第86片 理系少女と文系少年の学校祭 3日目
「えー、神子ちゃんは俺が昔住んでいた場所の近所の子供だ。今は中学2年生だっけ?」
「3年生だよ」
「だそうだ」
「飯島神子です。よろしくお願いします」
「いや、まぁいいんですけれどね・・・」
「黒曜石もどうでもいいんですけれど」
「うん、そんな反応しちゃうよね・・・。俺もよく分からないんだ。なんでここに来た?」
「えっとね。ぼーっとしてたら不良さんに話しかけられてそして不良さんに連れてきてもらったんだ。にししっ!あたし偉いでしょ」
「偉いとかどうとかじゃなくて不良に絡まれてんじゃねぇか・・・」
「ううん、かっこよくていい人だったよ、ほらその人」
「その人?」
「誰もいないですね」
「黒曜石にも見えませんがあなたも妄想とか使えるんですか?」
「あ、あれ?おかしいな、さっきまでそこにいたのに・・・」
「とにかく。今は喫茶店だ。お客さんも結構いるし遊んでる暇はない。神子ちゃん、終わるまで待てるか?」
「あたしはもう昔みたいに子供じゃないから、大丈夫!」
「すごく不安なんだが・・・」
「あたしはお兄ちゃんがなんで女の人の格好をしているのかが不思議なんだけど・・・」
「それは聞くな」
「七実くん、岸島さん、黒曜石さん。お客さんが呼んでるよ」
「おーわかった。いくぞ」
「はい」
「はい」
〇
ということが昨日あったわけだ。
結局なぜ神子ちゃんがここに来たのかというと受験する学校を桜浪高校にしたらしい、その下見だそうだ。真面目だな。
神子ちゃんは今、あじさい荘の空いている部屋に泊まっており俺が出ていく時はまだ寝ていた。
疲れたのだろうな。
そして今日は学校祭最終日。俺の喫茶店の店番も昨日で終わりだし正直また暇になってしまっているわけなんだ。高松も山梨も緋色も数夏も今日は喫茶店の店番で忙しいらしいし。
ここで違う友だちとまわるかーってならないところが悲しい。
だってなんかここで混ぜてもらってもあぁ、あいつまわる相手いないんだなぁって思われながらまわることになるじゃん。
それは嫌だ。
実際こうして1人でまわっていること自体が既にそう思われてしまいそうだけど知らないやつのことなんか知らん。
知っているやつにそう同情されるのが嫌なんだ。
でも1人っていうのは気楽だし、楽だからなんて強がってみせる。
「あー」
それにしたって暇だ。
いろいろなところが色々な出し物をしているがやはりそれは学生というものを超えないものばかりでどれも微妙。楽しめるのかもしれないが1人じゃ無理だ。
心理テストなんてものもあるみたいだが1人で結果を知ったところでなんだというのだろう。ああいうのはみんなに見せて馬鹿みたいに笑い合うからこそ出来ることだ。
他には・・・模擬店か。
喫茶店みたいなものかな。どちらかといえば屋台に近いものを感じるが。
これも却下。腹なんかまだ減ってはいない。
本当にどんどんやることがなくなっていく。
あ。
そういえば体育館でライブとかやってるんだったっけか?俺にはあまり関係ないと話をまるで聞いていなかったのだがそうかそうか。
1人で見に行くのもあれだしなぁ。
結局1人は惨めということかな。いや、そんなことはないはず。俺は1人ということに誇りを持っている、孤高の存在。格好いいじゃないか。
っていうのも全部強がりなんだが。
こういう時に何か部活に入っていれば部室やらで過ごせるのかもしれない。しかし帰宅部の俺にはその逃げ道すら用意されていなかった。
空き教室で寝ているやつらも見かけたがあれもまた友達とかとつるんで寝ているのだと思うと俺が入るのも少しおかしい。
どうしたことだろうか。学校祭、全く面白くない。
「はぁ・・・」
歩き疲れてというか精神的に疲れて近くにある椅子に座る。
たくさんの人が動いていて過ぎていく中、俺だけ時間が止まったかのような錯覚。これぞ学校祭という感じの熱気もあり、ますます俺とはあまり合わないものになっていく。
そうするたびにズレが生じる。
俺とまわりにズレが生じるのだ。
それは時間のズレでもありし、やる気のズレでもある。そしてなにより。
人間としてのズレ。だ。
「暇なんですかぁー?」
「よ、黒曜石」
と俺は暇すぎてまた黒曜石を出してしまったらしい。
これが無意識なのだから本当に驚きだ。しかしこの手はあまり使いたくなかった。まわりに見えるとはいえ、想像の女の子と学校祭をまわるって1人よりも惨めじゃないか。
というかそもそもここには人通りがたくさんあるんだ。出すべきではなかった。
「ふふふ、七実未空は本当に友達がいないんですねー」
「うるせぇ、少ないだけでちゃんといるよ」
「まぁ、黒曜石もこの学校祭の盛り上がりは苦手ですから気持ちが分からないでもないです。ただその盛り上がりに乗ってしまえば苦手とかじゃなくなるんでしょうけれど」
要するに黒曜石達は冷めているのですと結論づける。
「物事に対して素直にぶつかれていないのですよ。たぶん盛り上がってしまえばこちらのものです。最初に黒曜石を出して2人でまわりながら誰かに声をかけていれば一緒にまわれたでしょうに。その手段をとらないということはあなたはあまりこの祭に積極的ではないのです」
「まぁなー。3年生ならともかく俺ら2年生はまだ来年もあるからさ。これで最後だーっていう盛り上がりもないんだ」
黒曜石は少し黙る。
黙って何かを考えている素振りを見せる。それがメイド服みたいな格好の彼女にはとてもよく似合っていて、そしてどこか話しかけにくい空気を作っていた。
「喉が渇きました」
考えていたのではなく喉の渇きを確認していたのだろう。
「お前飲み物とか飲めるのかよ・・・」
「今黒曜石はここに存在しているわけですからね、飲み物ぐらい飲みますよ」
「ふぅん・・・」
「あとあまり黒曜石を出さないほうがいいでしょう」
「え?なんで?」
「なんでってこれからも出す気満々だったのですか・・・」
はぁ、とため息をつく。
そんなにひどいことを言ったのだろうか。夜とか話し相手が欲しいこと多いんだが。
「前も言ったとおりって前の記憶はないのでしたね」
たぶん数夏が消えた事件のことだろう。
山梨の熱が原因で巻き起こった数夏が消えてしまう騒動。確かに俺は妄想の力にあてられてあの時の記憶はない。こいつが残してくれたらしい紙に書いてあったことしか分からないのだ。
「黒曜石がなぜあの事件の時存在を現したのか。それは岸島数夏の存在が消えた穴埋めだったのですよ。岸島数夏の代わり。それが黒曜石だったのです。ですが今は誰も消えてはいない。そりゃ事故で死んだりはしますかもしれませんが存在そのものがなくなったりはしない。なのに黒曜石はここにいる」
「・・・・・なるほどな」
「えぇ、もうわかったと思いますが。今現在この地球には『1人多い』んですよ」
言葉の照準。
文系少女の先輩が使っていたのはかなり強力なものだったために扱いにくく、人を傷つけるものではあったが微々たる力で発動するとそれは説明は話し合いにとても便利だ。
相手に自分の言いたいことを強くより強調して伝えることができるのだから。
「1人多いからそれは普通のことではなく、異常なことだと」
「はい。七実未空が自己満足で呼び出した時、まわりに黒曜石が見えてなかった時はあまりまわりに影響がなかったのですが、今は違います。今は黒曜石がここに存在してしまっている」
「なるほどなぁ・・・」
だからといってここでこいつを薄めると誰もいないのに話しかけている痛い存在になってしまうので消すなら消さなければいけない。
「どんな影響があるかは分かりませんが、1日に何回も長時間呼び出すのはやめたほうがいいでしょう。1回ぐらいなら問題ないとは思いますが」
「分かったよ」
何回もお前を呼び出すことなんかありはしないだろう。
今日だって特別みたいなもんだ。
「では黒曜石はこれで」
「おう、興味深い話ありがとな、また会おう」
また会おうといったのには特に意味はない。
また呼び出すかもしれないというニュアンスを含めたかったのかもしれないが。
「案外寂しいのかもしれないなぁ・・・」
人がいなくなるということが。
それが例え最近知り合ったやつだとしても。
「あれ?七実くん」
「え?」
という可愛らしい声。
聴いたことのあるこの声は。
「下野さん・・・?」
この状況を一番見られたくない人に見られてしまった瞬間だった。
昨日に引き続きということで今日も投稿です。
普段は遅くなりがちなので連休のうちは何連続か投稿したいなぁと思って急ぎました。
実は今回の話、1時間で作ったものなので投稿しようかどうか迷っていたのですが結局投稿することに。
せめて1日は考えられていればと、もう申し訳なく思っております。
そして今日も新作投稿をやらせてもらいます。
昨日の道化(仮)の続きということで2話目を。
投稿するつもりはなかったのですが、どうせ投稿するなら間をあけないようにしたいなぁとのことで。
そちらもよろしくお願いします。
ではまた次回。