更新頻度が増えていますが、しかしこれも今のうちのような気がします。
100話までもう少しというこのごろ。
もっと精進して頑張ります。
ではまた次回。