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一章 現実

 実地任務の翌日。

 真白と共に教室に入るとなんだか空気が澱んでいた。


 ……なんだ?


 皆一様に表情が暗い。


 ……実地任務の翌日だからか?


 疲れが溜まっているのだろうか。なんて軽く考え、席に着いた。

 そうして待つこと数分。チャイムが鳴り、工藤先生が教室に入ってくる。

 辺りを見回して一言。


「……全員揃っているな」


 ……は?


 聞き間違いかと思った。

 なにせ教室には全員揃っていない。昨日まで普通に話していた人たちが欠けている。


 ……まさか。


 嫌な予感がした。

 岩戸での光景がフラッシュバックする。胸が締め付けられ、呼吸が乱れていく。

 

 ……まずい。


 視界が暗く、狭まっていく。


「刀至くん」

「……ッ!」


 手が暖かい感触に包まれる。見れば真白が包み込むようにして俺の手を握っていた。


「大丈夫です。落ち着いて。ゆっくり深呼吸をしましょう」


 言われた通り、ゆっくりと深呼吸をする。

 すると次第に落ち着いてきた。


「ごめん。ありがとう」

「いえ。よかったです」

「大丈夫か? 刀至?」


 教壇を見ると、工藤先生も心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「はい。すみません。大丈夫です」

「そうか? 具合が悪くなったら言えよ?」

「ありがとうございます」

「よし。ひとまずこの時間は自習だ。智琉のパーティはオレについてきてくれ。アラトニス様が呼んでいる」

「わかりました」


 智琉が神妙な面持ちで立ち上がると教室を出た工藤先生についていく。

 颯斗と天音さんもそれに続いた。


「私たちも行きましょうか」

「そうだな」


 俺と真白も後を追って教室を出た。


「よし。こっちだ」


 校内を足早に進む。

 歩いていると、気分はだいぶマシになってきた。


 ……慣れたくはないけど、慣れないとな。


 克服したつもりだった。だけどいざ目の前に現実を突き付けられるとこの有様だ。

 情けない。

 きっとこれから先、こんなことは幾度もある。俺が足を踏み入れた世界はそういうものだ。

 いつまでもこのままじゃいられない。

 

「ここだ」


 顔を上げると、いつのまにか理事長室に着いていた。

 工藤先生が重厚な扉をノックする。

 

「アラトニス様。工藤です。智琉たちを連れてきました」

「入れ」

 

 言葉に従い、理事長室に入ると、黒檀の執務机にアラトニスサマが腕を組んで座っていた。

 工藤先生が一礼して去っていく。


「来たな」


 理事長室はそれほど広くなかった。

 アラトニスサマが座っている執務机が一つ。そしてその前に来客用の高そうなソファが二つ、テーブルを挟んで置いてあるだけだ。

 理事長室というからには書類がたくさんあるイメージだったがどうやら違うらしい。


 部屋に入るなり、俺を除いた全員が敬礼をした。

 天宮監督官の時と同じだ。もはや軍隊だなと思っていると智琉に肘で突かれた。


「刀至!」

「おっと……」


 俺も慌てて敬礼をしようとしたが、アラトニスサマに手で制された。


「別に敬礼なぞしなくてかまわん。魔術師は実力が全てだ。気に入らん者に媚びる必要はない。敬語もいらないぞ」


 隣で智琉がため息をついていたが、しなくてもいいのなら願ったり叶ったりだ。


「とりあえず座ってくれ」

「んじゃ遠慮なく」

「ちょっと刀至!」


 智琉が何か言っていたが気にせず座った。

 それから智琉はため息をつきながらも「失礼します」と言い、俺の対面に座る。

 颯斗は笑いを堪えながら智琉の隣に座り、天音さんはオロオロしながらもその隣に座った。

 真白は何も言わずに俺の隣だ。


「まずはこれを見てくれ」


 アラトニスが指を鳴らすと唐突に人型の影が出現。タブレット端末を持って来た。

 そこに映し出されたのは魔術師と戦闘を繰り広げる魔物の姿。その魔物を俺たちはよく知っていた。


「……竜?」


 昨日戦った魔物と同種の個体、偽竜だ。


「天宮から報告はあったが一応聞いておく。これはお前たちが戦ったのと同種か?」


 見たところ姿、大きさ、色、共に同じ。攻撃方法も竜ノ息吹(ドラゴンブレス)と翼槍。

 やはり同種にしか思えない。


「同じだと思います」


 全員が思っていたであろうことを代表して智琉が答えた。


「同じか。この魔物を知っている者はいるか?」


 みんなで顔を見合わせるが誰もが首を横に振る。


「アラトニス様でも知らないのですか?」

「ああ。私も知らない。ちなみに日本魔術協会に所属する魔術師でこいつを知る者はいない」

「では新種ということでしょうか?」

「新種か……どうだろうな」


 アラトニスが意味深に呟き、眉を顰める。

 その時、ちょうど映像の戦闘が終わった。偽竜は胸を穿たれ、地に倒れ伏す。

 そしてそのまま塵になって消えた。


「……白竜にならないな」


 智琉たちが戦った偽竜は致命傷を受けると白竜になった。けれども映像の中の偽竜は魔術師が放った炎に焼かれ消滅している。

 

「アラトニス様、一点質問してもよろしいでしょうか?」


 映像を食い入るように見つめていた真白が言った。アラトニスは二つ返事で許可を出す。


「ありがとうございます。アラトニス様はこれを作為的なものだとお考えですか?」

「その通りだ」


 俺が感じていたものを真白も感じていたようだ。

 あの時は違和感だった。それが他の終域(エンド)でも起きているとなれば話は変わってくる。

 あのような異常が同時多発的に起こることはまずあり得ない。

 なにせ富士にいた二年半、異常など起きたことがなかった。魔物も種類は多く、強さもバケモノだが。

 異常とはそうそう起きるものではないから異常と呼ばれるのだ。


「だが目的がわからない」

「魔術師を殺すためじゃないのか?」


 俺がタメ口を使ったことで全員がギョッとしていた。だが許可は出ている。当のアラトニスもどこ吹く風だ。

 

「竜だけならその線が有力だったんだがな」

「……人型の魔物ですか」

「真白の言う通りだ。紛い物の竜なんて出さないで初めからあの人型を出していればもっと早く、効率的に魔術師を殺せた。刀至。戦ったお前の感想を聞きたい。人型は強かったか?」

「俺からすれば別に。再生するから厄介ではあったけどな」


 所詮人型といえどその程度だ。富士のバケモノどもには遠く及ばない。

 最悪、白帝がなくても倒すことはできただろう。時間はそれ相応に掛かっただろうが。

 だけど一つだけ言えることがある。

 俺はタブレットをトントンッと指で叩く。


「だけど多分、この映像の一級魔術師だと勝てない」


 一級魔術師といえど、その強さは千差万別。

 天宮監督官のような強い魔術師もいるし、この映像にうつっているあまり強くない魔術師もいる。


 ……いや、あまり強くないは語弊があるな。


 少なくとも一級魔術師と認定されるだけの実力はある。天宮監督官と比べると劣るだけだ。

 

「だろうな。殺すつもりなら始めから人型を出す方が効率的だ」

「単純に人型は一体しかいなかったとは考えられないのか?」


 常に最悪を考えろ。それは師匠に言われ続けてきたことだ。だから俺も一体しかいないとは思っていないがアラトニスの意見も聞きたかった。


「可能性としてはあるだろうな。しかしそれは楽観視が過ぎるというものだ」

「だろうな。同意見だ」


 そんなやりとりをしていると真白が手を上げた。


「アラトニス様。異常が起きた終域(エンド)は二つですか?」

「合計五ヶ所だ」


 アラトニスの言葉に眉を顰める。

 実地任務の日に五箇所同時。偶然なわけがない。


 ……狙いはなんだ?


 有望な芽を摘んでおきたい。

 誰か個人が狙いだった。

 魔物、もしくは終域(エンド)の実験。

 そういった理由はいくつも考えられる。


 ……まさか俺が狙われた?


 脳裏に忌々しい顔が過ぎる。

 可能性としては十分あり得るだろう。だけど決め手に欠けるのもまた事実。

 とにかく情報が少ない。

 

「……報告書を見せていただくことはできますか?」

「いいだろう」


 真白の言葉にアラトニスが再度、指を鳴らす。

 すると人型の影が出現して部屋を出ていく。

 そして数分と経たずに戻ってきた。その手には紙の束が抱えられている。

 

 影がそれを無言でテーブルに並べていく。

 親切なものでしっかりと五人分用意されていた。

 

終域(エンド)内の魔物の減少、高ランクの魔物、そして偽竜。どれも私たちの実地任務と同じ現象ですね」


 真白が資料に目を通しながら呟く。

 白竜と人型の魔物を除けばどれも同じような内容だった。


 俺は紙をパラパラと捲る。

 他の終域(エンド)では数人の()()()を出したあと、駆け付けた一級魔術師が討伐している。

 戦闘時間は最短で一分。長くても三分といったところだ。

 だけど俺が気になったのはそこではない。


 ……やっぱりか。


 先ほど抱いた嫌な予感は的中していた。

 報告書にある死亡者の欄。そこには知った名前が記載されていた。

 これが魔術師という仕事の現実。たとえ学生でも一歩間違えれば命を落とす。


 気分がまた悪くなってくる。

 あまり会話がなかったクラスメイトだ。しかしそれでも何度か話したことはある。

 そんな彼ら、彼女らとは二度と話せない。そう思うと胸が苦しくなる。


「慣れろ。刀至」


 ピシャリと言い放たれた言葉。俺はテーブルに落ちていた視線をアラトニスに向ける。


「この世界じゃこんなことは珍しくない。どこにでもありふれた悲劇だ」

「それは……わかってる」


 なんとかそれだけ絞り出す。

 俺がいくら強くなろうと全ての人間を救えるわけではない。そんなことはわかっている。でも……。

 

「いや、わかってないな。お前が救えるのはお前が両手で抱え込める人数だけだ。だから仲間のことだけを考えろ。そうでないと仲間たちでさえ取りこぼすぞ」


 アラトニスの言葉はごもっともだ。

 いくら強くなったからといっても俺はまだまだ弱い。この世界には師匠やアラトニス、超越者のような正真正銘のバケモノが存在する。

 そんな俺が全てを救えるなんて考えるのは傲慢だ。


 ……できることをやろう。


 アラトニスの言葉通り、俺が最優先に考えなくてはならないのはここにいる仲間たちだ。


「そう……だな」

「それでいい。それと、わざわざ言わなくてもわかっているだろうが……」


 一度言葉を切り、アラトニスが仲間たちを見回す。

 

「刀至が居なければお前たちのいずれか、もしくは全員の名前もここにあっただろう。あぁ、刀至に感謝しろって話じゃないぞ。そのまま守られる側にいるなって話だ。刀至に並び立つ魔術師になれ。わかったな?」


 仲間たちは真剣な表情で頷いた。


 ……俺は剣士だけどな。


 なんてことを思ったが、口に出すのは野暮か。


「とはいえ依然として敵の目的は不明だ。各自気をつけるように。……それと刀至。お前は今からこれを着ろ」


 アラトニスが投げたものをキャッチする。

 広げるとそれは服だった。しかもただの服ではない。濡羽色の軍服だ。

 肩の階級章には一の文字。


「昇級おめでとう。お前は今から一級魔術師だ」

「……は?」


 アラトニスはイタズラが成功した子供のように嫌な笑顔を浮かべていた。



 

 それから俺は別室で強制的に着替えさせられ、理事長室から放り出された。

 周囲の学生は白い制服だというのに自分だけ濡羽色。それはそれはよく目立つ。


 ……やってくれたな。


 そう思わずにはいられない。ここまでくると一種の嫌がらせなのではないかと思えてくる。


「学生で一級は異例だな」


 なんて颯斗も笑っていた。いい迷惑だ。


「そういう僕たちの三級も十分異例なんだけどね」


 ちなみに俺だけでなく、他の仲間たちも昇級していた。

 どうやら天宮監督官からの推薦があったらしい。偽竜を倒せるヤツらが五級はありえない、と。

 なので智琉、颯斗、天音さんはさっそく三級に昇級。真白はその一個上の二級だ。


「そうだね。私たちのほかは生徒会長だけ……だよね? い、いいのかな?」


 天音さんは階級章を手で隠しながら不安そうにしていた。見ようによってはビビっているとも言える。

 

「まあズルしたわけじゃないし、いいんじゃないか?」

「だね」


 そんなことを話しながら教室に向かっていた時、後ろを歩いていた真白が控えめに声を掛けてきた。

 

「……あの」

「ん? どうした? 真白」

「はぁ!?」


 俺の言葉に颯斗がギョッとして目を剥いた。


「ちょっ! お前ちょっとこっち来い!」


 強引に肩を組まれ、離れたところに連れて行かれる。智琉もニコニコしながらついてきた。


「どういうことだよ刀至!?」

「ぼくも気になるね。いきなり名前呼びなんて何があったんだい?」

「そんなに深い意味はねぇよ。呼びにくいって言われたから変えただけだ」


 決して嘘は言っていない。

 過程は色々あったが真白の事情もある。そこらへんを俺の一存で言うわけにはいかない。


「あの……」

「ああ。大丈夫だ。それで?」


 組まれた肩を強引に引き剥がし、真白の元へと戻る。するとその視線は智琉に向いていた。

 どうやら用があるのは智琉らしい。


「神城くん。この前は断っておいて今更と思うかもしれませんが、私もこのパーティに入れてもらえませんか?」

「僕としては嬉しいけど、どうして入ろうと思ったのか聞いてもいいかな?」

「刀至くんがいるからです」


 真白は智琉の目を見てはっきりと口にした。

 俺は真白にあんな顔をして欲しくない。だから昨日の夜、帰り道で真白の「一緒にいてほしい」という願いを受け入れた。

 それは俺にとって復讐の次に大切なことだ。

 

「なるほどね……。刀至はそれでいい?」

「ああ。もちろんだ」

「わかった。歓迎するよ。星宮さん」

「ありがとうございます」


 こうして正式に真白がパーティに加わった。




 教室に戻ると、俺の軍服を見てどよめきが起こったがそれほど騒ぎになることはなかった。

 なぜなら教室を満たしていたのは沈鬱な空気。

 特に今回亡くなったクラスメイトと仲の良かった者たちは目に見えて落ち込んでいた。

 目に濃いクマを作っていたことから碌に眠れていないのだろう。その気持ちは痛いほどわかる。

 しかし現実は変わらない。

 残された者たちは無理矢理にでも前を向くしかないのだ。俺がそうであったように――。

 

 そして放課後。毎日行っている日課に真白が加わった。念のため智琉に確認をしたところ、「逆にお願いしたいぐらいだよ」とのこと。

 真白は中等部でも優秀で有名だったらしい。

 案の定というべきか、それは正解だった。


「神城くん。今のは…………」


 俺は感覚派だ。

 なにせ師匠からもまともに教わったことはない。ただひたすら戦い続けていただけだ。

 しかし真白は違った。しっかりと理由を付けてどこが悪い、どこが正しいと指摘をしてくれる。

 非常に論理的だ。効率も段違いに良くなった。


「なんか悪いな」

「いえ、私も自分で説明すると理解の幅が広がるので。勉強と同じです」

「うっ……」


 依然として授業についていけていない俺からすると耳の痛い話だ。


「帰ったら見ましょうか? 勉強」

「お願いします」

「ふふっ。わかりました」


 真白が小さく笑みを溢す。

 昨日から真白は少しずつ笑うようになった。これが本来の姿なのだろう。

 やっぱり仏頂面で黙っているよりも笑っているこっちのほうがいい。俺の選択は間違っていなかった。

 

 そうして模擬戦を繰り返すこと十数回。はやいものですぐに下校の時間となった。

 時刻は十八時半。あと三十分もすれば正門は閉まってしまう。


「さて。今日はこのぐらいにしておくか」

「はぁ……はぁ……ありがとう刀至。星宮さん」


 肩で息をする智琉。ぶっ倒れて大の字になる颯斗。魔力枯渇で青い顔をしている天音さん。

 三者三様に精魂尽き果てていた。


「この時間まで保ったのは初だな。ずいぶん成長してると思うよ」


 初日なんて俺の猛攻に耐えきれず、三十分でこの状態になっていた。それを考えれば確実に力をつけている。


「……三体一で息も切らしてない刀至に言われてもなぁ」

「まあ俺は身体が特別だからな。比べない方がいいぞ」


 これ以上に厳しかった師匠の修行を耐え抜けたのは半神の身体あってこそ。前提条件が違うのだから比べるものではない。


「刀至くん」

「ん?」


 声に振り返れば、真白がいた。

 その手にはいつのまにか純白に輝く西洋剣が握られている。


「私とも模擬戦をしてもらえますか?」

「もちろんだ。初めからそのつもりだったしな」

「本気でお願いします。私は自分と刀至くんの差を知りたい」

「わかった。ただ、刀はこれでいく」


 腰に差してある二刀の柄頭に手を添える。使用を禁止されている白帝と虚皇は使わない。今は緊急時でもないのだから。


「構いません。お願いします」


 真白の握る西洋剣に魔術式が記述され、雷を纏う。

 その瞬間、足元に魔力が集まったかと思うとその姿が掻き消えた。


 ……さすが雷。速いな。


 雷属性は風の上位属性。

 その速さは他の属性の追随を許さない。


 一瞬で俺の前に現れた真白は鋭い突きを放った。

 だがいくら速かろうが、俺にはしっかり見えている。

 狙われているのは心臓。

 刺されば致命傷間違いなしだが、それは俺への信頼だろう。


 ――これぐらい問題ないですよね?


 そう言われている気がする。


 俺は左の刀で西洋剣を弾き、真白を遥かに上回る速度で右の刀を首に突きつけた。この速さに真白は反応できない。


「……参りました」

「これでよかったか?」

「……はい。ありがとうございます」


 真白が西洋剣を消し、頭を下げた。俺も二刀を納刀する。


「ちなみにどうでしたか? 率直な感想でいいので教えてくれると嬉しいです」

「んーーー。判断は悪くなかったと思う。魔術を使うのは無駄だと思ったんだろ? だから初撃に全てを賭けた」

「そこまでわかるものなんですね。その通りです」

「あとは単純に自力の差かな。それと実戦経験か。たぶん経験を積めば今の攻撃はぜんぜん避けられる」


 俺の経験上、そのうち二手、三手先と読めるようになる。そうすれば行動は予測は可能だ。

 見えていなくても避けられる。


「実戦経験ですか……。確かに不足していますね。ちなみに刀至くんはどうやって実戦経験を積んだんですか?」

「……それを聞くか?」

「……? 気になります」


 真白は首を傾げながらも頷いた。俺は他の仲間たちに視線を向ける。

 三人揃って呼吸を整えており、こちらを気にしている人はいない。


 ……今ならいいか。

 

 俺は真白の耳元に顔を近づけた。


「……俺の師匠がめちゃくちゃでな。霊峰富士にぶち込まれたんだよ」

「……え?」


 真白がポカンと口を開けていた。


 ……まあその反応はわかる。


 もし逆の立場だったら俺も真白と似たような反応をしたことだろう。


「……樹海ではなくて、ですか?」

「樹海じゃない。あの霊峰だ。まあ当然、何度も死にかけたけどな。その結果がこれだ」

「それは……強くなるわけですね……」


 ……まだまだ足りないけどな。


 とは言えず、俺は曖昧に笑った。

 正体は打ち明けたが、真白は俺の目的が復讐だとは知らない。薄々勘付いているかもしれないが。


「私も負けていられませんね」

「俺も協力するよ。真白が自力で運命を乗り越えられるように」


 これが俺が昨晩考えて出した結論。

 俺はいつか居なくなる。復讐という茨の道に仲間を巻き込むつもりは毛頭ない。

 復讐はあくまで俺の道だ。

 だからそれまでに真白を強くする。星詠みという運命を乗り越えられるように。

 

「……そう……ですね。今までは無理でしたが、刀至くんが隣に居れば出来る気がします」


 真白が儚げな笑みを浮かべる。

 するとその時、チャイムが鳴った。門が閉まる二十分前だ。


「さて、じゃあ帰ろうか」

「そうですね」

「ほら。みんなも行くぞ」


 俺の掛け声に倒れていた三人がフラフラと立ち上がった。


 


 帰り道。

 学園から出てしばらくは全員同じ方向だ。と言うのも学園に通っている生徒はだいたいこの付近にある寮に住んでいるらしい。

 特殊なのは俺と真白の方だ。


「あっ!」

 

 少し歩いたところで颯斗が唐突に声を上げた。


「ん? どうした?」

「オレたち何か忘れてないか?」


 そんな神妙な顔で呟く。

 

「何か?」


 考えるが思い当たらない。

 刀は背中の刀袋に入っている。そして教材も特に持って帰るものはない。

 みんなも考えていたようだが、特に思い当たらないようだった。

 すると颯斗がこれ見よがしにため息をつく。


「なんでみんなわからないんだよ! 打ち上げだよ打ち上げ!」

「打ち上げ……? 花火でもやんのか?」


 俺の言葉に他、四人が足を止めた。なにか形容し難い視線を向けられている。

 言語化するならば「マジかよこいつ」あたりだろうか。


「ん? 俺なんか変なこと言ったか?」

「刀至。もしかして打ち上げ知らないの?」


 智琉が不思議そうに言うが、打ち上げなんて花火ぐらいの意味しか知らない。


「まじかお前……。今までどんな生活送ってきたんだよ。……普通わかるだろ」


 そんなこと言われてもつい一ヶ月前まで富士にある隠れ家で山暮らしだ。そんな常識みたいに言われても知らない。


「じゃあまあ刀至は強制ってことで他は?」

「急すぎるけど僕は賛成だね」

「わ、わたしは! 星宮さんとちゃんと話してみたい……です!」


 天音さんが食い気味に賛成した。

 人見知りなりにかなり勇気を振り絞ったのだろう。顔が真っ赤だった。


「って言ってるけど星宮さんは?」

「私は……ちょっと家に確認をとってもいいですか?」

「もちろん。ついでに刀至の分もお願い」

「わかりました」

「マジで何の話だ?」


 そんな俺の疑問は届かず。真白はポケットから端末を取り出して通話をかけた。


「もしもしお父様。真白です。……これから打ち上げをやるんですけど行ってもいいですか? ……はい。刀至くんも一緒です。……わかりました。ありがとうございます」


 通話を終えた真白が端末をポケットにしまう。

 どうやら許可が下りたらしい。


「大丈夫です。それと刀至くん。お父様が楽しんでおいでって言ってました」

「……わかったけど、打ち上げってホントになんなんだ?」

「んじゃ行くか!」


 颯斗が腕を突き上げながらずいずいと進んでいく。どうやら俺の疑問には答えてくれないらしい。

 真白もただ微笑んでいただけだった。


 そうしてやってきたのはファミリーレストラン。

 値段も安く、味も美味しいと定評のある某ファミレスだ。といっても俺は初めて来た。

 真白も同じなのか、キョロキョロと店内を見回している。


 夕食時とあってかなりの人が並んでいた。

 見たところ家族連れや部活帰りと思しき学生グループが多い。


「おいあれ弥栄の制服だぞ!」

「すげー美人だな! さすがエリート校!」

「あっちの子も可愛いぞ!」


 なんてヒソヒソ話も聞こえてくる。

 美人は真白で、可愛いは天音さんだろう。とはいえ、智琉も颯斗も顔は整っている。なので場違い感はないはずだ。


 ……にしても向こうは俺たちが魔術師なんて露ほども思ってないんだよな。


 俺も少し前までは向こう側だった。だからなんだか新鮮だ。


「名前書いてくるよ。少し待ってて」

「よろしくー。オレはちょっとトイレ行ってくるわ」

「じゃあ俺たちは座っていようか」


 待合席が二つ分しか空いていなかったので、真白と天音さんを座らせて俺は立つ。

 こういう時は女の子を座らせるんだぞと昔、和樹に言われたのを思い出す。


 ……あの時はなんだったか?


 買い出しに行った時のことだったのは確かだ。


「ありがとうございます。刀至くん」

「あ、ありがとうございます」


 二人に微笑んでから智琉へと視線を向ける。


 ……これは時間かかりそうだな。

 

 名前を書くのも列になっている。

 するとその時、粗野な声が響いた。


「うわすっげー可愛いじゃん! キミどこの学校!?」


 それが真白と天音さんに向けられた声だというのはすぐにわかった。ガラの悪そうな学生が三人、こちらに近づいてくる。


 ……なんだこのチンピラは。


 眉を顰め、チンピラどもを見ていると一際体格のいい男がこちらを見た。


「なんだテメェ。どこ見てやがる?」


 どうやら典型的なチンピラらしい。

 初めて見た。知識としては知っていたが現実にいるものなんだと少し感心だ。

 

「とりあえずこの二人は俺のツレなんでナンパはやめてもらえますか?」

「あぁ?」


 体格のいいチンピラが凄んできた。顔が近い。普通に不快だ。

 とはいえ圧倒的に迫力が足りていない。

 

 ……いや、これでもあるのか?


 周りを見れば怖がっている客が多かった。店員ですら遠巻きに手をこまねいている。


「おい。あの制服……」

「うそだろ。あの人、災難だな」


 そんな声が聞こえてくるあたり、悪名高い学校らしい。


「……刀至くん。穏便にお願いできますか? 一般人に怪我させるのはマズイです」


 真白の囁きに俺は頷いた。


 ……とはいえ面倒だな。


 どうしたものかと頭を捻っていると、いいことを思いついた。要は怪我をさせなければいい。簡単な話、コイツらの真似だ。


「――」

 

 俺は三人を睨みつけ、殺気を向けた。

 もちろん他の客の迷惑にならないよう、三人にだけだ。それも蛇口から一滴の水を垂らすようにほんの少し。

 しかし効果は絶大だった。


「ひっ!」

 

 短く悲鳴を上げ、腰を抜かす体格のいい学生。そしてそれは取り巻きも同じだった。

 そんな彼らの前にしゃがみ込み、視線を合わす。


「やめてもらえますか?」

「は、はいぃ〜〜〜!」


 笑顔を向けると、三人は逃げ帰るようにファミレスから出て行った。


「……よし。穏便に済んだな」

「刀至くん。……やりすぎです」


 ため息をついた真白の言葉に天音さんがコクコクと頷いていた。



 

 しばらくすると智琉と颯斗が戻ってきた。

 俺が店員に謝られているところだったため、颯斗は疑問顔だ。智琉は事態を見ていたらしく、申し訳なさそうにしている。

 

「ごめんね刀至。任せちゃって」

「いや。穏便に終わったからいいよ」

「ん? なにがあったんだ?」


 トイレに行っていた颯斗にコトのあらましを説明すと苦笑された。


「そんなベッタベタな……。でもちょっと羨ましいな。オレも華麗に追い払いたかったぜ」

「面倒なだけだよ」


 なんてやり取りをすること十数分。智琉の名前を呼ばれ、席に案内された。

 

 メニューを見て店員を呼ぶ。

 智琉と颯斗は肉料理。天音さんはドリアを、真白はパスタを頼んだ。

 そして俺はみんなが注文したものを一品ずつ。それと全員ドリンクバー。


 幸い、金には余裕がある。

 というのも魔術師は給与制だ。五級とはいえ、弥栄の学生は正式な魔術師。全員それなりの給料を貰えている。

 加えて俺の場合は五級から一級となったことにより、昇級分が一気に入った。

 それこそ目ん玉が飛び出るような額が。


 しかし注文した量が量だ。

 店員が驚いて何度も確認してきたが、そこは真白がフォローしてくれた。

 最後に「全部大盛りで」と言ったところで店員の顔が盛大に引き攣ったのはご愛嬌だろう。顔に「嘘だろコイツ」とはっきり書いてあった。

 なんだか申し訳なくなる。


「んで? 結局打ち上げってなんなんだ?」


 去っていく店員を見送り、あとは待つだけだったので聞いてみた。

 

「んー? 何か大事な行事を終えた時にパーっと飲み食いすること……だよな? 初の実地任務だったし。ってことでかんぱーい!!」


 颯斗の実に雑な音頭でみんながグラスを掲げた。俺もみんなに倣い、グラスを掲げる。

 とはいえまだ頼んだ飲み物が来ていないため、中身は水だ。

 ドリンクバーは取りに行かなくていいのだろうか。


「ちなみに打ち上げの語源は歌舞伎の終わりに太鼓を鳴らす事を『打ち上げる』と呼んでいたことから来てるらしいですよ」


 真白がこっそり耳打ちしてきた。

 

「物知りだな……」

「……前にお父様が言っていたんです」


 ともあれ打ち上げというのは、施設で毎月行っていた誕生日会の小規模版のようなものだと理解した。


「そーいや刀至って今までどんな暮らしをしてたんだ? 打ち上げ知らないって相当だろ?」


 その質問にはギクッとした。なんとかバレないように取り繕う。


「……転校初日にもいった通り、俺は星宮の孤児院にいたんだ。でも実はそこでは暮らしてなかったんだよ。たまたまそこに来ていた師匠に剣術の才能を買われてな。山奥で暮らすようになったんだ」


 咄嗟に思いついた説明にしては上出来だったと思う。嘘は少し真実を混ぜると現実味を増すと師匠に聞いた。仲間に嘘をつくのは心苦しいがこればかりは仕方ない。

 

 ずっと孤児院にいたんじゃ「打ち上げ」という言葉を知っていてもおかしくないし、そもそも俺の強さに説明がつかない。なら師匠と暮らしていたとした方が無難だ。それだけは本当のことだから。


「へぇ。師匠って誰なんだ?」

「……鴉羽士道っていうんだけどわかるか?」


 真白は知らなかった。だからあまり期待はしていない。だけど何かわかればと口にした。

 しかし案の定、颯斗は首を横に振る。


「オレは知らないな。智琉と小夜は聞いたことあるか?」


 天音さんも首をふるふると振った。


「僕も知らないな。そこらへんは星宮さんのが詳しいんじゃない?」

「それが私も知らないんですよ。お父様の師でもあったらしいのですが……」

「あの『剣星』の師か」

「『剣星』?」


 聞き慣れない言葉にオレは首を傾げた。


「そういえば言ってませんでしたね。お父様は特級魔術師の第一席です。与えられた称号は『剣星』。日本でトップに君臨する魔術師です」

「……は?」


 強いとは思っていた。なにせあの師匠の弟子だ。


 ……それに。


 俺は自分の指に嵌っている指輪に視線を向けた。

 これを持っているということはあの厳しい修行を乗り越えたということになる。弱いわけがない。

 だけど修司さんの持つ優しげな雰囲気、柔らかな物腰もあり、日本で最強の魔術師と言われてもいまいちピンとこなかった。


 ……でも修司さんが特級か。


 そう思うと一度、刀を交えてみたくなる。


「……剣星様といえば、あの話はロマンティックですよね」


 天音さんがキラキラした瞳でうっとりと言葉をこぼした。

 

「あーあの話か。惚れた女のために『剣星』になったんだもんな。ほんと尊敬するぜ」

「惚れた女……?」


 隣の真白をみると顔をりんごのように真っ赤に染めていた。父親の色恋を友人から聞かされるのは恥ずかしいのだろう。


「……あの……その話はちょっと」


 正直気になる。だけど……。


 ……藪蛇になりそうだな。


 星宮邸には俺の他に修司さんと真白しか住んでいない。そして母親のことは会話に上がったこともない。

 もしかしたら、なんて考えたこともあるが、俺が興味本位で首を突っ込んでいい話では無いだろう。

 だから誤魔化すように笑って話を逸らす。


「じゃあ師匠のことはみんな知らないんだな」

「うん。そんなに強かったら僕らも知ってる有名人のはずなんだけど……何者なんだろうね?」

「もしかして超越者とか?」


 颯斗の言葉にまたも心臓が跳ねた。なるべく平静を取り繕って答える。

 

「……師匠が言うには超越者じゃないらしい。詳しくは俺に言ってもわからないってはぐらかされたけど」

「剣星の師匠だからアレ以上だろ? 信じらんねぇな……」

「ホントにな。弟子の俺でも人間とは思えねぇよ」


 俺はそこで言葉を区切ると情報を集めることにした。


「それで気になったんだけど、超越者の最強って誰なんだ?」


 最強は誰か。

 学生なら一度は盛り上がる内容だろう。【奇術師】が一般から見てどの程度なのかは知っておきたい。


「一般的には【戦乙女】って言われてるね」

「【戦乙女】……」


 実地任務の際に真白の口から出た言葉だ。


 ……確か……。

 

 智琉を見ると、頷かれた。

 

「うん。僕の祖先だね。まあ【戦乙女】は神代の人だからほとんど他人だけど」

「神代って魔術全盛の時代だっけか?」


 師匠がたびたび口にしていた言葉だ。

 しかしそこを詳しく聞いたことは無い。


「古き魔術の時代です。神々が実在した時代だとも言われています。ですが具体的に何年前なのかはわかりません」

「神か……」


 胸元に手を当てる。

 俺に宿っている神とはなんなのか。いまだによくわからない。

 師匠は何か知っている様子だったが、教えてはくれなかった。しかし一つだけこぼした言葉がある。


 ――今、この世界に神はいない。


 それがどういう意味かも俺にはわからない。


「今……神はいないのか?」

「いない……はずです」


 ()()。真白がそう言ったのは俺の身にその神が宿っているからだろう。

 しかし答えは師匠と同じだった。


「神代から生きる【戦乙女】と【機械翁】がそう証言しています」

 

 超越者以上の力を持つ師匠。そして超越者の二人が神はいないと断言している。

 

 ……なら俺に宿った神はなんなんだ?


 そもそも神がいないのであれば神降ろしなんて魔術は成立しないのではないか。そう思えてくる。


 ……いや、たしかヒューも驚いていたな。


 ヤツは俺に宿ったナニカを見て驚愕していた。

 少なくともあの言葉を信じるのであればヒューですら、俺に宿った神がなんなのかをわかっていない。


 神話で語られる英雄。

 宗教で語られる象徴的存在。

 超自然的なナニカ。


 どれも神と呼ばれる存在だが、おそらく俺に宿ったモノはどれにも当てはまらない。

 思考が堂々巡りをする。いくら考えても答えがわからない。


 ……そもそも神ってなんなんだ?


「刀至くん? 大丈夫ですか?」


 真白の声が俺を思考の渦から引き上げる。どうやら考え込んでしまったらしい。


「わるい。何でもない。……ちなみに、他の超越者はなんて呼ばれてるんだ?」

「【戦乙女】、【機械翁】の他は【英雄】と【奇術師】。それと【最も古き者】だね」

「【最も古き者】? なんか一人だけ毛色が違くないか?」

「誰もその正体を知らないんだ。ただ実在はする。刀至は超越の石碑って知ってる?」

「なんだそれ?」

「南米と北欧に一つずつある石碑ですね。超越者が生まれた場合、二つ名と共にその石碑に名前が刻まれるんです」

「なるほど。そこに五人の名前があるのか」

「いや、四人しかない。一番上が空白らしいんだ」

「あぁ。だから一人だけ毛色が違うのか」


 つまりは名無しが一人いる。

 その一人を便宜上【最も古き者】と呼んでいるのだろう。

 

「そういうこと」

「ちなみに何で南米と北欧なんだ?」

「それはオレでも知ってるぜ。【機械翁】が南米、【戦乙女】が北欧にいるからだ」

「別に威張るところじゃないよ颯斗。魔術師にとっては常識だからね」

「いいじゃねぇかこんぐらい」

「――お待たせしました」


 そんなやり取りをしていると店員が大量の料理を運んできた。


「ドリンクバー取ってなかったな。俺が行ってくるよ。みんなは何にする?」

「あっ。私も行きます」


 通路側に座っていた俺が席を立つと、真白も同じく席を立った。


「助かる」

「ごめん。ありがとう刀至、星宮さん」


 みんなの希望を聞いて、ドリンクバーコーナーへ。

 俺は智琉と颯斗のを、真白は天音さんの飲み物を用意していく。その最中、真白が服の裾を控えめに引っ張ってきた。

 

「あの、刀至くん。夢のことなんですけど……」

「ん? なに?」

「刀至くんはどう思ってますか?」


 抽象的な質問だった。何を聞かれているのかわからず、聞き返す。

 

「どうって?」

「たとえば過去にあったことかも……とか?」


 あの夢がなんなのか。

 昔から幾度となく考えてきたことだ。

 

「そう思ったこともあったな。でも過去にしては俺の身長が高かったんだよな。まあ今は同じぐらいだけど」


 俺の身長は現在186cmと日本人にしては結構高い。つい先日、健康診断で測ったので誤差は少ないだろう。

 だけどあの夢を初めて見た当時はまだ小学生だった。過去に起きたことと考えると辻褄が合わない。


「だから過去ではないんじゃないかとは思ってる」

「では?」

「正直、真白に出会うまではただの夢の可能性も考えてたんだ。でも多分それはない」


 真白の存在がただの夢である可能性を否定する。

 名前もわからないあの子とあまりにも似過ぎているのだ。


「そう……ですね。私もただの夢だとは思いたくないです」


 真白を見るとその表情は妙に真剣だった。

 

「……? そう……だな。俺も思いたくない」


 あの子を見た時のごちゃまぜの感情。あれがただの夢だとは思いたくない。

 きっと俺はあの子のことを大切にしていた。

 

「……なんなんでしょうね?」

「わからないな。他に考えたのは前世とか? あとはどこか遠い世界の記憶が流れ込んできた……とかかな? 荒唐無稽すぎるけど」

「なるほど……前世ですか」


 すると真白は注がれるジュースを見ながら考え始めた。俺も颯斗御所望のジュースを注いでいく。


「……失くした記憶と関係あるのかな」

「でもそれは過去ということになるのでは?」

「そこなんだよなぁ」


 失くした記憶だとするなら、やはり()()()()という存在がよくわからない。


 ……本当に俺って何者なんだ?


 そう思わずにはいられない。


「……まあこの前みたいに真白と一緒にいればまた思い出すかもしれないし、気長にいくよ」

「思い出せるといいですね」

「ありがとう。……それじゃあ戻ろうか?」


 ちょうど飲み物の準備ができたので俺たちは席へと戻った。

 結果から言うと、打ち上げは大成功だったと言える。あまり話せていなかった天音さんとも話せたし、真白と三人も仲良くなっていたように思う。

 料理も美味しかった。




 打ち上げの日からおよそ一ヶ月。

 俺たちは二つの実地任務をこなした。俺が一級になったことにより監督官は付かず、実質的には普通の任務だったらしい。

 二つとも三級の終域(エンド)で、片方は核となっていた魔物の討伐に成功。もう片方は間引きを行った。

 核の討伐は俺を除いた四人で、間引きは俺と真白を除いた三人で、だ。

 一発目のような異変も特に起こることはなく、俺たちは任務を完遂した。


 そしてさらに一週間後。

 俺たちは再び、アラトニスからの呼び出しを受けていた。

 

 先日と同じく理事長室へと出向く。

 すると執務机に座るアラトニスがいた。

 俺以外の全員が前と同じように敬礼をする。もはや何も言われなくなった。


「休め」


 その一言で皆が直立不動の姿勢になる。


「まず前提として、この話は断ってもいい」


 アラトニスがそう切り出した。


「次の任務だが、これは学園が予定していたものではない。もちろん断ったとしても成績には全く影響しないし、その場合は予定通りの任務となる」 

「それで任務内容は?」

「これは通常の討伐任務ではなく調査任務だ。調査対象は太平洋側の排他的経済水域内に存在する島。名を御霊島(みたまじま)と言う」


 聞いたことのない島だ。

 おそらく(おおやけ)になっている地図には存在していない。そこらへんの地理についてはついこの前、終域(エンド)について勉強した時に調べたからわかる。


「住民はおらず、島全体が終域(エンド)になっている無人島だ」

「御霊島ですか……?」


 智琉は心当たりがあるのかそう口にした。明らかに拍子抜けした表情をしている。


「智琉。知ってるのか?」

「うん。名のある家には有名な話だと思うよ。星宮さんも知ってるよね?」

「もちろんです。世界で唯一魔物がいない終域(エンド)ですよね?」

「魔物がいない? そんな終域(エンド)があるのか?」

「他にはない。御霊島がたった一つの例外だ」

「ですが御霊島には何もないはずでは?」


 アラトニスが腕を組みながら頷いた。

 

「その通りだ。あそこには何もない。ただの島……のはずだ」

「では調査とは具体的に何をするのですか? 何か異変が?」


 真白の表情が険しくなる。きっと偽龍の時のような異変が起きていると思ったのだろう。

 たとえば魔物が出ないはずの終域(エンド)に魔物が出た、とか。

 しかしアラトニスは首を振る。

 

「いや違う。今回と先の事件は無関係だ。いつも通り御霊島に魔物はいない」

「じゃあ何を調べるんだ? 異常なんて起きてないんだろ?」

「調査しろ。それだけが()()だ」

「指令……」


 真白が小さく呟く。

 たしかにおかしな言い回しだ。魔術協会の実質的なトップ。それがアラトニス=シャドウという魔術師。

 そんな人物に指令を出せる人間はたったの一人しかいない。


「アラトニス様。この指令は始祖様からですか?」


 アラトニスはゆっくりと頷いた。

 

「その通りだ」

「始祖……」


 表舞台には姿を現さない謎の人物。そして魔術協会の創始者。そんな人物が指令を出した任務。

 普通であるはずがない。


「こういうことってよくあるのか?」

「いや、ない。始祖が学生に介入するのはこれが初めてだ。だからこそいったい何があるのかこの私にもわからない。聞き出そうとしたがはぐらかされてしまったからな」

「アラトニス様。この指令をなぜ僕たちに? 特級や一級の方々ではダメなんですか?」

「駄目だ」


 アラトニスはそう断言し、俺を見る。


「まさか俺か?」

「いや、お前だけじゃない。刀至と真白。二人をご指名だ」

「……」

「何故……?」

「それは私にもわからない。心当たりはないのか?」


 脳裏に()()()の姿が過った。

 だけど夢のことは和樹や咲希を除くと、真白にしか話していない。師匠ですら知らないはずだ。

 だから関係ない。そうは思うが……。


 ……もし、なにか手がかりがあるのなら俺は……。


 そう考え、口を開く。


「……アラトニス。この任務、俺だけで行くことは可能か?」


 聞いた話を総括すると御霊島には魔物が存在しない。行うのはそんな安全な終域(エンド)の調査。しかし調査に具体的な指示はない。

 加えて始祖とやらがわざわざ俺と真白を指名している。どう考えてもおかしい。危険だと直感が告げている。

 そんな場所に真白や仲間たちを連れて行けない。万が一があったら俺では守りきれない可能性がある。

 

「刀至くん! 私は……知りたいです!!!」


 真白が目を見開き、抗議の声を上げる。


 ……そうか。


 話してしまった以上、真白も無関係ではない。自分に似ている誰か。それを知りたいと思うのは当然だ。

 俺の一存で決めていい話ではなかった。

 

「……危険かもしれないんだぞ?」

「承知の上です」


 真白の迫力に俺はやむを得ず頷いた。


「じゃあ俺と真白の二人で――」

「――待てよ刀至。勝手に話を進めるな」


 今まで黙って話を聞いていた颯斗が俺の言葉を遮った。

 

「無論、オレたちも行くぜ? なんだかよくわからねぇが必要なんだろ?」

「でも……」

「でもじゃねぇ。オレたちも魔術師だ。自分の命には自分で責任を持つ。だろ? 智琉、小夜」

「そうだね。それが魔術師だ。当然二人が行くなら僕たちも行くよ。それに、仲間だろ?」

「は、はい! わたしも! 行きます!」


 どうやら止めても無駄らしい。

 俺は降参だとばかりに両手を上げる。


「……わかった。悪かったよ。それでアラトニス。いつからだ?」

「詳細はこの紙を見てくれ」


 アラトニスがいつものようにパチンッと指を鳴らした。すると黒い人型が現れ、紙を全員に配っていく。

 渡された紙に視線を落とす。


「期日は明日から二日間。何かあれば延長も視野に入れる、と。なあアラトニス。これ延長された場合、学園の出席はどうなるんだ?」


 任務の期間、学園の授業は行われない。それは実地任務が授業と同じ扱いをされるからだ。

 だから当然アラトニスの返答は予想通りだった。

 

「出席の扱いになる」


 しかし問題はそこではない。

 

「授業は?」


 授業に出られないのはまずい。

 ただでさえ遅れているのだ。延長なんて事態になればさらに遅れてしまう。

 しかしアラトニスに慈悲はなかった。


「出られないな。そんなに勉強がしたいのなら私が直々に補修でもしてやろうか?」

「刀至くん。勉強なら私が教えてあげますから」

「モテモテだなぁ刀至!」

「うるせぇよ颯斗。そして真白、多分迷惑を掛けると思う」

「いつでも頼ってください」


 真白がふわりと笑う。救いはやはり天使がもたらすのだな、なんて馬鹿なことを考えているとアラトニスに咳払いをされた。


「受けるということでいいんだな?」

「ああ」

「では明日は朝六時に屋上集合だ。それからヘリで移動する」

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