序章 黄金の夢
その夜、私は夢を見た。
黄金の稲穂が揺れる。辺り一面、黄金の絨毯。そんな息を呑むほど美しい風景の中で――。
――私は泣いていた。
誰にも見つかりたくない。
誰にも見つけてほしくない。
こんな出来損ないの私を。
しかし私の願いは通じず。黄金の波をかき分けて一人の青年が現れた。
黒い髪、黒い瞳。麻で作られた服を纏った青年。
今時、田舎者でもこんな格好はしない。なんとも時代錯誤な服装。
私はこの人を知っている。だけど私は知らない。
「だれ!?」
私は涙を拭うとキッと青年を睨みつけた。
しかし青年は特に気分を害した様子もなく、優しげな笑みを浮かべる。
「俺は██。ただの██だ」
彼はゆっくりとしゃがみ込み、うずくまっている私に目線を合わせてきた。
怖がらせないようにしてくれている。私は彼の気遣いを感じ取った。
彼はそういう人物だ。
「キミは?」
彼は爽やかな笑みを浮かべ、問い掛けてきた。
そんな優しい顔を見ても、私の涙は止まらない。
すると彼は困ったように眉をへの字に曲げると、隣に座り込んだ。
私は鬱陶しいとばかりに距離をとる。
彼はそんな私の対応に苦笑したが、そのまま居続けた。居続けてくれた。
何を話すでもなく、私が落ち着くまで居てくれた。
私が泣いてしまったときと同じように。
やがて日が落ちて辺りを闇が覆う。そこで彼は立ち上がった。
「そろそろここも危ない。最前線じゃなくてもあいつらはどこからともなく湧くから」
彼は私に手を差し伸べる。
私にはなんのことかがわからない。だけど私には彼の言葉が正論だとわかっていた。
既に涙は止まっている。鬱陶しいという気持ちも消えている。
だから私は彼の手を取った。すると彼は柔らかに微笑む。
「じゃあ行こうか」
私は引かれるようにして立ち上がった。
目が覚めると、そこは自室だった。
目覚ましはまだ鳴っていない。暗くて時間はわからないが、今はそれどころではなかった。
「なに……いまの……?」
胸が締め付けられる様に苦しい。
あの時のように意図せず涙が溢れ出す。
「あんな話を聞いたから?」
私に似ている誰かの話。
刀至くんから聞いたことで感化されてしまったのだろうか。
自問自答するが答えは出ない。
……でも、夢にしてはやけに現実性が……。
こんな夢は初めてだった。他の夢とは何かが違う。
しかし時間が経つにつれ、その現実性が薄れていく。
「言わないと……」
焦燥感が込み上げてきて私はベッドから抜け出した。
駆け足で襖へと向かう。
しかし引き手に指を掛けたところで私の足は止まってしまった。
……なんて言えばいいんだろう?
先ほど感じていた現実性は既に消え、今はただの夢だったのではないかと思いつつある。
焦燥感も既にない。
私は一度大きく深呼吸をし、窓辺のカーテンを開けた。東の空は明るくなりつつある。
……一旦落ち着きましょう。
あれがただの夢でないのなら、また見ることになるだろう。
流石に同じ夢を二回も見たら偶然とは思えない。
……言うのはそれからですね。
目覚ましが鳴るまであと一時間。
だけどもう一度寝れる気はしなかった。




