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「いや〜。はっはっはっは。まさかボクの組んだプロトコルに間違いがあって、この地球に隕石が落ちることになってしまうとはにゃ〜」
「その設定まだやるのか?流石にイタいと言うか何と言うかだな」
今日、我がモチモチ学園に突如として転校してきたのは、翡翠色をした髪をツインテールにまとめて、一人称が『ボク』のライトノベルもビックリ設定ガールだった。
しかも、先生に促されて行った自己紹介が『ハーイ。ボクは第三十八銀河の治安維持を司る天使ちゃまでーす......いや《でした》が正しいか。えっとねボク、天界で大ミスかまして、堕天させられてしまいました。アッちなみに天使名は《プリン》なので、好きに呼んでねぇ』だったんだから皆ドン引きだった。
その後は、ご想像の通り。
クラスの男女は『関わり合ってたまるか』『私たちの平凡な日常を壊されてたまるか』オーラをバチバチに出して避けること避けること。
しかし、外国人であって右も左も分からない彼女を放置しておくのも何だか......と思った俺こと田中苺が、昼休みを潰してまで学内を案内してやっているところだ。
俺の苺という名前は、イチゴ好きな俺の両親がつけたらしい。だが、俺自身はアンマリこの名前を気に入っていない。それに、このままこの元天使で現堕天使のプリンちゃんと関わり続けていると『イチゴプリン』というあだ名が誕生。そしてセットでイジられることは必至である。
ーーーというのはさておき。
今は、ちょうど学食前を通りかかっている。二人ともまだ飯を済ませていないということで、ここでランチを摂ることになった。
「はむはむ」
「おいおいそんなガッツかなくても、飯は逃げんぞ厨二のお人よ」
「何だよ厨二のお人って。ボクはれっきとした元天使サマなんだぞぅ」
「いや肩書きの《元》は過去に縋る哀れなヤツみたいだからもう止めて、新しい生を満喫しようぜ」
「それもそっか。人間なんてどうせカスだもんね!だって地球温暖化は歯止めをかけるどころか、悪化する一方だし」
「ウーン、主張は極端だし全然話が噛み合わないなぁお前に話しかけたのは間違いだったのかなぁ」
「ボクのかわいさに惹かれる男は、天界でも数多だったけど田中みたいなヤツはあんまりいなかったなぁ」
厨二設定の一環なのかもしれないがーーー何となく気になっていた本日冒頭の《隕石》発言の詳細について、ヒマつぶしとご飯のオトモ程度に聞き出してみることにした。
「なぁ。さっき言ってた隕石ってさ。いつ落ちて来るんだ?」
「ん?ああ。やっと信じてくれるんだね田中。人間の中にも程度の高いヤツがいたんだね」
「なんか怖いよお前やめろよ」
「これがボクだからやめないよ......そうそう、でね? 隕石のコトだけど、落ちてくるのは今日の夜だよ」
「今日の夜? へぇそうなのか。で、どんなサイズのが?場所はどこにだ?」
「落ち着けってモラトリアム期の少年。直径は......三十キロくらいだね。従来の隕石はさ、上空三十キロ辺りで燃え尽きてゴミクズになっちゃうんだけど、今回のはサイズが大きすぎたよね〜。場所はね、キミんち」
オイオイ、何故に俺んちに......。
いや、しかしヤケに良く練られた設定だな。SF部にでも入るつもりなのか。いや小説部か?
いずれにしても、ウチにそんな部は無いが。
「フーン。でも、隕石が落ちて来るって日に、お前が転校してくるなんて、なんだか悲しいな。今日で会えなくなっちゃうじゃねーか。隕石の大きさ的に、ぶっ壊れるのは俺んちだけじゃすまねーだろ」
俺がそう言うと、プリンはきょとんとした顔でこう続けた。
「ふぇ? だから、ボクがそれを止めに来たって言ってんじゃんか。何回も」
「うん。聞いたよ何回も。そういう設定だろ?」
「だーかーらー......あっ、そうだ。じゃあ、信じさせてあげよっか?」
「おう。どうやって?」
俺が遠くを見つめながら、片手間で話を聞いていると、自称元天使がある人間に向けてバッと指を指した。
そこにはーーー『学内マドンナ的存在ランキング一位』の窓宮静生徒会長が。
「あそこにいる......生徒会長。見ててね? 今から派手にコケるよ」
「はぁーん? おいおいココはSF漫画じゃねーぞ」
しかし、指で示された先、十五メートル地点でハンバーグプレートを両手で持ち、席探しに没頭している生徒会長は、地面に落ちていたトマトソースで勢い良くスリップののちタンブル。両手から溢れたハンバーグプレートは、魔法のように一瞬宙を舞い、スライディングした会長の背中にフワリと乗っかった。
おぉ〜という拍手が起きるなか、会長は顔をトマトソースみたいな色にして何処かへ消えていったーーー。会長はカメレオン種だったのか。
ふっと視線を戻す。
すると目の前には不敵な笑みを浮かべ『ねー?言ったでしょ』とニヤニヤする元天使こと小悪魔が座っている。
しかし、その顔が妙に癪に障ったので『何が? 俺、何も見えなかったけど』と誤魔化したーーー会長がコケた拍子に見えたパンツの色は、墓場まで持っていくとココで誓ったーーー。
しかし、俺の目論みなどお見通し、といった様子のプリンが小首を傾げてこう切り出す。
「フーン。会長がコケた拍子に見えたパンツの色は、墓場まで持ってくって誓ったクセに、いい度胸だねぇ」
「ぶふーーーっっっ!!!」
俺は心を読まれたことにより、食べていたカレーライス(辛口)を口からテイク・オフ。
そして唐辛子タップリのルーが、プリンのきゅるりとした目に着陸。
「あ......ワリぃ」
「ぎゃあああああああああああ!!!!!」
「おい静かにしろよ!ここ学食だぞ」
「うわああああああ!!!目、めがめがああぁっ!!!」
「......と、ところで、何で俺が考えてたコト分かったんだ?」
「クソっ......なんでそんなにマイペースなんだよ田中。キミはボクが会ってきた中で一番クレイジーなヤツだね......いいさっ。そんなに知りたいなら教えてあげるよ!放課後、屋上に来て!絶対だからね!?」
痛い......痛い......と目を押さえながら水道へ駆け寄っていったプリンの後ろ姿は実に情けなかった。