7-2.白馬の王子様なんている訳ない
「君、一人〜?」
「え?」
不意に後ろから声をかけられ、何も考えずに反射的に振り向いてしまった。
(うげ)
冷静に考えて、振り向いちゃ駄目なセリフだ。
でもそのことに気づいたのは、完全に声の方に向いた後だった。
「ってかさ〜。今、暇?」
生地が薄くて安っぽいジャケットを羽織った、茶髪のなんかヘラヘラした男が立っていた。
香水か何かの甘ったるい匂いと、薄っぺらい笑顔、そして全身を舐め回すような気持ち悪い視線……
多分この後の事考えてるんだろうけど……私、まな板よ?残念ながら。
「へ〜。よく見ると可愛いね、君?」
(よく見るとって……いや、いいけどさ)
人気のない道、それもそこそこ遅い時間に一人でフラフラ……そりゃあ狙ってくださいって言ってるようなもんだ。
そりゃ、狙われるわな。
その上、急いでる様子も無いもんだから絶好のカモだ。
ワンチャンあるかも!なんて考えるのも無理はない。
「で、どう?ちょっとお茶してかない?」
(おお……!ザ・常套句……!)
って、違う違う。リアルでテンプレ台詞聞けたからって、感動してる場合じゃなかった……
現在進行形で変なのに絡まれてるんだった、やべ。
「え……」
「いいっていいって。奢るよ〜?」
「いえ、結構です」
「そんな、遠慮しなくていいって〜」
結構キッパリ言ったつもりなんだけど……
効いてない……いや、聞いてないか。
「いや、その……」
「その人、嫌がってるみたいだけど?」
不意にどこかから声が。
(マジ救世主……!ありがてぇ……!)
「あ?んだよ、お前」
「ただの知り合いだよ」
やっぱありがたくなかった。
最初、不意打ちだったっていうのもあってすぐ気づけなかったけど……この声、奴だ。最悪だ。
「知り合いって……この子の?」
「ああ、そうだけど?」
さっきから目の前にいるのと、背後から新たに増えたのと……ウザいのが二人に増えてしまった。うわ。
「ところで、そう言う君は……?君も彼女の知り合いなのかい?」
知らない男だって分かってて言ってるだろそれ。
いつもの営業スマイルが、今はもはや煽ってるようにしか見えない。
「チッ!んだよ、コイツ男いたのかよ!最悪!」
それ、どういう意味?ってチャラ男に聞きたかったけど……
「話しかけて損した!時間無駄にしたわ、くそが!」
とかなんとか、一人でワーワー暴言吐きながらどっか行っちゃって、聞きそびれてしまった。
冴桐は知り合いって言ったけど、あの人的には彼氏とか男友達とかそういうのに見えたんだろう。
(って、そんなに距離感近かったかな……)
もしそう見えてたら最悪。
そもそも私が奴の彼女だなんて、いくら勘違いでも死ぬほど嫌なんだけど……
とはいえ、なぁ……ほんとは違うってちゃんと弁解したかったんだけど、もうどこ行ったか見えなくなっちゃった。
足早いねあの人。
「大丈夫か?」
「あれ、そういや今日は一人なんだ?ボディーガードは?」
「今日はいない」
「なんで?」
「ついさっきまで一緒にいたんだけど、君を見かけたから帰らせた」
「え?どうして?」
「たまたま君を見かけて……変な奴に絡まれてるみたいだったから助けようと思って」
え〜?
たまたまって……結局またストーカーしてたって事なんじゃないの?怪し〜。
「でも、彼らと一緒だとまた騒いで通報されかねないから……今度は一人で来た」
「一人でもいけるって?えらい強気ね」
「何がだい?」
「『念のため仲間を連れていくから大丈夫だ』」
我ながら完璧な声真似だった。
声色、雰囲気百点満点。ウザさは本人に負けるけど。
「とか言って、この前私一人でやらせようとしてたじゃん。次の作戦とか言って」
「それは……反省したよ」
「反省て」
「いつも仲間にばかりやらせていては、僕自身の実力を軽く見られてしまう……それではいけないと反省したよ」
あ〜……うん、もういいや。
色々あるけど、突っ込むのめんどくさいんでもういいよそれで。
「そうは言っても、あの後喧嘩になったら勝てないじゃん」
少し前まで入院してた奴がよ?もし殴り合いなんてなったら……絶対勝ち目ないって。
「それを言うなら、君こそどうして助けを呼ばない?」
「呼ぶ必要ないし、呼ぶ相手もいないし」
「相手がいない事はないだろう?選択肢は他にも……」
「友達だって親だって暇じゃない。みんなそんなすぐ来れる訳じゃないから」
「だけどここ、近所じゃないか。僕の家なんかこの先すぐだし」
前も言ったけど、だから知らんて。
現実じゃ、マップ画面なんて出せないんだって。
「だから、必要ないって言ってんじゃん」
「相手は大人の男……君一人じゃ勝ち目がない」
「それはアンタが来たところで同じでしょ」
「いや違う」
「同じよ」
「全然違う」
「変わんないって」
「違う!」
なんかイライラしてる、アイツ。
「そうじゃなくて!君が一人なのが問題なんだよ!」
「なんでよ!?」
「それくらい分かるだろ!?」
「なにがよ!?」
「分かってくれよ!そのくらい!」
「分かんないよ!」
「あ〜もう!そもそも、どうしてこんな遅い時間に一人で出歩いてるんだよ!」
「いいでしょ別に!」
「僕が用事で出掛けてなければ、助けに来れなかったんだぞ!」
「んなの、知らないよ!どうだっていいでしょそんなの!」
「よくない!」
「なんで!」
「君一人じゃ、その……」
「一人じゃ、なによ!?」
「……」
こういう時に限って黙る。
普段ベラベラ喋るくせに、肝心な時はこれ。
(ずるい奴……)
でも、言いたい事はなんとなく分かる。
女だから一人じゃ危ないって事が言いたいんでしょ、つまりは。
(あれほど女らしくないだなんだ言って、今更女扱いとか……!)
いつも男っぽいって言われてイラッとしてるのに、今度は女だって言われてまたイライラしてる。
自分でもその意味不明な矛盾は分かってる。どのみちどっちでも怒ってるじゃんって。
ここで怒るのは理不尽だって事も分かってる。
けど、頭で分かってはいても……やっぱり相手が相手なせいか、無性に腹が立つ……
「別にあんなのどうって事ないから。あの後、適当にあしらってやるつもりだったし」
「あしらうって、君が?」
「そうだよ。他に誰がいるって?」
はぁ〜とここで大きなため息をつく冴桐。
一挙一動がいちいち腹立つ。
「はぁ〜……君、もう少し自分が女って事を自覚したらどうだい?」
「はぁ!?それ、馬鹿にしてる!?」
「馬鹿にしてる訳じゃないけど……」
「じゃあ、何よ!?」
語気が勝手に荒くなっていく。
強く言うつもりはなくても、感情の昂りがそのまま口から漏れてしまって……
「うまくやり過ごせる自信があるのかもしれないが……それでも相手は男だぞ」
「それが何!?」
「もし力づくで何かされたら……終わりじゃないか」
「ご心配どうも!でも私もそこまで馬鹿じゃない、そうなる前になんとかするから大丈夫!」
そもそも前世だってずっとそうして来てたんだから!
馬鹿にしないでよ!
「なんて可愛げのない……はぁ〜……」
「うっさい!それくらい自分でできなくちゃしょうがないでしょ!子供じゃあるまいし!」
なんか今さっき、あの嫌なワードが聞こえたような気がした。
でも、なぜかそあの言葉にあまり反応していない自分がいた。
別に克服できた訳じゃ無い。けど、そこまで感情は動かなかった。
「まぁ、そうだけど……」
「でしょ!」
「……」
ほらみろ!反論できないじゃん!
「でも……それは君には無理だ」
「は……?」
「君には少し……ハードルが高いと思う」
「なんで?」
「これまで見てきて……そこまで人あしらいが上手いようには……とても思えない」
「……」
今度は私が黙る事に。
確かにそう。口はそんなに達者じゃない。
それに、あしらい方だってうまくない。
不器用な性格の悪い面が全部出て、本当はそういうの苦手。
でも、世の中うまく立ち回っていくにはこうするしかないから……
「僕には……君がかなり無理しているように見える」
「……!」
「そうだろ?」
図星ではある。
けど、コイツ相手にそれは言いたくない……
(あ〜ほんとムカつく〜!も〜!)
「だから!?だから何よ!?」
苛立ちがモロに分かる口調。
だけど、もはや気にする余裕なんて全然ない。
「いや……これは僕の単純な疑問なんだけど」
「何よ!」
「そこまで無理するくらいなら、諦めて人を頼ったらどうなんだ?」
「そうね!咄嗟に頼れる人がそこにいればね!」
「いないのか?」
「そうそう都合良く行く訳ないでしょ!」
友達だって家族だって、みんな都合があるし!
そんないきなり呼ばれたって困るだろうし、来てくれたらラッキーってくらい……
「友達だって女子だし、お母さんも……助けに来ても、被害が増えるだけかもしれないじゃない!」
「男を呼べばいいだろ?」
「男兄弟なんていないし、お父さんは仕事で遅くまでいない!」
「いや、もっとこう……身近というか……こう、すぐ来てくれるような……」
「アンタと違って、ボディーガードなんていないから!」
「そうじゃなくて……危険にすぐ駆けつけてくれるような……」
「白馬の王子様が颯爽と駆けつけてくるってか!?」
「なんか違うけど、まぁ……そういうやつ」
はぁ!?んな訳あるか!
「いる訳ないじゃん、そんな人!」
「そうか……」
「当たり前よ!」
「だ……だけど、その……」
「なによ!」
「本来の性格ならまだしも、無理して振る舞うくらいなら……もっと素直になってもいいんじゃないか?」
「はぁ!?急に何!?」
「もっとこう、人に頼った方がいいと思うんだ。その方がきっと、君らしくいられる……」
ああそうだよ!
本当はもっと穏やかに静かに、のんびり毎日暮らしたいよ!
そう、それができるもんならな!
できないから、こうして必死に生きてる!
頑張って自己防衛してるんでしょ〜が!
「頼れる人いないのに、頼れって!?アンタ自分が何言ってるか分かってる!?」
「……」
「頼れる人を新たに作れば……」
「頼れる人って、つまり誰?」
「そ、それは……」
「そんなのいないって言ってるじゃん!誰もいないんだって!」
「……」
「男友達とか恋人とかいればいいけど、私にはいないから!誰も頼れないから!」
「……」
ほら、さっきから何も言えてない!
いくら正論だって、できない事はできない!
「うるさいなぁもう!もういいでしょ、いい加減帰ったら!?」
助けてくれたのはありがたいけど……今は怒りが勝って感謝したい気持ちはもうほぼゼロだった。
「こんな所で油売ってないでさ、帰れば!?」
あまりのひどい言いように、奴はポカーンとしている。
「なによ、助けに来たフリして私に喧嘩ふっかけに来たって訳!?」
「ああ、いや……違くて……」
「違う!?何が!?」
言葉の全てに噛み付く私に、とうとう彼も堪忍袋の緒が切れたらしい。
「そういう所だよ!そうやってすぐ怒る、認めたくないってだけで!」
「うるさい!どうしようもない事指摘して、マウント取ってるつもり!?」
「どうしようもなくない!君が考えるのを怠っているだけだ!」
「いない人はいくら考えたっていない!ゼロは1にはならない!助けなんて来ない!」
「来るかもしれないじゃないか、白馬の王子様とやらが!」
だから!そんなのいる訳ないでしょ!
イケメンが私の肩抱いて!?『僕が君の事守ってあげる(イケボ)』って!?
そんな夢物語、ある訳ないでしょ!
(コイツ……!ああ、もう……!)
「消えて今すぐ!口も聞きたくない!」
もっと汚い言葉が出そうだったけど……ここは外だし、周りに人いないとはいえ一応外だから……一番綺麗な言い方で。
充分ひどいって?うん、でもこれでもマシな方。
怒りでIQ落ちまくりの脳みそからどうにか捻り出した、◯ねの柔らかい言い換え。
「消えて、私の前から!さっさといなくなって……!」
もう限界だった。色々と。
「……」
「……」
奴はというと、しばらくキョトンとした顔をしていた。
「……」
「……」
いつもの如く、キョトン顔すら無駄に整ってるのがこれまた腹立つ。
「……」
「……」
けど、すぐにいつもの顔に戻っていって……
「ふん!言われなくてもさっさと帰るさ!」
「ああそう!」
「せっかく助けてやったのにな、お礼の一言も無しか!」
「助けてくれなんて一言も言ってないし!」
結局いつもの感じに。
「「ふん!」」
そして……お互い鼻息荒く、それぞれの家へ駆け出すように帰っていった。




