第92片 妄想少女と文系少年の妄想③
「いやいや、まぁ、確かにさ。母親ってことと親友ってことはあまり矛盾しないよな。母親だけど友達みたいに仲のいいやつもいるしな。だけどあまり、というか今言うことじゃないんじゃないか」
「いえ、正解ですよ、その表現で。ま、この先は本人から聞いた方がいいと思いますけれどね」
「あなた・・・黒曜石さんでしたよね、確か。あなたはそんなに七実未空くんと戸張の仲を裂きたいんですか?」
仲を裂く?
どういうことだ。この話の流れで出てくるような単語じゃないし、そもそも俺が知りたいのはなんでこの人はでかい病院丸々一個妄想したのかということ。
そこまでして、何がしたかったのか。俺を騙して何をしたかったのか。
「いえいえ、別に黒曜石はそんなこと考えてなんていませんよ。ただ、嘘をつき続けて続いていく友人関係とすっぱり割り切った友人関係なら黒曜石は後者を選びますけど」
「黒曜石、お前何を言って・・・」
「七実くーん!」
「・・・・・・・・・・未空」
と聞き覚えのある声が2人。
山梨と緋色である。
「山梨に緋色・・・?どうしてここに?」
「どうしてってあんな馬鹿でかい妄想を感じたら誰だって気付くよ!一応ひいろんも連れてきたけど」
「・・・・・・・・・どうしたの?」
「あぁ、いや・・・」
きっと俺が妄想を破いてしまったせいで病院の妄想が消えてしまったのだろう。
その瞬間に膨大な妄想力を感じたわけか。確かにそこにあるものが急に消えてなくなったら誰だって驚く。ただ、山梨は前から気付いていたみたいだけど。
「うーん、妄想で病院を作るって意味わかんないから放置してたんだけど、まさか七実くんが巻き込まれているとはねー。相変わらず誰にも頼らないで1人で行っちゃうんだから・・・ってあれ?そこの女の子は?」
「それは話すと長くなるから割愛だ。それよりも山梨、お前のお母さんってあの人か?」
「え?」
俺が黒曜石そっくりなその女性を手で示す。
しかしその時、その女性の顔が一瞬歪んだのを俺は見逃さなかった。そして小さく呟いた言葉も。
その言葉は、その口は明らかに『どうしてあなたが』と言っていた。
「あっはは。七実くんは面白いなぁ。なんであの人が私のお母さんだって思ったの?第一全然私と似てないじゃない。七実くん、私のお母さん知らなかったっけ?」
「え?そうなのか?知らないけど」
おい、黒曜石。お前全部間違ってんじゃねぇか。母親どころか親友でもないぞ。という意味を込めた視線を送る。しかし黒曜石はこちらを見ない。
見ないで地面を見ている。
それははたから見ればまるで泣いているようであった。
「まったく。私のお母さんはね・・・・・・」
「おう」
と、俺はここで気付く。黒曜石がなぜこちらを見ないのか。
黒曜石は俺を見ていないのではなく、山梨を見ていないのだった。
様子のおかしい山梨を。
「あ、あれ?おかしいな・・・お母さんの顔・・・いや、待って。忘れるわけないよ、だって私を産んでくれた人だしねー。ほら、今すぐ思い出すから・・・待って・・・」
「や、山梨・・・?」
「ははは、大丈夫。ほら、私ってさぁ、意外ともの忘れ激しいんだよね」
さすがの俺でも分かる。
これは異常だ。母親の顔が思い出せないのは物忘れとかそんな次元じゃない。
「はは・・・はは・・・お、思い出せない・・・お母さんの顔、思い出せないよ・・・なんで・・・なんで私・・・そ、そうだ、写真。写真を見れば」
確か携帯に写メがーと言いながら携帯を探す。
しかし携帯が見つからないのか、なかなか探すことが終わらない。
「えーと、携帯携帯。ここに来る前に確か持ってきたはずなんだけど・・・あれ?携帯がない?あっちゃー、なくしちゃったのかなー」
「山梨、もういい・・・」
「待ってよ、まだ大丈夫。お母さんの顔なんてだって忘れるわけないじゃん・・・そんなの。でもおかしいの。顔だけじゃなくて本当にお母さんがいるかどうかすらもあやしいって思っちゃってるの・・・そんなのおかしいでしょ・・・なんで・・・なんで・・・」
「山梨戸張」
「え・・・?」
山梨を呼んだのはあの女性、同じ苗字の山梨さんだった。
「あなたに母親はいません。いるとしたら私が母親です」
「何を・・・・・」
「完結に簡潔に言いますと、あなたは私の妄想です」
「は・・・?」
とまぬけな声を出したのは俺である。
山梨さんの妄想が山梨・・・?いやいや、どういうことだよ。だって人1人生み出すなんてすごく苦労することなのにそんなのずっとやれるわけがない。
俺は山梨とは1年以上の付き合いがある。短いかもしれないが妄想を1年間もたせるなんて不可能だ。
「七実未空。確かに妄想を1年間もたせるのは『苦労』します。ただ苦労するんです」
と言ったのは黒曜石。
「もう、分かりましたか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・苦労するだけでできないわけじゃない、ただ使用者はかなりの負担を負う。ってことかよ・・・」
なんだそれ。
どういうことだ。
山梨が人間じゃなくて妄想?
そんな話信じられるわけがないだろう。
「七実未空。あなたは山梨戸張を忘れかけたことがありませんか?」
「そんなわけな・・・・・・・・・・」
そこで止まる。
あれは図書館でのことだっただろうか。
俺は山梨を呼ぼうとして、そして名前が出てこなかった。
だいぶ前のことだが今でも覚えている。
「そんな・・・そんなのってねぇだろうが・・・・・」
「七実未空、ついでに追い打ちかけるようで申し訳ないんですが、また1つだけ。あの女性が人間、病院を生み出して死にかけになってるって思ってますか?」
「え・・・?」
「それだけじゃ死ぬには至らない。それだけではあの女性は死にませんよ」
「だって・・・でも実際に・・・」
「『妄想を抑えるベル』なんて意味の分からないもの、この世に存在すると思いますか?」
「そ・・・そんな・・・・」
俺はまた1つ気付く。
妄想のために作られた都合のいいベルの存在に。
「緋色も・・・妄想なのかよ・・・」
気付きたくなかった答えに。
というわけで少しずつ進んでいます。
終わりも近いんじゃないかなぁと、前も言った覚えありますが。終わる終わる詐欺ですね、もう。
ではまた次回。




