3.戻ってこいと言われましても
あの忌々しいファンクラブ脱退事件から、もうすぐ一週間が経とうとしていた。
突然時間が飛んだなって?
ファンを止めるという形で奴と縁を切った事で、あれから冴桐が視界に現れなくなり、素晴らしく毎日が平和なのだ。
あまりに穏やか過ぎて、本当にこれと言った話題はなく。
普通に通学して、普通に授業受けて、普通に帰宅……っていう、とても平凡な日常が続いていた。
部活は入らないのかって?
部活なんて入ろうものなら、冴桐の作戦(笑)に巻き込まれる可能性がある。
なんならあのキモい姿が視界に入る可能性だって増える訳で。
だから、ずっと帰宅部でいくつもりだ。
せっかくの第二の人生だというのに、あの冴桐とかいう男をいちいち気にしなきゃいけないのが癪だけど……逆に考えれば、奴に関わりさえしなければめちゃくちゃ快適で幸せなんだから。
それで……今はというと、学校からの帰り。
住宅街の中をとことこ歩いて帰ってるところ。
この生活にはもう慣れた。
最初は知らない家に帰ることにすごく抵抗あったけど、今じゃもうあれは自分の家だ。
今歩いている道だって、今やいつもの帰り道。
もう完全に慣れた。
(って、あれ?)
後ろから車が来た。ここ道狭いし、先行ってもらっちゃお。
(お先にどうぞ〜)
足は止めずに道路の端に寄っていき、車をやり過ごそうとすると……
(え?あれ?)
向こうは加速するどころか、むしろさらに減速していく。
(げっ!?)
よくよく見ると高級車。しかも真っ黒艶々の……
恐る恐る車の運転席の方を見ると、案の定強面のサングラスのおっさんが……
しかも、ばっちり私の方を見てらっしゃる。
(わ〜お……)
黒いスーツに、黒いサングラス……まさか、ヤのつく人?
え、私になんの用が……いや、ないない!ないないない!
あったらやばいって!
私、そんな恨まれるような事してないよ!ほんとほんと!
僅かな可能性に賭けて、今度はピタッと立ち止まってみる。
(ど、どうだ……?どう来る……?)
すると、向こうは通り過ぎるどころかさらに減速。
私に用があるというのがはっきりしただけだった。
(う、うそ〜!?)
そのまま車はススス……とゆっくり進んで……
私のすぐ横まで来たところで止まった。
(ひっ!ど、どうか……なんにもされませんように……!)
そして、車から降りてくる誰か。
(か、神様〜!)
ちょ、ちょっと待ってよ!
まだ死にたくないよ私〜!やだよ〜!
「……毎日、こんなところを通って帰ってるんだね」
聞き覚えのある声。
最初の『毎日』の『ま』の音だけでイラッとさせてくるんだから……ある意味才能なのかもしれない。
「は?なに、今度はストーカー?」
恐怖心?うん、今の一瞬で吹っ飛んだ。
「そんな趣味はない。それより、君に用があるんだ……来てくれないか」
「どこに?」
「僕の家。こんなところでずっと話し込んでいたら不審者になるだろう?」
ついてきてる時点で充分不審者だと思うんですけど。
「ほら、通行の邪魔になる。早く乗ってくれ」
「は?私、帰るところなんだけど」
「いいから、早く乗ってくれ。手荒な真似はしたくないんだ」
「嫌です。帰ります、それじゃあさような……わ!?」
突然車の助手席からガタイの良いおっさんが飛び出してきた。
こっちもまたサングラスにスーツで、むしろ運転手の人かと思ったくらいに同じ格好だった。
「こうなったら仕方ない、捕えろ。僕の命令だ」
(捕えろ!?)
奴の言葉に反応して、すかさずおっさんが私の両腕を後ろからホールド。
「えっ!?ちょちょちょ、何して……!」
「……」
おっさん無言やめい!怖いって!
見た目だけでも怖いのに、無言なのもっと怖いから!
「は、離し……離して!離してってば!」
そうして……突然の事にパニックになってる間に、さっさと車に押し込まれてしまった。
気づいたら今もう、後部座席の真ん中だ。
右にはさっき腕を押さえ込んできたおっさん、左は奴……挟まれてる、最悪。
「帰る!ここから出して!」
「落ち着いてくれ。別に君を取って食おうとしてる訳じゃない」
「そうは言ってたって、これもうほぼ誘拐じゃん!」
「だから、本当はこうしたくなかったんだ」
「ちょっと!帰して!」
「仕方ない……本当は僕の家まで行くつもりだったが、予定変更だ」
話聞け!この誘拐犯が!
「おい、この辺りを適当に走らせてくれ。その間に話を済ませる」
「承知しました」
なんか勝手に話進んでるし!
「お願いだから!帰らせて!」
「うるさいなぁ。何もしないって言ってるだろう?」
「いきなり車に押し込まれたってのに、そんな呑気でいられる訳ないでしょ!」
「突然来たのはすまなかった。一刻も早く伝えたくて」
噛み合ってるようで微妙に噛み合ってない会話。
それはそれで地味にイライラする。
「で!?何が言いたい訳!?」
ここでエンジン音が大きくなった。
とうとう車が走り出してしまったらしい。
「こんな事までしてさ!なんか用な訳!?」
自分で思っていた以上に鋭い声が出た。
会話的にも物理的にも引くに引けない状況……本当はすごく焦ってるけど、コイツの前でそれは見せたくなくて、ついいつも以上に力が入ってしまった。
「これは……やむを得ないとはいえ、申し訳なかったと思っている」
焦って声がキツく固くなる私とは反対に……冷静で淡々とした口調なのがこれまた腹立つ。
「ただ……」
「なによ」
「いい加減、意地張ってないで戻ってきたらどうだ?」
「なんの話?」
「ファンクラブ。この僕が良いって言ってるんだ、戻ってくるなら……」
「だから、なんの話?ファンクラブなんてもう忘れたわ」
「またまた……そうは言っても、戻りたいんだろう?」
「は?」
「戻りたいけど、言い出せなかったんだろう?」
「いや、全然」
「いいんだって、無理するなって」
「は?何が?頭大丈夫?」
どこかでピキッと音が聞こえた。明らかに、はっきりと。
「君……僕をまた怒らせる気かい?」
「は?」
「なんて口が悪い……相変わらずお淑やかさのかけらもないね」
「……!」
(コイツは……!)
奴を仕留めるべく、次の口撃を仕掛けようと口を開くも……
(……)
第三者の視線を感じてやめた。
隣に座る強面おじさんの、サングラス越しの冷静な視線で。
「……」
「……」
頭がようやく冷静になってきて、ふと思った。
ファンクラブって本人に言われて戻るもん?
いや、そもそも加入も脱退も自分の意思だよな?
おかしい。
本人が戻れって迫ってくるなんて、普通におかしいぞ……
(やっぱり断るのが正解だな)
「これでも、君を買っているんだよ。君の事は結構気に入っているんだ」
「そりゃどうも」
「意思がはっきりしてて自分があって……ファンの子達の中ではとても珍しいタイプなんだよ、君は」
「へ〜」
「だから、戻ってきなよ?」
「嫌」
『だから』の意味分からんし。
「もう無理強いはしない、約束する。だから「嫌!」
無理なもんは無理。最後まで聞くまでもない。
「悪いようにはしな「嫌!」
「だ、だが……「嫌!」
「はぁ〜……」
ま〜たクソデカため息ついてらっしゃる。
それ癖?癖なの?
「いいから……さっさと戻ってくれないか」
今度はイライラし出す始末。知らんがな。
「嫌だよ。そんな事言われたって」
「なんだと……!せっかく優しくしてやったのに!」
「優しい?車に押し込むのが?」
「さっきからよく回る口だな!」
「お褒めいただき光栄です」
「ふざけるな!」
「ふざけてない!ただファンクラブには戻らないって言ってるだけだし!」
「そんなの駄目だ!僕の人気にも影響するだろ!」
「は?」
え?今なんて?
「自分から抜けた奴がいるなんて周りにバレたら、人気が落ちてしまう……!」
「は?」
「完璧な僕が……そんな事、許されない!」
ア……アンタ……自分の評判気にしてたのね。
「やっぱりお前、嫌いだ!」
「奇遇ね、私もよ!」
「だが、それなら尚更戻れ!」
「はぁ!?なんで!」
「お前みたいな奴、許せないんだよ!」
何言ってんだか。
「この、完璧でイケメンな僕の元から出ていくなんて!そんな事、絶対に認めない!」
完璧でイケメン……自分で言っちゃった……
「今まで……一度も!たったの一度も、女の子に断られた事なんてなかったのに!」
親父にも殴られた事なかったのに!みたいな?亜種?
「このままじゃ、僕の恋愛遍歴に傷がついてしまう……!」
それ傷つくもんなの?ってかそんなの気にする人いるの?
「自分の我儘で勝手に抜けるなんて!許せない!」
「はぁ?!何その言いがかり?!余計に戻る気失せたわ!絶対ファンなんてならないから!」
(あ!)
窓越しに交番の看板が見えた!今だ!
「お巡りさぁぁ「ば、馬鹿っ!やめろ!」
必死に口を押さえてくる様はまるで犯罪者。
これはチャンスとばかりに大きく手を振りアピールする。
「お巡りさ〜ん!お巡りさん、コイツです!」
「や、やめろ!やめてくれ!」
「お巡りさ〜ん!」
「分かった分かった!今すぐ降ろすから!降ろすから、やめてくれ!」
停車して外に出してもらうまで、その間数十秒。
その慌てっぷりは……録画しておきたいくらいだった。
あの強面のおっさんまで大慌てで、なかなか面白い絵面だったのに……ちっ、惜しい。
「それじゃ!」
車から私を降ろした後、まだ何か言いたげな顔だったけど……無視して、この日は帰宅した。
もちろん、この後どうなったかなんて知らない。
そもそも興味ないし。後ろを振り返るなんて事はしなかった。
嫌!って何度も言わせたら、ちいかわみたくなっちゃった……




