第99片 理系少女と文系少年の日常②
「飯島、いるか?」
とドアに声をかけるも反応はない。
大きな一軒家に俺はいた。
というかなぜこの現代にこんな原始的な呼び方をしなければならないのか。
俺はインターホンを押す。ピンポーンという音が聞こえると中からドタドタと音が聞こえてきた。
するとすぐに鍵は外されドアが開く。
「はいはーいって・・・・・誰?」
そこにいたのは女の子。可愛らしいボブっぽい髪型をした女の子だった。
しかしどこかで見たことがあるような顔をしている。
「あーえっと・・・・・」
と、話すことを考える。
正直男だと思っていたりした。その理由は簡単で一度も飯島と会ったことがなかったから。
そして引きこもりということもあり、会話自体も、そしてこうして外に出てくることすらないんじゃないかと思っていたが・・・。
「俺は桜浪高校生徒会の愛実。飯島・・・でいいんだよな?」
「うん、私が飯島だよ。えぇと・・・引きこもってなんだけど私に何か用があるんだよね。中に入る?」
「いや、ここでいい。詳しいことは学校で話したい」
「・・・・・うん、いいよ。もう引きこもる理由もないし」
「引きこもる理由・・・?」
「うん、私の中の人格の一部がどこかにいってしまったかのような虚無感があったんだ。それがなんなのかはもう分かったけれど・・・でもその虚無感はとてもじゃないけれど気持ちのいいものではなかった。生徒会の仕事もまともにしてないし、何を頼まれるのかは分からないけど協力させて」
「ありがとう。じゃあまず明日の放課後に生徒会室にきてくれ」
「わかった。あ、そういえば会いたい人がいるんだけど」
「会いたい人?」
「私だけじゃなくて後からくるあの子も会いたがっている人。七実未空くんに会いたいの」
「七実・・・未空・・・文系少年の先輩か。うん、会えると思うけど。俺たちは1年生だからな、2年生の教室に行かなくちゃいけないぞ」
「わかってる。それでも会いたいの。あの子が来てからになりそうだけどね」
「あの子・・・?」
〇
「えーと、七実さん」
「どうした?」
リビングでぼんやりしていると急に数夏が話しかけてきた。
なんか雰囲気が尋常じゃない。何かあったのだろうか。
「なんだ・・・悩み事か?」
「えぇ・・・・・・・実は・・・・・・・・・・・」
「なんでも言ってみろ。大丈夫だから」
「では遠慮なく・・・・・・あの・・・・・・・お湯の沸かし方を教えて欲しいんですが」
「・・・・・・・・・・・そうか」
本当にどうでもいいことだった。
「いや、これ重要ですよ!だって私のお昼ご飯のカップラーメンが・・・」とか言っていたがとりあえずお前は高校生にもなってお湯の沸かし方も分からないのか。
「なるほど!簡単なんですね。この髑髏マークのボタンを押せばいいわけですね」
「俺の話聞いてた!?ていうか髑髏のマークってなんだよ!絶対爆発すんだろ、それ!」
「あ、もう1つ言うことがあったんです」
「今度は何だ・・・?」
どうせまたくだらないことなんじゃないかと思い、適当に受け流そうとテレビの電源をつける。
うーん、お昼のこの時間帯って何もやってないんだよなぁ。
「えぇと、私、アメリカに行くことになりました」
「あーはいはい。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「私アメリカに行くことになったんです」
「な、なんで?」
とりあえず出た言葉がそれであった。
こいつたまにぼーっとしてると思ったらこういうことだったのか。
何か隠してるんじゃないかとは思っていたが。
「大学進学です。そのためにとりあえず3年生から向こうの高校に通うことになったんですよ」
「ってことは大学はアメリカの大学に・・・?」
「そうです。数学関連の大学がアメリカにあるんです。そこに行こうかなって」
「そんな・・・・・・」
そんな・・・・・数夏がいなくなる・・・?
出会ったのは今年の春。まだ1年も経っていないというのに数夏という存在は俺の中に入り込んでいたようでいなくなるということがまるで分からなかった。
想像もつかない。
こいつがいなくなるって・・・。
「そんなにそこの大学に行きたいのか?」
「はい。確かにここを離れるのは悲しいですが、でも私はそこに行きたいんです」
その目は真剣そのものでこれこそこいつのいいところの1つなんだろうなぁと思った。
俺が止める理由は1つもない。
こいつのことを応援することが俺にできることだ。
「その・・・・・七実さんはどう思います?」
「どう・・・って?」
「私がアメリカに行くことです」
「・・・・・・・・・・俺は応援するよ」
「そう・・・・・ですか。いえ、とっても嬉しいです」
その割に最初の間はなんだったんだ?
でも、そっかアメリカか・・・・・・まだ実感がないからか気持ちは落ち着いている。
「で、いつ行くんだ?」
「2週間後です」
「2週間!?」
落ち着きを失う。はやくない?3年生からってことはまだ余裕あるんじゃないの?
「余裕は確かにあるんですが・・・うちの父親がはやく来いと」
「・・・・・・・・・・・」
あ、あの野郎・・・・・・・。
2週間ってことはもう桜浪高校には伝わっているということか。
「安心してください。選挙まではいますので、あの作戦。とりあえず実行できます」
選挙。
こいつを祝うことも送り出すこともできないのか。
選挙の準備が忙しすぎてきっと数夏の方までは手が回らない。それを数夏は知っている。知っていて尚、人のことを考えているのだ。こいつはそういうやつだから。
「選挙・・・・・・・」
「どうしましたか、七実さん」
「いや、大丈夫だ、なんでもない」
〇
「ジジ・・・・ジジジジジジジジ・・・・・・・・・・・・ジ・・・ジジ」
〇
「アメリカ!?」
「はい、まぁ、一応鈴木さんにも伝えておこうということで」
「一応かよ・・・」
月曜日。休み明けの放課後に岸島さんから驚きの事実を聞かされた。
アメリカに行くってマジかよ・・・。
「あ、でも大丈夫です。最後のテストにもギリギリ間に合いますし、あなたとの勝負にも間に合います」
「時間がないな・・・・・・」
「時間?」
「あぁ、気にしないでくれ。で、七実は何か言ってたのか?」
「応援してくれるらしいです。ありがたいことですよね、以前はそんな友達すらいなかったわけなんですから。改めて始業式の日に会えたことを感謝します。こんなこと本人の前じゃ恥ずかしくて絶対言えませんけれどね」
七実は何も言わなかった?
そうか・・・ってことは七実は岸島さんのことが好きじゃないということ、で、いいのか?
岸島さんの気持ちの答えが出るまで待とうかと思っていたがもう時間がないな。モタモタしてるとアメリカに行ってしまう。そうなると気持ちは伝えられない。
もう明日にでも告白をしよう。ダメでもそれでも伝えたいのだから。
そんな俺は明日の待ち合わせでも決めようかと岸島さんに対して口を開こうとした。
でも。
そんな口から出た言葉は。
「あんたはそれでいいのかよ」
という言葉だった。
「え、えーと何がですか?」
「あんたはそれでいいのかって聞いてんだよ。応援されてそれでめでたくアメリカに行く。いいな、素敵だとは思う。けどそれはあんたが本当に望んでいることなのか?」
「だって数字の研究をするのが私の夢で・・・・・・」
「そういうことを言っているんじゃない!いいかげん気付くことを恐るな!あんたは七実のことが好きなんだろ!だったら!だったら・・・・・」
ちっ、と舌打ちすると俺は走り出す。
「すすすすすす、好きってそんなわけ・・・ってあれ!?鈴木さん!どこに行くんですか!」
俺はただひたすら走る。
岸島さんに伝えることはこれ以上ない。俺がこれ以上伝えるべき人間は他にいる。
「くそ、くそ、くそっ・・・なんで俺がこんなことしてんだ、ちくしょう・・・!」
告白の最大のチャンス。
それを逃すことになろうとも俺には伝えるべき人間がいる。
俺はあじさい荘へと足を向けていた。
急展開。
とはいったものの実はまだ結構期間のある展開ではあったりします。
登場人物の焦りっぷりは半端ないですが。
そんなわけで次回もよろしくお願いします。
ではまた次回。