番外片 「受験勉強よりあたしに出番ください」
「やばい・・・」
12月。受験勉強も佳境にさしかかった今日、俺は非常に焦っていた。
「な、なに?どうしたの?」
戸張と緋色が俺によってくる。リビングで勉強していたということに対しての批判は一切受け付けない。落ち着くんだ、音のあるほうが。
もちろん高松、柏部は自分の部屋で受験勉強だ。こいつら2人は来年だからなー・・・ややこしいけれど。
「この模試の結果を見てくれ」
そう言って俺は一枚の紙を差し出す。
「ここが本番にとらなければならない点数だ。そして俺が今とれる最大限の点数・・・」
「こ、これは・・・」
「・・・・・・・・・」
みんな俺が死んだかのような目で見てくる。気持ちは分かるがその目は今すぐにやめろ。
「ど、どうしよう・・・」
「なんだかんだで七実くん、本気だしてないんじゃないの?」
「・・・・・・・・・未空はいつもそう」
「出してるよ!あといつもってなんだよ!俺の全力を注いだ結果がこれなんだよ!なんでこんな点数しかとれないんだ、ちくしょう!」
俺はがっくりうなだれる。
「七実くん・・・今日からはクリスマスケーキのチラシを見る時間を勉強にまわすんだ」
「なっ・・・!そ、それは・・・!」
なんて残酷なことを言うんだろうか。これならば死ねと言われた方が万倍マシである。
「まだ1カ月以上ある。今からその時間を勉強にまわせば、大丈夫」
「で、でも・・・」
でもそれじゃあ、安いケーキがどこのケーキ屋に売っているのかが分からないじゃないか・・・。
「・・・・・・・・・なんでそんな主婦みたいな」
「うん、うん、ケーキなら私たちに任せなさい」
「お前らに任せた結果、去年バカみたいなケーキ買ったんだろうが!」
あれはどう考えてもウェディングケーキだった。
「だって大きいの食べたいじゃん!」
「限度があるだろうが!この時間は削れない・・・」
「えー、じゃあトイレの時間?」
「それは削っちゃまずいだろ!じゃあ、しょうがない。あそこのスーパーのチラシを見るのはもうやめよう・・・それでいくらかは削れるはず・・・」
「七実くん、お母さんみたいだね」
「うるさい。もう最後の年なんだから香織さんに恩返ししたいじゃないか」
食費は基本寮からでる。そのお金でやりくりしないと自腹になるのだ。そしてそのお金はたいてい香織さんが払っている。
「そもそもクリスマスケーキはいるの?という質問はしてはいけないんだね!」
「そこはやめろ」
なんとなく恒例行事となっているものはやめにくい。それに今年はこの2人がきたわけだからな。記憶を共有しているとはいえ、ちゃんと祝ってやらなければならない。
「数学がやばいから、数学をやっているんだが・・・それだと他の教科に時間をかけれないんだよ」
「数学もやってる割には・・・壊滅的なのは数学と社会と生物・・・暗記科目と数学さえやればなかなかな点数までいけるんじゃない?」
「うーん・・・」
「国語と英語はすごいとれてるじゃん。リスニングはまぁ・・・あれだけど・・・」
「うん・・・というかリスニングはお前も苦手だろ」
人の話をだまって聞くことのできない人間たち。ダメ人間である。人の話をきかないと先生から一度は怒られたやつで構成されているようなものだからな、あじさい荘。
高松は別だが。いや、あいつ小学生のころはある程度うるさかったな・・・。
「じゃあ、教えてもらうしかないんじゃない?やっぱ?」
「先生にか?まぁ、それでもいいんだが、目をつけられているからあまり会いたくないな・・・」
深夜は3時近くまで受験勉強をやっているため、授業では爆睡。授業を大切にする人が結果を出せるとかなりの頻度で怒られ続けた。
「でも背に腹はかえられないでしょ」
「まぁな」
俺はあきらめて先生に土下座してでも教えてもらおうと決めた。くそ、絶対嫌味とか言われる・・・。
「と、お困りなあなたに耳寄りな情報があったりするんだけど、どうかな」
「うわぁ!?」
リビングの机の下からでてきたのは津神坂先輩だった。大学一年生。雰囲気が大人っぽくなっているのは錯覚だろうか。まだ1年ぐらいしか卒業してから経ってないはずだが。
「なんてとこにいるんですか!ていうか不法侵入ですよ!」
「わたしにとったらこの程度の家、家ですらない。段ボールの中ぐらいなものだよ」
「ザラだ!すごくこの寮、警備がザラだ!」
「さて、お困りなんだね、七実。なんでも数学ができないとかなんとか」
「まぁ、そうなんですよね。この時期だからいつまでも数学やってるわけにはいかないんですけれど」
「ここでわたしが数学について最も詳しいやつを連れてきた」
「え・・・?」
それって理系の人か?大和・・・ってことはないだろうな。いや、でもこの先輩交友関係が信じられないほど広いし・・・それとも知らない人か?ここにきて新キャラ登場なのか?
「どうも、文系少年。お久しぶりです」
「なんでだ!」
机の下からでてきたのは文系少女である色花先輩だった。え?文系も文系なんですけれど。
しかし色花先輩も大人っぽくなっていた。この人は最初から結構大人っぽかったが。
「普通にここで数学が得意なやつを連れてきてもつまらない。だからあえて、文系の人にどうやって数学を乗り切ったのかを聞こうと思います」
「面白がってるでしょ!俺のこの境遇で遊ぼうとしているでしょ!」
「で、色花はどうやって乗り越えたんだ?」
「もうその色花はやめてください、と言っています。文系少年もです」
「俺もその文系少年っていうのやめてほしいんすけど・・・」
じゃあ、いーちゃん、と津神坂先輩は呼んだ。いーちゃんて、だがまぁ、本名ともかぶっているからか、本人は承諾したらしい。
「私はそうですね・・・正直数学には自身がありませんでしたね、当日まで」
「そ、そうなんですか・・・?」
割となんでもこなせそうな感じがしたんだが・・・そうではなかったらしい。
「でも合格したんですよね?それはいったい・・・?」
「それは推薦にしたんですよ」
「推薦?」
でもこの人、今当日まで、とか言ってなかったか?
「センターの点数で英語、国語、数学のどれかが8割を超えたら推薦してもらえるんです。それでも合格するかどうかは分かりませんけれどね」
「なに謙遜してんのさ。いーちゃんが文系教科で他の人に劣るわけがないよ。たとえ、同じ8割以上の推薦希望者が相手でもね」
「そ、それって・・・どのぐらいとったんですか?」
「200点満点で、国語198、英語196。だってさ。驚いたよ、まさかわたしもそこまですごいとは思わなかったからね」
9割・・・超え・・・!国語なんて漢字を1問間違えた程度じゃないか・・・!
「そ、それを俺にやれと?」
「もちろん、それは無理だろうね、だからからかっただけさ」
「結局かよ!」
時間の無駄にもほどがあった。これなら数学を得意なやつにきいたほうがよかったよ!まだ先生に教えてもらった方が気分的にも楽である。
「まだ1カ月以上あるんだ、頑張りなさい」
「不安なんですけど、限りなく・・・」
現在その貴重な時間を無駄にしたところだし。
「ただ、1つ言っておくと、君は1人で頑張りすぎだ。人に教えるということは教える方もいい勉強になるということを覚えておくといい」
「・・・?」
「そんなところで鈍感を発揮してどうするんだ・・・君は・・・」
「文系少年」
「なんですか色花先輩」
色花先輩は少し嫌な顔をしたがすぐに扇子で口元をかくして話す。頭のかんざしを見ながら俺はこの人が俺のことを文系少年と呼ぶ限り色花先輩と呼ぶことを決意する。
「ですから少しは頼りなさい、ということですよ」
「頼るって言っても・・・」
受験勉強のない、戸張と緋色を見る。いくら記憶を共有しているからといっても完全ではないはず。とくに勉強は。
「違いますよ・・・では私たちは帰りますか」
「うん、そうだね」
そう言って机の下にもぐっていく・・・っておい。
「なんでそこから帰れるんすか!おかしいでしょう!」
いつから机のしたが玄関になったのだろう。欠陥住宅とかいう問題じゃない。この家にどこからでもはいれるのか、あの人たちは・・・マスターキーでももってんのか、念能力なのか、おい。
「頼る・・・ねぇ・・・」
「七実くん・・・」
ん?気付けば近くには高松と柏部が。
「どうした?」
「数学が分からないなら私たちにきけばいいのよ、同じ受験生なんだから。あなたはいったい何に気をつかっているの?」
「え?で、でも・・・」
「勉強の邪魔をしたくないならはやく数学ができるようになることね」
「うん、それに、邪魔になんかならないよ。教えることも勉強になるんだから。と言っても私も数学苦手だから一緒にがんばろ?」
「お、お前ら・・・」
あまりの感動に目がうるむ、俺。はたから見ればとてもキモイ光景かもしれないな、女の子の前で泣いている高校3年生というのは。
「それにあたしもいるよー!」
「神子ちゃん!」
今年から入学してきた俺らの後輩、昔の近所の女の子神子ちゃんだった。
あじさい荘にすぐ入寮した。
「あなたがいても何にもならないわよ、数学も習っているところが違うし」
「あまいなー柏部先輩。あたしはお兄ちゃんキャラをここでうっておくことにより、高感度を上げようとしているんだよ」
「あまいのはお前だ、神子ちゃん」
地味にずるい子になっていた。誰の影響だ、これ。まさかあの津神坂先輩の影響じゃないだろうな。でも接点はないはずだし、それは違うか。
「ていうか、なんでこんな後半になってあたしがでてきたの!?もっと出番ちょうだいよ!」
いろいろとうるさい神子ちゃんをおいておいて、俺らはリビングの机にむかって勉強を始める。あの先輩方が言いたかったのはこういうことなのか。
「そんな君たちにプレゼントだー!」
「・・・・・・・・・・・どうぞ」
戸張と緋色の声が玄関から聞こえてきたのでそちらを見る。そこには・・・。
「じゃじゃーん!ケーキだよー!」
「意味ねぇ!」
でかいでかいウエディングケーキだった。
「俺がチラシを見ていた意味がないじゃないか!」
「大丈夫、全部私たちの自腹だから」
これなら香織さんにも迷惑じゃない、と大きく胸をはる戸張。俺らに迷惑なんだが・・・。
と、言いつつもみんな笑顔だった。
「香織さんがきたら食うか」
「そうだね」
受験生である1日。今日も優しい非日常がそこにある。
受験勉強の話を書きたいなと思い、この話題に。
さて、とりあえず番外片はここまでで次から後日談へとはいっていきます。
話はエピローグの直後、ということで。
ではまた次回。