第60片 文系少年と理系少女の体育祭 1日目②
前半と後半。前半と後半の間には作戦会議時間のようなインターバルもあるそんな簡単なサッカールールにしている。
高校生の体育祭レベルなのだからあまり本格的なルールにしてもしょうがないというものなのらしいが。今の俺たちにはそんなこと考えている余裕はない。
「くっ!」
下野さんと津井(仮)さんを止めるのに必死だった。
少し助かったのは2人ともサッカー部ではなく女子バスケ部なので足でボールを扱うことに慣れていないこと。
なのでこちらのサッカー部が止めればなんてことはない。
相手にもサッカー部がいるのだが足が速い2人なので味方も追いつかない。だがこちらも追いつかない。抜かれたら終わりである。
すなわち。
もうサッカー部でない俺は役に立たないということだ。
しかし点差は1点差の0-1であり変わっていないのは完全にうちのチームのゴールキーパーのおかげである。
「はぁ・・・はぁ・・・あー・・・くそっ・・・」
普段から運動しているわけではない俺はもう体力の限界にきていた。
汗が目に入ったり、顎から流れ落ちたりと邪魔になることがあったがそんなことはもうどうでもいい。
役に立っていないのに無駄に走るからこうなるのかもしれない。
「七実くんっ!」
山梨との声で気付く。
目の前には下野さんが来ていた。
これはどう考えても俺が止めるしかない。これ以上、まだ後半も残っているこのゲームでゴールキーパーを疲れさせるわけにはいかない。
「・・・・・」
俺はここで考えた。
俺はここでもう諦めていた。チームの勝利を。
小さい頃、小学生ぐらいのころは勝ち負けにとても敏感だったのに。
紅組、白組だったけれどそれでも俺が目立っていなくても関係なかった。とにかく勝ちたかった。
でもいつの頃からか勝利を求めなくなっていた。
それがもうここで出てしまっている。
心のどこかで諦めているんじゃない。心全てで諦めている。
「・・・・・」
しかし体は動かさなくてはいけない。
それが使命であるかのように、自分の意思とは関係なく、使命であるように。
「あ・・・」
しかしあっさりと抜かされる。
それはそうだ。勝つ意思がないのだから勝てるわけがない。敗戦ムードを1人で盛り上げている。
そんな俺が止められるわけがないのだ。
ゴールキーパーの内山くん。ごめん。
あとは頼んだ。
俺は何もできなかったよ。
そう込めた視線を送ろうとした瞬間に笛がなる。
前半が終わったみたいだ。
これで5分間のインターバルが始まる。
〇
「大丈夫?七実くん。なんかぼーっとしてたけど・・・」
「ん?いや、大丈夫だ」
「じゃあ作戦会議だ。問題は足の速い2人だが・・・どう止めるかだな」
「私の妄想はさすがに使えないしね・・・うーん、さらに2点決めないと勝てないのかー」
「じゃあサッカー部をディフェンスに配置するか?」
「いや、それだとオフェンスががらあきになる。相手のゴールキーパーもサッカー部だから勝つことを考えるとそれは得策じゃない」
「内山は大丈夫か?」
「俺は平気。だから勝ちを優先するんだ。守りをかためても勝てないからね」
「じゃあ配置はそのままにしてどうするか・・・だな・・・」
「・・・・・・」
「七実くん?」
「・・・・・・・いや、大丈夫だ」
〇
「ふむふむふむ」
「どうした?津神坂」
「いやいや、なんでもないよ。わたしはただ広いグラウンドに驚いていただけだよ」
「お前もここの生徒だろ」
「そんなんだけどね。ところで生徒会長、君はこんなところにいてもいいのかい?」
「体育祭なんだ。俺だって参加するさ。というかお前と同じチームでバスケに出ているんだが」
「わかってるわかってる。でもわたしは嘘つきだから分かっていないかもしれないけれどね」
「で、そんなお前に頼みたいことがあるんだ」
「ん?なにかな?」
〇
笛の音がする。
後半の開始だ。
「・・・・・・・・」
なるほどね。
確かに恥ずかしかったな、前半の俺は。
ミーティングの時、誰も諦めていなかった。
それなのに俺だけだ。あんなに弱気になっていたのは。
「七実くん!」
また山梨の声が聞こえる。
下野さんが来ているようだ。
だとしたら俺は・・・死ぬ気で止める。
「・・・・・」
相手にフェイントをかける技術はないはず。だったら、動き出した瞬間に右か左かに移動すれば止められる。しかしこれは確実ではなく確率半分の賭けである。
でも何もない俺にはこれしかない。
こい!
相手は左を気にしている。だとしたら俺も左に動けばいい。しかしまだ決断するにははやい。
ギリギリだ。
もっと引き付ける。
もっともっと。
もっと!
今だ!
相手の足が不規則な動きを見せる。どちらに移動する気だ。
左か。右か。
右だ!
俺は相手が動き出した瞬間に右を選ぶ。しかし相手は左に動いていた。
しかしパスをする気がないのはまだここでパスをしても意味がないということか。
のちのちのサッカー部に対して不意のパスを出すんだな。
だから俺は戦力外。
俺なら抜かせると思ったわけか。
「・・・・・」
下野さんにここで抜かされる。
しかし、ここで諦めるさっきの俺じゃない。
がむしゃらに追いつくまで走る。
相手は左にずれることによって少し勢いを失っている。
そしてゴールキーパーの前にサッカー部のディフェンスがいる。
そこへの対処法を考えていても相手は減速しているはず。
だから間に合うには今しかない。
「くっそぉおおおおおおおおおお!!!!」
思いっきり走る。
相手はまだパスするわけではないらしい。
だったらサッカー部を抜くつもりなのだろう。
そして案の定サッカー部を抜かすため、動き出すがそれはフェイントらしくパスをする。
予想外。
うまい具合にかわしたあとゴールキーパーめがけて津井さんがシュートする。
しかしそれはゴールキーパーが思いっきり弾く。
そのボールは下野さんにわたり、がらあきのゴールを狙われるが、そこで俺が追いついた。
「!?」
「よしっ!」
俺は下野さんの前に急に現れる。
ずざざーっ!と滑るように。
それに驚いた下野さんのボールを奪い、味方にパスする。
「七実くんナイス!」
その味方は山梨にパスしたらしい。
「あー・・・疲れた・・・・・・・」
俺はその場から動けない。
息絶えだえである。
その後、山梨はオフェンスのサッカー部にパスをしてなんとか1点をもぎとった。
「うぉおおおおおおおおおお!」
とチーム全員で喜び、うちのクラスの応援席もすごい盛り上がりになっている。
あぁ・・・そうか・・・なんか疲れが心地よい。
これが勝利の味。
まだ勝ったわけではないけれど、それでも頑張るのは気持ちがいい。
〇
結局俺たちのチームは2-1で負けてしまった。
でもまぁ、これはこれでいいかななんて妥協なんかではなくプレイに満足いったような感じだ。
『ありがとうございました!』
そして試合が完全に終了する。
味方のベンチに戻り、一段落。
汗をタオルで拭い、用意していた飲み物を飲む。
「七実くん、後半すごかったねー!」
「山梨。いや、お前もほんとに初心者かってぐらいうまかったな」
なんて負けたのにそんなことを微塵も感じさせない会話で盛り上がる。
そこで。
「七実・・・くんだったっけ?」
と俺に声がかかった。
聞きなれない声。
誰だ?
そう思って立ち上がった目の前に下野さんがいた。
「君、すごかったね!」
いきなりのことで驚く。
「え、えっと・・・」
「あ、ごめんね。双葉の自己紹介がまだだったよね。下野双葉っていうんだ。女子バスケ部」
「え、えっと俺は七実未空。帰宅部」
帰宅部は言わなくてもよかったんじゃないかと激しく後悔する。
「七実くんが追いついてきたときに驚いたよ。足速いんだね」
「いや、下野さんほどじゃないし、一回シュートして弾くっていう時間があったから追いついただけ」
すごくそっけなく返してしまった。
自己嫌悪する、俺。
というか下野さん相手だと上手くしゃべれないな・・・。
しかしそんな俺に下野さんは気を悪くしたわけでもなく、さらに目を輝かせる。
「それでもだよ!そこまで考えて動けるってことはやっぱりすごいと思う!双葉は頭がよくないからそんなこと考えられないしね」
「俺もそんなによくないよ。それに走ることしかできないから。それしかなかったんだ」
「そんなことないよ。走るっていうことは大変で大切なことだから」
優しい。
スポーツ少女優しい。
「じゃ、双葉はこれで」
「うん、じゃあ」
そうしてあいさつをかわし、また一休み。
「ふぅ・・・」
「七実くん、モテモテだね!」
「いや、うるせぇよ。あともててない」
「ふふふ・・・ほんとうかな?」
「七実さん!」
「うわっ!数夏!?」
「すごかったです!私感動しました!」
「いや、それはありがたいけれど」
「なのでちゅーしてあげます!」
「いや、意味が分からない!こいつ酔ってるんじゃねぇのか!」
「きっと体育祭とか学園祭独特の一時のテンションのせいじゃないかな?」
「冷静に分析するな!」
「・・・・・・・・・数夏可愛い」
「緋色!?」
「・・・・・・・・・最近出番がなかったから」
「いや、うん・・・なんかつっこみにくい」
「・・・・・・・・・・私がキスをする」
「ひ、緋色さん!?はっ!わたしは一体なにを・・・」
「ひいろーんの恐怖によって素に戻ったね」
「わわっ!緋色さん!それはタンマです!」
「・・・・・・・・・なぜ?」
「なぜ!?いや、それは私は女の子が好きなわけじゃないというか」
「・・・・・・・・・・・私は好き」
「ひどく意見が一方通行です、ここ!」
こうして俺達の体育祭1日目が終了した。
なんてかっこつけてるわけだけど、2年2組はもう全部の競技で敗退したため2日目以降も試合がないというのはあまり大声で言えることではなかった。
というわけで二日目を飛ばして三日目へ。
の前に少しだけ短い2日目を。
ではまた次回。