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第53片 文系少年と文系少女の言葉⑤

 私には母親しかいなかった。

 父親は亡くなったのか、離婚したのかもよくわからない。

 けれど母親は悲しそうな表情をしたことはなくいつも顔には笑顔を浮かべていた。

 そしてそんな母親が私は大好きだった。

 だから私も父親がいなくても苦ではなかった。

「今日ね、鉄棒で逆上がりができたの!」

「おぉーそうかそうか!よくやったじゃないか」

「へへー」

 小学生のころは褒めてくれるのが嬉しくて些細なことでも成功したらすぐ母親に報告した。

 それに対して母親は同じ反応ではなくその時そのときで別の反応をしてくれた。

「今日は〇〇の好きな食べ物を作ろうと思うんだが、何が食べたい?」

「やったー!えっとねー・・・ハンバーグでしょー、カレーに・・・」

「お前はそんなに食べる気かよ・・・1つだ1つ」

「ぶー」

「反論なんか聞き入れないぞ」

「だって食べたいんだもん」

「お前ねー太っちゃうぞ」

「いーもんいーもん」

「太りすぎて誰も結婚してくれないかもしれないぞ」

「そのときはデブ専を探すもん」

「お前はそんな言葉をどこで・・・・・」

「それにそれに、あたしはね、ママと一緒にずーっといるの。だから結婚なんてしない」

「お前はいつまで私に養われるつもりなんだよ」

 と言いつつも母親は笑顔だったことを覚えている。

 その笑顔につられて私まで笑顔になっていた。

 運動会。

 私は母親しかこなかったけれど、それでよかった。

 父親が羨ましいと思わなかった。

 だって私はママが好きだったから。そのママに見てもらえればそれでよかったから。

「ビリだったよー・・・」

「はーったくお前は運動音痴だよなぁ・・・成績はいいのによ」

「うん・・・」

「でもさ、ビリってのはダメなことじゃないんだよ」

「?なんで?」

「1位のやつは頑張っても頑張っても上にはいけない。そこが限界だからだ。だからどうしたって目指すのが次回も1位になることになる。でもお前はまだ上に行ける。まだ1位を狙える。だから頑張れる。1位のやつが1位に居続ける頑張りはなビリのやつが1位を目指す頑張りには勝てねぇんだ」

「ほえーそうなんだ!」

「ま、お前の頑張り次第だってことだよ」

 ニカッと笑う。

 今、考えれば1位にとどまるのも楽なことじゃないはずだがそれでも私はママの言葉に賛成だった。

 本当に素晴らしい人だ。

 本当に素晴らしい人

 









 だった。










「交通事故ですってー」

「まぁ、あそこの家って父親もいないんでしょ、かわいそうね、残された子供は」

「それにお葬式中、子供は泣かなかったんだって。まだ死というものがよくわからないのかもね」

 交通事故だった。

 事故だった。

 それで私の大好きな人は死んだ。

 死んでしまった。

 簡単に。

 あっさりと。

 私はその最後の場にいた。

 母親はその時も笑顔を浮かべていた。

 病院の病室で

「・・・・・・〇〇・・・・私はたぶんいなくなるけど・・・・・強く生きろ、頑張れ。お前はまだ1位になれるから・・・・・かけっこの練習・・・一緒にできなくてごめんな・・・」

 〇〇・・・私の名前。

 それが母親の最後の言葉。

 死というのが分かっていない?

 そんなわけがない。

 小学生だぞ、小学生を馬鹿にするな。

 死んじゃったら戻ってこない。

 ママはもう戻ってこない。

 でもそんなことを思っても涙は一切でてこなかった。

 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?

 簡単だ。

 涙というのはいつ出てくる?

 嬉しい時。

 笑いすぎたとき。

 目にゴミが入ったとき。

 そして

 悲しいとき。

 ならもうわかるだろう。

 いや、待て。違う。

 そんなことはない。

 私はママが好きで尊敬していた。

 そう、死というのが実感できてないんだ。

 心のどこかでママがまだ帰ってきそうだから。

 だから涙が出なかった。

 そんなのは言い訳だ。

 そうどれも違う。

 悲しくなかったわけでもない。

 死が実感できなかったわけでもない。

 どれでもない。

 私はただただママが死んで。

 ママが死んで。






 


 喜んでいたのだ。









 なぜ?

 なぜかって?

 そんなの簡単じゃないか。

 まわりのみんなは父親、母親がいる。

 私はいない。

 そんなのドラマの中でしか見たことがない。

 まるで偶然の産物。

 奇跡とも呼べるような出来事。

 そんな出来事に心踊らないわけがないだろう。

 父親がいなくても苦じゃなかった!?

 ふざけてんじゃねぇぞ、私。

 苦じゃない?

 ははっ!

 嬉しかったんだろうが、父親がいない不幸で奇跡のような状況を!

 あぁ、そうだ。

 ママの葬式中これから叔父叔母に引き取られるのだろうか?

 とか

 引っ越すことになるのだろうか?

 とかとかとかとかああああ!

 そんなことばかり考えてたんだよ。

 あぁー、馬鹿だ、私は普通じゃない。

 でも、でも、顔が笑ってしょうがない。

 ママにつられてできた笑顔なんかじゃない。

 狂ったような残酷な笑顔。

 あはははははははははははは!!!!

「あぁ、そうですね、私はこんな世界に飽き飽きしてた。ありがとう!ママ!ありがとう!見たことがないパパ!あなたたちのおかげで私の世界には【色】と【香】がついた!色あせた世界なんかじゃない!」

 そう部屋で叫んだのはママが死んでから2日後のことだった。

 そこで気づく。

 私は何お礼を言ってるんだ?

 結果的には全部自分のおかげじゃないか。

 私がいたからママはママになれたし、パパもパパになれた。

「あはははは!あはは!私は世界に【色】と【花】の香りをつける【色花】!〇〇!?そんな名前は知らない!私の世界は私が私自身の手で変えてみせる!」

 




 少女は狂っていた。

 狂った文系の少女だった。

 狂った文系少女の足はまだ遅い。















「今から説明します」

「・・・・・・・・あ、あぁ」

 なんだ今のは?

 あの先輩が何かしゃべってるなぁと思っていたら言葉のなかに映像というか記憶の断片が見えたような気がした。

 なんだ?あれは?

 あれはあの先輩の記憶なのか?

 だとしたら救われない。

 なんだあの惨状は。あの惨劇は。

「おや?もしかして見られてしまいましたか?私の記憶を?ふふふどうですか、いい母親でいい父親だったでしょう?」

「生徒会役員。もう説明はいらない」

「え?」

「あいつが生徒を苦しめてるということが分かればいい。もういい」

「じゃ、じゃあ、はやく逃げてください。ここは俺らが・・・」

「大丈夫だ。ここから先は若干私情がふくむからさ、お前たちを巻き込むわけにはいかない」

「ダメです!今のあなたじゃ、やられるだけ・・・」

 俺は微笑む。

 できる限り優しく。

 不安を与えないように。

「大丈夫だ。俺があいつを助けてくる」

「た、助けるって・・・?」

 俺は色花先輩に向き直る。

「さぁ、先輩、グラウンドに移動しましょうか?」

「あらあら、結局物騒な感じになってしまうのですね」

「ちげーよ」

「では一体何を?」

 俺はこいつを許せない。

 それと同時にこいつはかわいそうだ。

 そう思った。

 だから

 だから

「救ってやるよ、お前を」

「ふふふ・・・ふざけたことを言いますね。私を許さないという目で見た人間はこれまでにたくさんいましたが・・・救ってやるとはまったくもっておかしい。私は魚ではありません、掬うことなんて不可能。私は花です、花を止めるには、摘むしかないのですよ」

 こいつが何をしてきたのかはよく分かっていない。

 生徒を傷つけたのも事実だろうという曖昧なことしかわからない。

 けれどそれじゃあ、こいつは救われなさすぎる。

 こいつは可哀想じゃないか。

「では行きましょうか、文系少年」

「あぁ、そうだな、文系少女」

2回目の更新なんていつぶりでしょうか?



今回はスムーズにできたので30分ぐらいで考えることができました。



なので少し不安なのですが、間をあまり開けたくない終わり方をしていたもので。



でわ。

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