第65片 文系少年と理系少女の体育祭 3日目④
「・・・・・な・・・んで・・・」
目の前から山梨が消えた。
いや、本当は分かっている。
ただ信じたくないだけだあの光景を。
頬に感じる暖かい液体を。
手の届く距離にいたのに。
俺のその距離には誰もいなくて、赤い線が道路に走っているだけだった。
「うぷ・・・・・」
ただでさえ酔っていたのにこれは。
でも吐いちゃダメだ。これは山梨なのだ。
だが俺の顔はどうしても横をむこうとしなかった。
トラックが止まっているのに、そちらを見れない。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・・」
なんだこれは。
なんだこれは。
これが現実。
いや妄想か。
じゃあ誰の妄想だ。
山梨の妄想か。
・・・・・・・・。
目を逸らすな。
これは。
現実だ。
「いや・・・だ・・・・・いやだ・・・・・・こんなの・・・・・・・」
でも目を逸らす以外に道はない。
俺は見れない。
救急車か・・・まずは救急車を呼んで・・・。
救急車を呼んで・・・・・。
目に涙が浮かぶ。
これは悲しいからなのかなんなのかは分からないが。
「くそ・・・くそ・・・くそくそ・・・くそくそくそくそ・・・くそぉおおおおおおおおおおおお!!」
携帯を取り出す、そこで気付く。
もう救急車は呼ばれているらしい。
まわりの人たちが電話している。119をしているようだ。
今更だが悲鳴も聞こえるし、このあたりは騒然としている。
俺はその中呆然と立ち尽くしていた。
「・・・・・・・・」
俺は携帯を思わず落としてしまう。
あ・・・。
もう手に力が入らない。
携帯が落ちたことぐらいどうでもいいとさえ思える。
携帯は手からこぼれ、軽く回転しながら落ちていく。
山梨・・・・・なんで・・・だ・・・・・・。
足が棒のようだ。
疲れたからではないけれどまったく歩けない。
携帯が地面に落ちた。
カチッ
そういう軽い音が響いた瞬間に3度目の世界の変化が訪れた。
しかしまわりの人たちが消えただけでトラックと赤い世界もそのまま、何も変わらない。
「君はこの世界を変えたいんですか?」
「・・・・・・」
誰だ。
「あれ?聞こえてないの?」
「・・・・・」
俺に話しかけているのか。
「おーい、七実未空ー」
俺は静かに顔を上げる。そこにいたのはまさにさっきの黒い人影。
黒曜石だった。
「・・・・・・・・いい目ですね」
「・・・・・・おい、お前。何をやっている。これじゃあ救急車がこねぇだろうが」
「・・・・・・現実逃避ですか。もうあれはどっちみち助からないでしょう」
「おい・・・いますぐ元の世界に戻せ」
「見苦しいですよ、君」
「ふざけんな・・・だいたいこれはなんなんだ・・・お前・・・見てたんだろ・・・なんで助けなかった・・・・」
「普通の妄想である黒曜石が現実に手を出せるわけがないでしょう。ましてや人の死を変えることはできるわけがない」
「ふざけんな・・・だいたいなんでお前はトラックが来る方にいたんだよ・・・・・・・・」
「・・・・・」
「お前・・・・・!お前がやったのか!?お前が山梨を・・・・・・・・!」
「そんなわけないでしょう」
「・・・・・・?」
黒曜石の体が消えかかっていた。
下のほうがもう透明になってきている。
「黒曜石はある程度自立した妄想だからといって少しでも関わっている主が死んだら消えるんですよ」
「・・・・・・ごめん」
俺は責め立てたことを謝る。
こいつも消えかかっているのに・・・頭がまだ冷めていないようだ。
まぁ、この状況でまともにいる方がおかしいが。
「で、仕切り直しですがもう1度」
「?」
「世界を変えたいか?」
そう真顔で答えた後、照れくさそうに笑って。
「なんちゃってね」
そうウインクする。
「よくある話だったらここでタイムスリップして死を回避したりするのでしょうか?まぁ、そこらへんはよく分からないけれどこの現実ではそれは不可能」
「・・・・・」
「じゃあどうするか・・・・・そんなのは簡単ですよ。それは・・・・・ってえ?」
すると瞬間、黒曜石が何かに吸い込まれた。
消えたんじゃない。何者かに引っ張られているように吸い込まれていった。
「君、救おうとしているの?」
「え・・・?」
俺の真後ろには男がいた。
学ランをきた、まったく特徴のない男。あるで俺を見ているような男。
「救うっていったってさぁ、『無』理だろう。『無』にを夢見ているんだよ、もう高校生だぜ」
「・・・・・・誰だ」
「僕のことはどうでもいいよ。この現実を受け入れろって言ってるの。人が死んだからって勝手に変えちゃっていいのその流れを」
「・・・・・・・・何を言って・・・・・」
「君以外にも誰か救いたいと思った人がいるのに、君だけ救えちゃうのって不公平じゃないかって言ってるんだよ」
「・・・・・・・」
「みんな死を受け入れてそうやって生きているんだ。心でどう思おうと死んでしまっているのだからね」
「・・・・・・」
「『無』んてね」
学ランは笑う。
「僕だって鬼じゃ『無』いから。これでも天使みたいだってよく言われたいと思っているんだぜ」
そんな可哀想な暴露はいらない。
「助けてあげようか」
「いい・・・黒曜石を返せ」
「・・・・・・・・つまら『無』い『無』ぁ。正論というか当然の意見だよね」
「うるせぇ・・・急げ」
「ははは、分かったよ。僕が悪かったみたいだね」
「・・・・・・・」
「じゃあ、黒曜石ちゃんは返すよ」
そう言って去ろうとする。
「ああ、そうだ言い忘れていたことがあったよ」
「・・・・・・」
「山梨ちゃんを殺しちゃってごめんね」
「!?」
なっ・・・・・・・・・!
「おい待てお前!まてぇえええええええええええええええええええええええええ!」
世界が戻る音がした。
バリンと割れるようなそんな音が。
〇
「はっ!」
気付くとそこは逆さまの世界。
図書館だった。
「俺は・・・・・・・」
時計を見る。
逆さまになってはいるがよめないことはなく、よんでみると数秒しか時間が経っていなかった。
何か長い夢を見ていたような感覚。
「夢・・・・・・・?」
夢なのか。
さっきまでの悪夢のような世界は。
「おーい、七実くんー」
「山梨・・・」
そこには普通に逆さまの世界を歩く山梨の姿が。
やはり夢?
「大丈夫かいー?」
「あ、あぁ、大丈夫だ」
夢だというのならいつまでも引っ張っているわけにはいかない。
本当なら今にでも山梨に抱きつきたいぐらいなのだが、そんなことをすると殴られるのでぐっと我慢する。
よかった・・・生きてる。
「んでーんでー」
「分かっている。謎解きだろ?」
あれをすべて夢だったことにした。
そうするのが一番いいし、何よりあれは妄想だと思っているのだから。
そして目的である謎解き。それはもうすでに解けている。
「『地を見ながら天を仰いだ主人公の心情を答えなさい』だっけ?まさにこの状況じゃないか」
「ふむふむ」
「山梨、お前は参加者じゃなくて出題者、生徒会側の人間として参加しているんだな」
「・・・・・」
「図書館っていうのはダミーみたいなもので本に気をとらせる。そして自分も参加しているという風に装うことで完全に自分へのマークを外す」
「・・・・・なるほどね」
「そしてこの逆さまな世界で地を見ると天井がある。まさに地を見ながら天を仰いでいる。そしてこの異常な蛍光灯の眩しさ。これは逆さまになって初めて表れた効果。すなわち主人公の心情は『眩しい』だ」
「・・・・・」
割と自信があった。
本だとしたら登場人物の名前を入れるのがいいと思うのだがあの紙には『主人公』と書いてあった。それは本の登場人物という意味ではなく、一人称である自分自身の感想、心情ということだ。
「まぁ、正解だね」
「よっし!」
「でも他に探す理由があったはずだよ」
「へ?」
「私が参加者じゃないともっとはやく気付けたと思うけれど、七実くんは」
「・・・なんでだ?」
「言ったでしょう。私は『天地がひっくり返ってもこの競技には参加しない』ってさ」
「いつのころの伏線回収だよ!」
変なところで伏線を張るようなめんどくさいやつだった。
〇
「死を回避することはでき『無』い」
「・・・・・・・」
「だったらどうして山梨戸張は助かったか?あれが夢だから?妄想だから?どれも違う。あれは確かに妄想が若干混ざっていたが、紛れも『無』い真実、現実」
「・・・・・・・」
「黒曜石ちゃんが助けたのも違う。黒曜石ちゃんは結局戻る前に世界が変わったのだから」
「・・・・・・・」
「じゃあ、『無』ぜか。簡単だよ。あの『事故』は『死』では『無』かった」
「・・・・・・」
「『無』にかしゃべったらどうだい?それとも難しくて理解でき『無』い?」
「・・・・・・・」
「どっちでもいいけれど。もうちょっとヒントをあげると人間や生き物が死ぬことを『死』というんだよ。だからあれは『死』ではない。山梨戸張が死ぬことを『死』とは呼ば『無』いんだよ」
「・・・・・・・」
「あれは生き物じゃ『無』い」
「・・・・・・・」
「憧れるなぁ、子供がヒーローに憧れるように、サンタを崇高するように僕はあの子に対して憧れている。だからこそ僕はあれが憎い。それと同じように『桜』もまた憎いんだ」
少しずつ終わりに近づいてきました。
前回少しだけ展開が変わったような感じでした。
今後あれ以上の展開を用意しておりますので、ついてきてくれるとありがたいです。
ではまた次回。