4 生徒指導
週が明けて月曜日の放課後、風紀再検査のため職員室に向かう。
他にも生徒がいて、自分は最後の番だった。対応するのは古賀。
「あぁ、全然だめだね。ここも。そして全体的にもっと短く切って軽くしてこい」
「校則に違反していない髪型ですよ。どういうことですか。担任にこの髪型だと問題ないと今朝伺ってます」
「いやぁ、そういうことじゃないんよねぇ。そして髪色よ。田上さぁ、やっぱり染めてるよね?うちの学校で髪色が茶色の生徒何人も見てきたけど、なぁんか違うんよねぇ。地毛証明書は?まだ見てない気がするけど」
「地毛証明書は提出済みです。すでに古賀先生も確認されているんじゃないですか。そこまで疑うんだったら別の昔の写真持ってきますし、中学校にも確認取ればいいじゃないですか」
「あーはいはいわかったわかった。時間ないしとりあえずまた明日の放課後に職員室へ来るように」
「もう限界です。詳しい理由も聞けずにおかしいですよ」
すぐさま職員室を去った。
地毛証明書はすでに提出しているが、受理されていないのだろうか。
担任にこれまで何度か頭髪について確認しているが、問題ないの一点張り。もう何を信用していいのかわからなくなった。
最近は1人で帰ることが多い。
陽向と心春はそれぞれ部活に入って、時間帯が合わなくなった。陽向はテニス部、心春は陸上部。
自分は小学校卒業までの6年間は水泳を習っていて、中学校では野球部だった。高校では部活に入らず、自分のやりたいことに時間を費やそうと考えていた。ただ、今はそんなことを考えている暇さえなくなっている。常に校則や学校のことばかり。このまま無事に卒業できるだろうか。
翌日の放課後、行きたくない気持ちがあふれるなかで風紀再々検査のため職員室へ向かう。
この日に再々検査を対応するのは別の生徒指導の教師だった。古賀は不在の模様。
難なく再々検査を終えた。
教師によって基準が違うのだろうか。よくわからないが、これ以上検査を受けなくて済む。
水曜日の6限目、この日は地理の授業があった。嫌な予感しかしない。朝から雨が降り続いている。
自分の席は窓側なので外の状況がしっかり把握できるが、まるで今の気持ちを表しているかのような薄暗い空模様。
ちなみに生徒指導主任でもある地理の古賀は、これまで生徒から授業の評価が高いと噂に聞く。生徒全体のテスト成績も高いらしいが、授業での小テスト問題をそのまま中間や期末考査に反映させて、点数が上がっているという情報も聞く。
「じゃ次は小テストねー。これテストに関わるからしっかり覚えてくださーい」
授業はタブレットを活用しながら進めるが、この小テストは紙で配られる。これが中間考査にそのまま問題が反映されるかもしれないのか。
小テストを終えるとその場で採点し、プリントは回収される。
授業後、嫌な予感は的中し、古賀に呼び出される。教室を出て階段近くの空いたスペースで話す。
「田上、昨日の再検査は来てないけどどうしたの?」
「行きましたよ。別の先生が対応されました」
「誰?担当したの」
「名前はわかりません。その時間帯は古賀先生が不在でした」
「あぁ、まあいいや。んで、これお前どこが切ったと言えんの?」
「何度同じこと言えば済むんですか」
「それはこっちのセリフや。何回言わせるんや。髪は全然切ってないし、茶髪のままやんか!」
「だめならなんのための地毛証明書なんですか!」
「そんなん関係ないんよ。その髪型だと茶髪が目立つんよ。だから髪をもっと短くしてこいって言ってんの。田上お前みたいなやつがおるからうちの学校によく苦情がくるんよ。いい加減、高校生らしい姿になったら?」
「茶髪だから目立たないように切れって、おかしいですよ。校則に違反してない髪型なのにそもそも高校生らしい姿とはなんですか」
「他の生徒見てもわからんかなぁ」
「わかりますよ。生徒指導担当に嫌な思いを受けたのだと感じます」
「田上、5月中旬に中間考査あるけど、それが終わるまでに黒染めしなかったら処分を下すことになる」
「そんなの受け入れられませんよ。黒髪じゃないとだめなんですか」
「自主退学勧告出されたいの?じゃどうしたい?やめるならさっさとやめてくれ。ちなみに先生はこの学校での経歴も長くてね、今年度からは生徒指導の主任としてやらせてもらってるけどもね。あ、もう時間がないから一旦はこれで終わるわ」
古賀はその場から去っていった。
っ。
っ……。
っ…………。
もう、我慢できない。
なぜ茶髪なだけでこんな目に遭わないといけないのか。
髪型は校則に違反していなくても、茶髪なら目立たないようにもっと切らないといけないのか。
高校生らしい姿とはなんなのか。個性をなくして同じ髪型や髪色にして、同じ服装であることが正解なのか。
定時制高校や通信制高校に通う方々は、高校生らしい姿ではないのか。
もう、頭いっぱいでわからない。
そして見ないようにしていたが、気づいてはいた。
自分のクラスにもつい先日までは髪が茶色や明るめの生徒がいたけど、自分以外のみんなすでに黒に染まっていた。
それに関係しているのか分からないが、そのうち1人は体調不良で数日前から学校をお休みしている。
〇
帰りのホームルームが終わり、担任の浦野に呼び出されて別室で対応することになった。
「あのー、ね。まぁ田上には言いにくいんだけどね。生徒指導の古賀先生から話があったのかもしれないけど、うちはいろいろと校則が厳しくてね」
「提出した地毛証明書はどうなったんですか。先生にも頭髪のことで確認して、何度も問題ないと言ってじゃないですか」
「まぁ確かに言ったよ。ただね、生徒指導も田上のことを考えての判断だと思うんよ。正直、今の学校生活楽しい?」
「楽しめるわけないじゃないですか。学校に行くことでもう精一杯ですよ」
「そうか。もしかしたら田上も考えてるかもしれないけど、周りが黒髪のなか、自分だけ茶髪なのってなんか気にならないか」
「それは……」
「1人だけだと目立つし、気にすると思うんよ。生徒指導もそういう配慮があっての発言や行動だと思うんよ。これは田上だけに言ってることだけじゃなくて、他の生徒にも同じように対応してる」
「だからって人の個性をなくすのは違いますよ。そもそも地毛の生徒はそのままで認められているはずですし。そういえば、クラスの他の生徒も黒染めしてましたよね?このクラスでいえば畠山さんは学校に最近来てないですよ。やはり校則や生徒指導が問題で──」
「いやいや、畠山は体調不良で校則とかは関係ないから大丈夫。畠山は持病持ちでね、その関係で少しの間お休みしてるのよ。まあ、先生とはいえ、学校でも上下関係は当然あってね。どうしても経歴が長いほどその方の意見は尊重されやすくなるのよ」
「上下関係って、なんの話してるんですか」
「あーすまんすまん。ちょっと大人の話をしてしまったね。ひとまず、中間考査までどう判断するかは田上次第。周りの視線も感じながら辛い思いをしたこともあっただろうし、そこはもう田上自身が一番わかってることだろうからね。あと、学費や進路のことも詳しく話しとこうか──」
担任との長い会話を終えた。
学校側は生徒の学校生活を考えて動いている事情を知ることができた。
少しだけ、この学校のことを分かった気がする。
ただ、人の個性を大事にしなければならないことは間違いない。
時刻は17時半を過ぎていた。
外は暗く、この時間帯も雨が降り続いていた。気温は16度。
レインスーツを着用し、自転車でいつもの経路を走る。
肌寒いのか蒸し暑いのか、体感が分からなくなるほど頭を悩ませる。
走行途中、別の高校と思われる男女2人が仲良く歩いている姿を見かける。暗い雨の中、あの空間だけは明るく見えた。どんな学校生活を送っているのだろう。環境に恵まれながら、楽しい日々を送っているのかな。
気が付けば、家に到着していた。
誰もいない家の玄関の鍵を開ける。
レインスーツを干し、スクールバッグはそのまま部屋に置き、手を洗う。
「あぁ──」
仰向けになって、ぐったりと過ごす。




