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第二話 アンドレア防衛戦 雷鳴の川

ウェストリア軍、アンドレア川付近

「さっさと動け! 戦列整い次第、突撃であるぞ!」

怒声が飛び交う陣営。

二十日の行軍の果てに辿り着いたのは、冷たい山岳の川だった。

兵の動きは緩慢だった。

疲労と、これから氷のような川へ入らねばならぬ恐怖が足を鈍らせていた。

「安心せよ! 先遣隊が戻った! 川の水位は腰にも満たぬそうだ!

これも神の思し召しよ!」

ドゥージェ・ガノシェの高笑いが響く。

(馬鹿な)

リィンは思わず馬を走らせた。

「ガノシェ卿、今なんとおっしゃいましたか?」

「おぉ、白金魔導師殿。川の水位が低いとの報告を受けましてな!

好機と見て急がせております。歩兵二万を渡河させ、残り一万で魔導師団を護衛。

戦列を整え一斉に砦を攻め立てるのです!」

「ですが、今年は雨も豊富で――」

リィンは言いかけ、言葉を飲み込んだ。

自分の魔導術の感知では、この川は例年通りの水量を保っているはずだ。

しかし、目の前の先遣隊は「水位が低い」と報告している。

上流で何かが起きている。

魔導科学による水流制御か、あるいは……。

その時、前方から伝令兵が駆けてきた。

「伝令ッ! 対岸に少数ながら敵軍が出現です!」

陣営に重苦しい空気が走った。

リィンは眉をひそめた。

「やはり、罠だ」

川を挟んだ舌戦

アンドレア川対岸、イースデン軍。

メビウス、ジルマーレ、ユーリ、ホープの四騎。

全員軽装で、戦時と思っていない愚物に見せかけるための策だった。

だが馬にはイースデン魔導科学の最新装備である銃型短杖と、

大砲の直撃すら耐える正式結界器が搭載されている。

「こちらはイースデン軍、第四装甲魔導大隊所属、メビウス・ドリウム中尉である!

貴殿らの行動は軍事行動である! 何故、此方に進軍なさるのか!」

メビウスが意図的に大音声で叫ぶ。

「ウェストリア軍、征伐騎馬隊長ドゥージェ・ガノシェである!

これは征伐である! 明日の朝日が拝みたければ、砦を明け渡し、皇国に頭を垂れよ!」

豪奢な鎧の男が進み出る。

ジルマーレは小声で囁いた。

「ははは……ここまで馬鹿だと滑稽というか、もう哀れだねぇ」

「馬鹿な! 何故ウェストリア程の大国が我々の祖国を求めるか!」

メビウスが狼狽える――ふりをする。

「魔導科学などという邪道を我々ウェストリアは許しておらん!

支配下に入れば、我が優秀な魔導師を貴国に配備してやろう!」

噴飯ものである。

イースデンこそが、魔術師の資質に頼らず誰でも扱える魔導科学を生み出した国だというのに。

「いやいや……相手のこと知らなすぎでしょう……」

斥候兵ユーリは青褪めていた。

これは演技ではなく、あまりの敵の無知に戦慄しているのだ。

「はっはっは……お国の情報制御の徹底っぷりは流石だねぇ。王様万歳だ」

ジルマーレは正面を向いたまま、皮肉を返す。

「話にならん! その川を一歩でも進んでみよ!

貴殿の首は柱の飾りとなるぞ!」

メビウスは震える声で叫んだ。

それは恐怖と捉えられるように響いた。

四騎は馬脚を翻し、砦へと走り去る。

背後に響くガノシェの高笑いは、虚ろな勝利の鐘の音だった。

だがリィンは、走り去る四騎に異様な雰囲気を感じていた。

それは怯懦に怯える弱兵ではない。

特に最後尾にいた男――蛇のような目をしたその男に、リィンは底知れぬ恐怖を覚えた。

彼が去った後、川の水面が、まるで血を吸ったように静かに波打ち始めた。

アンドレア砦・将室

川から戻ったジルマーレは、将室の椅子に深々と腰を下ろし、残った者たちを見回した。

その背には、まだアンドレア川の冷気がまとわりついているようだった。

「あの調子だと、敵の渡河開始はあと五時間ってところかね」

「五時間もですか? あのガノシェの様子なら二時間で乱れるでしょう」

メビウスが反論する。

「いや、前線にいた赤髪の魔導師が引っ張るだろうね。

愚将の横にいたあの男だけは、僕を侍従ではなく将として見抜いていた。厄介な目を持ってるよ」

ジルマーレは軽薄に笑うが、目の奥は冷たく光っていた。

「ホープくん。騎馬隊は前線で付かず離れず、兵を削ってくれ。

遅滞戦術で構わない。戦闘を長引かせ、脱落者を増やすんだ」

「騎馬隊の装備は?」

「先込め銃をありったけ。魔導弾は、水場との相性が良い雷と火でいこう。

もしかしたら火の出番は無いかもしれないけどね。

あと出来るだけ死者は出さない方向でいこうか」

「は。総員戦闘準備に移ります」

ホープは敬礼し、将室を退出した。

「メビウスくん、ドボク老から返事は?」

「三枚は罵詈雑言でしたが、一枚に『策は成った』とありました」

「はっはー、上等な蒸留酒でも差し入れしようか」

「では、私は芳醇な葡萄酒を添えましょう」

二人は顔を見合わせ、まるで悪戯を成功させた子供のように悪い笑みを浮かべた。

「さて、ユーリくん。君には重要な役割がある」

「は。何なりと」

斥候兵長ユーリは姿勢を正す。

「君は僕と一緒に行動だ。なに、戦場の観察と監視任務ってところさ……

それと―――」

ジルマーレは椅子から立ち上がり、ユーリに耳打ちする。

ジルマーレの策を聞いて呆気にとられてしまう。

(あぁ、この人が味方で本当に良かった……)

ユーリは心の中で苦笑し、安堵した。

「はっはー、それじゃあ始めようか。僕らが負ければ国が滅ぶ。真剣にいこう」

その軽薄な口調とは裏腹に、ジルマーレの瞳は、蛇が獲物を狙う冷徹な光を宿していた。

同日正午、アンドレア川――イースデン側

対岸から太鼓の音が響く。

その音は次第に大きくなり、三万の軍勢が川辺を埋め尽くした。

威勢よく声を上げてはいるものの、兵の顔には虚しさが漂う。

豪奢な鎧の男、ドゥージェが進み出る。

「これが最後通牒である! 降伏せよ!」

アンドレア砦の兵は八千。

徴兵しても一万五千程度。

三万という数字は、確かに降伏勧告を受けても仕方のない規模だった。

だが砦を明け渡しても痛みは少ない。

首都はまだ山岳と湿地、丘陵の奥にある。

「断る! 今朝も申した!

その川よりこちらに一歩でも踏み込めば、貴殿の首は柱を飾ることになるぞ!」

メビウスが大音声で叫ぶ。

物見櫓で、ジルマーレはユーリと共に軍を観察していた。

「うーん、思ったより元気だねぇ……赤髪の魔術師、説得に失敗したかな」

「後方の魔導師隊には赤髪は見えません。前線でもないようですが……」

ユーリが遠眼鏡を覗きながら報告する。

「そりゃまずい。後ろの魔導師隊よりも、赤髪一人の方が厄介かもしれない」

ジルマーレは地図に書き込みながらぼやいた。

「砦将閣下はなぜそこまで赤髪を警戒なさるのですか?」

「固いねぇ〜ジルでいいのに。なぜって?……勘さ」

タバコに火をつけ、深く吸い込み、煙を吐く。

「脳髄が警鐘を鳴らしている。

こいつを自由にしちゃいけない。

出る前に片を付けなきゃならない――そういう勘だ」

隊列の中央に赤丸を付け、「危険」と一文添える。

「さ、お客さんが動き出す。よく見ておいてくれよ。タイミングが大事だからね」

同時刻、アンドレア川――ウェストリア側

先遣隊の報告よりも、川の水位はさらに下がっていた。

膝下ほどの浅さで、脚絆が濡れる程度にすぎない。

農兵や徒士たちは冷たい思いをせずに済むと、どこか安堵の色を浮かべていた。

(元の川の深さは……?)

リィンは周囲を見回し、斜度を予測する。

もし胸ほどの深さで斜度が急なら、一気に水が流れ込む――鉄砲水となる可能性が高い。

上流で水を堰き止め、一気に流す。

よくある水攻めの策だ。

だが、嫌な予感は消えない。

魔導科学を開発した国の将軍が、そんな単純な手だけを使うだろうか。

何か見落としている。

大軍を相手にしているのだ。

単純な策だけではないはずだ。

思考は迷宮に迷い込み、出口を探して彷徨った。

後背を突く?

伸び切った戦線を川で断ち切る?

……いや、違う。

「……まさかブラフか?」

思わず口をついて出た。

「魔導師様、どうされましたか?」

随伴していた正規兵の少年が、心配そうに顔を覗き込んできた。

「い、いや、何でもない。気の所為だ」

無理に笑顔を作り、少年兵を安心させる。

しかし、そんな笑顔の裏でも思考の迷宮は抜け出せずにいる。

その時、ドォン、ドォン、ドォンと太鼓が三度打ち鳴らされた。

準備完了――全体突撃の合図だ。

鬨の声を上げて続々と農兵が川に侵入していく。

渡河開始

「突撃開始しました!!」

物見櫓のユーリが思わず声を上げた。

二万の農兵が黒い波のように押し寄せる。

槍を打ち鳴らし、足踏みで己を鼓舞するその姿は、虚勢に満ちていた。

「川に進入! 前三列まで川に入りました!」

櫓の下では怒声が飛び交う。

だがイースデン軍にはまだ命令が下されない。

馬上の騎士たちも焦れていた。

ジルマーレは動かない。

「前四列……五列!!」

突如、彼は立ち上がり、合図を送った。

黄色の煙が二条、天に昇る。

雷撃の奔流

次の瞬間、雷の魔導弾が農兵の足元へ一斉に撃ち込まれた。

川岸の一列目、中腹の三列目へ――二度、紫電が走る。

水に濡れた足元を伝い、電撃は兵の身体を駆け抜けた。

肉を焼く匂いと悲鳴が重なり、川面は地獄のように震えた。

銃型短杖は二千が限界。

だが先込め銃なら、この砦だけで三万丁。

騎馬兵も歩兵も侍従でさえも、全員が雷の魔導弾を撃ったのだ。

電撃は水を走り、濡れた兵を次々と倒していった。

川面は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。

櫓上のジルマーレは遠眼鏡を覗きながら、いつものように軽口を叩いた。

「はっはー、ユーリくん。良いタイミングだったね。これで半数は動けない……さ、次だ。魔導師団はどうしてる?」

「は。若干の混乱はありますが……ほぼ潰走していますね」

ユーリは陣営の奥を見渡しながら報告する。

「赤髪が前線に出ようとしている。だが侍従が必死に止めているようです……

それと、敵将は川の中腹で取り残されています。馬が感電して動けません」

「ふぅむ……将を取るか、魔導師を取るか。悩ましいねぇ」

昼餉の献立を選ぶような調子で呟くジルマーレ。

ユーリの背筋を冷汗が伝い、思わず身震いした。

この男の軽口の裏に潜む冷徹さを、否応なく思い知らされたのだ。

ウェストリア側の混乱

「前線、第一列、向こう岸に到着しました!」

伝令兵が駆け寄り、報告する。

「次いで進撃せよ! ガッハッハッハ!

この人数に恐れをなしたか! 何もしてこないではないか!

いけぇい! 蹂躙せよ!」

ドゥージェは皮算用を始めていた。

砦を落とせば勲章の一つは確実だ、と。

鬨の声はまるで自分を祝福しているかのように響く。

先陣に加わろうと馬を進め、川の中腹に差し掛かったその時――

敵陣から二条の煙が吹き上がった。

次の瞬間、視界が白く輝いた。

馬が混乱し、肉の焦げる匂いが川面を覆う。

振り落とされ、川に尻もちをついたドゥージェは、熱い水に触れながら立ち竦むしかなかった。

――何が起きたのか理解できない。

ウェストリア後方陣営

「なにぃ!?」

銀魔導師ボルク・ベルヅは驚愕の声を上げた。

雷撃魔術は銀魔導師数名でやっと一条。

だが今、数えるのも馬鹿らしいほどの雷撃が走っている。

しかもそれを放ったのは魔導師団ではない。

騎士、歩兵、侍従までもが雷撃を行使していた。

「そんな馬鹿な……!?

これは戦争を変える……魔導師の存在すら不要になる!」

狼狽し、混乱する。

積み上げた地位も権利も立場も、すべてが崩れ去る未来が見えた。

「誰ぞ! 誰ぞおらぬか!」

振り返れば、随伴の兵は誰もいない。

逃げ出そうとしたその瞬間、川上から土石流が押し寄せるのを見て、自らの死を悟った。

ウェストリア隊列中央

嫌な予感は消えない。

二条の煙、雷撃の奔流、前線の壊滅。

これ以上の惨事はないはずなのに――。

だがリィンの胸中には鳴り止まぬ警報があった。

予感ではない、警報だ。

川の水位、地形、空気――

その全てが、さらなる災厄を告げていた。

「総員! 耐衝撃姿勢! 何かが来るぞ!」

抽象的な指示に兵たちは戸惑いながらも、必死に構えを取る。

もはや砦を落とすことではない。

どう生き延び、この脅威を本国へ伝えるか――

それが目的に変わっていた。

後方の貴族たちは逃げる算段を付けているだろう。

だがリィンは臣民たる農兵を守ることに注視してしまった。

濁流の襲来

イースデン陣営から緑の煙が立ち上る。

地響きと共に、川上から壁が迫る。

轟音と共に、土石を巻き込んだ濁流が川を埋め尽くした。

(くそっ! 予測していた。理解もしていた。

だが行動に移せなかった!)

リィンは飾り気のない杖を取り出し、魔力を込める。

結界魔術――防御に秀でる魔力の防壁。

(この質量……保てるか?)

歯を食いしばり、杖に魔力を流す。

結界は濁流を受け止め、永遠にも思える時間が過ぎていった。

やがて勢いは弱まり始める。

だがその時、リィンは気付いた。

後方部隊もすでに水に浸かっていることに。

「総員! 岸から離れろ!」

叫んだ瞬間――

二度目の雷撃が川を走り、濁流に呑まれた兵をさらに焼き尽くした。

アンドレア川上流――両軍が相対する半日前


アンドレア川の上流には豊かな水源がある。

砦から少し行った山の中腹で、工兵長ドボクとアンドレア工兵廠の面々が唸っていた。


「ううむ……ギルの坊主め、厄介な指令を出しよってからに」


指令書には「アンドレア川の喉を閉めろ」とだけある。

ウェストリアの大軍が迫っていることは、すでにドボクの耳に入っていた。


水攻めか、濁流か――あるいはその両方か。


「さて、どっちでいくのが正解かのぉ……」


白髪に白髭、年の頃は六十前半。しかし年齢を感じさせない筋骨隆々の体躯。

玄翁を片手に、ドボクは低く唸った。


「親方。どっちでいくか、とは?」

「あん?わからんのか。坊主は締めろとしか言うてない。開ける時は武器にするのか、罠にするのか、足止めなのか、撃滅なのか……それを汲み取って初めて一流の工兵よ」


弟子たちに工兵の本質を説くことも忘れない。


「で、どちらなので?」

「わからん。あの坊主が砦将になってから、わからんことだらけじゃ」

儂もまだ二流じゃわい、と呟く。


だが分からなくても、指示を達成しなければ幾万の民が死ぬ。


湿地の砦には、先日「雷撃地雷」と呼ばれる悪魔の兵器を仕込んだばかりだ。

湿地に雷撃――考えうる限り最悪の組み合わせ。


「む?雷撃……兵器廠の雷撃弾は何発残っておる?」

近くの測量兵に声を掛ける。


「は。先日の大生産で五千、在庫を含めれば二万発ほどかと」

資料を捲りながら測量兵が答える。


「なるほど……あの坊主、ここに湿地を作る気じゃな」


湿地で足を奪い、雷撃で半数を削る。岸に上がるところを鉄砲水で呑み、さらに雷撃で追い打ち――。

ジルマーレの策を読み取ったドボクは声を張り上げた。


「用土を盛れ! 水を多めに貯められる深めのため池を作れぇい!」


部隊に号令が響く。


「となると、こいつらの出番かの」

大量のスコップと鶴橋、そして小さな魔核コアがはめ込まれた機械達。


「土掘り君四号の出番じゃな」


ドボクは優れた工兵で技師だったが、名付けのセンスは最低だった。


土堀り君四号――名前の割には凶悪な見た目をした魔道具を取り出す。

円錐の鉄塊にらせん状の刃を付け、風の魔道具で回転させる。

つまるところ、ドリルである。


「やわらかい土は三号で掘れ!硬い岩盤は四号じゃ!それと大至工廠から水出る君3号と6号を持ってこさせろ!自然に溜まるのを待っておったら策は成らんぞ!」

ほれ急げ!と工兵たちの顔を見回し、檄を飛ばす。


三号は先端に土の魔核を仕込んだスコップである。

土の魔核が土壌を柔らかくし、掘る速度は二倍、三倍にもなると言われていた。

その三号を水車に取り付け、回転させれば……と作られたのが四号らしい。

ジルマーレとドボクの発想がどこをどう間違えたのかは不明だが、ドリルに辿り着いたのだ。

岩盤は工兵が鶴橋で砕く、人力が基本のこの時代にドリルを作成したのだ。


「親方ァ!岩盤の手前に大岩です!どうしますか!」

「あぁん!?発破二十六号で粉々に砕け!水に混ぜて流すんだ!」

「なるほど!じゃあ油団子も混ぜます!」

「環境を壊さん程度にやれ!」


発破二十六号――硫黄、木炭、硝石、火の魔核の粉末を混ぜ、膠で練り込んだ火薬である。

魔力芯と呼ばれる紐に魔力を流せば遠隔で爆破が可能。すなわちC4、プラスチック爆弾だ。


騎馬突撃が主流で、銃すら少数しか存在しないこの時代に、彼らは対人地雷を設置し、ドリルを作り、プラスチック爆弾を運用していた。

それがいかに異様か――運用者たちは理解していなかった。


「親方ぁ!岩盤です!四号お願いします!!」


工兵の声が響く。ドボクは「おうさ!」と短く答え、魔核に魔力を流す。


甲高い音を立て、円錐の根本が高速回転を始める。

みるみるうちに固い岩盤に穴が開いた。人力で除去しようとすれば三日はかかるだろう。

それをわずか一時間ほどで砕き抜いたのだ。


「水出る君はまだか!さっさと設置だ!」


水出る君とは、四号を打ち上げて上空の水分を集め、六号と地上のポンプで流す――水魔術の奥義のような魔道具である。


工兵がポンプを最下層に設置し、地上で四号を射出する。

もともとは山岳地での耕作のために生み出された魔道具だが、使い方次第で戦場の兵器となる。


「よし、これで策は成ったな。遠隔筆でメビウスの坊主に連絡しておけ」

「了解です!」


堰の制作にかかった時間はおよそ半日。

水が溜まるまで、この様子ならさらに半日もあれば十分だ。

あとは決行の合図を待つのみである。


「おっし、今日もいい仕事したぜ!ガッハッハ!」


土と泥にまみれてなお、笑顔を見せる工兵たち。

この策が成功すれば、何万人もの人々が救われるのだ。



アンドレア川上流――二条の煙後


昨日完成させたため池には波々と水が溜まっていた。

その半面、下流の河口には脚絆が濡れる程度の水しか流れていない。


「親方!黄二の合図です!」

観測兵が遠眼鏡で本陣からの合図を報告する。


「よし、発破二十六号の魔力紐に魔力を注げ!」

「あいよ!了解だ!やってやんぜ!」

工兵たちは口々に威勢よく返事をした。


第一爆破で堰を砕き、第二爆破で一気に水を流す。

爆破のタイミングは極めてシビアだ。早すぎれば敵を巻き込めず、遅すぎれば岸に上がられてしまう。


観測手は息を殺し、合図を待った。

生唾を飲む音がやけに響く。


次の瞬間、陣営から緑色の煙が吹き上がった。

「発煙!緑一!」

「爆破ぁ!!!」


工兵たちが一斉に魔力紐へ魔力を流す。

大爆音と共に堰が破られ、ため池の奥からも再度爆発音が轟いた。

勢いづいた水が一気に川を下る。


工兵たちは石塊や釘、杭を濁流へ投げ込む。

少しでも敵兵に届けばいい――そう願いを込めて。


工兵は戦場に出ることが少ない。

騎馬兵のように前線で戦うことも、魔法兵のように魔術を行使することも、斥候兵のように敵陣へ深く入ることもない。

工兵の戦場は後方にある。


「親方!成功です!!敵軍半数以上が濁流に飲まれました!」

観測手が歓声を上げる。


だがドボクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「ちっ……土石の量が少ねぇな。半数じゃなく、丸ごと飲み込めると思ったんだが……儂もまだまだじゃわい」


奥歯を噛みしめる音が響いた気がして、観測手は自分を恥じた。


「言うても仕方ない!総員撤収じゃ!工廠に戻って爆破と堰の計算をやり直すぞ!次は丸ごと飲み込む!」

怒声が響き、工兵たちは瞬く間に痕跡を消し、完全撤収した。




第二話です!

次回がとりあえずの最終話になります!

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