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五章 実地任務

 翌朝、俺は朝の五時に目を覚ました。

 意識は瞬時に覚醒したが、目は開けずに周囲の気配を探る。

 人間、寝ている時が一番危険だ。だから約二年半の内に寝ていても殺気がすれば瞬時に戦闘行動へ移行できるようになった。

 だけど師匠曰く、そういう人間がもっとも()()瞬間は寝起きらしい。だから俺は寝起きでも警戒は続けている。


 ……気配は無――


 瞬間、けたたましい音が鳴り響く。心臓が口から飛び出そうになるほど驚き、飛び起きた。

 すぐに枕元に置いてあった二振りの愛刀を手に取り抜き放つ。

 音の正体はすぐ近く。反対側の枕元――。


「はぁぁぁ〜」


 俺は大きな溜息と共に刀を鞘に納め、今もなお電子音を響かせている端末を手に取った。

 液晶には「05:01」と表示されている。

 言わずもがなセットしていたアラームだ。

 

 富士の隠れ家には時計が居間に一つしかなかった。もちろん目覚まし時計なんかない。だから狙った時間に起きられるようになった。だけど支給された端末に目覚まし機能が付いていたので、念のためにセットしていたのだ。

 普段使わない機能だったため、すっかり忘れていた。


 ……そういえばそうだったな。


 部屋を見渡せば隠れ家にある部屋ではなく星宮邸で割り当てられた自室だ。まだ違和感があるが、これからはここで生活するのだ。早く慣れなくてはならない。


 刀を置き、洗面所へと向かうべく廊下へ出る。するとひんやりとした空気が肌を撫でた。

 四月上旬なこともあり、外はまだ暗い。気温もまだまだ低く、すこし肌寒いぐらいだ。

 だけど半神である俺はあまり寒さの影響を受けないため、この寒さは心地良い。

 キンキンに冷えた水で手早く顔を洗い、歯磨きを済ませて自室へと戻る。


「ふぅ……」

 

 目は完全に覚めている。

 ベットに入ったのが日付が変わったあたりなので約五時間睡眠だ。

 半神の身体は便利なもので、あまり睡眠を必要としない。霊峰富士では七日七晩戦い続けたことすらある。その時は流石に死ぬかと思ったが。

 ともあれ五時間は少し寝過ぎなぐらいだ。

 学園初日で精神的に疲れてたのも原因だろう。


「ん〜〜〜」


 伸びをして身体を身体をストレッチさせる。

 首や手首足首を回して身体をほぐし、それと共に身体の調子を確かめていく。

 違和感はない。今日も万全の状態だ。

 確認を終えると二刀 を手に取り部屋を後にした。

 

 やってきたのは星宮邸にある道場だ。広さは二百畳程でかなり広い。昨日、修司からは好きに使って良いと許可はもらってある。

 日課のためにありがたく使わせてもらおう。

 

 まだ早朝のためか人はいない。しかし真ん中を堂々と使うことは憚られたため、隅に十分なスペースをとって行うことにした。

 まずは素振りを行い身体の動きを確認していく。

 ゆっくりと丁寧に、違和感を探すように。布団から出てすぐ簡易的に確認するのが癖になっているが、そこで問題がなくても日課では必ず確かめるようにしている。

 霊峰富士では身体が感覚の通りに動かないと死に直結するからだ。わずかでも感覚と動作に誤差があれば文字通り命取りになる。

 ここは霊峰ではないとはいえ、油断はしないように修行を積んできた。


「問題ないな」


 息をつき、確認を終える。

 この後はいつも師匠との実戦に入るのだが、あいにく師匠は隠れ家だ。なので師匠の動きを思い出しながら一人で刀を振り続ける。

 何百、何千回と刀を交えた相手だ。師匠の動きは身体で覚えている。それをひたすら再現し、刀を振るう。

 

 師匠は強い。それも尋常ではなく。

 こちらの攻撃はまず始点で潰される。それを回避できたとしても次は圧倒的な力で捩じ伏せられる。

 速さ、膂力と共に半神である筈の俺より遥か上。本当に人間なのか疑わしくなる。


……だめだ。もっと集中しないと。


 雑念が混じった瞬間には致命傷を受けている。鴉羽士道という男との戦いはそういうものだ。

 集中する。深く深く。海の底へと沈んでいくように。刀と身体が一体となるように。

 

 周りの音が遠のき、世界に自分一人しかいないのではないかと錯覚するほどに深く沈んでいく。

 時間の感覚さえも曖昧になる中、道場に人の気配が現れた。

 

 戦闘の最中に魔物が乱入してくることなど日常茶飯事。いくら集中していても気配にだけは気付ける。

 そう癖がついた。癖にしないと命が幾つあってもたりなかったからだ。

 

 俺はピタリと刀を止め、気配の主へと視線を向ける。

 

 するとそこには木刀を持った星宮さんがいた。

 服装は制服ではなく初めて会ったときに着ていたジャージ姿だ。ラフな格好なのに星宮さんの美しさは少しも損なわれていない。

 星宮さんは先客がいるとは思っていなかったのか目を瞬かせていた。


「おはようございます」


 俺が挨拶をすると、星宮さんが軽く会釈を返してくれた。

 それから俺がいる場所とは真反対の場所で木剣を構えて振り始める。

 ふと時計を見ると午前六時。星宮さんは随分早起きなようだ。それにこの時間から剣を振るっていることに俺は好感を持った。

 ならばとふと思いつき、星宮さんに声を掛けた。


「よかったら模擬戦をしませんか?」

「結構です」


 即答。ピシャリと、とにべもなく断られた。視線を向けることすらなく星宮さんは木剣を振り続ける。

 とりつく島もないとはまさにこのことだ。

 無理に誘うのも良くないと意識を切り替えて日課を続けた。

 

 そうしてまた、時間が経ったところで視線に気付いた。刀を止め、目を向けると星宮さんがじっとこちらを見ている。


「どうかしました?」

「あ、いえ。何でもない……です」


 目を逸らすとそそくさと道場から出て行ってしまう。

 すると入れ替わりで修司さんが道場に入ってきた。去っていく星宮さんを目で追った後、声を掛けてくる。

 

「刀至くん。朝ごはんできたよ」

「ありがとうございます」


 時計を見ると時刻は七時。ちょうどいい時間だ。


 修司さんが俺と星宮さんが去っていった方向を交互に見た。きっと俺は微妙な表情をしていたのだろう。


「真白と何かあったのかい?」

「いえ。先ほど模擬戦を提案したんですが断られてしまって」

「ふむ」


 修司さんが口元に手を当てて考えに耽る。それからボソリと呟いた。


「いい傾向なのかな?」


 その言葉は小声だったが半神の聴力はしっかりと聞き取った。

 断られたのにいい傾向とは? と思ったが、聞き返すような真似はしない。それは野暮というものだ。

 

「汗を流したら行きます」

「あ、ああ。そうするといい。まだ時間はあるしゆっくりおいで」

「はい」


 道場から出ていく修司さんを見送ると一度自室に戻った。制服を用意し、浴室へ向かう。軽くシャワーを浴び汗を流した。それから制服に着替え、食堂に向かう。

 食堂に近づくにつれ、いい匂いが廊下まで漂ってきてお腹が鳴った。なので足早に食堂への入る。


「ごちそうさまでした」

 

 丁度そのタイミングで星宮さんが食器を持ち、部屋を出ていった。

 食事中の修司さんを見ると苦笑いしている。

 

「俺、何かしましたかね?」


 第一印象が最悪だったとはいえ、ここまで避けられていると心にダメージがある。

 

「いや、あの子の問題なんだ。気を悪くしないでもらえると助かるよ」

「……あの子の問題?」

「そうなんだ。真白が話してくれるまで待ってくれると嬉しいかな」

「第一印象が悪かったからだと思っていました。もしかしてそれは無関係ですか?」

「第一印象?」


 俺は修司さんに昨日のことを話すことにした。夢のことは省き、どこかで会ったような気がしたのでつい聞いてしまったと。

 すると修司さんは目を瞬かせた。それから忍び笑いを漏らす。


「そんなことになっていたなんてね。でも多分それは関係ないかな。真白は刀至くんが刀を振るところを見ただろ?」

「はい……」


 アラトニスサマに攻撃を仕掛けた時、そして今朝の日課。刀を振るう姿は見られている。


「刀を振るう姿を見れば、その人物がどんな人物なのかは大体わかる。だから刀至くんがそんな人じゃないって真白はわかってるはずだよ」

「そうだといいんですけどね……」


 とはいえあの避けられようだ。嫌われているとしか思えない。

 だけどまた、星宮さんにも何か事情があるのだとわかった。こればかりは無理に踏み込んでも逆効果だろう。

 なるべく真摯に向き合い、少しずつ信用を得る。それが近道。急がば回れというヤツだ。


 ……なにかきっかけがあればいいけど。


 そう考えると学園で席が隣なのは運がいい。パーティを組めなかったのは痛手だが。


「まあ気長に頼むよ。キミなら大丈夫だと思うからさ」

「わかりました。気長にがんばります」

「ありがとね刀至くん。じゃあ冷めちゃう前に食事にしようか」

「はい。ありがとうございます」


 お礼を言って席に座る。

 目の前にはたくさんの料理が並べられていた。

 和食が中心で大盛りのご飯、魚、味噌汁とその他色々。どれも美味しそうな匂いがしてまたお腹が鳴る。


「朝はそのぐらいで足りるかな?」

「はい大丈夫です。わざわざすみません」


 半神の身体は燃費が良い。やりたいかは別として、やろうと思えば飲まず食わずで数日間は活動できる。

 しかし師匠からは「身体が資本なんだから山ほど食え」と耳にタコができるぐらい言われている。

 それは兄弟子である修司さんも同じだったようで昨日の夜ご飯の際にどれだけ食べるか聞かれたのだ。


「気にしないでいいよ。もう『家族』なんだからね」


 ……『家族』。


 修司さんの言葉に和樹や咲希、先生たちの顔が浮かび、胸をちくりと刺す。

 だけど俺はなんとか取り繕う。


「ありがとうございます。いただきます」


 手を合わせてから食事に手をつけた。パクパクとよく味わいながらも量が量なので手早く口に運んでいく。

 

「学校はどうかな? うまくやっていけそうかな?」

「はい。実地任務のパーティは組めたのでひとまずは大丈夫そうです」

「そうか。それは安心したよ。刀至くんぐらい強いと恐れられたりする場合もあるからね。まあ優秀な世代だからあまり心配してなかったけど」

「優秀な世代?」

「うん。多分君に声をかけたのは神城の子じゃないか? それか東條の子かな? どちらにしろパーティは神城智琉くん、東城颯斗くん。あとは天音小夜さん。そして真白を入れようとしたけど断られたから保留って感じかな」


 まるで見ていたかのような状況説明に目を丸くした。

 

「驚きました。見ていたんですか?」


 俺の言葉に修司さんは小さく笑った。


「ちがうちがう。でも彼らには期待しているからね。よく知っているんだ」

「そうなんですね」

「真白を筆頭に神城智琉くん、東城颯斗くんは例年をはるかに超えた実力を持っているから。五級では勿体無いぐらいだ」

「そうですね。それはわかります」


 なにせ昨日、二級相当のケルベロスを撃破してみせた。弥栄学園ではテストによって昇級が決まるらしいが、遠からず三人とも昇級することだろう。

 

「加えて元非魔術師であるにもかかわらず二人に認められている天音小夜さん。その他にも実力者が多数いる」


 彼らがそれほどまでに評価されていることに驚いたがそれ以上に天音さんが自分と同じ元非魔術師であることに心の底から驚いた。

 昨日の戦いから天音さんが元は一般人だとはとても思えない。

 

 回復型の魔術師とあって二人より戦闘能力は低いが回復魔術という一点ではおそらく学園でもトップクラスだろう。

 

「驚きました。天音さんは元非魔術師なんですね」

「才能があるって分かったのは偶然だったらしいけどね」

「そういうことってよくあるんですか?」


 現時点での狭い交友関係で自分と天音さんの二人が元非魔術師だった。ならば他に、もっといてもおかしくはないのではないかと思った。しかし修司さんはバッサリと言い切る。

 

「ないね。学園に所属している生徒で元非魔術師なのは刀至くん。キミと天音小夜さんの二人だけだよ」

「珍しいんですね」

「そうだね。だから東條の子が幼馴染じゃなかったら生きづらかっただろうね」

「生きづらい?」

「魔術師には一定数、純血主義がいるんだ。全くもってくだらないことだけど」


 どこにでも差別というものはあるらしい。修司さんの言う通り、全くもってくだらない。


「でもそれは俺にも関係ありそうですね」

「あるだろうね。でも刀至くんは星宮だ。表立って何かされることはないと思うよ。それにキミは今や時の人だからね」

「時の人……?」

「おや。知らなかったのかい? 魔術協会内で噂になってたよ。あの始祖代理、アラトニス様に斬りかかった転入生。彼は何者だってね。みんな興味津々になっているよ」

「それは……すみません」


 まさか噂されているとは思っても見なかった。

 居た堪れない気持ちになり、視線を落とす。しかし修司さんは軽快に笑った。

 

「いやいいさ。魔術師という生き物は良くも悪くも実力主義だからね。噂も好意的な物が多い」

「そうですか……それならよかった……んですかね?」

「あまり気にしなくてもいいよ」


 と、そんな時、修司さんの端末が電子音を鳴らした。


「――失礼」

 

 修司さんは席を立ち廊下へ出る。


「もしもし……ああ。うん……」

 

 俺は食事を再開する。黙々と食べ進めていると通話を終えた修司さんが廊下から顔を出した。

 

「ごめん仕事が入ってしまった。刀至くんも遅刻しないように。じゃあまたね」

「はい。いってらっしゃい」


 修司さんはニコリと微笑むとすでに空になっていた食器を片付け、仕事へと向かった。

 と思ったが、気配が戻ってきてまた廊下から顔を出した。

 

「忘れるところだった。これ渡しておくね」

 

 食堂の出口にある棚の上に鍵を置いた。


「出る時に鍵だけ閉めておいて」

「わかりました」

 

 修司さんは今度こそ出て行った。時刻は八時になろうとしている。俺は残りのご飯を急いで腹におさめ、学園へと向かった。



 

 本日から早速授業が開始された。

 一時限目は数学。教師が数式をつらつらと板書していく。エリート校なだけあり、居眠りをしている生徒はいない。全員が真剣に授業を聞いている。

 

 黒板に書かれている内容を理解していないのはおそらく俺一人。まるで魔術式を見ているようだ。

 なにせ俺の学力は小学生で止まっている。あの事件以降碌に勉強していないのだから当然か。できるのは数学ではなく算数だ。


 ……さすがエリート校。


 説明を聞き流しながらも黒板の内容をひたすらノートに書き写す。時折り挟まれる魔術的な講義は左耳から右耳へと抜けていった。何を言っているのかさっぱりわからない。

 

 放課後。机に突っ伏していると智琉と颯斗がそばにやってきた。


「授業はどうだった?」


 智琉の問いかけに顔だけを上げて首を振るった。

 

「わけがわからない」

「まあそうだよな。この学園は進みがはえーから。多分今日の内容は大学生がやるような内容だぞ」

「まじかよ……」


 絶句し、再び机に突っ伏した。お先真っ暗。正直ついていける気がしない。

 

「もしよかったら僕が教えようか?」


 智琉の言葉に再び頭を上げる。その提案は一筋の光だった。しかしそう易々と掴むわけにはいかない。前提条件が智琉の想定と全く違うはずだから。

 

「それはありがたいけど、俺ができるのは小学生レベルだぞ?」


 智琉の頬が引き攣る。俺も逆の立場だったら同じ表情をしていることだろう。


「中学生の範囲は?」

「……ついていけなかった」


 まさか行ってないなんて言えない。なにせ中学校は義務教育。言ってしまえば確実にボロが出る。


「よく入学できたな!」


 なんて颯斗が笑った。だけど俺にとっては全く笑えない。それに入学できたのは純度100%のコネだ。


「まさかずっと刀を振るってたから?」

「その通り」

「そう考えるとあの強さにも納得か……。でもこのままじゃテストは厳しそうだね」

「あーテスト……」


 懐かしい響きだ。

 小学生ではそこそこ頭のいい方だったがあったのは小テストという軽いテストのみ。

 今更ながらに思い出したが、中学には定期試験がある。受けたことがないのでどんなものかはわからない。


 ……って。だいぶ不味くないか?


 たしか試験に落ちると留年すると聞いたことがある。

 今のままで行くと留年は確実だ。それは非常にまずい。

 家に置いてくれている修司さんに申し訳ないし、そんなことになろうものなら師匠に合わせる顔がない。


「もしかして普通の学力テスト?」

「うん。学力テストだね。実技試験もあるにはあるけど実戦形式だから」

「刀至は気にしなくて良さそうだな」


 智琉と颯斗が頷いた。

 たしかに実戦形式なら万に一つも負けることはない。

 

「それは助かるな。智琉。悪いんだけど俺に勉強を教えてくれないか? できれば中学生の範囲から……」


 なりふり構っていられず、一筋の光に縋りつく。

 すると智琉は苦笑しながらも頷いてくれた。


「だけど条件がある」

「……条件?」

「僕達には戦いを教えてくれ」

「それなら任せろ! って言いたいところだけど俺は実戦形式でしか教えられないけどそれでもいいか?」

 

 師匠から教わったことは多いが、その全てが実戦の中で培われたものだ。圧倒的強者と戦えば、死線の中で実力はおのずと付いてくる。

 それが師匠の教えだ。だから論理的なことは教えられない。

 しかし智琉は頷いた。


「実戦だけで構わないよ。思ったことをアドバイスしてくれると助かるけど」

「それなら問題ないな。わかった。それで行こう」

 

 話はまとまった。

 朝と昼は勉強を。夕方からは実戦訓練を行う。新たな日課だ。

 刀を振るう時間が減ってしまうが、こればかりは仕方ない。いち早く授業についていけるようになる。

 それが直近の目標だ。


 それから日課をこなしつつ忙しい学園生活を送った。

 それから約一ヶ月後。初の実地任務が行われる日となった。




 五月上旬のある日、学生達には実地任務が与えられた。俺の所属するパーティの任務地は東京都郊外にある遊園地。その廃墟だ。

 

 名称は大森林パーク。

 オープン当時は賑わっていたらしいが、しばらくすると事故が起き始めた。

 初めは小さな怪我程度だったが時が経つにつれて件数が増え、重傷化。そして最後には死亡事故が起きた。

 

 当時の新聞やテレビでは、「山神の怒り」だとか「呪い」だなんて騒がれていたらしい。

 そんな遊園地に来たい者などおらず、すぐに大森林パークは経営難に陥った。その後、程なくして運営母体である会社は倒産。解体されることもなく放置され、いつしか魔物が跋扈する終域(エンド)となっていた。

 

 大森林パークの等級は四。大して強い魔物もおらず実地任務には最適だと言える。しかし二級の魔物を倒せる智琉たちには少しばかり物足りない終域(エンド)なのは事実だ。

 しかし油断はしない。終域(エンド)とは何が起きてもおかしくない領域だ。いくら等級が低くとも、油断すれば命を落とす。

 それが終域(エンド)だ。


 学園から公共機関を乗り継ぎ、およそ二時間。

 最寄り駅から歩くこと約三十分の山中に大森林パークはあった。

 見渡す限りの大自然。木々の背は高く、空気は澄んでいる。その中に突如出現した人工物。おそらく入場ゲートであったはずのその場所には蔦が這い回り、所々歪んでいた。

 上部に設置された錆びた看板には「大森林パーク」とポップな書体で描かれているのが時代を感じさせる。


「あれ……星宮さん?」


 後ろからついてきていた天音さんが小声で呟いた。

 見ると入場ゲートの脇に白髪の少女が佇んでいる。

 

「ホントだ。みんななんか聞いてるか?」


 颯斗の問いに智琉以外が首を振った。智琉だけが何やら訳知り顔だ。


「おー時間ぴったり。全員いるな〜」


 背後に突如として人の気配が現れた。殺気がないので敵ではないと思ったが念のため刀に手を掛け、振り返る。


 ……この男、強いな。


 突如として現れた男を観察する。魔術協会の軍服を着ていることからやはり敵ではないのだろう。しかしそれは気を抜いてもいい理由にはならない。敵ではないからといって味方とは限らないのだから。

 

 容姿は黒髪黒目と一般的な日本人のものだ。しかし見た目をあまり気にしないのか長めの髪はボサボサで気怠そうな目をしている。

 しかし動きには全く隙がない。仮に今、攻撃しても易々と受け止められるだろう。


 俺を除いた四人が男に向かって敬礼をした。

 

 星宮さんもしたのが意外だなと思っていたら智琉に小声で名前を呼ばれた。どうやらやらないとまずいらしい。仕方なく敬礼をしようとしたら男は手で制した。


「楽にして構わない。堅っ苦しいのは苦手なんだ」

「わかりました」


 智琉が代表して答え、皆が敬礼を解いた。


「俺は天宮蓮(あまみやれん)だ。階級は見ての通り一級」


 軍服の肩には階級章が付いている。

 天宮さんの言った通り、彼の階級章には「一」の文字が刻印されていた。

 ちなみに学生たちの制服には五級魔術師である証として「五」が刻印されている。


「今日は監督官としてここに来ている。怪我すんなよー。はい以上」


 天宮監督官が内ポケットから煙草を取りだすと火をつけた。


「それじゃ俺は待ってるからあとよろしく」


 話は終わりだとばかりに置いてあったベンチに腰掛けると煙草を吸い始めた。煙が空高くへと昇っていく。煙草は少し匂いがきつかった。


 ……監督官……なんだよな?

 

 これでいいのかとも思ったが定められた仕事もできない人間が一級魔術師になれるとは思えない。だから素直に従うことにした。


「どうする智琉」

「その前に、星宮さん。今日は同じパーティってことで大丈夫?」

「はい。決められたことに文句は言いません。しかし私は最低限しか手を出しませんので」


 それだけ言うと星宮さんはそそくさと入場ゲートに向かっていく。

 流石に智琉も苦笑いを浮かべていた。


「それで智琉。なんで星宮さんがここにいるのか知ってるのか?」


 一人だけ訳知り顔をしていたわけだから、何か知っているとは思っていた。俺の予想通り心当たりがあるらしく智琉が頷く。

 

「予想はしてたよ。クラスの人数は三十人。パーティは五人って決められているからね。僕らが四人のままなら確実に一人余る。星宮さんが他の人とパーティを組むとは思えないから初めの実地任務は暫定的に不足しているパーティに行くはずなんだ」

「……だからあの時、素直に引き下がったと」

「そうなるね」


 星宮さんを勧誘した際にやけにあっさりと引くなと思ったらこういう意図があったらしい。

 智琉はイタズラっ子が悪戯に成功したような無邪気な笑みを見せた。

 

 ちゃっかりしてるというかなんというか。見た目通り頭がいいらしい。


「ちなみにここに来たのが星宮さんじゃなかったらどうしてたんだ?」

「そのときはそのときだよ」


 智琉としては確度の高い推測だったわけだ。


「喋ってるとはぐれちゃうから行こうか」

「だな」

「オウ」

「……うん」


 星宮さんを追うように俺たちは行動を開始する。

 するとその時、入場ゲートを潜った星宮さんの姿が消えた。


「星宮さん!?」


 いきなり起きた異常現象に少し狼狽えたが、他の四人は平然としている。

 

「そうか。刀至ははじめてなのか」

「はじめて?」

終域(エンド)の内部は異界とでも言うべき空間が広がっているんだ。だから内部の大きさも見た目以上に広い。ここはあのゲートから先が終域(エンド)みたいだから入ると消えたように見えるんだ」

「そうなのか」


 知ってはいた。

 霊峰富士も終域(エンド)だ。しかし入る時はいつも一人だったため、他の人からはこう見えているとは思っていなかった。

 

「早く行こうぜ。あんまり一人にさせると万が一もあるからな」

「そうだね。行こうか」

 

 入場ゲートをくぐると、そこには大自然に侵食された遊園地があった。

 かつては賑わっていのだろうが今や見る影もない。

 アトラクション等の人工物は異常成長した木々に飲み込まれ、施設には蔦が這い回っている。

 上を見上げても大樹が陽を隠しており、一帯が薄暗い。どことなく陰鬱な空気が漂っている気さえする。

 やはり終域(エンド)の中と外とでは環境が全く違う。

 

 富士ではあまり環境に変化はなかったが、空気の重さは段違いだった。


「今日はよろしくお願いします。星宮さん」

「はい。よろしくお願いします」


 入場ゲートのそばで待っていた星宮さんに声を掛けると小さく頷いてくれた。


「とりあえず魔物はいねぇみたいだな」

「そうだね。じゃあひとまず僕たち三人で前に進むから星宮さんと刀至は後ろからサポートをお願いできる?」

「わかった」


 星宮さんも否はないのか頷いた。


「じゃあ行くよ」

 

 周囲を警戒しながら俺たちは大森林パークの中を進む。今回の目的は魔物の間引きだ。

 各終域(エンド)で目標討伐数が定められており、俺たちの大森林パークは三十体。どのような魔物であれ三十体倒せば完了だ。


 討伐記録は配布された端末を用いて行う。

 魔物は生命活動を終えると瘴気を撒き散らして消失する性質を持つ。その際に発生する瘴気を解析して魔物の種類と数を判別するのだ。

 ハイテクである。

 

 先頭は颯斗が務め、その後ろに智琉と天音さんが続く。そして後方の少し離れた場所にサポートに徹すると決めていた俺とあまり関わらないと宣言した星宮さんがいる。


 そうして進むこと約一時間。現在の地点はおよそ中間地点に差し掛かっていた。そこで颯斗が声を上げる。


「おかしくないか?」

「うん。……わたしもおかしいと思う」


 颯斗の言葉に天音さんも異変を口にした。それはもちろん俺も感じていたことだ。


「刀至はどう思う?」


 智琉が聞いてきた。

 これはわからないのではなく、自分の推測に確証を得るための問いだ。だから俺は率直に思ったことを口にする。


「おかしいと思う。気配が無さすぎる」


 終域(エンド)に侵入してから今の今まで一度も魔物と遭遇していない。近付いてくれば気配でわかるが、その気配も全くのゼロ。

 

「ちなみに星宮さんは?」

「あり得ません。わかっているとは思いますが依頼が来た時点で魔物が溜まってきている段階です。入ってすぐ遭遇しなかったのが不自然なぐらいです」


 そもそも依頼が来ている時点で、間引きが必要と魔術協会が判断しているということだ。

 なのにも関わらずこれほど魔物と遭遇しないということは確実になにか異変が起きている。

 どつやら初っ端から例外(イレギュラー)を引いてしまったらしい。


 こういった状況が発生した場合、その終域(エンド)の等級に合わない強力な魔物が出現したり、終域(エンド)自体が全く別物に変質していたりすると師匠に聞いたことがある。

 

「智琉。どうする?」


 颯斗が暫定的なリーダーである智琉に聞いた。問われた智琉の即座に判断を下す。

 

「僕たちの手には負えないと判断する。よって実地任務は中断。撤退し監督官の判断を仰ぐ」

「オッケー! 刀至! 殿を任せていいか?」

「了解。後ろは任せろ」


 異常事態となった以上、サポートに徹するのは止めだ。終域(エンド)での異常事態は命に関わる。


「私も協力します。生きて帰りましょう」


 星宮さんも俺と同じ意見らしく、協力してくれるようだ。

  

「ありがとう星宮さん」

「いえ――」


 星宮さんが唐突に言葉を切り、空へと視線を向けた。そしてすぐさま駆け出す。その先にいたのは天音さんだ。


 ……なんだ?

 

 星宮さんは身体全体から魔力を迸らせ、全速力で距離を詰めようとしていた。

 その手にはいつのまにか純白に輝く美しい西洋剣が握られている。

 しかしそれよりも俺が気になったのはその表情だ。

 その表情はよく知っている。――絶望だ。


 俺は何かが起こっていることを悟り、すぐさま感知を全開にする。だが、なにもない。少なくとも俺にわかる異変は存在しない。


 ……なんだ?


 と思った瞬間、俺の感知が異変を捉えた。

 異変は上空。それもかなりの高度。木々に阻まれて姿は見えない。しかし確実にその気配は天音さんに向けて急降下してきている。


 ……凄まじい速度だな。

 

 おそらくあと一秒にも満たない時間で襲撃は行われる。そしてこの物量がこの速度だ。まず助からない。

 それがわかっているのか、星宮さんは悲壮な表情で天音さんに手を伸ばしている。

 だが圧倒的に魔物の方が速い。星宮さんの速度では間に合わない。


 ……それにしても、よく見つけたな。


 俺でも気付けなかった魔物を正確に把握している。それはバケモノじみた半神の知覚能力を超えているということだ。そこに違和感を覚えた。

 

 どこかチグハグなのだ。星宮さんは強い。

 おそらく弥栄学園で一番強いのは星宮さんだ。だが一級魔術師である天宮監督官には及ばない。

 だけど今見せている知覚能力は星宮さんの実力を超えている。

 なにせ弥栄学園での結界の一件から、感知能力は俺の方が優れていることはわかっているのだ。

 だから普通は気付けない。


 ……まあそれはあとでいいな。

 

 このまま黙って見ている選択肢はない。

 俺は半神の身体能力を十全に駆使して走った。一瞬で星宮さんを追い抜かし、跳躍する。

 その瞬間、魔物が木々を貫いて現れた。

 

 漆黒の鳥だ。身体は巨大で俺や智琉の身長よりも少し大きい。滑空体制をとっているため、その姿はまるで漆黒の槍だ。

 それを力任せに蹴り飛ばす。骨が砕ける音がして漆黒の鳥が吹き飛んでいく。

 次いで二体目が飛来してきた所を刀の峰で殴りつけ、こちらも同様に吹き飛ばす。


「……え?」


 星宮さんが呆けた声を漏らした。しかし今は気にしている場合ではない。


「引くぞ! 警戒は任せてくれ!」


 その後、漆黒の鳥は降ってこなかった。

 いないわけではない。意識を集中させると丁度俺たちの真上に張り付き、旋回しているのがわかる。


 警戒をしながらも隣の星宮さんを見ると、先程から心ここに在らずと言った様子だ


「……星宮さん?」


 心配になって声をかけてみるが反応がない。この様子では万が一もあり得る。星宮さんの強さがあれば問題ないのかもしれないが異常事態の真っ只中だ。何があるかわからない。


「星宮さん!」


 少し大きな声を出すとビクッと震えてからこちらを見た。


「……すみません。なんですか?」

「いえ、特に用はないんですが様子が変なので。何かありました?」

「ッ! ……大丈夫です! すみません」


 星宮さんは小さく頭を下げると目を閉じて深呼吸をする。そして再び目を開けた時にはいつもの星宮さんに戻っていた。

 

「……まだいますか?」

「います。今は五体がこちらを伺っています」

「あれは天隼(てんじゅん)という二級の魔物です。別名、暗殺鳥といいます。その名の通り、気付いていない人間には先程のように滑空して襲撃を行います」

「気付いていない人間限定なんですか?」

「はい。臆病なのか気配に敏感なのかは分かりませんが初見殺しだけの魔物です。地面にいれば中等部の生徒でも倒せます。だから上の警戒はお願いします。後ろの警戒は任せてください」

「わかりました。お願いします」


 星宮さんの気配が変わり、戦闘体勢に切り替わったのがわかった。俺も上への警戒を強める。しかしそれは他の警戒を怠るという意味ではない。

 

 そして暗殺鳥の襲撃以降、魔物とは遭遇しなかった。やはりというべきか、予想通りだ。

 そうして無事に入場ゲートまで撤退することができた。


「ふぅ……」


 ずっと気を張っていたせいか、外に出た瞬間、智琉が息をついた。


「……ひとまずなんとかなったな」

「……そう……だね。それと星宮くん。星宮さん。ありがとう。二人がいなかったら今頃わたしは……」


 天音さんの顔が曇った。

 続く言葉は口にしないまでもわかる。しかしこればかりは天音さんの落ち度ではない。

 もし狙われていたのが智琉や颯斗でもあれは防げなかっただろう。

 だけど俺は仕方がないの一言で終わらせたくはない。だから師匠と同じ言葉を口にする。


「死ななかったから今日のところは勝ちだ。だから次に活かそう」


 すると天音さんはパチクリと目を瞬かせた。


「なんだか先生みたいですね。星宮くん」


 面と向かってそう言われるとなんだか気恥ずかしい。


「……師匠の受け売りだからな」


 頬をかきながら視線を逸らすと智琉と颯斗に笑われた。


「ほら。まずは報告だろ。いくぞ」


 天宮監督官に視線を向けた。

 するとまだ同じベンチで煙草を吸っている。しかし俺たちに気付くと立ち上がった。


「結構時間かかったな。てっきり数分で片付くと思ってたぞ」

「いえ、異常事態です」


 智琉の報告に天宮監督官は露骨に顔を顰めた。顔に「めんどくせぇ」と書いてある。

 しかし俺の出した端末を見ると表情を一変させた。


「中の様子を教えてくれ」


 天宮監督官の様子は真剣そのもの。先程までの気怠げな気配など微塵もない。そこにいたのは紛れもなく一級魔術師だった。


「まず――」

 

 智琉が詳細に説明を行う。


「魔物がいない。いるのは高ランクの魔物だけ。確かに異常事態だな。それにしてもよくあのクソ鳥を倒せたな。あれは下手したら一球でも負傷するぞ」

「いえ僕たちではなく刀至が」

「お前が星宮刀至か」


 天宮監督官と視線が交差する。


「……たしかにお前なら可能か。見たところ、既に一級レベルだろ。それもかなりの上澄みだ。どんな修羅場をくぐったらそうなる?」

「何度()死にかけただけですよ」


 正確には何度()だが。

 天宮監督官は訝しげな視線を向けた後、ため息をついた。


「まあいい。詮索はしない」


 天宮監督官は端末を取り出すと何やら打ち込み、すぐにしまった。おそらく魔術協会に連絡を入れたのだろう。


「異常事態が発生した時の対応は、より強い戦力を持って終域(エンド)の調査、及び魔物の殲滅を行う。この場合、遭遇したのがクソ鳥だから一級案件にまで等級は跳ね上がる」


 天宮監督官が煙草を大きく吸い、煙を吐き出す。


「普通なら実地任務は中断。他の一級魔術師の到着を待って交代する。だがまあここには一級の俺。そして一級相当の星宮刀至と星宮真白がいる。んでお前ら三人は最低でも三級相当。だから戦力は十分と俺は見ている。もしお前らが望むなら少し早く本物の任務を経験できるが、どうする?」


 鋭い眼光で俺たちを見回す天宮監督官。

 智琉と颯斗、天音さんにとっては貴重な経験であることは間違いないだろう。

 それに天音さんのことを考えるのなら、再挑戦は早めにするべきだ。

 以前師匠に聞いたことがある。

 終域(エンド)で死にかけた時、無理矢理にでももう一度入らないと、二度と終域(エンド)に入れなくなる、と。

 だから再挑戦はできるだけ早くするべきだ。


「智琉」


 俺は智琉に小さく耳打ちする。


「死にかけて時間を置くと二度と終域(エンド)に入れなくなるって師匠に聞いたことがある。それを考慮して決めてくれ」

「……刀至。一つだけ聞いてもいいかな?」

「なんだ?」

「刀至はこの異常事態でも余裕はある?」


 俺が今まで戦ってきたのは霊峰富士のバケモノども。たかだか二級が出てきたところで負けるわけがない。たとえ一級が出てきても余裕を持って討伐できる。

 だから答えは決まっている。


「無論だ」

「ありがとう。星宮さんもいいかな?」

「はい。私も気になることがあるので今回は協力します」

「颯斗と小夜もいい?」

「オレはいいぜ。ここで帰ったら不完全燃焼だからな」

「……わたしも! ここで帰ったらダメな気が……します!」


 天音さんが心を奮い立たせるように言った。おそらく自分でもわかっているのだろう。


「よし。ならこれから俺を加えた六人で大森林パークの異常調査を行う。目的は異常の原因究明だ。いいか? これは任務だ。学生の訓練じゃねぇのを肝に銘じろ」


 天宮監督官の言葉に全員で頷いた。


「基本的な戦闘はそこの三人。神城智琉とえーっと」


 天宮監督官は智琉と颯斗と天音さんを指差した。

 監督官には生徒の情報は渡っているはずだが天宮監督官は見ていないらしい。

 

「東條颯斗です」

「あ、天音小夜です」

「そう。その三人で基本的な戦闘は行え。そして俺と星宮二人はそのサポートだ。行くぞ」


 俺たちは天宮監督官を加えた六人で大森林パークを進む。

 

 星宮さんの話では天隼、もとい暗殺鳥は警戒されている場合は絶対に攻撃してこないらしい。念のため天宮監督官にも聞いてみたが、その認識で間違いないそうだ。

 

 一度、一瞬だけ意識を逸らしてみたら直ぐに降下してきた。だけど再び意識を向けると急停止。再び上昇し旋回を再開した。本当に油断ならない魔物だ。

 天宮監督官がクソ鳥と言うだけはある。


 そうして進む事約一時間半。前回の地点まで戻ってきた。前回よりも時間が掛かったのは皆が警戒しており、進む速度が遅かったからだ。しかし上空の暗殺鳥以外の魔物とはいまだに遭遇していない。


「確かにこれはおかしいな。前三人、気引き締めて進め」

「「「はい!」」」


 前を進む三人が凛とした顔つきで頷く。

 そのまま進むこと数分、瘴気の濃度が一気に増した。空気が重く、澱んでいるのを感じる。


「これはキツイな」


 青い顔をした颯斗が額に浮いた汗を拭う。

 瘴気は人体に有害な物質だ。魔術師は体内を巡る魔力で中和できるため、終域(エンド)内でも安全に探索ができる。

 しかし瘴気の量が体内にある魔力では中和しきれなくなると瘴気中毒を引き起こす。初期症状としては頭痛や嘔吐。症状が進めば幻覚や意識の混濁が起こり、やがて死に至る。

 非魔術師が廃墟などで気分が悪くなるのは霊的存在の仕業というよりも瘴気の仕業なのだとか。


「ごめん。智琉くん。わたしもちょっと厳しいから使うね」

「……僕もそうしてくれると助かるかな」


 天音さんが杖を取り出し魔術式を記述する。


 ――光属性支援魔術:浄光(じょうこう)


 天音さんの持つ杖がパッと光り輝く。すると範囲内にいた全員を包み込み、弾けて消えた。

 その瞬間、澱んだ空気による不快感が消える。代わりに澄んだ空気が肺を満たした。


「ありがとう小夜」

「わりぃ小夜。助かる」

「ううん。私も辛かったから」


 瘴気対策を行い、再び進み出した。


 ……ん?

 

 そのわずか数秒後、俺は魔物の気配を感知した。天宮監督官に視線を向けると彼も気付いているようだ。しかし口に人差し指を当てて黙っているようにジェスチャーで伝えてきた。


 ……なるほど。任務と言いつつも実地任務ってことか。


 天宮監督官にとってはこの終域(エンド)は異常ではあるが脅威というほどではない。そんなところだろうか。

 だから今だに前衛を三人に任せている。流石に一級魔術師が脅威と感じたら前に出るだろう。

 

 こうしている今も魔物の数は増え続けている。しかし魔物たちは遠巻きにこちらを伺うだけで動こうとはしない。それだけで魔物の狙いはわかる。周りを包囲し、物量で一気に攻めてくる魂胆だろう。

 どうやらそこそこの知能を持つ魔物らしい。


「囲まれていますね」


 星宮さんも気付いたのか小声で呟いた。そこで感じたのがやはり違和感だ。


 ……やっぱおかしいよな。


 あの暗殺鳥を見つけた感知能力があれば囲まれる前にわかるはずだ。それこそ俺より早く見つけられなければおかしい。それなのに今はあれほどの感知能力はない。


 ……条件付きの魔術か?


 そんな魔術があるのかは知らないが、俺の少ない魔術知識ではこれぐらいの想像しかできない。

 できないが、何か条件があることは間違いないのだろう。


「気付いたか。あとは前の三人がいつ気付くかだが、星宮真白。お前は彼らが遅れたらカバーしてくれ。星宮刀至は待機。お前は過剰戦力だ」

「了解しました」

「はい」


 星宮さんに続いて俺も頷く。

 そうして進む事わずか一分後、魔物たちに動きがあった。一定の距離を保っていた魔物たちが一斉に移動を開始する。ジリジリと円を狭めるように包囲を縮めてきた。

 それに一番初めに気付いたのは智琉だ。ほぼ同時に颯斗と天音さんも気付いた。


「魔物だ! 来るぞ!」

「オウ!」

「うん!」


 現れたのは狼型の魔物だった。真っ黒な狼だ。ただの黒ではない。

 一切の光沢のないまるで影が浮き出てきたかのような黒だ。そいつらは赤い眼を血走らせ地面の落ちている()から飛び出してきた。


影狼(かげろう)か。天隼といいランクが高いな」


 天宮監督官が冷静に呟く。やつらを脅威と感じている様子はない。俺もそれには同感だ。決して強い魔物ではない。ただ影から出てくるのは少しめんどくさいと思う程度だ。

 

「ちなみにこいつらのランクはいくつなんですか?」

「単体だと四級だ。しかしこいつらは群体だからな。数が増えるとランクが増す。この数だと三級と言ったところか」


 影狼は今もなお包囲を狭めている。すると俺たちの背後にある影からも飛び出してきた。


「星宮真白。任せた」


 天宮監督官はそちらを見もせずに告げる。

 それに星宮さんが頷いた。直ぐに純白の剣を出現させて前の三人に聞こえるように叫ぶ。


「影狼です! 影に注意してください! 私は後ろを迎撃します!」


 星宮さんが反転し、影狼たちと対峙する。一斉に飛び出してきたのは五頭の影狼。牙を剥き、今まさに星宮さんを食い千切ろうとしていた。

 

白雷(ハクライ)よ!」


 純白の剣を天高く掲げて叫ぶ。呼びかけに応じ、剣から白い雷が迸る。光り輝く剣が地面の影を消し、影狼たちが浮かび上がった。

 星宮さんがすかさず流麗な動作で剣を横薙ぎに振るう。


 次の瞬間、轟音が鳴り響いた。その刀身から純白の雷が放射され、視界を雷光が埋め尽くす。

 影狼たちは咄嗟に避けようとした。だが当然の如く、雷の方が速い。影狼の群れは瞬く間に飲み込まれ、消滅した。


「さすが星宮の後継。やるな」

「ありがとうございます」


 一撃で後ろを包囲していた影狼は殲滅された。

 星宮さんは剣を消すと視線だけを天宮監督官に向ける。


「オレたちも負けてらんねぇな!」

「だね! 小夜! サポートを頼む!」

「うん! 任せて!」


 前の三人も星宮さんに刺激されたのか声を上げる。

 颯斗の腕を蒼炎が包み込み、智琉は相棒の二丁拳銃を握った。天音さんは杖と魔導書を取り出している。


 目の前にあった木の影から三頭の影狼が飛び出してきた。


「オラァ!」

 

 中央にいた影狼を颯斗が殴り飛ばす。同じタイミングで智琉の二丁拳銃から放たれた銃弾が左右の影狼に直撃した。

 颯斗に殴られた影狼は蒼炎に包まれ消滅。他二体は眉間を貫かれて消滅した。

 だがそれで終わりではない。

 木々の影から無数の赤い眼が智琉たちを覗いている。


 天音さんが右手の杖で魔術式を記述し、左手を魔導書に翳す。


「みんな! 一瞬だけ目に魔術をかけるね!」


 そうして同時に二つの魔術を行使した。


 ――光属性攻撃魔術:閃光(フラッシュ)

 ――無属性強化魔術:無盲(むもう)


 次の瞬間、目に魔術が掛けられたのがわかった。

 触れて確認するが違和感はない。見えている景色にも異常はなく、通常どおりだ。

 

 同時に魔導書から光る球が五つ出現。周囲に展開し、弾けた。眩い閃光が空間を満たす。

 普通は目も開けられないほどの光量だ。しかし目に掛けられた魔術が光を無効化している。

 瞬く間に影が消え、影狼が現れた。星宮さんの時と同じ現象だ。


「なるほど。隠れられる影がないと出てくるのか」

「だから影狼に閃光(フラッシュ)の魔術は定石だな。よく勉強している。無盲と合わせるのも悪くない」


 現れた影狼は約五十体。無防備になった奴らは危険を察知し、すぐに影に戻ろうした。しかしもう手遅れだ。

 智琉と颯斗は天音さんの魔術と同時に動いている。


「左右は任せて」

「なら俺はど真ん中行くぜ」


 智琉の二丁拳銃に魔術式が浮かび光が収束していく。片や颯斗は魔術式を新たに記述した拳を振りかぶった。


 ――光属性攻撃魔術:王光(ギガン・レイ)

 ――炎属性攻撃魔術:炎界破(えんかいは)


 智琉の二丁拳銃から極太のレーザーが放たれる。

 それと同時に颯斗の拳の先に小さな火の玉が生まれた。颯斗は拳を振りかぶり、生まれた火の玉を撃ち抜く。すると炎の津波が出現した。

 光と炎が影狼を呑み込み、蹂躙する。二つの魔術が消えた後、そこには何も残っていなかった。木々でさえも消失している。

 

 凄まじい威力だ。対多数相手の魔術なのだろう。効果範囲も広い。


「星宮刀至。周囲に魔物は?」

「俺が感知できる範囲にはいません」

「俺も同意見だ。ひとまずは戦闘終了だな」


 その時、俺は一つの異変に気付いた。焼き尽くされた地面が蠢いている。


……なんだ?


 念のため、刀に手をかけ観察を続ける。

 すると焼かれた地面の下から木々が早送りのように成長し、みるみるうちに元通りとなった。


「あれは?」

終域(エンド)には環境を復元する力がある場合があります。この終域(エンド)にも復元機能があるんでしょう」


 俺の言葉を拾った星宮さんが解説してくれた。


 ……なるほど。富士であれほど環境破壊したのに翌日には元通りだったのはそういうことか。


 師匠との死闘では当然周囲も壊滅的な被害を受けることになる。しかしその翌日には環境が元通りになっていた。

 師匠が何かしらの魔術を使って復元しているのかと思っていたが終域(エンド)の能力だったらしい。


「そうなんですね。ありがとうございます」


 お礼言うと「いえ」とだけ言い、星宮さんは先へ歩き出した。


 ……なんか協力的になってる? いや気のせいか?


 この一ヶ月、星宮さんには避けられ続けていた。だから少しだけ進歩のような気がする。

 しかし前も最低限の受け答えはしてくれていたのであまり自信はない。でもわざわざ言葉を拾って返答してくれたことは初めてな気もする。


「おい星宮刀至。置いてくぞ」


 そんなことを考えていたら一人だけ遅れていた。

 

「すみません。いま行きます」


 そうして俺たちは進行を再開した。



 

 その後も何度か影狼の襲撃を受けたが、怪我一つなく討伐している。ちなみに他の魔物にはまだ遭遇していない。いまだはるか上空には暗殺鳥が旋回してはいるが。

 ともあれ何度か討伐を繰り返していたら智琉たちも慣れてきたのか、星宮さんの手を借りないで対処できるようになった。

 そうして足を進めること約一時間、またもや瘴気濃度が増した。それも微々たる量ではない。いきなり跳ね上がった。


「くぅ」


 天音さんが額に汗を浮かべている。心なしか智琉と颯斗も顔色が悪い。


「天音さん。俺にかけている魔術は解いていいから自分に回してくれ」


 もともと富士の瘴気濃度でも問題ないのだ。この程度の瘴気ならば空気が悪いと感じる程度で行動に支障はない。

 普通はチーム全員に掛けるものなのかと思い、黙っていたが異常事態の上、天音さんに支障が出るのなら話は別だ。

 

「でも……」

「大丈夫だ。俺は魔力量だけなら腐るほどあるからな」

「わかりました。すみません」


 天音さんは申し訳なさそうに俺にかけた魔術を解除した。しかしやはり俺にとっては空気が悪くなったぐらいにしか感じない。


「私も大丈夫です。自分でやります」

「なら俺のも解いてくれていい」


 星宮さんに続き、天宮監督官もそう申し出た。星宮さんの方は魔術を使ったが天宮監督官は俺と同じようにそのままだ。一級魔術師ともなれば相応に魔力量も多いのだろう。


「わかりました」


 星宮さんの魔術が発動したのを確認すると天音さんは魔術を解除した。


「智琉くん、颯斗くん。二人の魔術を掛け直すね」

「わりぃな」

「ありがとう小夜」


 天音さんが新たに魔術式を記述した。すると三人の顔色が目に見えて変わった。これで行動に支障はなさそうだ。


「それにしても魔術を使わなくて平気なんですか?」

「ん? このくらいなら平気ですね。心配いりません」

「そうですか? 見たところあまり魔力量は多くなさそうですけど……」

「少し抑えているんです」


 そう言ってほんの少しだけ、蛇口から水滴を一粒落とすような感覚で抑えを緩める。

 すると星宮さんが目を見開いた。


「驚きました。これほど違和感なく抑え込めるなんて……」

「お前本当に何者だよ。俺でも気付かなかったぞ」


 天宮監督官に訝しみような視線を向けられた。

 

「まあ修行の成果ですね」

「だからどんな修羅場を……。まあいいか……。さて。この瘴気濃度ならおそらく原因はこの先だ。気を抜くなよ」


 天宮監督官の言葉に全員で気を引き締める。

 そうして進むこと数分。変わり映えのない風景の中を進んでいると急に森が開けた。

 そこにあったのは鉄の棒。変形したジェットコースターのレールだ。歪み、折れ曲がり、円形に。鳥の巣のようになっている。

 その中心にそいつはいた。


「っ!」


 天宮監督官の息を呑む音が聞こえた。

 一級魔術師である彼でさえも冷や汗を流し、狼狽えている。

 俺は見たことのない魔物だった。だがこいつの存在は知っている。それ以前にこのシルエットは非魔術師ですらも知っている空想上の生物だ。

 

 漆黒の体躯に黒曜石のような鱗。背からは巨大な翼が生えており、長い尻尾はしなやかながらも強靭。

 首は長くとてつもなく太い。頭からは巨大な角が後ろ向きに二本。瞳孔は縦に切り開かれており、とてつもない気配を纏っている。

 その魔物の名前は龍。最強種と名高い正真正銘のバケモノだ。


 


 魔物の中には最強種と呼ばれる存在がいる。それは全部で三種類。まず一種類目が巨人種。

 山と見紛うほどの巨躯を持ち、拳の一振りが災害を引き起こす。加えて大規模魔術を使用する個体も確認されている。暴れたら止める手立てはない。文字通り、厄災と化す。

 

 二種類目、鬼人種。

 一説には巨人種の亜種だと言う者もいる。

 しかしどの個体も巨人種のように巨大な体躯を持たない。せいぜいが人類と同程度だ。

 しかしながら巨人種に匹敵する圧倒的な肉体強度、身体能力を持つ。

 見た目はほとんど人と変わらない。一点だけ違いがあるとすれば、鬼人と呼ばれる所以となった額の角だろう。

 個体差はあるが一本から三本の角が生えている。一般的に角が多いほど強い。

 鬼人種の特徴は魔力を持っていないという点だろう。当然、魔術は使えないが決して弱いというわけではない。

 なぜなら魔力を代償に巨人種を凌駕する膂力を得ているからだ。

 小さな身体から放たれる拳は山を砕くと言う。


 そして最後、龍種。

 並の攻撃では鱗に傷一つすら付けられず、龍ノ息吹(ドラゴンブレス)は最上級魔術を遥かに凌駕する。山をも超える体躯を持つ個体や小さいながらに強力な個体も確認されている。しかし一番厄介なのはそこではなくずば抜けた知能だ。

 魔物であるにも関わらず幾千もの魔術を操り、人語を解する個体もいるのだとか。

 

 そのどれもが最強であるが故に特級に指定された終域(エンド)にしか存在しない。正確には最強種が一体でも確認されたのならば、その終域(エンド)は特級に指定される。


 目の前にいる魔物は、このような低級の終域(エンド)にいていい存在ではない。


「おいお前ら、俺が囮になる。いま直ぐ逃げ――」


 天宮監督官の言葉が途中で止まった。

 龍がおもむろに首を上げこちらを見る。その瞳の奥には確かな知性の輝きがあった。

 しかし俺は今、どうしようもない違和感に襲われている。


 ……こんなものか?


 圧がない。

 霊峰富士の深部。あそこにいる魔物たちはその全てが独特の圧を持っている。

 全身が凍りつき、喉元に刃を突きつけられているような死の気配だ。それが目の前の最強種からは感じ取れない。

 

 師匠から聞いた話だと平安時代、京都に出現した最強種、鬼人「百鬼夜行」は文字どおり都を壊滅させたと言う。その凄まじさはあの師匠が警戒するほどだ。

 それだけで最強種という存在がどれほど埒外のバケモノなのかが窺える。

 

 それに比べて目の前のこいつはどうだ。

 確かに強力な魔物だ。それは間違いない。シミュレーションで戦った亜竜種よりも強そうな気がする。

 しかしそれだけなのだ。形は最強種なのにも関わらず、全くもって脅威を感じない。


 だから俺は前に出た。


「おい! 戻れ!」


 天宮監督官が言うが、あえて無視した。罰なら後でいくらでも受ける。

 俺は愛刀の一振りを抜いた。


「大丈夫なのですか?」


 星宮さんが震える声で聞いてきたが、俺はそれを行動で示す。

 龍が上体を起こし、大きな翼を広げた。


「バカか?」


 そんな狙ってくださいみたいな体勢を取ってくれるとは。俺は無造作に一刀を振るった。

 龍は回避行動をとる。だが――。


「――遅い」


 龍の右翼と腕が吹き飛んだ。


 ……やっぱりな


 本物であれば何の変哲もない刀など避けるに値しないはずだ。噂に聞く龍鱗がこんなに柔らかいわけが無いのだから。

 故に回避行動を取った瞬間、自分が偽物であると認めたようなものだ。

 

「龍がこんなに弱いわけがない。これは偽物だ」


 龍が怒りの咆哮を上げ、口元に炎がチラつく。

 龍ノ息吹(ドラゴンブレス)。それは龍を最強たらしめる一撃。

 いくら偽物とは言え曲がりなりにも龍ノ息吹(ドラゴンブレス)だ。放たれると少々厄介。だから俺は首を落とすことにした。

 難しいことは何もない。間合いの外から刀を一振り。それだけで龍の首が落ちた。

 口からチラついた炎が消える。しかし龍は倒れず、首のない状態で立っていた。

 落ちた首がドロリと黒い液体へと変化する。気付けば切断したはずの翼と腕も消えている。

 その液体が身体へと移動し、吸収された。そして切り落とした部位が再生されていく。


 ……厄介だな。

 

 再生する魔物。刀しか使えない俺とは相性がわるい。倒せないわけではないが時間が掛かる。

 それにこの実地任務での俺の役割はあくまでサポートだ。この偽竜ともいうべき魔物を倒してしまったらパーティメンバーの糧にならない。


 だから俺は刀を鞘に収めた。無防備にも偽竜に背を向け、三人を見る。


「智琉、颯斗、天音さん。倒せるか?」


 俺の言葉に三人が息を飲んだ。その時、再生が完了したのか、甲高い声をあげて突っ込んでくる。


「うるさい」


 俺は振り向きざまに蹴り飛ばした。偽竜はそのまま木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく。

 俺の行動で彼方へと吹き飛んでいった龍は「絶対に倒せない最強種」から「最強種を模倣した魔物」に格下げされた。

 だから心に余裕が出来たはずだ。


「むちゃくちゃだな」

「だね」


 颯斗が呆れたように呟き、智琉が同調する。天音さんもこくこくと頷いていた。


「まるで人をバケモノみたいに……」

「いや心強いよ。颯斗、小夜。僕たちで倒そう」

「ああ。いっちょやってやるか!」


 三人は決意を固め、頷いた。

 気の持ちようは大切だ。絶望の中でもそこに一条の希望があればまだ戦える。

 実力差的にはまだまだ龍、もとい偽竜のが格上。

 しかし俺がそうだったように、人間は死闘を経て成長する。

 

「天宮監督官もそれでいいですか?」

「……俺としたことが、見た目に騙されるとはな。それでいい。俺はサポートに回る」


 天宮監督官が煙草を取り出し、火を付ける。

 こんな時に煙草かと思ったが、直ぐに気付いた。これはこんなとき()()()()()の煙草だ。煙の量が異常に多い。それに魔力の気配がする。

 こんな魔術があるのかと感心した。


 ……さすが一級


 一筋縄ではいかないようだ。

 

「星宮さんは周りの露払いをお願いしてもいいですか?」


 言った瞬間、地面に落ちた影に無数の赤い点が浮かび上がった。影狼だ。先ほどより遥かに数が多い。

 しかし星宮さんは物怖じせずに頷く。


「任せてください」

「俺は周囲の警戒をします。……なんだか嫌な予感がする」


 俺は自分の勘を信じている。実際にそれで何度も命拾いをした。嫌な予感というものはほぼほぼ当たるのだ。師匠によればそれも半神の影響らしい。

 ともあれ俺も愛刀を抜く。今度は二振りとも。


 まず初めに動いたのは星宮さんだ。剣を天高く掲げて切先で円を描くように回した。


 ――雷属性攻撃魔法:雷球


 魔術式が出現し、帯電。瞬く間に雷の球体が姿を現した。それが五つ。


「ほう」


 天宮監督官が思わずと言ったように声を漏らす。


「今のは?」

「簡易魔術だ。それにしてもワンアクションで五つの魔術とはさすが星宮家と言ったところだな」

「簡易魔術……ですか?」

「ん? 簡単だよ。こうやって」


 天宮監督官が近くにいた影狼に向けてパチンと指を鳴らした。すると一瞬にして魔術式が現れる。

 魔力を使って記述すると紙にペンで文字を書くように魔術式が出来上がるが、簡易魔術は瞬時に魔術式が現れる仕組みらしい。

 

 そして魔術が発動し、魔術式から火花が散った。空間に漂っていた煙草の煙を導線にして影狼が燃え上がる。


「自分の行動をトリガーとして魔術を発動する高等技術だ。普通はワンアクションで一個の魔術が基本なんだが、今の星宮真白は円を描くと言う動作を五分割してるんだろうな」

「なるほど。円を五つに分けて考えてるってことですか?」


 要するに円を半分に分割すると半円を描くと言う動作が二回行われる。その一回一回に簡易魔術を登録しているということだろう。星宮さんはそれを五分割している。

 

「理解が早いな。その通りだ」


 星宮さんは剣を指揮棒のように振るい、雷球を頭上に展開させた。そして自分自身を中心に雷球が円を描くように等間隔で配置される。すると雷球が高速で回転し始めた。

 雷球は次第に速度を上げていき残像で円が描かれる。


「落ちろ」


 星宮さんの言葉に従い、高速回転する雷球から雷が落ちた。それはまるで雷の檻だ。

 凄まじい閃光を伴う雷で影が消え、影狼が実体化していく。実体化した影狼の末路は消滅だけだ。

 わずか数秒後、雷に焼かれすべての影狼が消滅した。

 まだ遠くの方で気配があるが遠巻きに眺めるのみ。放置しても問題ないだろう。


「すごいな」

「本来星宮家は戦闘が苦手なんだけどな。こりゃ修司さんの代で変わったな」


 天宮監督官がそんなことを呟く。

 ともあれ前座は終わりだ。俺が吹き飛ばした方向から偽竜が飛んでくる。

 

「行くぞ……!」


 颯斗が前に出て静かに呟く。その闘気を感じ取ったのか、偽竜が甲高い鳴き声を上げた。

 

「キィイイイイイイイイイイイイイ!!!」


 智琉、颯斗、天音さんの三人が一斉に魔術式を記述した。


 ――無属性強化魔術:身体強化

 ――無属性強化魔術:身体強化

 ――無属性強化魔術:身体強化


 三人の身体から魔力の迸る気配がする。

 まだ終わらない。続けて智琉と颯斗が魔術式を記述する。


 ――光属性強化魔術:聖光纏鎧(せいこうてんがい)

 ――炎属性強化魔術:蒼炎纏鎧(そうえんてんがい)


 智琉の全身が光のオーラに包まれ、颯斗の腕が蒼炎に包まれる。

 それと共に天音さんが魔導書に手を翳した。


 ――無属性強化魔術:範囲強化


 強化魔術のオンパレードだ。

 おそらく三人にとってはかなりの魔力消費。長引かせるのは危険だと考えてのことだろう。

 その考えは合っている。ここは短期決戦で決めるべきだ。


「まずは落とす! サポートを頼む!」

 

 瞬間、颯斗が右足で地面を叩く。すると右足に魔術式が現れ、爆発が起こった。爆発で起こった推進力を使い、空にいる偽竜の元へと一気に距離を詰める。


 ……あれも簡易魔術か。便利だな


 引き絞った拳の先に魔術式が記述される。


 ――炎属性攻撃魔術:五連炎槍


 炎で出来た五つの槍が拳の先に生成された。それを颯斗が殴り飛ばす。


「落ちろォオオオオオ!!!」


 飛翔した炎の槍が、偽竜の翼を貫くべく迫る。しかし颯斗の攻撃は一直線だ。相手は紛いものとはいえ竜。空を制する者には決め手に欠ける。


「キィイイイ!!!」


 偽竜は甲高い咆哮を上げると大きく羽ばたきその場を脱した。しかしただ脱したわけではない。

 魔数の魔術式を記述しながらアクロバット飛行のような動作で空を飛翔する。

 まるでミサイルのように飛来する炎弾。


 そこへ智琉が光線(レイ)を乱射した。偽竜と智琉の魔術が衝突し、互いを削り合う。

 しかし劣勢なのは智琉だ。圧倒的に偽竜が放った炎弾の方が多い。


「全部は落とせない!」

「……小夜!!!」

「うん!」


 天音さんが魔導書に手を伸ばす。


 ――無属性結界魔術:障壁

 

 すると魔術を外し、自由落下し始めた颯斗の足元に透明な板が形成された。

 颯斗が結界を地面にして着地。真正面から炎弾を撃ち落とす。


「小夜! 智琉を守れ!」

「うん!」


 続けて天音さんが魔術式を記述。


 ――光属性防御魔術:聖盾


 自分と智琉の前方に修練場で見た盾を顕現させる。すると無駄だと悟ったのか、偽竜はアクロバット飛行をやめ、対空した。


「小夜。合図をしたらあのあたりに颯斗の足場を頼む。それまでは援護を」


 智琉が目線で場所を指定する。それに天音さんは頷いた。


「うん。わかった」

「颯斗! 準備してくれ! 追い込む!」


 二丁拳銃の銃口を偽竜へと向け、駆け出した。

 そのまま走りながら引き金を引き続ける。放たれる無数の光線(レイ)

 偽竜も先程と同様炎弾を放ち、迎撃を行う。


 智琉の放つ光線(レイ)よりも偽竜が放つ炎弾の方が数が多い。しかし撃ち漏らした炎弾は小夜が作り出した障壁が次々防いでいく。


 ……すごいな。これほど正確に障壁を作り出せるのか。


 天音さんの実力に舌を巻く。

 どれか一つでも防ぎ損ねたら智琉は負傷する。だけどそんな心配はするだけ無駄だと思えるほどの精度だ。


 炸裂する白と赤。先程まで優勢だった偽竜が二人に翻弄されていく。


「いま!」


 智琉の声に応じ、天音さんが魔導書に手を伸ばした。すると颯斗の周囲に透明な結界が十個ほど出現する。


「サンキュー!」


 颯斗が光線(レイ)と炎弾を掻い潜りながら空を疾走する。そして偽竜の眼前に躍り出た。


 ……上手いな。


 偽竜の選択肢は回避か迎撃か。しかしどちらを取っても智琉か颯斗の攻撃をくらってしまう。

 そうなるように智琉が誘導した。


「ギィイイイイイイ!!!」


 偽竜が取った行動は迎撃だった。

 瞬時に展開される無数の魔術式。その全てが颯斗に向いている。しかし智琉はこうなることを読んでいた。引き金を立て続けに引く。

 放たれる無数の光線(レイ)。それは記述された魔術式を一掃した。


「落ちろぉぉぉおおお!!」


 颯斗の拳が炸裂する。

 蒼炎を撒き散らしながら放たれた拳は偽竜の顔面に直撃した。爆炎が上がり、偽竜の身体を焼き焦がしていく。

 翼を焼かれ、推進力を失った偽竜が落ちていく。


「智琉! また飛ばれたら厄介だ! 畳み掛けるぞ!」


 颯斗が地面に着地して駆け出す。身体強化の影響で高いところから落ちても問題ないらしい。


「ああ!」


 智琉が立て続けに引き金をひくと光線(レイ)が放たれた。

 偽竜は焼かれた身体を再生させようと身体を蠢かせている。しかしそこへ智琉の光線(レイ)が着弾。再生しようとした偽竜の翼を正確に撃ち抜いた。


 しかし偽竜もただやられているわけではない。

 飛ぶのを諦めたのか、翼の形状を変化させる。槍のように細く、長く、鋭く。


「小夜! 結界を! 一番強いの頼む! 颯斗! 下がれ!」


 嫌な予感がしたのか智琉が叫んだ。

 颯斗は攻撃を中断し、一気に後退する。

 

「うん!」


 天音さんが頷き、杖を振るう。記述された魔術式は先ほどよりもかなり複雑なものだった。


 ――光属性防御魔術:聖光城壁(せいこうじょうへき)


 地面から半透明に輝く黄金の壁がせり上がる。その壁は重厚且つ堅牢。その姿はまるで城壁。

 次の瞬間、智琉の予感通りに偽竜は生み出した槍を回転させた。あまりの回転量に赤熱する翼槍。

 それを左右から五本ずつ射出した。合計十本の槍がまるで巨大な弾丸のように迫る。

 直後、大地を揺らし、黄金の城壁と赤熱した翼槍が激突。舞い散る火花。響き渡る轟音。

 互いは拮抗している。しかし時が経つにつれ、翼槍が城壁を削り始めた。


「くっ」


 天音さんが辛そうにうめく。翼槍が貫通するのは時間の問題。それを察した颯斗が動いた。


「出る!」


 城壁の陰から飛び出し、翼槍を横合いから殴りつけた。颯斗の拳から血飛沫が舞う。

 だが翼槍は彼方へと吹き飛んだ。


「ごめんね! 直ぐに回復を……」

「オレはいい! 次、来るぞ!」


 颯斗が天音さんの言葉を遮る。偽竜を見れば、すでに翼は再生を終えていた。

 槍の形で。照準は颯斗に定められている。


「壁の強化を!」


 天音さんが頷いた。

 次の瞬間、翼槍が射出される。

 

 颯斗は舌打ちをしながら右足を踏み鳴らした。簡易魔術で爆発を起こし、上空へと退避する。

 しかし射出された翼槍は全てではなかった。僅かに時間差をつけて放たれた翼槍が空中の颯斗目掛けて射出される。

 天音さんは防御で手一杯。空中では回避しようがない。


「くそっ! 智琉! ずらしてくれ!」


 颯斗が足元に魔術式を記述した瞬間、智琉が弾丸を放つ。しかし、翼槍に着弾してもその軌道を変えることはできなかった。

 智琉の表情に焦りが生まれる。


「くっ!」


 もう一度銃口を翼槍に向けるが、もう遅い。


 ……マズイか?


 俺は刀に手を掛け、腰を落とす。

 このままでは一秒と掛からず、翼槍が颯斗を貫く。だが俺であれば一瞬で十分。

 だからギリギリまで様子を見る。


 すると颯斗は起動し掛けていた魔術式をさらに増やした。魔術式の増築とも言える現象を起こす。


 ……あんなこともできるのか。


 そして颯斗の魔術式が眩い輝きとともに爆発した。それはやぶれかぶれの自爆とも言える魔術行使。だがそのおかげで翼槍を回避できた。

 

「うぉぉぉおおおおおお!」


 それも回避方向は偽竜に向いている。

 颯斗は全身に火傷を負いながらも、偽竜の懐に飛び込んだ。


「シッ!!!」

 

 鋭い呼気を吐きながら蒼炎纏し全力の拳を胴体めがけて振り抜いた。

 直後、大爆発。蒼炎が偽竜を包み込んだ。


「キィイイイイイイイイ!!!」


 爆炎の中から颯斗が飛び出し、天音さんの元へ後退する。

 颯斗は酷いやけどを負っていた。

 最後の一撃も自滅覚悟で火力を伸ばしたのだろう。


「っ!? すぐ治療するね!」

 

 すぐに天音さんが魔術式を記述し、治療に入る。


 ――光属性回復魔術:聖天の癒し


 苦しそうに呻く颯斗の身体を光輝く粒子が包み込んだ。そしてみるみるうちに火傷を癒していく。


「わりぃ小夜……助かる」


 そんな中、俺は偽竜に視線を向ける。

 煙が晴れたところには黒焦げになった偽竜が倒れていた。どこからどうみても致命傷だ。


「やった……!」


 偽竜を見て智琉が小さくガッツポーズをした。だが――。


「――智琉。まだ終わってない」

「……え?」


 よく見れば偽竜の身体、その内側が蠢いていた。

 蠢き方が再生する時とは違う。まるで身体の中になにかがいるようだ。


「くるぞ」


 俺の予想は正しく、黒焦げになった偽竜の背が避けた。まるで蛹が成虫になるかのように。

 そうして姿を現したのは純白の竜。先程とは違い、身体の大きさが膨れ上がっている。およそ三倍といったところか。

 纏う圧も別格だ。この白竜に比べたらさっきの状態はまるで赤子。もはや偽物とは呼べない。

 

「……天宮監督官。こういうことはよくあるんですか?」

「いや、俺も初めて見る」


 星宮さんに視線を向けるが、彼女も首を横に振った。


 ……問題はこのまま任せていいものか、だな。


 少なく見積もっても白竜と成った竜は一級レベルだ。智琉たちの手には余る。

 

「ちなみにコイツに見覚えはありますか?」

「いやない。そもそもこんな進化の形はおかしい」

 

 一級魔術師の知識を持ってしても正体不明。

 

「さすがにこれは学生たちの手に余るな」

 

 天宮監督官が臨戦態勢に入る。

 どうやら俺と意見は同じらしい。


 偽竜であった頃なら三人でもギリギリ対処できた。現に倒すことに成功している。しかし敵はもはや偽竜ではない。圧倒的に格上だ。

 三人にとってもはや勝てるとか負けるとかの次元ではない。


 ……仕方ない。


 だが俺は一歩踏み出そうとした時、智琉の纏う雰囲気が一変した。視線を向けると顔にはまだ闘志が漲っている。


「……刀至。これを使ったらしばらく動けなくなる。だから失敗した時は頼んだよ」


 白竜を見据えながら智琉が言った。どうやらまだ隠し玉があるらしい。

 俺は刀の柄頭から手を離した。


「わかった。後のことは気にしないでいい。だから出し尽くせ」

「頼もしいね――!」


 言うと同時、智琉の気配が膨れ上がった。

 いままでとは別人の様な気配につい笑みが溢れる。

 そして智琉は厳かに呟いた。

 

「『神滅天使(しんめつてんし)』」


 瞬間、光が溢れた――。

 どこか神聖さすら感じる光があたり一面を満たしていく。


「まさか神城の血統魔術(ブラッド)が見られるとはな……」

血統魔術(ブラッド)?」


 俺の疑問には星宮さんが答えてくれた。

 

「一子相伝の魔術です。血統が代々積み重ねてきた魔術の結晶。それが血統魔術(ブラッド)と呼ばれています。神城家は超越者の遠い血縁ですから」


 星宮さんの言葉に心臓が跳ねた。

 そうだ。今まで気にしていなかったが、超越者も元は人間。子孫がいても不思議ではない。


「……だれの、ですか?」


 気付けばそう聞いていた。もしかしたら声が震えていたかもしれない。

 もし智琉が……。


「……? 【戦乙女】です」


 星宮さん俺はホッと息を吐いた。

 もし智琉が【奇術師】の子孫だったなら冷静ではいられなかっただろう。


 ……いや、関係ない。


 もしそうであっても智琉とヒューは別人。あの虐殺を行ったのはあくまでヒューだ。

 俺の復讐相手はヒュー・デル・アガルトただ一人。もしこれからヒューの子孫が現れてもその人を恨んでいいわけがない。

 そうしなければ俺はヒューと同じになってしまう。


「……どうしました?」


 星宮さんが心配そうな顔で覗き込んできた。どうやら表情に出ていたらしい。


「すみません。なんでもありません。それよりも――」


 光はすでに収まっている。

 智琉の姿はもはや別人になっていた。

 髪は腰まで伸び、ほのかに輝く金色に染まっている。着ていた制服は金の装飾が施された純白の法衣へと変質し、背中からは輝く純白の翼が生えていた。

 極め付けはその頭上。そこには奇怪な紋様をした輪、天輪が載っている。

 その姿はまさに天使そのもの。


「ですが、まだ制御はできていないようですね」


 星宮さんの言葉に智琉を見れば、額に大量の汗を浮かべていた。表情も苦しそうに歪んでいる。


「仕方ねぇさ。いくら強くてもまだ学生。使えるだけすごいよ」


 智琉が天へと舞い上がった。

 遥か上空で静止すると眼下の白竜を見下ろしながら銃を構える。

 すると翼から羽が舞い上がり、無数の魔術式へと変化した。その数、およそ百。


 ……桁違いだな。


 未完成とはいえこの数。完成したら一体どれほどになるのか。


 智琉が引き金を引いた。

 すると魔術式から夥しい数の光線(レイ)が放たれる。しかも先程の光線(レイ)とは違い、太く、早い。


「あれは王光(ギガン・レイ)ですね。それをあの数……」


 どうやらより上位の魔術らしい。星宮さんも驚いている。


 地上は不利と悟ったのか白竜が飛び上がり、飛翔した。偽竜であった時よりもはやいい速度でアクロバット飛行を繰り広げ、智琉の王光(ギガン・レイ)を避け続ける。

 しかし智琉の王光(ギガン・レイ)はとにかく数が多い。白竜でも全て避け切ることは不可能だ。

 しかしそれも折り込み済みだったらしく、白竜は魔術式を記述した。

 

「やっぱ魔術も使うか。天草監督官。あれは何級ですか?」

「少なく見積もっても一級だな。本当は学生が相手にできるもんじゃない」

 

 天草監督官は胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。

 

「お前なら勝てるか? 星宮刀至」

「無論です」

「まあそうだよな。だから援護は呼ばない。アイツらもその方がいい経験になるだろ」

「そうですね」

 

 二人揃って視線を上空に戻す。

 凄まじい数の魔術行使。智琉は先ほどよりもさらに辛そうにしていた。おそらくすでに限界は超えている。

 血統魔術(ブラッド)、神滅天使とやらを維持するだけでも相当キツいのだろう。


「くっ!」


 対する白竜は無数の王光(ギガン・レイ)を受けても結界のおかげで大したダメージを受けていない。ということは時間は白竜に味方している。

 

 智琉は無駄だと思ったのか一斉掃射をやめた。

 するとそれを待っていたかのように白竜の口元から炎が顔を覗かせた。


 ……竜ノ息吹(ドラゴンブレス)か。


 龍種が持つ最大最強の奥義、龍ノ息吹(ドラゴンブレス)

 かつて出現した龍はその龍ノ息吹(ドラゴンブレス)で一国を滅ぼしたなんて伝承があるぐらい強力な技だ。

 

 さすがの俺も腰から二刀を引き抜いた。

 いくら劣化版の竜ノ息吹(ドラゴンブレス)だとはいえ、範囲がわからない。

 よって警戒を引き上げる。


 しかし竜ノ息吹(ドラゴンブレス)が放たれる前に智琉が右手を前に翳した。

 頭上の天輪が移動し、変形する。


神滅(シンメツ)(ツルギ)


 姿を現したのは光輝く西洋剣。

 智琉は剣を握ると、翼を羽ばたかせ、白竜へと飛翔した。


 ……速い!


 目で追えたのは俺と天宮監督官だけだろう。それほどに智琉は速かった

 白竜も応戦すべく、大口を開ける。そこには赫々(かくかく)と燃え盛る炎があった。

 しかし智琉の方が早い。


「はぁぁぁあああああ!!!」


 振るった剣が炎ごと白竜を両断した。

 バリンと結界が砕ける音が鳴り響き、白竜が中心からズレる。直後、竜ノ息吹(ドラゴンブレス)が暴発。大爆発を引き起こした。

 白竜が地面に向けて落下していく。だがすぐに羽ばたいた。

 

「くっ! ダメか!」


 白竜は即座に身を翻す。一瞬で再生を終えていた。再生能力が桁違いだ。

 

「颯斗! どうにかして十秒だけ時間を作れるか!?」

「任せろ!!! 刀至!!! 俺も全力で行く! 最悪の場合は任せたぞ!」


 智琉と颯斗が残った魔力を練り上げていく。

 周囲に濃密な魔力が溢れ出し、それぞれ光と火花を散らした。

 先に完成したのは颯斗の魔術だ。

 

 ――炎属性強化魔術:爆炎心闘(ばくえんしんとう)

 

 フッと、颯斗の腕を包んでいた蒼炎が消えた。


 それと同時に天音さんも魔術式を記述する。

 天音さんの魔力は尽きかけていた。しかしどう転がろうとこれが最後だ。

 彼女もそれをわかっている。だからありったけの魔力を使い、魔術を行使した。


 ――光属性領域魔術:聖天(せいてん)


 天から光が降り注いだ。

 身体の芯が熱くなり、力が漲ってくる。


 それと共に天音さんが魔導書に手を伸ばす。僅かに残った魔力を全て使い、空中に白龍へと繋がる道を作り出した。

 その上を颯斗が一直線に駆ける。


 智琉ほどではなかったが、颯斗も早かった。

 一瞬で白竜の元へ辿り着くほどに。


「ありったけだ!!! 食いやがれ!!!!!」


 拳を引き絞り、拳を繰り出す。

 白竜も自身の危機を感じ取ったのか、魔術式を記述し、結界を作り出した。

 颯斗の拳と白竜の結界が衝突する。

 その瞬間、爆炎が炸裂した。白竜の結界に亀裂が入る。


「まだまだぁぁぁあああああ!!!」


 一撃で終わりではなかった。颯斗は何度も拳を突き出す。

 一発一発と炸裂する爆炎。

 さすがの結界も耐えきれずに砕け散った。


「これで最後だ!!!」


 足元の結界を大きく踏みつけ、颯斗が両拳を突き出した。

 もう白竜に防ぐ手段はない。拳が白竜に直撃し、この日一番の大爆発を発生させた。


 煙が尾を引き、白竜が落下する。

 だが再生能力は現在。黒焦げになった身体が瞬時に純白へと戻った。


「く……そ……」


 天音さんの結界が砕け、魔力を使い果たした颯斗が落下していく。

 だが時間は稼げた。


「ありがとう」


 その言葉は呟かれたものだったが、やけに大きく響いた。


「やれ!!! 智琉!!!」


 落下しながらも颯斗が吼える。

 智琉の魔力は臨界まで高まっていた。触れれば弾けてしまいそうなほどに張り詰めている。

 そして智琉は大きく羽ばたいた。

 羽が雪の様に舞い散り、その全てが魔術式に変わる。現れたのは巨大な魔術式――。

 

――終滅(ツイメツ)!!!」


 その光景は神秘的だった。

 空から光り輝く柱が落ちてくる。それは白竜を一瞬で呑み込んだ。もはや姿も見えない。

 一瞬の後、光が晴れると白竜は跡形も残さずに消えていた。


「よっと……」

「わりい……刀至……」

「いや。よくやったよ」


 俺は落下してきた颯斗をキャッチし、天音さんの元に降り立つ。颯斗は下ろしたところで地面に座り込んだ。相当無理をしていたらしい。

 するとそこで上空から智琉も戻ってきた。


「おつかれ。智琉」

「ありがと。……でもごめん。もう……限界……」


 智琉の身体から光が弾けると、いつも通りの姿に戻った。崩れ落ちるようにして地面に座り込む。

 見れば天音さんも全てを出し尽くしたせいでへたり込んでいた。


「三人ともお疲れ。すごかったよ」


 そうは言ったが、答えるのもしんどいのか三人は頷くだけだった。

 するとそこへ天宮監督官と星宮さんも近づいてくる。


「まさかアレを倒すなんてな。よくやった。すごかったぞ三人とも。とはいえ、星宮刀至。気付いてるか?」

「はい。どうやらアレが核じゃなかったみたいですね」


 てっきり白竜が核となったせいで終域(エンド)に異変を起こしていたのだと思っていた。だが終域(エンド)が消えない。

 ということは核が別にあるということだ。


 そんな俺たちの会話を聞いてまだ終わっていないと気付いた三人が立ちあがろうとした。

 だけど上手くいっていない。


「まあこれ以上の調査は無理だな。三人が立てるようになったら一度帰還する」

「それがいいと……ん?」


 言いかけたところで上空に動きがあった。

 暗殺鳥が去っていく。それも慌てた様子で、かなりの速度を出して。

 周囲でこちらを伺っていた影狼も一様に去っていく。


「どうした? 星宮刀至?」

 

 唐突にバカみたいに大きな気配が現れた。

 場所は上空。そいつはしばらく上空に滞空した後、凄まじい速度で急降下してきた。

 その速度は暗殺鳥の比ではない。


「どうやら敵は待ってくれなさそうです」


 音もなく地面に降り立ったのは人型の魔物だった。

 全身が黒く、血の様に赤い線が何本も走った魔物だ。目もなく耳もなく、影が形になった様な姿で背には巨大な翼が生えている。

 

 その姿を見て俺は警戒心を引き上げた。


 ……マズイな。

 

 人型はマズイ。

 俺も霊峰富士で幾度か戦ったことがある。だけどそのどれもが死闘だった。

 奴らは人を殺すために洗練されている。


 最強種に人型が二種いることから分かるように、魔物は進化を繰り返すと主に二つの系統に分かれていく。


 龍型か、人型か。

 なぜかはわからない。だが師匠曰く、より多く殺せるカタチらしい。

 つまり人型というのは殺意が凝縮した存在ということになる。


「……白帝」


 俺は白帝の名を呟き、銀光とともに顕現させた。

 学園で使うなとは言われているが、さすがにこれは例外だろう。


 ……やっぱりよく手に馴染むな。


 欲を言えば虚皇も使いたい。だけどここは敢えて使わない。この一件、何やら人為的なものを感じる。

 周囲に気配はないが、誰が見ているとも限らない。出来るだけ手札を晒したくはなかった。


「星宮さん、天宮監督官。みんなを頼みます」

 

 そんな俺の姿を見た星宮さんも警戒心を上げていた。油断なく剣を構えている。


「星宮刀至。いけるか?」

「はい。一体であれば問題ありません。でも二体以上なら三人を守れる保証はなくなります」

「わかった。俺と星宮真白は二体目に備える。頼んだぞ」


 天宮監督官はそう言って煙草を咥えた。そして大量の煙を吐き出していく。

 星宮さんも真剣な顔つきで剣を構えている。


 俺は人型に目を向ける。白竜、ましてや偽竜とは比べ物にならないほど強い。

 おそらく霊峰富士の魔物にも匹敵する。少なくとも樹海にいる魔物よりは上だ。

 

 この間、人型は動かなかった。

 じっと俺のことを見つめている。目はないが見られているのがなんとなくわかった。


「……」

「……」


 睨み合うこと数秒。先に動いたのは人型だった。

 口に当たる部分が上下に裂けていく。そして醜悪且つ粘ついた笑みを浮かべた。


 俺は抑え込んでいた魔力の蛇口を緩める。


「――ッ!? これほど……ですか!」

「おいおい冗談だろ……。これじゃあ特級レベルじゃねぇか……」


 後ろで星宮さんと天宮監督官が声を漏らした。


 ……まあ魔力だけは正真正銘、神の力だからな。宝の持ち腐れだけど。


 天宮監督官が特級と称したのは妥当だ。魔力だけであれば俺は特級をも凌駕する。

 するとそんな俺の内心に文句でもあるのか、手の中で白帝が震えたような気がした。


 ……ああ。そうだな。


 苦笑する。たしかに今は、宝の持ち腐れではない。

 俺は溢れ出した魔力を全て白帝に注ぎ込む。すると刀身を銀光が包み込んだ。

 魔術式であれば容易に崩壊している魔力量。しかし白帝の底は見えない。

 それよりも、もっと寄越せとばかりに魔力を喰らっていく。


 その瞬間、人型の姿が消えた。周りが見たらそう思えるような速さ。だけど俺にはしっかりと見えている。


 人型は俺の顔面目掛けて手刀を繰り出してきた。初手から急所狙い。殺す気満々だ。

 だが俺はそれ以上の速度で白帝を振るう。


「……」


 人型の表皮に結界が形成されるのが見えた。だがそれすらも白帝にとっては無いようなものだ。

 まるで空気を斬るように人型の腕を細切れに斬り飛ばした。

 つい口角が上がる。凄まじい斬れ味だ。

 斬ったのに斬った感覚がほとんどなかった。

 いつも使っている愛刀とは比べものにならない。


「……」


 人型の笑みが消えた。

 一気に後退し、大きく距離を取る。だが俺は追うようなことはしなかった。

 人型が消えた手を不思議そうに見下ろす。すると瞬く間に再生した。


 ……まあそうだよな。


 白竜が再生して、人型が再生しないわけがない。この程度、予想はしていた。


 ……少し面倒だな。


 虚皇を使えばすぐ終わる。

 あちらは再生能力持ちと相性がいい。だが、能力が特殊だ。そのため、やはり見せたくない。


 ……時間は惜しいが仕方ない。それに前言撤回だな。


 先程は二体以上出てきたらみんなを守れないと言った。しかし白帝があればそんなのは関係ない。

 おそらく十体程度であればみんなを守りながら戦える。

 それほど今の俺には余裕があった。


「……今度は俺から行かせてもらおうか」


 一歩で距離を詰め、一瞬の内に白帝を数度振るう。

 人型は再生した右腕で防御を行った。だがそれは先ほどの繰り返しでしかない。

 人型の右腕は細切れになり、吹き飛んだ。

 人型は即座に再生を行う。だがその時には既に左腕を斬り刻んでいる。

 そして再び再生を終えた右腕を斬り飛ばす。人型の再生より、俺の斬撃の方が速い。


 ……人型がこの程度か。


 俺自身、以前人型と戦った時よりも強くなっている。前に戦ったのは半年前だ。

 それに加えて白帝を得たことによる相乗効果が凄まじい。

 まさか刀一つでここまで変わるとは思っていなかった。


 ……師匠には感謝だな。


 無理矢理にでも持たせてくれたことを感謝する。

 そんなことを思いながら、両腕を失くした人型に一歩大きく踏み込んだ。


 ……一応試すか。


 一度白帝を鞘に納刀する。そして間髪入れずに神速の居合を放つ。

 狙うは首。返す刀で心臓。そのまま切り上げ脳。一瞬で人間の急所を破壊する。


 ……さて。


 白帝を鞘に納め、一呼吸。すると人型の傷口が蠢いた。再生だ。


 ……これもダメか。なら……。


 急所を斬っても再生するのであれば、再生が追いつかないほど斬り続ければいい。要はゴリ押しだ。

 単純な力量差がそれを可能にする。


「すぅ――」


 大きく息を吐き出し、抜刀。そのままひたすらに斬る。とにかく斬って斬って斬りまくる。

 腕や足を再生しようものなら瞬時に斬り、魔術式が浮かびあがろうものならそれすらも斬る。

 するとわずか数秒後、人型の再生が止まった。それを皮切りに、身体が崩壊していく。


「終わりか……」


 白帝を振り払い、鞘に収める。

 人型は塵になって消えていた。


 ……ん?


 二体目を警戒しようとしたところで、瘴気が揺らいだのを感じ取った。周囲の景色が歪んでいく。

 するとその時、手首を掴まれた。

 

「動かないでください。これは終域(エンド)の崩壊です。下手に動くとバラバラになります」

「これが……」


 どうやら今倒した人型がこの大森林パークの核だったらしい。

 景色の歪みが直るとそこは森の中だった。

 周囲には誰も居ない。しかし感知を広げるとそれほど遠くない場所に四人の気配があった。

 星宮さんは少し遠くにいた俺とはぐれないようにわざわざ来てくれたらしい。


「ありがとうございます」

「いえ……」

「みんなはあっちですね。行きましょうか?」

「……」


 みんながいる方向を指差し、歩を進めようとする。

 だけど星宮さんは動かない。俺の手首を掴んだまま真剣な眼差しを向けてくる。

 その瞳にはどこか縋るような色があった。

 やがて意を決したように星宮さんは口を開く。


「……()()刀至くん。貴方は……何者ですか?」

「……」


 今度は俺が黙る番だった。

 星宮さんは俺を敢えて()()と呼んだ。そしておそらく、この二人きりの状況も意図したものだろう。終域(エンド)の崩壊が()()()()()になるとわかっていれば二人きりになることは容易い。

 

 おそらくここが分岐点。俺の返答次第で星宮さんとの関係が決まる。そう確信していた。


 ……なら答えるべき……か。


 星宮さんに限っていえば、別に隠す必要はない。

 なにせ俺の不正を師匠と結託して行ったのは星宮家の当主である修司さんだ。言うならば加担した側の人間。

 そういう点では信用できる。


 ……だけど。


 俺は開きかけた口を(つぐ)んだ。

 俺が歩む道は復讐の道。決して褒められた道ではない。だからか、打ち明けるのには抵抗感がある。


「……ごめんなさい。不躾(ぶしつけ)でしたね……」


 すると俺の沈黙をどう受け取ったのか、星宮さんはそう口にした。表情は悲痛に歪んでいる。


 ……ッ。

 

 胸が痛んだ。

 

 ――この子にそんな顔をさせるな。


 俺の中のなにかが強く訴えかけている。

 黄金の中で啜り泣く少女が脳裏を過った。


 ……キミは……誰なんだ。


 わからない。

 わからないが、これだけはダメだ。

 そう()()確信していた。


「わかりました」


 気付けばそう口にしていた。


「……え?」


 まさか頷かれるとは思っていなかったのか、星宮さんは大きく目を見開いている。


「俺のこと、全て話します。長くなると思うので今夜時間をとってもらえますか?」

「……はい。ごめんなさい」

「謝らないでください。……さて。みんなを待たせています。行きましょうか」


 先導すると、星宮さんはしっかり着いてきてくれた。手首は掴みっぱなしだったが。

 みんなと合流した時に指摘され、顔を真っ赤にしていたのは少しおもしろかった。

 いつもと違う面を見れた気がして。

 

 ともあれ、波瀾続きだった初の実地任務は誰一人欠けることなく終わることができた。

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