第91片 妄想少女と文系少年の妄想②
「あら、また来てくれたんですか?あの子たちならもう帰ってしまいましたけれど」
「・・・・・・」
桜浪病院。があったこの場所はもうすでにただの空き地となってしまっていた。
しかし本人はきっと俺がこの光景を見ていることに気付いていない。
桜浪病院が見えなくなったのは俺がさっきまでの光景を妄想とみなしてしまったからである。
それは全く俺以外には関係のないことではあるのだが。
「いや、用があるのはあなたですよ、山梨さん」
「なんでしょうか?」
笑顔を絶やさない優しい笑み。
俺にはそれがもう恐ろしいものとしか思えなかった。
「なんであなたは架空の病院を作ったんですか?」
「え?」
「あなたは確かこっちに引っ越してきたばかりだから分からなかったんでしょうね、桜浪という名前は地名でも伝統でもなくただうちの学校にある桜が普通よりはやく咲くことから付けられた名前ということに。まぁ、でも俺もそのことに気付くのには時間がかかりましたが」
「・・・・・・そうなんですか。で、それは誰から聞いたんですか?」
「誰から?」
「あなたは自分で気付いたわけじゃないでしょう。そんなに簡単な妄想を使った覚えはありませんし、だからあなたの近くにいる例外が教えてくれたんじゃないかなぁと思ったんですが」
「例外っていうか、俺のまわりにも妄想が上手い人間がいるんです。あなたと同じ苗字ってことで前に話したことがあると思うんですが」
「山梨戸張」
「そうです。よく覚えてましたね。でも俺が聞きたいのはこんなことじゃない。なぜ妄想を使ってまで俺を騙そうとした?」
「騙そうなんてしてませんよ。体が悪いのは本当ですし、結婚もあの姉妹も本当です」
「じゃあ、尚更分からないですよ。限度を超えた妄想は体に毒だってわかってるんですよね。明らかに病院1個まるごとなうえに他人の記憶操作なんて限度を超えている。あの子たちも妄想汚染で体を悪くしてもおかしくなかった」
「えぇ、確かにそうですね。でも私にはそうするしかなかった・・・」
「だからなんであんなこと・・・」
と言葉を伝えようとした瞬間目の前には黒曜石がいた。
「こんな感じでしたっけ?あなたの相棒さん」
「なんでそれを知って・・・!?」
しかし目の前の黒曜石は蹴りを放つ。
俺はそれをよけることができず、もろに腹にくらう。
「がはっ・・・」
耐えようと思ったがしかし足のふんばりが効かない。
俺はその場に崩れ落ちた。
「何を・・・!」
「すみません。まだあなたに邪魔されるわけにはいかないんです。これも戸張を守るため」
「戸張・・・!?」
この人・・・山梨のことを知っているのか・・・。
最初は知らないかのような反応をしていたのに。やはり親戚か誰かだろうか。
「何を・・・言ってるのか分からないが・・・妄想を持続させることはかなりキツいんだ。場合によっては死ぬことだってある。あなたが病院まるごと1つ妄想し続けたら自らも妄想汚染で死ぬかもしれないんですよ」
「・・・・・・」
「俺には分かる。体が悪いと言ってはいたがそれは病気ではなく、妄想によるものだろ。このままじゃあなたは本当に死んでしまう」
「・・・・・・」
横からの追撃。
黒曜石そっくりの妄想はまだ攻撃をゆるめるつもりはないみたいだ。
「ぐっ・・・」
「諦めてください。あなたはどうやらたくさんの人を救ってきたみたいですが・・・誰でもかれでも救えると思ったら大間違いですよ」
あーくそ。黒曜石もどきのせいでなかなか会話が入ってこねぇ。
ほんとどっちにつこうがあいつは邪魔くさいやつだな。
「がっ・・・」
しかしやはり妄想対人間。どうやったって敵うわけがない。俺がどれだけかわそうが、そしてどれだが頭を使おうが、奇策を練ろうが意味がない。
相手の黒曜石は話さないみたいだが、それはきっと他のところに妄想の力を集中させているんだろう、例えば戦闘力とか。
山梨は使えたはずだが俺にはできない妄想レベル。きっと相手もかなりの妄想使いなはずだ。
だが、俺は折れるわけにはいかない。
あんな無茶な妄想を使ったということは何らかの理由があったはず。それに山梨のことも知っているみたいだし、聞きたいことが山ほどある。
そして何か嫌な予感がするんだ。
このまま放ってはおけない。死にかけの人間を放置するわけにはいかない。
「無駄・・・ですよ。俺がこれぐらいで諦めるように見えますか」
「確かにあなたはどれだけ殴ろうが蹴ろうが決して諦めないでしょうね。だったら物理的に向かわせないだけです。疲れさせダメージで動けなくする。また回復したらこの子で相手をする。その繰り返しで食い止めます」
「ぐっ・・・」
さすがにその作戦は厳しいぞ。
まず相手は妄想であるし、俺自身は人間である。そんな長期戦でこられたらまるで太刀打ちできない。
「あー、ほんとに嫌だな。これは困った」
「何がですか?私の作戦?あなたはまだ諦めないと思っていたんですが・・・」
「困った。だから先に謝っておくぜ」
「?」
「すまん。俺はお前の言うことをなかなかきけないらしい」
「だから何を言って・・・」
「黒曜石ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
「はいはーい、ピンチをチャンスにコンバート!いつも素敵な黒曜石参上!ってあれ!?黒曜石が3人!?なんですかこれ、どういうことですか!?」
「いや、まぁ、そこは聞くな。というかお前ならなんとなくわかるだろ。考えることを放棄するな」
「へーいです。で、これはこれは、黒曜石のオリジナルもいるじゃないですか」
「オリジナル・・・?」
「えぇ、ここまでくれば隠す必要性もないでしょうしというかもう黒曜石はほとんど七実未空の妄想なので変なプライバシーも守る必要もないです」
ってなわけでと黒曜石は区切る。
「オリジナル。前も話したと思いますが、妄想っていうのは今まで見てきたイメージから作られるものなんです。例えばラーメンを見た覚えがない人がラーメンを妄想できるわけがないですよね?でもラーメンを1度さえ見てしまえば妄想することは容易い、すなわちそういうことですよ」
「なぜラーメン・・・」
「で、ここまで言えば分かりますね。今は黒曜石はあなたの妄想ですが、昔は山梨戸張の妄想でした。あなたはその山梨戸張の妄想暴走の時に見たのを覚えていたんでしょうね、記憶はなくても。しかしじゃあ、山梨戸張は?なぜこの姿で黒曜石を作り出したのか」
「山梨は一度黒曜石を見ていた・・・?」
「そうです。しかし黒曜石は山梨戸張の妄想。どうやったってそこで矛盾しますが、しかし目の前にいる彼女、黒曜石にそっくりな彼女を山梨戸張が見ていたとしたら・・・」
「なるほど・・・やはり俺の親戚という線は合っていたということか」
「それは外れです」
「え?」
「彼女は山梨戸張の母親であり、そして親友です」
お久しぶりです。
なんというかもう90話をこえている・・・本当はここまで続く予定はなかったのですが、なんか書いているうちに楽しくなっていってしまったんですよね。
そんな作品ですが今後もぜひ見ていただければなぁと思います。
ではまた次回。