6 幼なじみ
テスト期間の終えた5月下旬の月曜日。
この日は朝早くから登校し、職員室にいる担任と生徒主導主任のもとへ向かった。
「これでいいですよね」
「おう、田上か。おはよう。どうですか古賀先生」
「あぁ、ようやく染めてくれたんか。まぁいいんじゃないそれで。ひとまず処分は保留にしておく」
「はい」
教室に戻り、続々と生徒が入ってくる。
黒に染めたことに関しては特に触れられることはなかった。触れないことが暗黙の了解になりつつあることは知っている。
これで、自分のクラスの生徒は全員が黒一色の髪となった。以前、体調を崩していた畠山さんはテスト前辺りから毎日のように授業を受けている。髪は黒に染まっている。
帰りのホームルームが終わる時間帯。
廊下が一斉に生徒であふれだす。
自分も準備が終わり次第、教室を出る。一瞬、廊下の奥で視線を感じたが気にすることなく校舎の外に出て、駐輪場に向かう。
「ねぇ!ちょっと待って!」
後ろから声が聴こえたが、自分じゃないと思ってそのまま自転車を取り出す。
「湊斗!ちょっと聞いてる?!」
心春の声だ。
「湊斗、ちょっと待って。なにその髪」
「髪って言われても、いつも通りの髪だよ」
「これのどこかいつも通りなの?黒に染めてるじゃん」
「今日はもう帰るから。心春は部活行かなくていいの?」
「話そらさないで。部活のことはいい。ねぇ、なんで染めたの?」
「理由は別にいいじゃん」
帰ろうとするも、心春が自転車のカゴを掴んだままで立ちふさがる。
「もう帰るから。手離して」
「無理」
「離して」
「帰るならちゃんと理由言って」
「──お、2人とも大丈夫か」
この状況のなか、同じく部活に向かおうとしていた陽向が駆けつける。
「湊斗、その髪、どうしたん」
「今は聞かないでほしい」
「さっきから湊斗に聞いても全然答えてくれないの」
「そうか。今は話せないんだったら少し落ち着いたあとでも話せるか?」
「わからない……。今はとにかく帰らせて」
「ねぇなんで理由言えないの?」
「心春、今は湊斗が話せないみたいだから。一旦休ませよう」
「ごめん。じゃ帰るね」
心春が自転車のカゴから手を離す。
自転車に乗り、学校をあとにする。
自分は何がしたいのだろう。
あの2人に対して、なぜあんな態度を取ってしまったのだろう。なぜ素直になれないのだろう。
今はまだ頭が混乱しているだけかもしれない。髪を染めてまだ初日の登校だから。
言えない事情はいろいろあるけど、最低限のことは伝えないといけないな──。
〇
帰宅してしばらく経って、LINEの通知がきた。
『今から湊斗の家に行って直接話したい』
陽向からのメッセージ。
『さっきはごめん。待ってる』
送信。
幼なじみ相手なのに、少し緊張する。
(((ピンポーン)))
19時半ごろ、自宅のインターホンが鳴った。インターホンの画面には陽向と心春の姿がある。
ドアを開ける。
「さっきはごめん。頭が混乱してた」
「私こそごめんね。じゃ、お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
自宅は一軒家の2階建て。自分の2階にある部屋へ案内する。これまで2人とは数えきれないほど遊んで、何度も家に招いた。小学生のころはそれぞれの家に泊まったことだってある。だけど今回はまるで初めて家に招いているような不思議な感覚。
外はすでに暗い時間帯となっていた。
「2人とも、荷物は大丈夫なの?」
「一度家帰ってるから心配ないよ」
「わかった」
「湊斗、先週の中間テストどうだった?」
「うーん、英語と数学がもう全然だめだった」
「そっかー。俺は数学でいえば時間配分ミスって最後の方飛ばしたなー」
「私は英語100点の自信しかない!」
「2人とも部活と両立してるからすごいよ」
「いやいやそれが両立とまではいかなくてさ。ゲームもしないといけないから寝るのがいつも深夜でさぁ」
「そこはゲーム我慢して寝ないと!私はどんなに忙しくてもお風呂はしっかり浸かるようにしてるよ。湊斗はちゃんと寝れてるの?」
「うん。暇だから睡眠時間はちゃんと取れてるよ」
「とかいいながら陰で努力してるのが湊斗だもんなぁ」
こんな穏やかな会話をしていたいけど、自分から話さないといけない。
ここは、勇気をもって。
「そういえば、今日は直接話すために来てくれたんよね」
「そう。最近ゆっくり話す機会なかったからさ。テストの話をしたくてさぁ、そのために来た」
「あの、髪の話は」
「それは湊斗のタイミングでいいよ。さっきはむしろ無理に聞いて申し訳ないなと思って」
「いや、全然そんなことなくて。今話せる範囲だけでも伝いたいなと思ってたところ」
「わかった。ほんとに話せる範囲でいいからね」
「私も聞くね」
「黒に染めたのは、先週のテスト終わった最終日で──」
2人に伝えたのは黒に染めるきっかけとなった生徒指導主任の古賀による指導や、期日までに黒染めしなければ自主退学勧告を出されていたことなど。担任と別室にて会話した詳細までは伝えていない。
これまで教師との会話でわかったことは、学校側は思い描くような理想の学校像を作っていること。一見、どの学校もそうではと思うかもしれないが、そのためには生徒の個性を消し去ってでも実行する。反論があれば生徒の事情や家庭環境、経済状況を利用して静かに従うよう促す。それでも従わなければ早い段階で処分されるだろう。
この学校はスポーツの強豪校ともいわれており、大学進学の実績にも近年力を入れている。特待生が多いのはもちろん、一般の生徒でも学費面で免除を受けられる制度が数多くある。だからこそ目を瞑らなければならないのだろう。校則に関してはここまでの厳しさを入学前まで情報を掴むのは難しかった。情報が厳しく規制されていることも考えられる。なにより、古賀が生徒指導主任になってさらに厳しくなったと噂されている。校長や理事長との相性がいいのかもしれない。
さらに2人には念を押して、生徒の個性をなくしてはならない強い思いは変わらないことを伝えた。そのうえで、黒に染めることによって周りの視線を気にせず過ごせるようになった正直な思いも伝えた。
「──待ってよ。湊斗がそれで気にせず学校生活を送れるのは事実かもしれないけど、それでOKにするのはおかしいよ。私、湊斗の自然な髪色が好きだよ」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、もう疲れた。黒髪の方が楽だなって……」
「黒髪が楽だと思うのは周りもみんな黒髪にされて、目立たせるような環境に学校がそうさせたから思うんでしょ?個性消されてることに変わりはないじゃん。それでも個性をなくしてはいけないとか言って──」
「心春、そこまで言わなくても。今日はあくまで湊斗が伝えられる範囲で話を聞くことが目的であって。まずは聞いてあげよう」
「いいよ陽向。いろんな意見があるのは覚悟のうえで話してる」
「もう我慢できない。洗脳じゃんそれ。学校はおかしいよ」
「学校はおかしいと自分も以前から思ってた。ただ、茶髪のまま過ごすことがここまで苦しくなるとは想定してなかった。2人は黒髪でうらやましいよ。この気持ちは、きっと経験しないとわからないと思う」
「それは、そうかもしれないけど」
「湊斗の言う通り、自分たちは気持ちを理解できてないかもしれない。ただ、湊斗だけでなく同じように悩んでいる生徒は数多くいるはず。もちろん俺のクラスにも。湊斗には言えなかったけどすでに退学している生徒もいる。ここで不思議に思うのは、そんな短期間で生徒が静かに従うものなのか疑問に思う。保護者も動くはず」
「私もそれは思った。学校側の意見が正しいと思う親たちもいるだろうけど、動かないのかなーと思って」
「それは学費とかで──」
「学費?」
「いや、ほら。この学校は特待生とか多くいるからそれを気にしてみんなおとなしくしてるんじゃないかなって」
「あー、たしかにそれもあるかも」
話は膨らんでいき、時刻は20時を回る。
まだまだ話が続きそうなので、キリのいいところで終えることになった。
「じゃ、俺らもそろそろ帰るね」
「陽向、それから心春も今日はありがとうね」
「あーもう今日は絶対に寝れそうにない。私、明日絶対古賀に突き詰める。浦野先生も何やってんだか」
「もういいよ心春。そこまでしなくても」
「逆にこのままでいいの湊斗は?このまま卒業するつもり?私は納得できないよ」
「このままどうかは、分からないけど」
「心春、今日はもう帰ろう。湊斗も疲れてるだろうし明日また考えよう」
陽向が帰るよう促し、心春はまだ落ち着かない表情をしながら玄関へと向かう。
2人が自転車でそれぞれの家に帰る姿を見届けて、自分は再び部屋に戻る。
ここまで考えてくれる人なんてなかなかいない。陽向も含めて心春にも昔から助けられてばかり。
本当は今でも辛い。自分が自分じゃなくなるような気がする。黒髪が楽だなんて、軽々しく言うべきじゃなかった。信頼している幼なじみなのに。
この学校で卒業する未来が見えない。他に道がないか引き続き探っていこう。




