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0.さようなら、世界

※彼の浮気が発覚して別れる話です。

大した内容じゃないけど、一応ご注意を……

 


「ごめん。そろそろ疲れたわ、俺」




 それは突然の事だった。


 ほんの数秒前、私が彼に問いかけた事に対する返事がこれだった。


「え、疲れた?」

「……」


 問いというか、提案と言うべきか。

 今日これまで、ランチして買い物してカフェ寄って……と来て、この後どうしようかという話になって。


 それで、いつもならなんとなく彼の家に行く流れになるけど……最近そればっかりだから今日はもう少し外にいようと提案した、ただそれだけ。


「疲れたって……まだ今日そんなに歩いてないじゃん」

「じゃなくて」


 かつてないほどの冷たい声。


「そうじゃなくて。そろそろ本気で無理なんだわ……」


 鼓動が段々早くなっていく。


 予感が確信に変わった瞬間だった。

 なんとなく今日は最初から嫌な予感がしてた……待ち合わせの時から妙になんだかぎこちなかったから。


「えっ……な、何が……?」


 それでも嘘であってほしかった。ただの悪い夢であってほしかった。


 だけど、嘘だって思い込もうにも……目の前の彼のめんどくさそうな顔が全てを物語っていた。


「何がって……いやお前、それ聞く……?」


 結局、最初からこうなる事は決まってたんだと思う。

 彼の中で結論は決まってて、あとは時間とかタイミングの問題だった……きっとそう。


 今日の私が何を言ったとしても、何をしたとしても……きっとどれも同じ流れになった……




 彼はしばらく悩んだ後、こう言った。


「だってお前、男みたいじゃん」


 本当は他にもっと理由があったのかもしれない。

 けど、彼が言ったのはそれだった。


「え?どういう意味……?」

「なんつ〜の?可愛げ?みたいなのもないしさ」

「……」


 予想もしていなかった言葉の羅列に、頭が真っ白になっていく。


「そりゃお前が不器用なのは前から知ってるけどさ、可愛げがないんだよな」

「可愛げ……」

「格好だって、いつも動きやすいのばっかり」

「それは、前に可愛い系はあんまり似合わないって言ったから……」

「いつもラフな格好しろとは言ってない」

「……」

「その上女の癖にろくに気も遣えないし。俺の方がよっぽど気が利く」

「そ……そんなつもりは……」

「しかも寸胴体型で胸はまな板……それもう、男と付き合ってるようなもんじゃん」


 これが本当に一番の理由かもしれないし、やっぱり他にもっと理由があるのかもしれない。


 ただ、その言葉に妙に強い力があった。


 私がコンプレックスに感じてる事だからなのか、それとも彼の言い方が強いからなのか……分からない。

 分からないけど……でもとにかく、どんな反論も言い訳もさせないような……とても強い圧力を感じた。




「その分萌絵(もえ)はさ、気配り上手で女らしくてさ……お前とは大違いだよ」

「萌絵……?あの職場の後輩の子?」

「ああ。いつもしっかり身だしなみに気を使っててさ、それでいて周りの事もよく見てる……」


 別に何か言った訳じゃない。ただ後輩の人柄を説明した、それだけ。

 それ以上の情報は一切ない。ただの紹介。


 でも、それが……今の私には別の意味に聞こえて。


「それって……まさか……」


 推理ものは正直、苦手。

 クイズも、小説も……理論的に考えて答えを出すのはあんまり得意じゃない。


 でもこの時は、仮説からとある一つの可能性に辿り着くまでほんの一瞬だった。


 確信はとてもあるけど、その答えに至るまでを全く説明できない……いわゆる女の勘ってやつなのかもしれない。


「ま、まさか……()()()()()なの……?」

「何が?」

「最近急な泊まりの出張が多かったのも、仕事忙しいからって電話もあんまり出てくれなかったのも……つまり、そうなの?」

「……」


 無言。これが彼の返事だった。


「萌絵の所に……いたって事……?」

「……」

「萌絵と……()()()()()()だったって事……?」

「……」

「仕事って、あれ……嘘だったの?」


 本当は質問攻めにするつもりはなかった。

 でも、結果的にそうなってしまった。


 心が欲している……否定の言葉を。今すぐ。

 今言った可能性全てを、今この場で完全否定して欲しい……




「……うん、まぁ」


 思っていた通りの答えだった。やっぱり。


 否定して欲しい気持ちはあったけど、それが叶うとは思っていなかった。

 僅かな望みに賭けてみたかったってだけで……駄目だろうとは思ってた。


 でも、かといって……怒りとか悲しみとかそういった感情もなかった。

 自分でもびっくりするくらいに。


 多分頭がまだ追いついてないってだけなんだろうけど。


「そう……なんだ……」

「うん」

「そっか……」


 これは彼の最後の優しさ……そう思い込む事にした。


 曖昧にされるよりは、すぐにはっきりした方がいい。

 あれこれ想像して苦しむよりは、今ここでスパッとぶった斬られる方がいい。


 だから残酷なくらいあっさりとしたその態度が、かえってありがたい……そう、思うことにする。

 それが私の脳みそが捻り出した結論だった。


 だから、本当はそうするつもりだった。




「え、でも……私……嫌だ。別れたくない……」

「……」


 口が勝手に動いていく。


「別れたく……ない……」


 今更そんな事言ったって意味はない。


 別れるという結論は覆らない。

 そんなのはもう聞くまでもない、分かりきってる。


「駄目……なの……?もう……」

「……」

「ねぇ……」

「別れよう」


 めんどくさそうな感じはそのまま、でもどこかもう終わったことのようなさっぱりとした雰囲気。


 まだ会話の途中だけど、彼の中ではもうとっくに終わってるんだろう。


「ま……待って、まだ……気持ちの整理が……」

「だから、もう無理なんだって。終わりだよ終わり」

「終わり……?」

「そう、終わり」

「終わり……」

「うん。別れよう」

「別れる……」


 聞えた音の羅列をただただおうむ返しする。


 彼が何を言ってるのかなんて分かってるけど……でも、『分からない』。


 頭と心がそれぞれ別の事を考え始めて、混線してしまっていた。


(別れ……る……)




 思えば随分と長い付き合いだった。


 付き合い出したのは高校の時。

 ただの仲の良い友達から始まって、段々と好きになっていって……それから社会人の今まで、ずっと付き合っていた。


 これまで本当に色んな事があった。

 嬉しい事や悲しい事、楽しい事……涙が出るほど大笑いしたり、喧嘩して何日もお互い口を聞かなくなったり……


 たくさんの思い出がスライドショーのように私の頭の中に浮かび上がっては消えて……


「……」

「……」


 魂が抜かれたかのように呆ける私を、彼はめんどくさそうに見つめている。


「……」

「……」


 何が言いたいかは言わずとも分かっていた。


 これまで、彼に嫌われないようにと……私は彼の言う通り、極力従順に尽くしてきた。

 雰囲気や言動から彼の望みを素早く感じ取って、先回りして動いてきた。


 私の本来の姿……もっとガサツで口も汚くて……を全部ひた隠して、必死に『可愛い彼女』を演じてきた。


 会う時間が目に見えて減ってきていても、電話に出てくれない事が多くなってきても、家デートばかりになろうとも……


 だから今、本当は思ってもいなかったけど……

 つい反射で……とうとう彼の欲しい答えを口にしてしまったのだった。


「……うん、分かった。別れようか」


 涙は一滴も出なかった。




「うん。今までありがとな」

「……」


『分かった』なんて本当は言いたくなかった。

 言うつもりなんて全然なかった。


「それじゃあ俺、そろそろこの辺で。元気でな」

「……」


 別れの挨拶が、今この瞬間で終わってしまった。


 私が別れを受け入れた事によって、関係がこれで完全に終わってしまったのだった。


 とても長い付き合いだったというのに、拍子抜けするくらい随分とあっさりした終わりだった。


「……じゃあな」


 その言葉を最後に、見慣れたいつもの背中がスタスタと遠ざかっていく。




 これで、終わり。


 そう。私達はもう、これで……赤の他人に戻ってしまった……




「ま、待って……!」


(そんなの、認められないよ……!)


 気づいた時には、遠のく背中に向かって駆け出していた。


 追って何をしたいのか分からない。話したところで何も変わらないというのに。

 全くの無意味、そんなの充分過ぎるくらい分かってる。


 なのに、体が勝手に動いてしまって……どうにも止められなかった。


 無我夢中で、脇目も振らずに全力疾走。

 息を切らしながら手足をがむしゃらにひたすら動かして。


 側から見たらきっと変な光景だと思う。

 冷静に見たらきっと恥ずかしくて死にたくなると思う。


 でも、今はそんな事全く考えられなくて。




(待って!)


(ねぇ!)


(待ってってば!)


(ねぇ!ねぇってば!)







 ププーーーーーッ!


(え……?)


 突然、甲高いクラクションが長々と耳を突き抜けていったかと思ったら……


「危ない!!!」


 知らない誰かの叫び声、そして……




 ガンッ!!!


 何事かと考える間もなく、体がふわりと宙に浮いて……


(ん?)


 すごい勢いで目の前の景色がぐるっと一回転し……視界が落ち着いたと思ったら……


「んぐっ……!」


 今度は全身に重い衝撃。思わず声が漏れるくらいの。







(あれ……これ、もしかして……?)


 私、死ぬ……かも……?




 心臓が変にドキドキバクバクして、なんだかこの場からいきなりどこかへ駆け出したくなるほどの謎の高揚感に包まれている。


 謎の超ハイテンション。例えるなら徹夜明けとかのあの訳分からんテンション。


 でも今、現在進行形で私の周りに赤い水たまりがじわじわとその範囲を広げていて……素人目にも走ったりできるような状態じゃないのはなんとなく分かった。


 本当は私、相当痛いんだと思う。よく分かんないけど。


 これ、なんかの本で読んだ事がある。

 こういう時、条件反射的に体が勝手に感覚麻痺させて、痛みが分からなくなるんだって。


(すごいなぁ、人体って)




 そうやって感心してる間にも、大勢の人だかりが私の周りにできていた。


 何してるのかまでははっきり分からなかったけど、みんななんだか慌てているらしいのだけは分かった。







(あ〜あ、どうしてこうなっちゃったんだろう)


 不器用で可愛げなくて、その上気も利かなくて……一緒にいて疲れる奴。

 長年付き合ってたおかげでよく分かってらっしゃる。


 生まれつき要領悪くて、それをどうにかごまかそうとしてたの、完全にバレてたみたい。


 愛嬌ない上にまともに気も遣えない。そう、その通り。

 体型も寸胴で胸もまな板……それも、そう。


 別に乱暴者って訳じゃないけど、お淑やかとはとても言えないような性格で……可愛い服なんて絶対似合わない。

 女子力高い子憧れるけど、真似はできない。


 そんな自分を隠そうと、これまで必死で足掻いてたけど……全部無駄だったみたいだ。


 結局は、可愛い後輩の女の子に……人間性も見た目も年齢も、あらゆるステータス全部負けて……終わっちゃった。




 最初の頃は全然そんな事なかったのにな。


 なにせ友達からだったから。

 女子力ないのなんて分かりきってたし、それでも可愛いって言ってくれてた。


 でも、だとしたら……一体どこからおかしくなったのか。


 社会人になってから?彼が萌絵と出会ってから?

 それともまた他に何かがあった?


(……)




 彼も彼で浮気してた訳だから普通に悪いし、私も私で努力不足。

 お互いの悪い点を考え出すと無限に出てくる。


 つまりどっちも悪い、それが結論。


 とはいえ、本当のところは分からない……私の見てないところで何があったのかとかそういった類の情報が全然ないから。


(そうだとしても、じゃあ……)


 私、どうしたら良かったんだろう?


 別れを回避するには、どうすれば良かった?

 持ち前の不器用さをどうにかするには、どうすれば良かった?

 元々の性格をどう直せばよかった?


(尽くす以外、他にあった……?)


 文句も言わずひたすら真面目に尽くす事。

 やっぱりどう考えたって私にはそれしか方法がない。


 ステータス不足を補うには、能力を上げるか耐えるかしかない。

 能力上げられない私には選択肢が一つしかない。




 でも、そうやって……いつもいつも私が一方的に尽くしてばかりで。

 結局なんにも報われなかった。状況は悪化するばかりで改善しなかった。


 気づいたら、何するにもいつも私ばっかりになってて。

 気づいた時には向こうは冷めてきてて、私ばかり焦って不安になって追いかけて……

 で、彼はそれが嫌になってさらに冷める……


 いつも彼の気持ち気にして、ご機嫌取って。

 自分の本当の気持ちなんて、もうかれこれ何年封印してるって。


 むしろ物分かりの良い彼女として、黙って気持ちに蓋をして……大人しく尽くしてきたつもりで……




 でも、結局駄目だった。


 素直になったらなったで、不器用で気が利かない奴。

 ごまかしたらごまかしたで、お互い疲れる。


 それプラス、どちらの場合も結局可愛げはないし男みたいで。


(……)


 どうせ誰にも愛されない、そんな人間なんだ。

 それが私なんだ。


 どうせ誰も分かってくれないんだ。

 聞いてすらくれないんだ。


 もういい、もういいよ。

 どうせ分かってもらえないんだ。私の気持ちなんて。


 ああそうだよ、ただの捻くれ者だよ。

 振られたからっていじけてるだけの人だよ。


 離れていく彼を無理矢理引き留め続けて結局、無様に振られた女だよ……







「お姉さん!救急車、呼んでるからね!」


 ありがとう、通りすがりの人。ささくれだった心に優しさが染みる。


「もうすぐ来るからね!しっかり!」


 遠くの方からぼんやりとサイレンの音が聞こえてくる……




 でもごめんなさい、もう駄目かも。


 さっきはあれほど余裕ぶってたけど……やっぱ駄目だ、結構痛い。


 なんか、今になって痛みが主張してきてる感じ。

 痛いというか、重いというか……いや、やっぱ痛い。


 血が溢れるスピードも、なんだかさっきより勢いが増してる気がするし。




 やっぱり私、本当に死ぬのかな?


 やっぱり駄目?これで終わり?




(いててててて……!)


 あ、なんか本格的に駄目っぽい。


 内臓というかなんというか……はっきりとは分かんないけど、なんか痛んじゃ駄目そうなところが色々痛い。


 別に特に医療の知識ある訳じゃないけど、なんか本能的に駄目だって感じ。エマージェンシー。


 痛くなったら駄目そうな場所が、現在進行形でめちゃくちゃ痛くて……それもまた駄目な感じの痛み方と痛みのレベルで……


 それに意識もなんだかぐわんぐわんしてて……そのうちフッと飛びそうな感じ……駄目だこりゃ。







 ……そっか、終わりかぁ。

 随分あっけなかったなぁ。もう、終わりか。


 予想以上に悲しい終わりだなぁ。ちょっと……いや、結構後悔してる。




 一度で良いから、愛する人に私の存在丸ごと愛されてみたかったなぁ。


 背伸びしたり装ったりしない本当の私自身を、全部そのまま愛してくれる人に……愛されてみたかった。


 作り話みたいに情熱的じゃなくていいから、もっと地味でしょぼくっていいから……


 時には喧嘩してぶつかったりしてもいいから……あ、後でちゃんと仲直りできる前提だけど……


 じんわりと、でもちゃんと愛されてる感じ……みたいなの、感じてみたかったな。




 もし……もしも、この次にまた人生があったりしたら……

 来世的な何かがあったりしたら……


 今度はもっと、素の私を好きになってくれる人と付き合えたらいいな。


(もしそうなったら、きっと……とっても幸せなんだろうなぁ……)







 さようなら、友達みんな。




 さようなら、私の家族。




 さようなら、私の愛した人。




 そして、さようなら……この世界。



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