番外片 「七実さんと出会って少しの頃ですね」
「おい、岸島」
「な、なんですか・・・七実さん」
「なぜ目をそらす」
「べ、別にそらしてなんかないですよー、ひゅーひゅー」
「口笛まったく吹けてないし、そんなごまかしは通用しない」
俺は自分の部屋でこの小さな女の子に説教をしていた。つい、数週間前に出会ったばかりの頭のおかしい女の子。理系少女と呼ばれる数学バカ。
「お前な・・・俺の部屋で何をしようとしていた」
「なにもべつに」
「その手にあるマジックはなんだ」
「お、お絵かきを・・・・・・」
「ほー・・・俺の部屋でか。どこをキャンパスに使うつもりだったんだ!お前、これ床!」
「私は由香なんて名前じゃありません!う、浮気してたんですね!」
「名前を間違える致命的ミスをした夫か!床だ、フロアだ。お前なんだこのグラフ!」
「だ、だって3次方程式のグラフを床に書くってなんかロマンス感じませんか?宇宙飛行士を目指すしかり、アイドルになるしかり」
「一緒にするな。ロマンスなんて感じねぇよ。感じるのは頭痛とお前への怒りだけだ」
「うー・・・せっかくうまくいったのに・・・消しますよ、消します消します。それでいいんでしょ?はぁ・・・七実さんは短気なんだから」
「岸島、それ消し終わるまでおやつダメだからな」
「そんな殺生な!」
と、まぁ、こんな感じに割と毎日騒がしく過ごしている。
朝目覚めたら部屋の床が回答用紙になっているという経験はさすがに初めてだが。ペンの使い方を覚えた子供かってぐらいの勢いだ。
「せっかくの日曜に無駄に疲れた・・・ちょろっと出かけるか」
「おや、どこに行くんですか?」
「お前は消してからじゃないと外出禁止だからな」
「禁止事項がどんどん増えていきます・・・。コンビニですか?」
「いいや、本屋とか行こうかなって」
「マンガを買うんですね」
「まぁ、その通りだが、なぜか癪に障る・・・俺だって小説ぐらい読むぞ」
「私も行きます!」
「消してからな」
「消しますんで連れてってください!」
「おう。俺は一階で朝ごはん食べてくるわ」
「はーい。いってらっしゃいです」
「ん?」
なぜ俺は送りだされたのか。
ここは俺の部屋であるはずなのに。なんて、そんな細かいことは考えずとりあえず一階に行く。
リビングには人影がちらほらと。山梨と緋色がテレビを見ていて、高松が台所に立っている。柏部はいつもの通り引き込もりだとして香織さんはいないのか。
というか山梨と緋色、本当に同じ番組見てんのかってぐらい対照的な反応だなぁ。
「あ、七実くん・・・その・・・おはよう」
「よ、おはよう高松」
高松が台所から声をかけてくれる。
「何か食べる?」
「作ってくれんのか?」
「うん、私もこれから朝食だったし、ついでにね」
珍しいな。
今は午前11時。俺はいつものように遅く起きるとして高松がこの時間に起きるとは。
いつもは7時には起きていてリビングで勉強やら読書やらしているのだが。
「あ、でももうお昼だし・・・簡単なものでいいかな・・・?」
「いいよ。作ってくれるだけでありがたいし」
そうして俺はリビングのテレビの場所へ。
「緋色・・・お前もっと楽しそうにテレビ見ろよ・・・」
「・・・・・・・・別に普通。楽しい」
「まったくそう見えないんだが・・・ほら、山梨を見ろ。この笑顔満点なうるさいやつを」
「むっ!うるさいやつとは失敬な!」
「ほらみろ、語尾に!がついてんじゃねぇか。ってあれ?そう考えると静かな方がいいのか・・・?」
「ぶーぶー!」
「こらこら、ブーイングしない。女の子がそんなことするなよ」
「七実くんってたまにお母さんだよね・・・・・」
そう言って高松が料理を持ってきてくれた。軽い感じに小さめのパンとスクランブルエッグだ。
「うまそう」
「ことりんが?」
「なぜそうなる!」
俺はとりあえず行儀が悪いので食卓に行き、そこで高松と一緒に朝ごはんを食べた。
あー、すごく平和だ。
「高松、これすっごいうまいぞ」
「えへへ・・・料理というのもおこがましいものだけど・・・喜んでもらえて嬉しいよ」
「高松は将来いいお嫁さんになるな」
「えっ!?」
すごい大きな声を出される。
「ど、どうした?」
「う、ううん、なんでもないよ・・・ほら、七実くん、はやく食べないとスクランブルエッグがなくなっちゃうよ」
「な、なぜそうなる・・・」
本日2回目の同じつっこみ。
しかしなぜか高松のテンションはすごく上がったようだ。
「あ、俺このあと本屋行くけど、お前らはどうする?」
リビングにいる全員に話しかける。
「私パース」
「・・・・・・・私も」
テレビがよほど面白いらしい。こっちを見ることさえもしない。
「わ、私は本当は行きたいけど・・・友達と約束しちゃったから」
「そうか、じゃあ、俺もさっさと帰ってくるかな。遊びたいし」
朝食を食べ終え、洗面台へ行こうとすると、どたどたと足音が階段から聞こえてきた。
これは岸島だな。
「岸島、もう準備しとけ。もう行くぞ」
「七実さん!七実さん!消すのがめんどうなんで、逆にマジックで全部塗りつぶすというのはどうでしょうか!」
「なぜそうなる!?」
〇
「七実さん、これはもしやデートというやつではないのでしょうか」
「男女2人で本屋だしな」
本屋にて。
あじさい荘は学校所属の寮であるため近くには大抵のお店がそろっている。
この大型書店もその1つだ。
1つ困るのはゲーム屋やレンタルビデオ店が少し遠いところにある程度である。学生の本分は勉強ということを暗に示しているんだろうか。
「なんかドキドキしますね」
「うん、自然なふりしてたけど、俺も途中からあれ?って思ってたよ・・・」
女子と2人で外出なんてあまりしたことない。
小学校のときに何回か駄菓子屋に近所の女の子と行った覚えがあるが・・・神子ちゃん元気にしているだろうか。
「お、この新刊でてたのか」
「また漫画ですか・・・今日3冊目ですよ」
「うーん、でもいざ表紙見ると買うつもりのないものでも買っちゃいそうになるんだよな・・・恐るべしだよ表紙。まんまと思惑にはまっているような気がする」
「確かに大事ですしね、表紙」
ちなみに岸島も結構な漫画読みで、部屋には少年漫画から少女漫画までたくさんそろっていたりするのを見たことがある。
たまに掃除をしに行くのだ。
「お前は買わないのか?」
「私は毎日にチェックしてますからね」
「お前よく俺にあんなこと言えたな!」
今日3冊目ですよって注意気味だったけれども。
「やあやあ、お2人さん」
「ん?」
後ろから話しかけられる。
「あれ?お1人さんかな?さっきまでいた女の子がいなくなってしまったねー」
「岸島?あれ?ってあなたは・・・?」
「黄味は黄味っていうんだよー、よろしく」
カエルの大きな帽子をかぶった女の子がそこにいた。髪の毛はお嬢様のようにクルクルと巻かれている。
「えーと、何の用・・・ですか?」
「同級生ー。あれー?黄味のことしらないのかー。まぁいいか。黄味は君のことを知っているよ、自称文系少年君」
「それは自称というかなんというか」
「そういえば何しにここにー?」
「漫画を買おうかと」
「ふーん・・・ってあー!それ黄味も買ってるやつ!新刊でてたんだー」
どうやら同じ漫画の読者らしい。
「黄味たち気が合いそうだねー」
「は、はぁ・・・」
「じゃあ、これで行くね」
そう言ってあっさりと消えていく。
「なんだったんだ・・・?」
「七実さん、こんなところに・・・迷子にならないでくださいよ」
「言っとくが俺は一歩も動いていない」
〇
「七実さーん」
「ん?」
帰り道。まだお昼ぐらいで、腹も少し減ってきた頃。
「また行きましょうね本屋」
「そうだな・・・そうするか」
すると目の前には移動するお店であるドーナツ屋があった。
「ど、ドーナツ!ドーナツ!」
「いや、え?なに?急になに!?」
「ドーナツ買いましょう」
「ま、まぁいいが・・・」
なぜそんな興奮気味なんだ・・・?
「これは山梨さんでー、これは緋色さんですね」
「おぉ、来たばっかりなのに好みを把握している」
「ふっふっふっ・・・なめないでくださいよ。高松さんはこれです!」
「正解」
「七実さんはこれです!」
「それサンプルだから。食べれないから」
そうして俺らはドーナツを持ち、あじさい荘へと帰る。
そうやって日常は無駄に、でも楽しく平和に過ぎていく。ひとまずは5月の頭まで。
最終回を迎えたとはいまだに思えません。あれは錯覚だったのでしょうか。
そんなわけで時系列的には一番最初。出会って少しの頃の話です。何気に岸島呼びが懐かしいですね。
番外片第1弾ということでこんな感じに。
これはすでに少し書かれていたやつに加筆修正を加えたものなので次回こそは後日談を書ければいいなと。
ではまた次回。