第89片 『無』少年と『ある』少女の継承
先渕の帰宅途中。
その先渕の目の前に現れたのはある一人の人間だった。
「・・・・・・・」
「ん?君は確か・・・?」
「・・・・・・・」
「なんのようかな?僕はこれでも忙しいんだけれど。まぁ、頼まれたら付き合うぐらいの度量はあるつもりだけれどね」
「・・・・・・・」
「はぁ・・・がっかりだ『無』。何か話してくれよ。僕の何が気に食わないんだい?なんでもないならそこを通してくれないかな?」
「・・・・・・・」
「まぁ、僕もさ、温厚ではあるんだ。だけどさ、ここまでめんどくさい相手と無駄に絡むっていうのは少し腹立たしくて意味がない。だから暴力も厭わないつもりなんだよ」
「・・・・・・・」
もう1度ため息をついて先渕はポケットの中に手を入れる。
「もう知らないからね」
「・・・・・・・・・」
そう言いつつも顔には笑顔。
今まで溜まっていたフラストレーションが一気に開放されるかのような気持ちよさを感じながら先渕はある能力を発動する。
能力というのも彼が言っているだけで七実未空からすればそれは能力でもなんでもなくただ日常の範囲内ということになるんだろうけれど。
「『ふきとべ』」
そう言った瞬間相手の体は吹き飛ぶ。
これはまるで色花の言葉のようであるがまた少し違うものである。
(なかなか今回も出力高めだなぁ)
彼の能力は地位。
自分よりも地位の低い相手に命令し、言うことをきかせる能力である。
上司に命令されたり、先生にどんな理不尽なことで怒られても逆らえない心があるだろう。彼の能力はその強化版である。
ただ弱点がいくつか。
自分より地位の高い相手には通用しないということと、相手に選択の余地があるということである。
あいてが100%言うことをきかないと思えばそれは通用せず、そして能力は発動しない。しかし、逆に言えば1%でも迷ってしまえばそれはその時点で能力の発動を意味する。
(やはり100%なんてこの世の中にはない。絶対なんて存在しない。だから僕のこの能力は存在する。存在しないものがあるからこそ僕は生きる)
先渕はゆっくりと吹き飛んださきへと歩いていく。
壁にぶつかったのかそれとも砂煙なのか煙だらけで前が見えない。
しかし先渕には勝算があった。そもそも相手は敵意がなかったのかもしれないのだがそんなの先渕には関係ない。敵意がないことが敵にならない理由にはならないのだ。
そんな先渕は未だにポケットから手を出さない。
それは自分より地位の高いものに対しては全くできないポーズであり、このポーズができるということは今、地位の高さは先渕の方が上ということだ。
そして最初の一撃をくらわせた時点で地位の高さは決まっている。相手は不意打ちをされ、さらに壁に激突という屈辱の極みを受けているのだ。
それが何を意味するのかは簡単。
ひっくり返らない地位。
そのものだ。
「だから言ったじゃ『無』いか。暴力は嫌い『無』んだけどしょうが『無』い。まだまだいくよ」
しかしそこで感じる違和感。
そう、激しく煙は上がっているもののなぜか音がしない。
ありとあらゆる音がしない。
壁にぶつかる音。その後地面に落ちる音。そしてその後気絶する気配もまるでない。
しかし先渕は揺るがない。
その程度は特に問題ではないし、揺らいでしまうと地位が下がってしまう。
地位の高さとは心の持ちようであり、優勢であるかどうかでもある。
まれに山梨戸張のようになにごとも諦めず、そして常に全てを楽しむ彼女のように折れない心を持つものがいる。そのような人間に対してはまるで効果をなさない。
だが相手にはそんな心を持っているとは思えなかった。
「・・・・・・」
煙が晴れた先には仁王立ちしている相手の姿があった。
「ふーん。どうやら効いて『無』いみたいだね」
「はぁ・・・・・」
と今まで黙っていた相手が話し出す。
ため息というまるで地位が上にあるかのような語りだしで。
「ったく、いきなり攻撃たぁいい性格してんじゃねーですか」
「君こそ、『無』んで効いて『無』いのかな?女の子だからって手加減した覚えは『無』いんだけど」
「そんなもん、あんたが一番分かってんでしょーよ。ほんと、直視したくない現実は見ない主義なんすね。どこまで都合がいいのかわかりゃしねーです」
そうなのだ。
この地位の能力において効かないということはただ1つ。
自分より相手の方が地位が上ということ。しかしなんの屈辱も、そしてダメージも負っていない、そしてポケットに手を入れている態度の悪さから先渕の地位の高さは未だ最高なはず。そう考えていた。
引き分けはあっても負けはない。
そう考えていた。
「あめーんですよ。相変わらずいい頭をお持ちで。ではきっとまだなぜ私が吹き飛ばされた後に『攻撃が効かなくなった』のかということには気付いてねーんですよね」
(言葉の照準。ふぅん・・・文系か)
「ちげーますよ。文系じゃねーです」
(心を読んだ・・・?いや、違う。これは・・・)
「ようやく気付きましたか。そう、これは『意識の数字化』。すなわち理系の能力です。いや、能力っつーのもおかしい話でしょーがね。この世界はあなたの言うとおりのファンタジーじゃねー。ここは現実なんで」
「頭から発する微弱な電気を数字に変えて計算することにより考えていることを読む力・・・」
「おや?話し方戻したんですね。まぁ、いいですけど。正直、文系の言葉の照準と違って頭も使いますし、計算ミスもあるんで使い勝手はわりーんですが」
「・・・・・」
先渕は考える。
なるほど、さっき途中で地位による攻撃が効かなくなったのはこの力を発動したからかと。
心を読む。
対人で最も優位に立てることのうちの1つ。
だから地位はその瞬間ひっくり返った。
「君も岸島ちゃん並の理系だったってわけだ。ほんとしてやられたよ」
「してやるためにきたわけでね。まぁ、正直なぜあなたを止めるのかというと簡単な話であなたに留年してもらうわけにはいかねーんです」
「・・・・・」
「ただそれだけですよ。だからあとはまかせて下さい、私に」
「だから敢えて一度攻撃を食らったんだね。僕のこの地位の力を封じるために」
「えぇ、それがその力の『弱点』なわけですから。私も地位の力は持っているのでそこらへんの弱点は全て把握してるんです。というかもし私がこの能力を持っていなくてもあなたのその不可解な話し方、『無』を強調する話し方で理系でも文系でもない無所属だと分かってしまいますから対処できるんですよ、簡単にね。それこそ考えるまでもない推理小説を読むかのように」
「なるほどね・・・」
先渕はポケットから手を出す。
そしてニヤリと笑った。
「じゃあ、あとは任せた。僕の意志を継いでくれ。受験勉強に勤しんで結果報告待ってるよ」
「任せてくだせー。じゃあ、あなたが余計な真似をしないようにここから無抵抗のあなたをギタギタにしなければならねーんですが、許してくださいね」
「うん、よろしく」
そうして意志の継承はおこなわれた。
先渕の意識はその後すぐなくなることとなる。
そしてその意志を継いだ人間はただひたすらと笑い続けた。
というわけで3人称という形式でお送りしました。
これ書いて思ったんですけど3人称って書いててすごく書きやすいなぁと。それ言ったらこの作品全否定になってしまいますが。
今回はファンタジー色が出過ぎたような気もしますが、基本はラブコメであり、コメディであり、『日常』であることをお忘れなく。
書いている本人が一番忘れそうですが・・・。
ではまた次回。