表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/119

第103片 理系少女と文系少年の最後

 しばらくたったある日。

 今日は大事な日だった。

「香織さん。あじさい荘の管理人というか寮母やってるなら分かると思いますけど、あじさい荘から住人がいなくなるってどんな気分ですか?」

「そうね。寂しいけれど悲しいわけじゃない。でもやっぱり最悪よ。もう、家族みたいなものだから」

 香織さん。

 本名桜浪香織。

 俺達が通う学校の名前を苗字に持っている不思議な人。

 俺が繰り返した世界ではすでになぜそんなことになったのかという謎は解明されている。香織さん自身の口から聞いたのだから。

 でも、そのあとの香織さんは正直見ていられなかった。

 謎は謎のままで誰にも触れられないように世界を書き換えたおかげでその秘密を知るものは俺と本人以外にはいない。

 それがよかったのかは分からないが、こうしてふつうに話せるというだけで俺はいい。

「じゃあ、今日は最悪な日ですね」

「なに、他人面してんのよ、彼氏」

 小学生みたいにおちょくってくるな、この人。

「あと、彼氏で語尾ちょっと上げるのやめてください。若者を意識しすぎです」

「私だってまだ若いわよ」

 顔が変わったのでこの話題はスルー。

「そういえばみんな来ませんね」

「今日ぐらいあなたと2人っきりにしてあげたいんでしょ。私ももうすぐに帰るし」

 そう、ここは空港。

 今日は数夏がアメリカに旅立つ日だった。

 だから香織さんに空港まで連れてきてもらい、今、ここにいる。

 ちなみにお別れ会を大号泣ですませたあと、緋色、結露ではない、飯島戸張と同じように別人の当人が最後まで食い下がっていた。

 その光景を見て笑ってはいたけれど、あじさい荘、全員そろった時にはもうすでに遅く、また1人が欠けようとしているということを思うと悲しくなった。

「てか、数夏はどこですか?」

「さぁね。お手洗いじゃないの?じゃあ、私は帰るわよ。数夏ちゃんの荷物ここに置いていくからちゃんと見てなさいよ。あ、中身は見ちゃダメだからね」

「なんで急に思い出したかのように最悪な忠告をする・・・」

 俺が荷物を勝手に開けるような人物かと思われるじゃないか。

「しっかり見送ってあげなさいよ、男なんだから」

「わかってます」

 俺は静かにうなずいて香織さんが去っていくのを見つめていた。

 飛行機が離陸するまであと2時間。










「数夏が好きだからだ」

 はずかしい思いも、体裁も何もかもを捨てて俺はそのセリフを言った。

「え、えっと、それは友人としてとかじゃなく・・・?」

「そうだ。俺は・・・・・俺はー・・・あれだ、あの・・・女の子としてだな、お前のことが」

 心臓の拍動がはやまる。

 自分でも音がきこえ、それが数夏にもきこえているのではないかと心配になる。

 しかし数夏はそれどころじゃないらしい。顔をいまだに赤くしたまま、微動だにしない。これ、こいつ気絶してるんじゃないだろうかと思うほどの長さ。

 そして返事は分からない。何度も世界を繰り返しても告白なんてしたことなかったから。

 というか下野さんには後で謝らないとな、呼び出しはなんでもないってことを伝えなければならない。

 そうやって、俺が関係ないことを考えて現実逃避をしてどれくらい経っただろうか。

 数夏は静かに口を動かした。

「あ、あの・・・私も・・・好きです」

「へ?」

「き、聞いてなかったんですか!?な、何度も言わせないでほしいんですけれど・・・その、私も七実さんのことが好きです」

「お、おお」

 なんだこれ、また恥ずかしさが増した。

「正直、私は恋というものがなんなのかよく分かりませんでしたし、七実さんのことが好きだと思ったのも今、告白されてからです。今までも七実さんのことを思っていたりはしたんですけれど、それが恋だとは気付かなくて・・・」

 数夏は恥ずかしいのか急に言葉をたくさん発し始めた。

 俺もそれはありがたく、沈黙にならなくてよかったと情けないながらも思った。

「でも、鈴木さん、鈴木大和さんに褒められてから何かが変わったんです。嬉しかったは嬉しかったのですが、私は七実さんに褒められた時が一番嬉しいですから」

「お、おお」

 さっきとまるで同じ反応をする俺。

 何か言葉を繋がねばと思い、ない頭をフル回転させる。

「恋っていいですね。なんだかすごく優しい気持ちになれます」

「数夏」

「はい?」

「お、お前、可愛いよな。髪型も最高。いや、数夏ならなんでも似合うんだろうけれど。うん、数学に夢中なところとか、俺にはないものを持っているとかそこらへんも素直に尊敬できる」

「はい?」

 同じ反応で返す数夏。

 しまった・・・緊張のあまり脈絡のない褒めをたくさん言ってしまった。これは気持ち悪がられるかもしれない。いや、割といつもそんな感じだが。

「な、なななななな何言ってるんですか!」

 たたたたたとかわいらしい音をたてて遠ざかる数夏。

「え?おい!数夏!」

「先に帰りますー!な、七実さんに褒められちゃった・・・」

 何か小さくつぶやいているが、足音と遠ざかることによって何もきこえない。

「も、もしかして嫌われた・・・・・?」

 そうしてあじさい荘に戻るとそこには緋色がいて、戸張がいて、あじさい荘が全員揃っていたのだった。しかし俺にはまだやることがあった。

「そうだな・・・」

 でもとりあえずはお別れ会の準備という暗黙のルールで俺はそれに触れられずにいた。

 やり残していることはまだたくさんある。








「あれ?香織さんはどこへ行ったのですか?」

「あぁ、数夏」

 空港で荷物番をしていると数夏が戻ってきた。

「もう帰ったよ。ったく、そこまで気をつかわなくてもいいのに・・・で、数夏、もうそろそろだろ?」

「はい、もう少しでアメリカに行きます」

 数夏はその道を選んだ。

 俺の我がままはきちんと数夏に伝わり、それでも数夏はアメリカ行きを選んだ。

 今までの数夏ならきっと他人に気をつかって残っていたのかもしれない。でも変わったのは俺だけじゃない。数夏もまた最初より少しずつ変わってきているのだ。

 そして、そういうことなら俺は全力で応援する。

 遠距離恋愛でもいい。俺は数夏を応援する。

「次に会えるのはいつかな」

「分かりません。大学生になってからかもしれませんし、大人になってからかもしれません。でも必ず会いに行きます」

「いやいや、そこは普通男が会いにいくものだよ。頑張ってお金ためてアメリカに会いに行くよ。だからそれまで待っててくれ」

「はい」

 きっと毎日メールする。電話もするかもしれない。

 でも会うことができるのはいつか分からないのだ。それでは寂しいけれど、次に会う時が楽しみになるということでもあった。

「お前は少しでも背が伸びているといいな」

「七実さんも低いほうでしょうに・・・でも私が背伸びて体重が増えたら七実さんにお姫様だっことかしてもらえませんし、それはそれで残念です」

「お前、さらっと照れること言うよな。でもお前が180センチになってもしてほしかったら言え。すぐにしてやる。まぁ、その時思わずセクシャル的なものに触れてしまってもいいというのならな」

 ふふふふふ、ふははははははー!と笑いが起きそうな悪役を演じる俺。

 どんなつっこみがくるのか楽しみに待っていると・・・。

「・・・・・」

 ただただ顔を赤くするだけだった。

 おい、やめろ。なんて顔するんだ。

 ちなみに俺達は今、キスどころか手すら繋いでないとてもきれいな、悪く言えばへタレな関係を築いている。

 だってさすがに付き合って1カ月もしてないのに手繋ぐとか無理じゃね?

「冗談だぞ・・・・・」

「わ、分かってますよ!・・・・・ばか」

 な、なにこいつ、すげぇ可愛いんだけど!

 みなさん、俺の彼女すげぇ可愛いよー!と空港の中で叫びたくなる衝動を抑えてあることを思い出していた。







「ごめん、高松。俺には好きな人がいるんだ」

 話があると高松にメールを送ってから数分。

 高松は自ら俺の部屋に来ると言ってくれた。女子の部屋に入るにはさすがに少し抵抗がある。

「七実くんの部屋。全然最近来てなかった」

 急に話を変える高松。

 いや、目を見れば分かる。話はまだ変わっていない。

「でも数夏ちゃんは七実くんのところに来たりしてたんだよね」

「ああ、あいつは朝わざわざ起こしにきてくれたりしたな、頼んでもいないのに」

「ふふっ、数夏ちゃんらしいね」

 そっか・・・とつぶやく高松。

「返事ありがとう。嬉しかった。七実くんを好きになれて本当によかった」

「でも高松、お前を不良から救ったのは俺自身じゃなくて・・・」

 人差し指で口をおさえられる。

「それ以上は言わなくていいよ。私は七実くんに救われたんだ。たとえどんな方法を使っていようと七実くんが助けてくれた。それは変わらないでしょ」

「あ、あぁ・・・」

「七実くん、ありがとう。大好きだよ」

「こちらこそ、ありがとう。お前に好きになってもらったことは一生の誇りだ」

 2人とも笑顔だった。

 高松の気持ちは俺には分からないのかもしれないけれど、笑顔だったのはいいこととは言えないのかもしれない。

 でも高松が笑っているのなら俺も笑わなくちゃいけない。そんな気分だった。






 そうやって俺はこの短期間にやり残したことを少しずつ終えていった。

 数夏の方も大和と何かあったらしく、それで悩んではいたけれど、しかし乗り越えたようだ。

 しかしそれはきかない。お互いに何も聞かなかった。

「いろいろなことがあったな」

「はい、いろいろなことがありました」

 時計を見るとまだだいぶ時間がある。

「じゃあ、少し話すか。いろいろなことがあったから思い出を最後に語ろう」

「そうですね、まずは私達の出会いから話しましょうか?」

 わずかな時間。

 そのわずかな時間の最後の数夏とのやりとりだ。

 絶対に忘れない。

 俺と数夏の会話はもう少しだけ続く。

いよいよというかなんというかクライマックスです。


一応予定では次が最終話、それと次の次がエピローグとなっております。そのあと短編をひょいひょいとのせますが、もうすでに書き終わっているものもあるのでそれほど時間はかからないかと。


大筋であるストーリーは終わりです。


でも、数々の有言不実行をなしとげたこのあとがき。


作者も不安です。


ではまた次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ