第58片 文系少年と妄想少女の死線
まさかだった。
目先のことにとらわれるとはよく言うが目先すぎると案外目には入らないもので今日までその存在に気付かなかったのは痛いと言っていい。
「まさか体育祭の前にテストがあるなんて・・・・・」
嘆いても時間は戻らない。
俺は自分の部屋で死に物狂いで勉強していた。
リビングに行きたいところだがもうみんなと喋っている時間さえ惜しい。
「うわぁあああ!これ久々に死線が見えるよ。見えたうえに超えてしまいそうだよ、その線!」
もう悪あがきだった。
テスト勉強初日から悪あがきという珍しい状況に俺は少し考える。
・・・・・・・・。
絶望しかみえない。
「どうするか・・・」
まともにやっても勝機はみえない。
国語の現代文、古典はいい。俺の得意分野だ。
だが問題は暗記科目と数学である。
「数学って・・・・・数学ってほんと・・・」
俺がさめざめと泣きながら数学に取り掛かろうとした。
その時だった。
「にょろーん」
「・・・・・・・」
変な声が聞こえた。
「お困りのようだね」
「・・・・・・・」
おかしい。
ドアが開いた様子もないし、そもそもそこまで大きい部屋じゃない。だから人の出入りは必ず分かるというものだ。
声は後ろから聞こえている。
・・・・・・・・・。
「・・・」
俺は思い切って後ろを向く。
「やぁやぁ、久しぶりだね」
「・・・・・・・・」
沈黙。
天井から人が生えていた。
屋根裏とかそういうんじゃなくて本当に生えている。
なんか天井と同化している。
そして一番の問題は。
「・・・・・・誰?」
知らないやつだったということだ。
「えーおぼえてないのですか?」
「覚えるもなにも初対面なんだけど」
俺の知り合いにはこんな意味の分からない化け物はいない。
というか天井に生えてるということ以外は普通の女の子だった。
黒髪でメイド服みたいなエプロンを着ている。
「・・・・・・・」
なんか見覚えがあるな・・・。
「黒曜石はただあなたに会いたかっただけなのに・・・キラーンって涙を見せてみるもあなたはまるで興味をしめしてくれないみたいです・・・黒曜石ショックです」
「・・・・・」
どうやら名前は黒曜石というらしい。
黒曜石?
「山梨が改変した後の世界を救って・・・その時ポケットに入っていた手紙に書かれていた名前でそんなようなやつがいたはず・・・」
「むー、黒曜石は怒り心頭、あなたが初対面だったらムエタイキックをしているところですよ」
「俺としては初対面なんだけれどね」
「ところで七実未空。何をしているのですか?」
「いや、話を変える場面ではないだろ。まず聞きたいことがある」
「はい?なんでしょうか?」
「お前は人間じゃないな?」
「はいっ!」
はいっ!って満面の笑みで答えることじゃないだろ・・・。
「山梨の妄想か?」
「いえいえ、黒曜石はもう山梨戸張の妄想の中だけの黒曜石ではないのです。自立型妄想というべきでしょうか」
「意味が分からない」
なんかよくわからんが妄想は妄想でも山梨の妄想の中だけではなくいろいろな場所に出れるようになったということか。
「それって幽霊と変わりないんじゃね?」
「いえいえ、黒曜石は誰にでも見えますよ。一応、見えている間は実体がありますしね・・・よっと」
そう言って黒曜石は天井から抜け地面に降りる。
ドサッという音がするからマジで実体があるのか。
「で、黒曜石の質問には答えてくれないんですか?」
「あぁ、俺か?俺は・・・・・・・・・・・」
「?」
「俺はテスト勉強をしているのだった!」
そこで重大なことに気付く。
なんてこった・・・・・。
「俺はお前みたいな半幽霊を相手にしている場合ではない」
「黒曜石です。半幽霊ではないですよ。・・・テスト勉強ですか。なるほど」
「ん?」
「いえ、黒曜石はバカなので何も思うことはないのですが」
「・・・・・・」
手伝ってくれるのかと思った。
そんな俺がバカだった。
「でも今回は本当に時間がないからな。人に手伝ってもらう時間もないかもしれない」
「そんなに追い詰められてるんですか?」
「まぁ・・・それなりに」
「黒曜石の好物は人の不幸です」
「帰れ」
いるだけならまだしもいる上に楽しそうにされたらたまったもんじゃない。
「なんという言い草!」
「いや、もうなんでもいいけどさ・・・」
手を動かすのは忘れない。
うーん・・・ここの問題は一度微分してから解けると思ったんだけどな。
多分グラフが・・・。
「迷ってますねー手伝いましょうか?」
「お前バカなんだろ」
「し、失礼な!」
「お前が言ったんだよ!」
「くっ・・・わかりました。じゃあ黒曜石が先ほどまでいた家の女の子のパンツの柄をお教えしましょう」
「お前は何を言ってるの!?」
「黒曜石は半幽霊ですからね。そんなのいとも簡単に見れますよ。地面から生えれば!」
「半幽霊を肯定しやがった!あとお前が行なっているのは犯罪だ!」
「あれは人間を縛るための法でしょう。黒曜石のような黒曜石は縛れません!」
「なんかもう考え方がこえぇよ!」
「ふふふ、聞きたくないですか?聞きたいでしょう?」
「そんな誰かもわからんパンツの柄を聞いても嬉しくもなんともないな」
「確か・・・下野さんとかっていう人の家でしたよ」
「それうちの学校にいる生徒なんだけど・・・」
多分俺がぶつかったあの時の女の子であってるだろう。
あのスポーツ少女・・・足がすごく速かった。
「聞きたくないですか?」
「聞かねぇよ。いいからお前は帰れ」
「むー・・・では帰ります」
「お?」
やけにあっさりと。
「ただこの教科書は黒曜石持って帰らせていただきます!」
「バカ!それは必要なんだよ!」
「さようなら」
「さようならじゃねぇぇえええええええええええ!」
俺は黒曜石を止めようとしたけれどすぐに消えてしまう。
「くっ・・・」
コンコンとノックの音がする。
「はーい・・・」
俺はドアを開ける。
というかあいつ実体が消えたと同時に数学の教科書まで消えたんだけれど・・・。
「七実さん、古典で教えて欲しいところが・・・」
「すっ!数夏!」
そこで俺はすぐさま土下座。
「お願いだ!俺に数学を!」
「え?え?いや、いいですけど・・・とりあえず顔を上げてください!」
俺の心はもうすでに折れていた。
とりあえずはやめにということで。
体育祭は次回からの予定となります。
よろしくお願いします。
ではまた次回。




