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四章 学園

 嵐のような始業式が終わり、職員室へと戻ってきた。結局、あの惨状をどうにかしたのは魔術の力だ。

 使った魔術は強制的に意識を覚醒させるというものらしい。要するに力技だ。


 まずは気絶していた少数の教職員を起こし、生徒全員を手分けして起こしていった。

 俺はというとそんな様子を隅っこで眺めていただけだ。

 何はともあれ波乱の始業式は無事終わった。

 今は工藤先生の準備ができるまで職員室にある面談用の個室で待機している。


「刀至ー」

「はい!」


 ノックをされたので返事をすると、工藤先生が紙の束を抱えて部屋に入ってきた。

 

「準備ができたから行くぞ!」

「それ持ちましょうか?」


 工藤先生が持っている紙の束を指差して言う。年長者だけに持たせているのはなんとも居心地が悪い。


「ん? いや大丈夫だ。転入生がプリント抱えて入ってきたらシマらねぇだろ?」 

「……ごもっともですね」


 プリントを抱えて教室に入ってくる転入生。なるほど。確かに締まらない。


「だろ?」


 なんて笑う工藤先生の後に続く。

 クラスは第一棟、校門から見て正面の校舎にあるらしい。

 ちなみに第二棟が右の校舎で第三棟は左の校舎だ。

 第一棟が高等部、第二棟が中等部、第三棟が小等部となっている。

 一年生のクラスは第一棟の二階だ。七階建てのためエレベーターも設置されているが、二階なら歩いたほうが早い。


「それにしても綺麗な校舎ですね」

「表向きはエリート校だからな。小汚かったら不審がられるってんでそこら辺にはしっかり金を掛けてるんだ」

「たしかに小汚いエリート校はなんか嫌ですね……」


 そんな他愛のない話をしながら歩くことわずか数分、教室の前へと到着した。俺が通っていた小学校の教室は前後に扉が二つあったがこの教室は前に一つだけだ。


「少し待っていてくれ」


 工藤先生はそう言い残し、先に教室へと入っていった。中から挨拶をしている音が聞こえる。ここら辺は普通の学校と同じらしい。

 しばらくすると教室内から名前を呼ばれたので入室する。

 

 教室は広かった。クラスの人数は三十人なのにも関わらず一人一人に大きな机が割り当てられている。小学校で使っていた机を四つ組み合わせてもまだ足りないぐらいの大きさだ。

 黒板が見えやすいようにか、教室は階段状になっており半円形に教壇を囲んでいる。

 前に映画で見た外国にある大学の講堂に似ている。


「じゃあ刀至。自己紹介を頼む」

「はい」


 工藤先生からチョークを受け取り黒板に大きく名前を書いた。

 黒板に記された「星宮」という文字に教室がざわつく。どうやら転入生の情報は何も伝わってないらしい。


 ……まあ昨日決まったことだし当然か。


 そんなことを思いながら名前を名乗る。


「星宮刀至です。特技は剣術。よろしくお願いします」


 背筋を伸ばして頭を下げる。すると拍手が鳴り響いた。


 ……なんか懐かしいな。


 岩戸で目を覚ましてから初めて小学校に登校した時もこんな感じだった。

 

 数秒で頭を上げると教室を見回す。

 見れば始業式でアラトニスの殺気を受けて立っていた二人がいた。言わずもがな、一人は星宮さんだ。もう一人は眼鏡をかけた男子生徒。確か名前は神城智琉だったか。


「じゃあ誰か質問あるヤツはいるか?」

「はい!!」


 工藤先生の言葉に一人の男子生徒が気勢よく手を挙げた。

 始業式で気絶していなかった者の一人だ。前髪を上げた短めの金髪。耳にはピアスを付けている。快活そうな表情も相まって「やんちゃ」といった言葉がよく似合う男だ。


「じゃあ東條」

「なんで星宮なんだ!?」


 工藤先生に名前を呼ばれた瞬間、大声で質問を飛ばしてきた。クラス中が気になっていた話題だったようでヒソヒソと声が聞こえる。

 普通は聞こえない程の声量なのだが、半神の身体には丸聞こえだ。


「星宮ってあの星宮?」

「星宮さんとはどんな関係なんだ?」

「養子じゃないか? そういう話を聞いたことあるぞ」

「もしかして弟とか?」


 正解者がいる。

 俺は他の誤解が加速する前に答えようとしたが、工藤先生が待ったをかけた。


「待て東條。まずは名乗ってからだろ?」

「そっか確かに! 悪かった! 俺は東條颯斗(とうじょうはやと)。よろしくな! それで、なんで星宮なんだ?」


 初対面の相手に嘘をつくのは心苦しい。

 しかし俺がこの学園に入るために行われたのは一種の不正だ。信用できない人間にバレるわけにはいかない。だから修司さんと打ち合わせた内容を口にする。


「養子だよ。前は星宮家が運営している孤児院にいた」

「なるほど。星宮ならあの強さも納得だな!」

「あの強さ? 東條は彼のことを知っているのか?」


 後ろの方に座っていた男子生徒が東條に聞いた。彼の顔に覚えはない。おそらく殺気に耐えられずに気絶してしまった生徒だろう。


「ん? ああ。お前ら気絶してたから見てねぇのか。あのアラトニス様に一撃カマしたんだよ」

「……は?」


 男子生徒が絶句した。周りの生徒たちもざわつく。ざわついてないのは意識を保っていた数人だけだ。

 その中の一人である星宮さんは最後列の窓辺の席にいて、外を見ていた。我関せずの姿勢だ。


 ……いいなぁあの席。


 一番後ろの窓際。一番人気と言っても過言ではない席だ。


「ちょっと待て。転入生なのにあの殺気の中で動けたのか?」

「俺は見たぜ。なあ智琉!」

「そうだね。僕も見たから間違いないよ」


 話を振られた神城が頷く。

 

「神城が言うならそうなのか……」

「ちょっとまて! 俺の言ってることは信じられないってのか!?」

「東條だからなぁ?」


 クラスメイトの大半もうんうんと頷いていた。どうやら東條という男はクラスのムードメーカー的な存在らしい。


「さて他に質問のある者はいるか?」


 それからいくつか質問に答えて自己紹介の時間は終わった。


「刀至の席は星宮の隣な。一番後ろだけど視力とかは大丈夫か?」

「はい。問題ないです」


 おそらくこの中の誰よりも目はいいだろう。元々目は良かったが半神もなってからはさらに良く見えるようになった。

 

「そうか。なら早速座ってくれ」


 工藤先生に言われた通り、星宮さんの隣の席に腰掛けた。朝から避けられていたので近くになるのは好都合だ。せっかく家族になったのだからこのままギクシャクとした関係ではいたくない。仲良くはならずとも世間話をするぐらいには関係を改善したいと思う。

 そしてせめて誤解だけでも解かなければ。


「改めてよろしくお願いします。星宮さん」

「……はい。よろしくお願いします」


 星宮さんはチラリとこちらに視線を向けると会釈した。すぐに視線は窓の外へ戻ってしまったが……。


 ……前途多難だな。


 こればっかりは時間をかけてどうにかするしかない。


「ではホームルームを始める!」


 俺が席についたのを確認すると工藤先生が口を開いた。


「今日やるのは実地任務のパーティ決めだ!」


 俺は実地任務という単語に聞き覚えがなかったので工藤先生の話に耳を傾ける。


「だがその前にお前たちには話しておかなければならないことがある! 早速だが刀至! 魔術師の存在意義が何かはわかるか?」


 いきなり指名されて驚いた。椅子から立ち上がり、考える。とはいえよくわからなかったので今まで自分がやってきたことを答えた。

 

「……魔物を狩ること……ですか?」

 

 魔物とは終域(エンド)に生息する生物だ。終域(エンド)に蔓延する瘴気から生まれる。

 

「間違いではないな。だけど正確に言うと終域(エンド)を消滅させることだ。刀至は氾濫現象を知っているか?」

「はい。知っています」


 氾濫現象。それは師匠に教わった。

 魔物は()()終域(エンド)から出られない。これは瘴気の存在しない外界が魔物の生存に適した環境ではないからだ。具体的に言うと瘴気のない空間だと魔物の身体能力は劇的に低下する。


 しかし終域(エンド)内部の魔物が増えに増えた結果、行く場を無くした魔物たちが外へと飛び出すことがある。それが氾濫現象だ。

 大規模終域(エンド)が氾濫して、国が滅びたなんて悲劇は歴史上で数え切れないほどある。

 

「ならわかると思うが、終域(エンド)の氾濫は国家滅亡の可能性がある」

「そう……ですね」


 霊峰富士のような終域(エンド)が氾濫すれば確かにあり得る。


 ……まあ師匠が居るから限りなく低いけどな。


 師匠の目的は聞いたことがない。しかし推測することはできる。おそらく霊峰富士という大規模終域(エンド)を氾濫させないための管理者だ。

 俺が霊峰富士で修行している間、最奥部に一人で潜っていたことは知っている。氾濫させないために魔物を間引いていたのだろう。


 ……いや待て。


 そこで俺は一つの可能性に気付いた。


 ……なんで師匠は霊峰富士を消滅させないんだ?


 今まで深く考えたことはなかった。

 俺の目的には関係がないから。

 だけど工藤先生の言ったとおり、終域(エンド)は消滅させることができる。

 核となっている魔物を討伐すればいい。


 しかし核となっている魔物は例外なく強力だ。

 それは核から溢れ出る瘴気を一身に受け、吸収しているからだと考えられている。師匠によると、他の魔物とは桁違いに強いのだとか。


 だけど俺は、あの師匠が霊峰富士の核に負けるとは思えない。なにせ毎回毎回、最奥部から無傷で帰ってくるのだ。

 しかし、消滅させてないということは、霊峰富士の核となっている魔物は師匠でも危険なのではないか。

 そう思った。

 

「例えるならいつ爆発するかもわからない爆弾を抱えている状態だ。そんな終域(エンド)は人類にとって百害あって一利なし。星の癌のような存在だ。だから魔術協会は終域(エンド)の根絶を目標としている。これを踏まえて実地任務の話に戻るぞ。刀至もいるからおさらいも込めて説明するな」


 工藤先生がチョークを手に取り、話を続ける。


「まず魔術協会の任務は主に二つ。神城。何かわかるな?」

「はい。先程工藤先生が仰られた通り、終域(エンド)の消滅。そして敵性存在の排除です」

「正解だ」


 指名された神城が澱みなく答えると、工藤先生は黒板に二つの項目を書き出した。


「学園でいう実地任務は前者に当たる」


 そして「終域の消滅」と書いた項目に大きく丸をつけ、「敵性存在の排除」にバツをつけた。

 

「後者は学生である間は任務にならない。だから普通は説明を省くんだが俺は敢えて言うことにしている」


 工藤先生がチョークを置いて俺たち生徒を真剣な眼差しで見渡した。


「敵性存在と濁してはいるが、これは敵の魔術師、人間だ。はっきり言うぞ。これは人間を殺すと言うことだ」


 ……まあそうだろうな。


 おおよその予想はしていた。

 敵は何も魔物だけではない。魔術師が同じ人間である以上、策謀を巡らせる人物はいる。

 それこそヒューのように。


 だから俺にとっては今更な話だ。ヒューを殺すと決めた時から覚悟はしている。復讐は単なる人殺しでしかないことも承知の上で決めた道だ。

 だけど魔術師とはいえ、平穏に生きてきた高校生には酷な話かもしれない。


 周囲を見回すと、青い顔をしている者や顔を顰めてる者も多い。


「躊躇すれば死ぬのは自分、もしくは隣にいる仲間だ。仲間のため、帰りを待っている家族のため。言い訳はなんでもいい。なるべく早く人を殺す覚悟はしておけ。いいな?」


 誰も返事はしなかった。

 しかし工藤先生の言葉でクラスメイトたちの意識が変わったのはわかる。


 ……いい先生だな。


 教師として言いにくいことを必要だからと濁さずに伝える。まだ出会ってからほんの少ししか経っていないが彼が魔術師としてだけでなく、教師としても優れた人間であることは間違いない。


「さて、重たい話はこれぐらいにしてこっちの説明に行こう」


 工藤先生が丸をつけた氾濫現象の阻止の項目を指差した。


「それじゃあ東條。終域(エンド)の消滅ができないと判断されたらどうするべきだ?」

「はい! 内部の魔物を間引くことです」


 魔術師の第一目標は終域(エンド)の消滅。しかし出来ない、もしくは容易ではないと判断されれば氾濫現象阻止のために魔物を間引く。要するに時間稼ぎだ。

 こうして稼いだ時間で戦力を整え、消滅させる。

 

「その通りだ。刀至! ここらの説明はいるか?」

「いえ、わかるので大丈夫です」


 俺は師匠から習っていたのでそう答えた。


「よろしい! それで実地任務だが五級のお前たちにいきなり終域(エンド)の消滅は荷が重い。だから低級の終域(エンド)で間引きを行ってもらう。それが実地任務だ。これは五人一組のパーティで行う。初めに言ったとおり今日はメンバー決めの時間だ。期限は一ヶ月後の実地任務まで。それまでにチームを作ってオレに報告してくれ」

「先生! 質問いいですか?」


 生徒の一人が手を挙げる。


「おう! いいぞ」

「チーム決めは自由ですか?」

「自由だ。仲のいいヤツで組んでもよし。強いヤツと組んでもよし。だけどこのチームは文字通り命を預け合う仲間だ。慎重、且つ後悔しないように選べよ」


 敵は魔物だ。あいつらにも生存本能がある。

 殺す気で来た魔術師相手に手加減をするような生き物ではない。いくら授業での実地任務といえどそこには命のやり取りが存在する。

 無論、油断すれば死ぬだろう。

 だから工藤先生が言った通り、このメンバー決めは慎重になる必要がある。というより慎重にならざるを得ない。

 だから一ヶ月という長い期間を設けているのだろう。


「よく考えて決めるように。他に質問のあるヤツはいるか?」


 工藤先生の問いかけに手は上がらなかった。先生は教壇の上で一つ頷くと口を開く。


「よし! じゃあ今日のホームルームはこれで終わりとする! あとの時間は自由に使ってくれ! じゃあまた明日な!」


 そのまま工藤先生は廊下へと消えていった。


 ……普通こういう時って起立して礼をするモノじゃないのか?


 中学校は通っていないが、小学校がそうだったので少しばかり違和感がある。

 どうやら弥栄学園はあまり形式ばったことは気にしないらしい。工藤先生だけが例外なのかもしれないが。

 ともあれ、クラスメイトたちはすでに動き出していた。

 

 仲のいいメンバーで相談する者。強い人を勧誘する者。腕を組んで悩んでいる者。

 誰もが真剣に考えて動いている。

 幸い全員で三十人の為、あぶれる心配はない。しかし実力者はすぐにチームが決まるだろう。ならば早めに決めるに越したことはない。


……さてどうするか。


 俺は騒がしくなった教室の中を見渡す。

 アラトニスとの一件で俺の力が学園の上位に位置することはわかった。加えてこのクラスにはアラトニスの殺気を受けて立っていた人物が二人いる。

 星宮真白と神城智琉。この二人は外せないだろう。

 

 まずは星宮さんに声をかけてみようと隣の席へ目を向ける。しかし同時に、後ろから声をかけられた。


「星宮!」


 どうやら用があるのは星宮さんらしい。なんて思ったが、自分も星宮だったことを思い出して振り向く。

 そこにいたのは一番初めに質問をしてきた東條颯斗(とうじょうはやと)神城智琉(かみしろさとる)の二人だった。


「なんですか……?」

「……なんだ?」


 星宮さんに一拍遅れて反応する。どちらも星宮なのだから二人で反応するのは当然だ。

 しかし東條のバツの悪そうな表情を見ると、おそらく俺に声をかけたのだろう。


「あーっと……俺か?」

「わりぃ。でもちょうどいいか。二人とも聞いてくれ。単刀直入に言うが……」

「ちょっと待て颯斗。まずは僕に自己紹介をさせてくれ」


 東城を制止した神城が一歩前へ出る。


「颯斗がすまない。僕は神城智琉。よろしくね。星宮さんと被るから刀至って呼んでもいいかな?」


 智琉が握手を求めて来たので俺は応じる。


 ……これは剣士の手じゃないな。


 おそらく近接戦闘を行うタイプではない。なんとなくわかる。そんな自分に少し驚いた。これも修行の成果だろうか。

 

「ああ。構わないよ。俺はなんて呼べばいい?」

「神城でも智琉でも好きなように呼んでくれていいよ。呼びやすい方で」

「なら俺も名前で呼ばせて貰うよ。よろしく智琉」

「オレも颯斗でいいぜ! よろしくなっ! 刀至!」

「ああ、よろしく。颯斗」


 颯斗も握手を求めてきたので、快く応じる。


 ……これは剣士じゃないな。でも多分近接戦闘をするタイプだ。


「うわ! すげぇ手だな刀至! こりゃ強いわけだ!」


 どうやら颯斗もわかるヤツらしい。

 

「颯斗もな。武器はなんだ? たぶん剣じゃないよな?」

「オレはこれだ」


 颯斗はそう言って拳を構えた。

 どうやら無手の格闘術を使うらしい。


「なるほどな。格闘だとこうなるのか……」


 なんて感心していると、智琉に咳払いをされた。どうやら盛り上がり過ぎたようだ。颯斗と揃って苦笑する。


 ……でも懐かしいな。こういうの。


 同年代と話すのは久しぶりだ。だからか、施設に居たころを思い出した。和樹と咲希の顔が浮かび、胸に鋭い痛みと喪失感が去来する。


「刀至……?」


 智琉に気遣うような声で名前を呼ばれた。どうやら表情に出ていたらしい。


「わるい。なんでもない。それでパーティメンバーのことか?」


 俺は話を逸らした。

 少し露骨過ぎただろうか。

 そんなことを思ったが、智琉は特に追及しないでくれた。

 

「そうだね。刀至と星宮さんが良ければ僕たちとパーティを組んで欲しい。どうかな?」


 それは願ってもない言葉だった。

 智琉はともかく颯斗もアラトニスの殺気に耐えた実力者だ。このクラスでは上澄みだろう。

 組めるのならば組んでおきたい。

 しかし一つ問題がある。これは初めに言っておかなければいけないことだ。これで断られるなら諦めるしかない。


「申し出は嬉しいんだけど俺、魔術が使えないんだ。それでも大丈夫か?」

「は?」

「え?」


 それほど大きな声ではなかったが、教室がシンと静まり返った。驚いていないのは既に聞いていた星宮さんだけだ。

 颯斗と智琉が発した困惑の声がやけに大きく響く。

 先程まで相談や勧誘の声が飛び交っていたのに今や誰もが俺の方へと意識を向けている。


「いや冗談だろ? 魔術なしであのスピードが出せるわけ……」

「……もしかして身体強化魔術も使えない?」


 智琉の言葉に頷くと、二人は言葉を失っていた。


 ……まあ普通の人間にできることじゃないからな。


 とはいえここで「実は半神なんです」とは言えないし、言っても信じてもらえないだろう。なので曖昧に答えた。


「ちょっと身体が特殊なんだ」

「特殊? 異能ってこと? 代償で魔術が使えないとか?」

「まあ似たようなものだな」


 実際には違うが、良い言い訳だ。これからは異能って言い張ろう。

 

「ふ〜ん」


 颯斗が訝しげな視線を向けてくる。


 ……さすがに無理があったか?


 しかし他に言いようもない。特殊なのは事実だ。


「まあ深くは聞かないぜ。あまり詮索するものじゃないからな。で、オレは構わないけど智琉は?」

「僕も構わないよ。アラトニス様に攻撃できるほどの実力だしね」


 二人の言葉に小さく息をついた。なんとなやり過ごせそうだ。

 

「ならよろしく頼む。星宮さんはどうする?」


 今まで口を閉ざして聞いていた星宮さんに話を振る。このクラスでの実力者が揃ったとなれば星宮さんも入るだろう。そう思っていた。

 だが――。


「――私は結構です」


 星宮さんがピシャリと言い放つ。

 今組もうとしているのは学年の中で最強のパーティだろう。だからこそ心の底から驚いた。

 智琉がどうやって勧誘するのかと目を向ける。


「残念だね。また気が変わったら声をかけてくれ」


 だけど俺の予想に反して、智琉はあっさりと引き下がった。

 もしかしたら智琉か颯斗と仲が悪いのか。そう考えたが、それなら初めから誘わないだろう。

 なにせこのチームは比喩表現抜きの「命を預け合う仲間」なのだ。仲の悪い人をわざわざ誘う物好きはいない。


 ……誰かと組む予定でもあるのかな?


 残った選択肢としてはそれぐらいしか考えられなかった。


 星宮さんは既に用は済んだとばかりに窓の外を見ている。動く様子はない。誘われ待ちというわけでもなさそうだ。

 その態度はまるで初めからパーティを組む気が無いように感じられる。

 かと言って曖昧な理由で無理強いするのも違う気がしたのでひとまずは気にしないことにした。


「刀至は他に誘いたい人はいる?」


 智琉の言葉で星宮さんに向けていた思考をリセットした。そして考えを巡らす。

 といっても始業式の一件で目星はつけていたので見つけるだけなのだ。

 

 俺は教室を見渡す。

 すると教室の隅に目的の人物を発見した。

 名前はわからない。だけどアラトニスの殺気を受けてもしっかりと意識を保っていた少女だ。

 たしかに青い顔をしていて、余裕があるようには見えなかった。

 だけど意識を保っていた人の中では颯斗に次いで実力者なのは間違いない。勧誘するならあの子だ。


「あの子かな。ごめん。名前がわからないんだけど」


 視線を向けると智琉と颯斗が同時に俺の視線を追った。すると驚いたように俺の方を向く。

 智琉が一呼吸置いてから口を開いた。

 

「……参考までになんで誘おうと思ったのか聞いてもいい?」

「アラトニスの殺気に耐えてたからな。その中でも颯斗に次いで余裕がありそうだった」


 端的に、思ったことをそのまま口にする。しかし、理由はそれだけではない。しっかりとパーティを意識した考えもある。


「それにあの身体付きはたぶん前衛で戦うタイプじゃない。俺と颯斗が前衛、智琉が中衛か後衛となるとあとの二人は後衛寄りが適任だと思ったんだ」


 教室の隅に佇んでいる少女は小柄だ。

 それに筋肉のつき方が剣士や己の身を武器にする格闘戦闘を行うのとも違う。おそらくサポートを主体とした魔術師だ。


「驚いた。そこまでわかるんだね」

「まあこれくらいはな」


 流石に師匠のようなよくわからない存在だと話は別だが、このぐらいはなんとなくわかる。いつのまにかそうなっていた。


「ちなみに智琉の武器は?」


 中衛なのか後衛なのかが気になる。

 

「僕の武器はこれだよ」


 智琉が手を何かを握るように構える。すると魔力光が集まり形を成した。俺が白帝と虚皇を呼び出す時によく似ている。


「銃?」


 姿を表したのは白銀の二丁拳銃。

 種類は回転式拳銃。いわゆるリボルバーと呼ばれるタイプの銃だ。

 

「正しくは魔銃だね。実弾じゃ無くて魔力をそのまま弾丸にするから残弾数は気にしなくていい。だから便利なんだ」

「魔術を撃てるってことか?」

「そうだね。詳しくはあとで説明するよ。ってことで僕は後衛だ。そしてあの子、小夜も刀至の予想通り支援型の魔術師だから後衛だね。だから小夜を入れることには僕も賛成だ。というより刀至が言わなかったら僕らから提案してたからね」

「そうと決まれば……小夜!」


 いきなり大声を上げた颯斗に小夜と呼ばれた少女がビクッと震えた。おずおずとこちらへと顔を向ける。

 小柄な少女だ。高校一年生の平均よりだいぶ背の高い俺からしたらかなり小さく見える。

 髪は光の加減で茶髪にも見える明るい黒髪。

 顔は綺麗系というよりは少し幼さが残っていて可愛らしいという表現がよく似合う。

 気弱そうな表情は小動物みたいで庇護欲をそそられる。


「刀至がいいってさ!」


 教室の端から端まで届くような大声で颯斗が言う。

 いきなり大声を出したものだから当然のようにクラスメイトから注目を浴びている。


「おい颯斗。もう少し静かに」


 智琉が苦言を呈するも颯斗は「わかったよ」とまるでわかっていないような返事をして彼女の元へと歩いていく。


……それにしても()()


 俺は颯斗の言葉に違和感を覚えた。

 まるで初めから決まっていて許可を取ったような言い方だ。


「彼女は天音小夜(あまねさよ)。僕たち幼馴染なんだ」

「そうなのか?」

「うん。だから僕ら三人で組もうって決めてたんだけど颯斗が始業式の刀至を見て誘おうって言ったんだ。僕も颯斗に賛成だったんだけど小夜は逆でね。自分は足手纏いになるから組めないって言ったんだよ」


 たしかに隔絶した力の差は足手纏いになり得る。そして俺と天音さんの間にはその差が存在する。

 しかし俺と天音さんとでは役割が違うのもまた事実だ。だから足手纏いになるとは思えない

 支援系の魔術師と前線で戦う俺のような剣士を比べること自体が間違いなのだ。

 

 それに俺も半分は人間。致命傷を負えば当然のように死ぬ。しかし支援系の魔術師がいれば治療が出来る。

 その重要性は何度も死の淵から帰ってきた経験のある俺は身に染みてわかっている。

 だから学生の身でアラトニスの殺気に耐えることのできる支援系の魔術師というだけで貴重な人材だ。不満などあるはずがない。

 

「俺は足手纏いだとは思わないけどな」

「そう言ってくれると助かるよ」


 智琉が安心したように相好を崩した。

 

「となると、なるほど。だから先に二人で聞きに来たのか。それで俺が天音さんを誘えば問題ないと。俺が誘わなかったらどうするつもりだったんだ?」

「初めから提案するつもりだったんだ。刀至と同じ考えだけど、アラトニス様の殺気に耐えた魔術師なら断られないだろうって考えていたしね。でもまさか刀至から言ってくるとは思わなかったから驚いたよ」

「あの殺気は強烈だったからな。前にもああいったことはあったのか?」

「いやないね。少なくとも僕が学園に入ってからは……ね」

「なるほど」


 ……となると師匠の弟子である俺に会うのが目的か?


 学生の質とかなんとか言っていたがそれは建前の可能性がある。


 ……まったく師匠は何者なんだ。


 ますます謎が深まる。

 とそんなこんなと話していたら天音さんを連れた颯斗が戻ってきた。


「連れてきたぞー」


 言葉の通り颯斗の後ろには隠れるようにして少女がついてきていた。俺と智琉の前まで来ると少女は控えめに顔を出し、小さく頭を下げた。


「あ、天音小夜です。よろしくお願いしまひゅ!」


 盛大に噛んだ。

 頭を下げたまま少女は耳まで赤く染まり、羞恥に耐えられなくなったのか颯斗の後ろに引っ込んだ

 どう反応するべきか困ったが下手に触れない方がいいと判断する。


「星宮刀至だ。よろしく」


 手を差し出し握手を求める。すると俯きがちに颯斗の後ろから顔を出した天音さんはおずおずと握ってくれた。


「……よろしく……お願いします」


 天音さんの様子に颯斗が頭を掻く。顔には苦笑が浮かんでいた。


「悪いな刀至。見ての通り人見知りなんだ。そのうち慣れると思う。小夜も早めに慣れろよ」


 天音さんがコクコクと頷き上目遣いになりながら口を開いた。

 

「……あの」

「ん?」

「……颯斗くんから聞いたんですけど……本当にわたしでいいんですか?」


 その瞳は不安に揺れていた。

 この目は知っている。施設にいた頃、似たような子がいた。おそらく彼女は自分に自信がないのだろう。

 それは才能のある幼馴染二人に囲まれて育ったせいか。

 それとも自らは戦わない支援系の魔術師ということ自体がコンプレックスになっているのか。

 しかし本人がどれほど自信がなかろうと俺の返答は決まっている。

 

「ああ。こっちからお願いしたいぐらいだよ」


 その言葉に驚いたのか天音さんは目を見開いた。


「…………なんでわたしなのか聞いてもいいですか?」

「もちろん。って言っても理由は単純だよ。アラトニスの殺気に耐えていたからだ」


 恐怖は肉体的にも精神的にも人を縛りつける。

 圧倒的な殺気を受ければ恐怖で身体が強ばり、動けなくなる。殺気、もとい恐怖に打ち勝つには強靭な精神力が必要不可欠なのだ。

 

 考えても見て欲しい。銃口を頭に突きつけられた状態で正しく行動を起こし、生存できるのははたして何割の人間か。

 二割かそれとも一割か。俺はそれ以下だと思っている。

 

 口で言うだけならば簡単だ。

 銃口を逸らす。銃を奪う。一瞬で敵を制圧する。

 しかし現実はそう簡単なものではない。死への恐怖は判断力をも奪う。

 

 もし次の瞬間に引き金が引かれたら?

 もし手を動かした瞬間に引き金を引かれたら?

 もし銃口を外そうと首を動かした瞬間に撃たれたら?

 もし、もし、もし。

 考えたらキリのない堂々巡り。そうなれば人間は動けない。恐怖とはそういうものだ。

 

 アラトニスの殺気は師匠のものに匹敵するものだった。学生、それも支援系の魔術師で耐えられるのはそれだけで賞賛に値する。

 

「そう……ですか。わかりました。がんばります」


 天音さんは小さく拳を握った。

 ともかくこれで四人。残るはあと一人。……なのだが。


「みんなはあと一人に当てはあるか?」

「オレはないな。正直このメンバーについていけるのは星宮さんぐらいだぜ?」

「僕も同感だね。でも断られてしまったからね。小夜は誰かいる?」


 智琉の問いに天音さんはふるふると首を振った。


「ってことで僕はひとまず保留にしとくのがいいと思うんだけどどうかな?」

「そうだな。まだ期間はあるし無理に決めなくてもいいか」

「オレも賛成」

「……わかりました」

「それじゃあこのあとはどうする? 俺としてはみんなの戦い方を把握しときたいんだけど……」

「僕も同感だね。刀至が魔術を使わないで何ができて何ができないのかはわかっときたい。颯斗と小夜はこのあと空いてる?」

「オレはいけるぜ」

「わたしも……大丈夫」

「よし。じゃあいこうか」


 三人は荷物を持って教室を出て行く。


「ちょっとまった。行くってどこにだ?」

「そうか刀至は知らなくて当然か。……修練場だよ」



 

 弥栄学園の地下には修練場と呼ばれる巨大施設がある。地下三階分を丸ごとくり抜いた修練場だ。

 それが各棟に四つずつ。合計十二階層分。

 加えて地下十三階にあたる部分から五階層は学園の敷地内全てを使った大修練場になっている。

 大修練場は小等部、中等部、高等部のどの棟からでも入ることができるが、普段は立ち入り禁止だ。

 立ち入ることができるのは主に学園のイベントや実技試験時のみ。


 いくら結界があるとはいえ、外で魔術は使えない、そのため、学園で魔術を使用する際はこの修練場を使わなければならない決まりだそうだ。

 

 乗り込んだエレベーターがポーンと電子音を鳴らし、扉が開いた。

 到着したのは大修練場を除くと最下層の第四修練場。その待機場とも言える小さな部屋だ。しかし今は人の気配もなく部屋全体が薄暗い。


「いくよ」


 智琉が先導しエレベータを降りる。すると電気が付き、薄暗かった部屋を照らし出した。

 部屋は質素で数個のベンチがあるのみ。正面の壁には分厚い鋼鉄製の扉があった。智琉が扉の脇に備え付けられている機械を操作し、生徒手帳を翳す。


「刀至もここに生徒手帳を翳してくれ」


 頷くと端末の前に立つ。端末には液晶画面が付いていてカードを表す記号と「TOUCH」の文字が表示されている。

 案内に従い生徒手帳を翳すと電子音がなり、画面に「ACCEPT」と表示された。

 続いて颯斗と天音さんも同じように生徒手帳を翳す。


「ここで使用者を記録しているんだ。出る時も同じことをしないとダメだから忘れずに。ちなみにこのデータを利用して端末から修練場の使用状況も確認できるよ」


 注意事項を口にしながら智琉が電子機器を操作するとピピっと電子音が二回鳴り、重厚な扉がスライドしていく。

 

「……これは…………すごいな」


 目の前に広がっていたのは広大な空間。その広さは縦横一キロメートルにも及ぶ。

 三階層吹き抜けになっているだけあり、天井もかなり高い。

 

 壁の色は白。汚れ一つない純白だ。それ以前にわずかな繋ぎ目すらも見当たらない。これほど大きな岩を加工するのは多大な労力がいる。おそらく魔術で作り出したものなのだろう。

 

 少しでも魔術や剣撃が当たったら傷がつきそうなものだが、しっかりと結界の気配がする。だいぶ強力な結界だ。地下にあるだけあって随分と丈夫に作られているらしい。


……他にも何かあるな。


 結界の気配とは別に修練場全体に違和感を感じた。

 おそらくなんらかの魔術がかけられているのだろうことは確実。しかしその正体までは分からなかった。


「へぇ。高等部のはこんなに広いんだな」


 遅れて修練場に入ってきた颯斗がぐるりと全体を見回す。


「颯斗も初めて来たのか?」

「中等部の修練場なら行ったけど高等部は初めてだ」

「中等部の修練場とは違うのか?」

「全然違う。あそこはここまで大きくなかったな。……てかサイズおかしくないかこれ? 明らかに校舎よりデカイだろ」


 今の今まで気付かなかったが言われてみるとそうだ。

 横幅がどう考えても校舎より大きい。このサイズの修練場――中等部はこれほど大きくなくても――が三つあれば修練場同士が衝突しそうなものだ。


「高等部の修練場は特別製らしいよ」


 最後に修練場に入ってきた智琉が颯斗の疑問に答えた。


「特別製?」


 聞き返した颯斗に智琉が呆れた視線を向ける。

 

「……颯斗。これはみんな知ってることだよ。刀至が聞くならともかく……」

「あーあーあー。わかったわかった」


 颯斗は両手を上げて降参の意を示した。


「まったく……。高等部のこれは空間湾曲魔術が使われているんだよ。だからこれだけ広くても外から見たら校舎と同じサイズなんだって」


 どうやら感じた違和感は勘違いではなかったらしい。

 殊更に中央の天井付近で違和感の気配が強い。おそらく智琉の言った空間湾曲魔術の起点になっているのだろう。


「それにしても魔術ってのはこんなこともできるんだな」


 率直に思ったことを口にした。しかし智琉は首を振る。


「普通はできないよ。そもそも今の魔術師に空間湾曲なんて高度な魔術は使えないしね」

「……それはなんでだ?」


 魔術は魔力を持つ魔術師ならば誰でも扱える。それが非魔術師である俺の認識だ。だから目の前で、尚且つ現在進行形で影響を及ぼしている魔術が使えないと聞いてもいまいちピンとこない。

 

「魔術っていうのは万能じゃないんだ。できることには限りがあるし大きな事象を引き起こそうとすればそれだけ魔術式は長くなる。魔術式が長くなれば当然使う魔力も膨大なものになってしまう」

「空間湾曲の魔術を使うには魔術師一人だと魔力が足りないってことか?」

「それ以前の問題だね。刀至は魔術がどうやって発動するかわかる?」


 首を横に振る。師匠に魔術の才無しと判断されてからは今の今までひたすらに刀を振るってきた。

 だから知っているのは基礎中の基礎だけだ。

 

「魔術式に魔力を流し込んで発動させる。このぐらいしか知らないな」


 俺の場合、このタイミングで魔力に耐え切れず、魔術式が破綻する。


「あとは魔術定数を組み合わせて魔術式を作るって師匠からは教わった」

「基礎は教わってるみたいだね。まあ簡単に言うと、使われている魔術式がわからないんだ」

「……?」


 あまりピンと来ていないのが伝わったのだろう。智琉は苦笑した。


「例えば火、生成、射出の魔術定数を書くと……颯斗」

「おう!」


 颯斗が手のひらを虚空へ向けるとうっすらと赤く光る粒子のようなものが生まれた。これが魔力だ。

 颯斗は魔力を用いて三つの文字を記述する。

 やがて完成したのはキラキラと輝きながら浮遊する奇怪な文字。触れようとしても実体はなく煙のようにすり抜ける。


「これの一つ一つが魔術定数なんだ。それで定数が組み合わされると式……魔術式になる。颯斗お願い」


 颯斗が魔術式へと魔力を注ぎ込む。すると魔術式が発光し消失。式に従い颯斗の手中に火の玉が生まれた。

 そこで終わりではない。式にはまだ射出が残っている。予想通り、火の玉はとてつもない速度で壁に突っ込んだ。


「こうやって魔術式の通りに魔術が発動する。魔術式の中身を変えれば魔術も変わる。これが魔術の仕組みだ」

「あー。なんとなくわかった。もし射出の魔術定数がわからなければ今の火の玉は飛ばない……ってことか」

「その通り。それ以前の問題っていうのはこういうことだね」

「でもそれなら魔術定数は覚えておいた方がいいか」


 覚えていれば敵が使う魔術がわかる。そうすれば戦い方を臨機応変に変えられるだろう。


「それはどうして?」

「ん? 敵が使う魔術がわかれば便利だろ?」

「刀至は弱点そのままにする?」

「いや。しないな」

「僕たちもしないよ」


 智琉が魔術式を記述する。

 それは先程颯斗が記述した物とは全く違った。だが同じ火の玉。それが勢いよく飛んでいく。


「別の魔術式があるのか?」

「違う。暗号化だよ。相手に自分の魔術がバレないように偽装するんだ」

「つまり覚えてもあまり意味がない?」

「全く意味がないとは言わないけどね」


 師匠が基礎しか教えなかった意味がわかった。これならひたすら刀を振っていた方がマシだ。

 

「勉強になるよ。ありがとな。しかし魔術ってめん……大変なんだな」


 めんどくさいと言いかけて訂正した。

 いくつもの魔術定数、組み合わせを暗記しなければならない。その上、状況に合わせて最適な魔術を使うことを求められる。


 ……魔術が使えなくてよかった。


 そう何個も覚えられる気がしない。


「でもそれじゃあこの魔術は誰が使ったんだ? アラトニスか?」

「……刀至。あまりアラトニス様を呼び捨てにしない方がいいよ。魔術協会にはそこらへん厳しい人が多いんだ。あと単純にあの方は多くの人に慕われているから」

「そうなのか?」


 颯斗と天音さんに視線を向けると、一様に頷いた。


「まあ実質、魔術協会のトップだからな」

「ん? トップは始祖……サマじゃないのか?」


 アラトニス……サマの肩書きは始祖代理だったはずだ。

 

「正確には二番手だけど始祖様は表舞台に出てこないからな。実権はアラトニス様が握ってるよ」

「なるほど……。忠告助かる。気を付けるよ」


 第一印象が強烈だっただけに、つい呼び捨てにしていた。だけどそういうことなら注意するに越したことはないだろう。

 要らぬ争いに巻き込まれるのは本意じゃない。

 

「話の腰を折ってごめんね。それでこれが誰の魔術かだね。たぶん始祖様だって言われてる」

「なるほどな……」


 ……そういえばあそこの魔術もこれと似てるな。


 今朝見た日本魔術協会のビル。その上層階に張り巡らされていた魔術もここと同じ気配がした。

 おそらくあちらも始祖サマが施した魔術なのだろう。


 ……師匠以外にもとんでもない人が居るもんだな。


 もしかしたら超越者なのかもしれない。魔術協会は世界中にあるので十分ありえそうだ。


 ……今度師匠に聞いてみるのも手だな。


 なんてことを思っていると智琉が柏手を打った。


「さて。じゃあ情報共有をしておこうか。刀至。言えることだけでいいから戦い方を教えて欲しい。僕たちもできることを伝える」

「了解。って言っても斬るだけだ。武器はこれ。二刀流だな」


 腰に差している二刀を軽く叩く。すると颯斗が手を挙げた。


「流派は?」

「流派……我流だ」


 剣術に関しては師匠から何も教わっていない。ただ生き残るために刀を振り続けただけだ。だから流派なんて立派なものはない。


「我流……凄まじいね」

「ホントだよ。あれが我流か……。ちなみに()()()は別の刀だったよな?」


 二人の言葉に天音さんがコクコクと頷いていた。

 あの時とはアラトニスサマと戦った時のことだろう。咄嗟に白帝と虚皇を抜いてしまった。


「あれは魔剣だ。いつでも呼び出せるけど師匠から学園での使用は禁じられてる。だから危なくなるまでは使わないつもりだ」

「わかった。なら魔剣は考慮しないでおくよ」

「悪いな。助かる」

「じゃあ次は僕たちの番だね。まず僕たちの魔力属性だけど……そこらへんは大丈夫?」

「ああ。基礎だから師匠から聞いてる」


 魔力には属性がある。

 基本属性の地水火風、特殊属性の光闇無の合計七つだ。基本属性には上位属性の樹氷炎雷があるが、これは基本属性に含まれる。

 魔術師は自分の属性と同じ魔術を使う時、消費魔力や威力が上がるらしい。なので基本的に属性に合った魔術を使う。

 ちなみに、稀に二属性適正のある魔術師がいる。だけど本当に稀らしい。世界に数人レベルだと師匠は言っていた。


「なら説明は不要だね。僕と小夜が光で颯斗が火だ。それで教室で説明した通り、僕は魔術による遠距離攻撃が得意だね」

「オレは拳に火を纏わせて戦う。一応遠距離魔術も覚えているが数はあまり多くない」

「わ、わたしは回復魔術が得意……です。強化とかの支援魔術はまだ少しだけ……」


 大体教室で聞いたのと同じだった。だから俺の想定している動き方で問題なさそうだ。

 つまり俺と颯斗で前衛を務め、智琉が援護。負傷者が出た場合、天音さんが回復だ。こう考えるとバランスがいい。最悪四人でも問題なさそうだ。


「ちなみに刀至! 魔術が使えないって具体的にどういうもんなのかって聞いてもいいのか? 見たところ魔力はあるよな? そこらが分かればもしかしたら……って思うんだ」

「あー。それは見てもらった方がはやいか」


 俺は三人から少し距離を取る。そして普段は抑え込んでいる魔力をほんの少しだけ解放した。


「おいおいおい! 冗談だろ!? なんだこの魔力量!?」

「これは流石に想定外……かな」


 二人して表情が引き攣っている。天音さんに至っては青い顔をして二人の影に隠れていた。


「と、まあこんな感じだ」


 後ろで空間湾曲魔術がミシミシ言ってきたので俺は魔力を押さえ込んだ。

 一般人レベルにまで落とす。


「魔力が膨大すぎて操作ができない……?」

「そういうことだな」

「魔力が大きすぎることが代償……?」


 ……あっ。


 智琉が呟いた言葉でやらかしに気づいた。

 身体が特殊な異能。そして代償で魔術が使えない。そういう設定にしたのをすっかり忘れていた。

 基本的に代償は失うものだ。魔力がいくら多かろうとそれは代償にはならない。


「まあ詮索はしないでおくよ。刀至が話していいと思えたら教えてくれると嬉しいかな?」


 智琉は苦笑しながらも、笑みを浮かべた。

 

「……悪いな。助かる」


 この気遣いは本当に助かる。

 一応パーティは組んだが、全面的に信用できるかはまだわからない。俺の事情を話すのであれば、しっかり見極めてからだ。


「とにかく。これじゃ魔術は使えないね。そして多分どうにかできる類のものじゃない」

「オレも同感だ。あんなの制御できるわけがない。そもそもこんなに違和感がないレベルまで抑え込めていることに驚きだしな」

「でもあんな魔力見たことないね。属性はなんなんだろう?」

「それはオレも気になったな」

「刀至。少し調べてもいい?」


 俺の魔力はただひたすらに多いだけ。それに属性は俺も気になっている。師匠は教えてくれなかったから。


 ……別に調べられたところで不都合はない……はずだよな?


 少し不安になってきた。

 だけど自分の属性というのがそれ以上に気になる。だから俺は頷いた。


「わかった」

「ありがとう。じゃあちょっと手を貸して」

「こうか?」


 言われた通り手を差し出した。

 すると智琉は俺の手を包み込むように握り、目を閉じる。意識を集中させているようだが俺には何も感じられない。


「こうやって相手に自分の魔力を……ん?」


 智琉が眉をひそめる。


「刀至、何か感じる?」

「いやなにも感じないぞ」

「多すぎるのが問題かな? もう少し深く……」

 

 その瞬間、智琉は弾かれたように手を離した。

 目を見開き、額からは滝のように汗が流れている。


「どうした?」

「なんだ……これ」


 智琉は心ここに在らずと言った様子で自身の手を見つめていた。

 しかし俺には何が起きたのかさっぱりわからない。


「俺もやって良いか?」

「ん? ああ」


 智琉の反応で颯斗も興味が湧いたらしい。

 智琉と同様に俺の手を握ろうする。しかし我に帰った智琉が大声を出した。普段の智琉からは考えられないような大声だ。

 颯斗が驚いて手を引っ込める。


「なんだ? 何があった?」

「ダメだ颯斗。多分、君じゃ呑まれる」

「呑まれる?」

「わからない。でもそうとしか言いようがない。僕が無事なのは多分属性が反属性の光だからだ」

「ってことは……」

「刀至の属性は闇だ。でもなにかおかしい……光でもある? いやでも二属性って感じじゃ……」


 智琉は俯いて独り言のように呟いていたが、やがて顔を上げた。


「もしかして特異属性……?」

「まさか存在するのか? それって御伽話だろ?」

「でも神代には実在したって記録がある。あれはそうとしか……」

「智琉。その特異属性ってのは?」

「刀至は知らないのか……。一般的な七属性の外にある属性だよ。種類も詳細も不明。全部で何種類あるのかもわかってない。ただそういう属性があるって神代の遺跡から出土した書物に記載があるんだ」

「神代……たしか魔術全盛の時代だよな」


 智琉が神妙な面持ちで頷く。たしか師匠がよく口にしていた時代だ。


 ……あとで修司さんにでも聞いてみるか?


 魔術界の重鎮である星宮家の当主。きっと俺たちなんかより知識は膨大だろう。

 何か知っている可能性はある。


「あとでしゅ……当主に聞いてみるよ」

「それが良いかもしれないね。それと刀至。これと同じ行為はしないよう気をつけてくれ。下手すれば死人が出る」

「それほどか……。わかった。気をつけるよ」

「よし! じゃあ気を取り直してそろそろ本題に行こうか」


 話が逸れていたが、ここは第四修練場。魔術談義をするために集まったのではない。


「それはいいが、何をするんだ? 俺と戦うか?」


 あるのはだだっ広い空間のみ。

 ここにはお互いの戦い方を把握するためにきた。しかしその相手がいない。だからそう聞いたのだが、智琉は首を横に振った。

 

「まあ見ててよ。刀至は少し下がってて」

「ん? ああ」


 頷き、三人の邪魔にならないように隅へと移動する。


「……颯斗、小夜。準備はいい?」


 すると智琉が端末を取り出して操作を始めた。

 

「おう! いつでもいいぜ!」

「私も大丈夫!」


 颯斗が拳を構えて、天音さんがどこからともなく指揮棒のような小さな杖を取り出した。

 杖は言わずと知れた増幅器。魔力効率を最適化し、魔術の威力を引き上げる効果がある。


「じゃあいくよ!」

 

 智琉が頷くと端末を操作。すると甲高い音が響いた。修練場の中央に数字の「2」が表示され、その下に黒いキューブが出現する。


 ……なんだ?


 魔力は感じる。だから魔術なことには間違いない。


「魔物はランダム。等級は二だ!」


 智琉の宣言に颯斗が獰猛な笑みを浮かべる。

 

「いいね! ギリギリだ! 智琉! 小夜! 気ぃ抜くなよ!」

「う、うん!」

 

 黒いキューブの周りに更にキューブが生まれ、急激に増殖を繰り返す。やがて像が鮮明になっていき――魔物が現れた。


 ……なっ!?


 俺は驚いて腰の二刀に手をかける。

 敵は一体。端的に表すと巨大な犬だ。漆黒の体毛を持ち、身体は見上げる程に大きい。腕は丸太のように太く、全身に筋肉の鎧を纏っている。加えてその魔物には首が三つもあった。

 二級獣犬種(じゅうけんしゅ):ケルベロス。

 三ツ首を使っての連続攻撃があるせいで、二級の中でも特に厄介とされる魔物だ。


「刀至! 手出しは無用だよ! これは魔術で作り出した幻影だ! シミュレーターって言えばわかるかな!?」

「これが幻影……?」


 目の前に出現した魔物は限りなく"本物"だった。

 毛の質感、咽せ返るような獣臭。魔物が放つ独特の存在感。そのどれもが鮮明で目の前の魔物を偽物だと断言することができない。

 

「グォオオオオオオ!!!」


 轟く咆哮が空気を揺らす。

 これが終域(エンド)で出てくれば即斬っていたことだろう。だけどここは弥栄学園の敷地内だ。


 ……なら問題ない、のか?


 それに智琉も手出し無用だと言っている。だからとりあえず俺は静観することに決めた。


「危険だと判断したら加勢するからな!」


 この程度であれば俺の敵ではない。一瞬で片が付く。だから手遅れになるなんてことはないだろう。

 

「その時は頼むよ。二人とも! 行くよ!」


 ケルベロスが目を血走らせ、再び咆哮を上げる。

 大音声が衝撃を伴って修練場を揺らす。颯斗の「ギリギリ」という言葉通り、ケルベロスは智琉たちにとっては格上。なのにも関わらず咆哮を受けても眉一つ動かさないのは流石だと言える。


「黒い毛。通常種だ! 颯斗!」

「オウ!」


 颯斗が拳を打ち鳴らし、両手の甲に魔術式を記述。即座に式が赤く染まり、発火する。


――火属性強化魔術:火拳(ひけん)


 魔術式から生まれた小さな火種は瞬く間に火焔となり、颯斗の拳を包み込んだ。


「行くぞ!!!」


 気合い一声。それが開戦の合図となった。

 両拳に火焔を纏った颯斗がケルベロス目掛けて一直線に疾走する。

 颯斗は接近戦を得意とする魔術師だ。それも武器は己の肉体。当然、間合いは短い。その為、攻撃を当てるには懐に入り込むのが最善だ。

 しかし敵がそう易々と懐に通すわけがない。ケルベロスが鬱陶しそうに腕を薙ぎ払う。あわや直撃かと思われたが、颯斗がニヤリと笑った。


「ハァ!!!」


 身体を捻り、正面からケルベロスの腕を殴りつけた。拳の火焔が爆発を引き起こしケルベロスの腕を大きく弾く。


「グォ」


 ケルベロスの三ツ首がくぐもった声を漏らした。一瞬の隙。これを智琉は見逃さない。


 ――ズドン。


 腹の底まで響くような銃声。

 気がつくと智琉の手には白銀の二丁拳銃が握られていた。

 智琉は続け様に引き金を引く。銃身に魔術式が浮かび上がり弾丸が放たれる。合計三発の弾丸が狙い違わず三ツ首の各眉間に着弾。白い爆発を引き起こす。

 ケルベロスはたまらず後退するが、すでに懐には颯斗が入り込んでいる。拳を引き絞りガラ空きの胴体に打撃を放つ。


「オラァ!!!」


 拳の火焔が増幅され爆炎を撒き散らす。炎が一瞬にしてケルベロスを包み込んだ。肉が焼ける匂いが鼻につく。

 しかしケルベロスは倒れない。憎悪に満ちた六個の瞳で颯斗を捉える。三ツ首の口端に炎がチラついた。


「チッ!」


 颯斗が舌打ちし、大きく後退しようとした。しかしそこへ三ツ首が大きく口を開け、業火を吐き出す。

 人一人を容易に焼失させるほどの炎。それが三つ合わさり、勢いを増しながら颯斗に迫る。


「――させない!」


 そこで天音さんが杖を颯斗へと向け、素早く魔術式を記述した。


 ――光属性防御魔術:聖盾(せいじゅん)


 颯斗の目の前に光の障壁が出現。放たれた炎は聖盾に触れた途端、光の粒子となって消えていく。


「わりぃ! 助かった!」

「颯斗! 出し惜しみなんてするな! 相手は格上だぞ!」

「だな……! ……上位属性に切り替える!」


 舌打ちをしながらも颯斗は再び魔術式を記述する。するとフッと拳の火焔が消えた。しかし次の瞬間には拳から肩まで、腕全体を包み込むように蒼炎が姿を現す。


 ――炎属性強化魔術:蒼炎纏鎧(そうえんてんがい)


 蒼炎を纏い、颯斗が再び疾走する。対するケルベロスも迎撃するべく前足を振り上げた。


「智琉! 任せた!」


 それだけ言うと、颯斗はケルベロスの攻撃を無視して無理矢理に懐へ入ろうとする。直線で向かってくる敵などケルベロスにとっては良い的。ケルベロスは颯斗を踏み潰すべく、前足を振り下ろす。

 しかしその瞬間、再度銃声が響いた。放たれた銃弾はケルベロスの前足に着弾。白い爆炎を振り撒き、前足を大きく弾いた。

 これで胴体はガラ空きだ。


「グォオオオオオ!!!」

「ナイス!」


 更に加速した颯斗がケルベロスの懐に入り、拳を振りかぶる。そして全身のバネを利用して渾身の一撃を繰り出した。


「破ァ!」


 炸裂する蒼炎。凄まじい轟音を轟かせながら蒼い炎は何倍にも膨れ上がった。蒼炎がケルベロスを包み込み、焼いていく。

 しかし相手は二級の魔物。それだけでは致命打になり得ない。

 

 全身に火傷を負いながらもケルベロスの眼光は衰えていなかった。


 ……凄いな。これが幻影か。


 気を抜くとこれがシミュレーションが作り出した幻影だという事実を忘れそうになる。

 目の前のケルベロスはそれほどの迫力を宿していた。


 怒り。そんな感情を宿したケルベロス。その口端に再び炎がチラつく。

 狙いは近くにいる颯斗だ。先程と同様、再び天音さんが杖で魔術式を記述する。


 ――光属性防御魔術:聖盾


 颯斗の目の前に光の盾が生成された。しかし相手はシミュレーションとは思えないほどリアルな魔物だ。

 先ほどと同じ行いを繰り返すはずがない。

 ケルベロスは炎を吐く寸前で、二つの首を天音さんへと向けた。


「チッ!」


 颯斗は舌打ちをすると、聖盾から抜け出し天音さんに駆け寄ろうとする。しかし天音さんがはっきりと叫んだ。


「大丈夫!」


 颯斗は踏み留まる。そして天音さん自身は虚空に手を翳した。そこに現れたのは煌びやかな装飾を施されな一冊の白い本。


 ……あれは……魔導書か?


 天音さんが呼び出したのは魔導具の一種。魔術の発動を手助けしてくれる魔導書だろう。

 現れたの魔導書は浮遊し、ひとりでに(ページ)が捲れていく。すると中間あたりで止まった。


 ――光属性結界魔術:聖真結界(せいしんけっかい)


 魔導書にはあらかじめ魔術式が記述されている。

 決められた魔術しか発動できないという難点はあるが、魔術式の記述という工程が省けるというのが大きな特徴だ。

 記述に時間のかかる複雑な魔術でも魔力を流すだけで発動できる。


 魔導書が白き輝きを放った。

 すると天音さんにの周囲に神聖な光を纏った壁が建造された。

 直後、ケルベロスの放った業火と激突する。

 二つの首から放たれた業火。その熱量は凄まじく、離れている俺にさえ熱波が伝わってきた。

 しかし天音さんが構築した結界はビクともせず。業火は跡形もなく消え去った。


「颯斗! 決めるよ!」


 その隙を逃さず、智琉が二丁拳銃の銃口をケルベロスへと向ける。そこには既に魔術式が記述されていた。先程とは全くの別物。より複雑なものが二つ。

 魔術式が輝きを放ち、二つの銃口へ光が収束していく。


 ――光属性攻撃魔術:光線(レイ)


 智琉が引き金を引いた。しかし先程と違って銃声はない。代わりに眩いばかりの光を撒き散らし、二条の光線レイが放たれた。


 光線(レイ)が発動する寸前で颯斗は聖盾の陰から飛び出した。一直線にケルベロスの元へと駆ける。

 業火を吐き切ったケルベロスは、次の業火は間に合わないと判断したのか、その強靭な顎で颯斗を狙う。


 しかしそこへ智琉の放った光線(レイ)が着弾した。


「グゥオオオオオオ!!!」


 残った二つの首が痛みに大きく体をのけ反らせる。

 幻影の身体は本来痛みなんて感じないはずだ。しかしその反応は本物そのもの。


 ……本当に幻影かよ……。


 やはり信じられない。

 しかしその痛みは相応のダメージを与えた証拠だ。光が晴れると、首は焼き切られていた。

 のけ反った二つの首。そして焼き切られた首。

 完全なる隙。ここで颯斗が、自由(フリー)となった。


「いくら硬くても内側から焼けば関係ねぇよなぁ!」


 智琉が焼き切った切断面。颯斗はそこに目掛けて蒼炎に包まれた拳を突き入れた。

 直後、ケルベロスが体内から蒼炎を噴出。やがて爆散した。


「ふぅぅ」


 颯斗が大きく息を吐く。それと共に内部を焼き尽くされたケルベロスが音を立てて崩れ落ちる。

 そして死体となったケルベロスは虚空へと消えていった。

 修練場に鐘の音が鳴り響く。これが討伐完了の証だろう。

 

 戦闘終了。智琉も天音さんも肩の力を抜いた。


 ……想像以上だな。


 俺たちの等級は五級だ。

 なのにも関わらず、二級相当のケルベロスを撃破した。それもたったの三人、危ない場面はあったとはいえほぼ無傷でだ。

 ということは、単純に考えてこの三人の実力は既に二級相当ということになる。

 

 ……実際に終域(エンド)の中では環境も敵になるから一概にはいえないけどな。

 

 しかし高校生に上がったばかりとはとても思えない実力だ。


「どうだった?」


 智琉が二丁拳銃を虚空に消しながら振り返った。だから俺は思った通りの感想を口にする。


「正直驚いたよ。連携がここまでとは思っていなかった」


 まさに阿吽の呼吸とも言うべき連携だった。文句のつけようがない。あれは心の底から信頼しあっていないとできない芸当だ。

 

「だろ! 一緒に育ってきたから息は合うんだよなオレたち!」


 颯斗が言うが、それだけであの練度にはならないだろう。おそらく三人で血の滲むような努力を重ねてきているはずだ。


「じゃあ次は刀至の戦い方を見せてもらえる?」

「わかった。相手は同じでいいのか?」

「いや、刀至の力量にあったランクでいいよ」

「ちなみに一番強い魔物は?」

「亜竜種。一級だね。でも一級は教員用だから許可がないと戦えないよ?」

「許可?」

「うん。端末で……」


 智琉に教えてもらいながら端末を操作する。すると確かに一級の欄に亜竜種と書かれた項目があった。


「……え?」

「どうした?」

「いや、普通はこうやって」


 智琉に端末を見せてもらう。すると一級の欄に鍵のマークが付いており、操作できなかった。

 試しに押してみてもブブッと端末が振動するだけだ。


「ロックされてるな」

「なんで刀至はロックされてないんだろ?」


 首を傾げている智琉には悪いが、おそらく師匠関連だろう。なんとなくそんな気がする。


「まあやれるなら話ははやい」


 俺は端末を操作し亜竜種を選択した。何が出てくるかはお楽しみだ。そしてついでに数も最大数(マックス)の五に変更しておく。


「……え? 刀至……それは……!?」


 なにせ富士には亜竜種の上位である竜種がうじゃうじゃいる。亜竜種の五体ぐらいなんの問題もない。


「まあ見ててくれ」


 腰の刀に手を添える。

 するとその時、黒いキューブが現れた。先ほどよりもかなり大きいキューブが五つ。それが同様に増幅、魔物へと変貌していく。


「フゥ――」


 小さく息を吐き、目の前の魔物に集中。殺意を研ぎ澄ませていく。

 俺の変貌に驚いたのか、誰かが息を呑む音が聞こえた。


 やがて姿を現したのは五体の亜竜種。

 一体一体が一級の上位に君臨し、恐れられているバケモノだ。

 しかしどれだけ居ても所詮は亜竜種。竜種のなりかけだ。俺にはなんの問題にもならない。

 まず狙うは中央に出現した亜竜種、砂土竜(ツェーヘル)


 俺は腰を落とし、抜刀居合の構えを取る。


「ピィイイイイイイイ!!!」


 砂土竜(ツェーヘル)が甲高い咆哮を迸らせた。次の瞬間、刀を抜き放つと共に一閃。

 それで砂土竜(ツェーヘル)は両断された。


「なっ!?」

「はぁ!?」

「ッ!?」


 三者三様の驚いた声が聞こえたが、まだ四体いる。見たことがなくて種類はわからないが、あまり関係ない。各々特徴はあれど、一太刀で斬り捨てればいい話だ。

 斬撃を繰り返すこと四度。一瞬にして全ての亜竜種が消え去った。静寂に包まれた修練場に刀を納刀する甲高い音が鳴り響く。

 戦闘時間、わずか一秒未満。戦闘終了だ。


「な? 問題なかっただろ?」


 振り向くと言葉を失い、唖然としている三人が居た。いち早く再起動した智琉が頭を抱える。


「まさか、亜竜種を一撃とは……」

「それよりもなんだよあれ! なんで間合いの外なのに斬れんだよ!」

「なんでって……。こうザッとやれば斬れるだろ?」

「「ザッて……」」


 智琉と颯斗の言葉が重なった。

 正直なところ、俺も詳しい原理はよくわからない。富士で戦っていたある日、できそうだと思ってやったらできただけだ。


「本当に常識はずれというかなんというか……」

「これは星宮の養子になれるわけだな」

 

 二人揃って苦笑している。


「でもこれは困ったね」

「困った?」

「うん。刀至が僕たちより遥かに強いのは火を見るより明らかだよね」

「まあ……な」


 失礼かとも思ったが、客観的に見て事実だったので頷く。


「多分刀至一人いれば一学年を全員敵に回しても勝てると思う」

「智琉。オレはたぶん一学年から三学年の全員でかかっても無理だと思う。多分まともに戦えるのは星宮さんだけだな」

「星宮さんって強いんだ?」


 聞くと三人して頷いた。


「まあ星宮家の姫様だからな。学生の中では最強だろ?」

「僕も颯斗と同じ意見だね。刀至を除けば」


 天音さんもこくこくと頷いていた。


「まあそれはともかくとして、実地任務で行く終域(エンド)は主に四級か五級なんだ。だからこのパーティの成績上位は決まったようなものなんだよね。でもそれは僕たちの実力じゃない」

「なるほど……。困ったってそういう……」


 智琉の言いたいことはわかる。

 実力にそぐわない評価ほど無意味なものは無い。それが魔術師という実力主義の世界では尚更だ。

 人の力で勝っても、それは決して自分が強くなったわけではない。


「でも何もさせないって言うのは刀至にとってメリットがない」


 正直なところ、俺はこの学園で強くなれるとは思っていない。今の俺の目的は師匠の言う()()()()()を見つけることだ。どうやらそれが強くなるためのヒントらしい。

 だから俺のやるべきことは学園生活を送ることだ。よって何もしなくても問題ない。


 それに俺が先陣を切って戦ってしまうと、三人が経験するはずだったことを奪ってしまう。それは本意ではない。


「いや、智琉。俺はサポートに徹するよ」

「……いいのかい? それだと君にメリットが……」

「メリットならあるよ。俺が学園に俺は魔術師とは戦ったことがないからな。だから戦い方を見ておきたい」


 智琉は引き下がらなさそうだったので、適当に理由を付けてみた。実際これは嘘でもない。魔術師がどういう戦い方をするのかは見ておきたかった。


 ……ヒューも魔術師だしな。


 すこし考えた後、智琉はゆっくりと頷いた。

 

「わかった。刀至には悪いけどそれでお願いするよ。これからよろしくね。刀至」

「ああ。よろしくな。智琉」


 そうして改めて智琉と握手を交わした。

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