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三章 出会い

 時刻は午前七時。

 師匠から渡された紙には入学式は九時からと書いてあった。集合時間は八時半だ。

 時間的猶予は全くない。

 なにせこれから住むことになるのは師匠の知人宅。家主に挨拶をして、身支度を整えてと考えると、とにかく時間がない。


 ……ないんだけどなぁ。

 

 手に持っている地図と目の前にある家を見比べながら小さく唸る。


「これ、本当に合ってるのかなぁ?」


 目の前に立っている家はまさしく豪邸。それも歴史を感じさせる武家屋敷だ。土地面積なんてどれほどあるのか検討もつかない。

 なにせ門を見つけるためにも結構な距離を歩いたぐらいだ。


 問題は師匠からもらった地図。

 地図には簡潔な情報しか書かれておらず、そこがアパートなのか団地なのか、はたまた一軒家なのか、詳しい情報は何一つない。

 どれほど簡素かと言うと道を示す数本の線と目的地を示す星印しかないのである。

 これを果たして地図と呼んでいいのかすら疑問に思う。


 一応、門には呼び鈴が付いていた。

 当然使い方もわかっている。これを押すだけで家主に会えるのだ。呼び鈴を押して要件を伝えるだけ。もし間違っていたら他を当たればいいだけの話。


 しかしそのチャイムを押すことを俺は躊躇っていた。端的に言うと豪邸に気圧されている。

 俺は根っからの庶民だ。施設育ちだし、つい数時間前までは山で暮らしていた。


 ……なるべく鳴らさないでいい道をとりたい。


 だからそんな心理になっても仕方がないだろう。

 しかしいくら地図を見ようとここ以外は考えられない。そんなことをしている間にも時間は刻一刻と進んでいく。


「よし……!」


 数分悩んだ末に、俺は小さく呟き覚悟を決めた。呼び鈴に指を伸ばす。


「――あの。ウチに何か御用でしょうか」


 唐突に声をかけられて口から心臓が飛び出るかと思った。

 人の気配には気付いていたが、まさか声をかけられるとは。俺は慌てて振り返る。

 するとそこには――。


「――え?」


 先ほどの驚きは吹き飛び、俺は呆けた声を漏らした。

 

 そこにいたのは天使のような少女だった。

 日本人離れした美貌。宝石のような真っ赤な瞳。腰まである髪は真っ白で陽の光を反射してキラキラと輝く様は雪原のよう。キメの細かい肌は髪と同じで真っ白だ。

 年齢は同じか少し下だろうか。美しい顔立ちながらもすこし幼さが残っている。

 身長は俺より頭ひとつ分ほど低い。

 そんな白い少女は今まで走っていたのかジャージ姿で、頬は少し上気していた。


 だけどそんなことはどうでもいい。


 ……似ている。


 優しく吹きつける風が黄金の夢を想起させる。

 目の前の少女は、何度も夢に出てきた少女にとてもよく似ていた。いつも啜り泣いていた少女だ。違うところと言えば髪の色ぐらいだろうか。

 だけど顔立ちや目の色がそっくりだ。


「あの?」


 固まった俺に少女は訝しげに声をかけてきた。それで俺は我に帰る。

 

「……俺たち、どこかで会ったことはありませんか?」


 気付くとそう口にしていた。胸の奥には夢の中で感じていた悲しみの感情が渦巻いている。だから聞かずにはいられなかった。


「……」

 

 少女は眉を顰め、目を細める。それで俺は失言に気付いた。少女の警戒心が跳ね上がったのが手に取るようにわかる。


 ……しまった。これじゃあナンパじゃねぇか。


 そうは思ったが時既に遅し。


「ありません。邪魔ですのでお引き取りください」


 少女は不機嫌そうに言い放った。最悪の第一印象だ。完全にやらかした。


「あぁー。いや、忘れてください」


 俺は慌てて咳払いをすると、持っていた紙を少女に見せる。


「少しお聞きしたいんですが、ここってこの場所であっていますか?」


 少女は紙に視線を走らせると眉根を寄せながらも頷いた。雑な地図で申し訳ない。


「……はい。簡素なものなので確実ではありませんがおそらく。しかしどのような御用件でしょうか?」


 少女の声音が冷めたものに変化していく。やはり警戒されている。

 しかし当然の反応だ。なにせ少女からしてみればナンパ野郎が自宅の地図を持って訪ねてきたのだ。

 警戒しない方がおかしい。

 だが、ここで怖気付くわけにはいかない。


「実は師匠にここを訪れるように言われていて……」

「師匠? 失礼ですが、ここがどのような場所なのかご存知ですか?」


 少女は眉を顰めながら問う。

 どのような場所。そう言われても答えられない。強いて言うなら豪邸か。しかしそんな事を聞きたいわけではないのはさすがにわかる。

 しかし俺はまともな説明もなく送り出された身。とりあえず行けと言われて来ただけ。答えられるわけがない。

 それをどう説明したものかと考えていたのだが、まずかった。

 即答できない俺に不信感を募らせていく少女が眉を一層顰める。なのでまずいと思い、素直に白状することにした。


「……実は詳しい説明を受けていなくて」

「そうですか。ではお引き取り下さい。ここは『一般人』が来るような場所ではありません」


 ピシャリと少女が言い放つ。問答など無用。そんな雰囲気を少女は纏っている。

 だけど俺は言うと「一般人」と聞いてピンときた。

 どうやらどのような場所という意味合いについて、勘違いしていたらしい。

 走っている時は腰に愛刀を差していたので、とても「一般人」には見えなかったのだが、東京に入ってからは人が増えたのでしかたなくリュックの中に押し込んでいる。

 そのため、今の俺は和装の「一般人」だ。


「どのような場所という意味を勘違いしていました」


 周囲に視線を走らせると共に周囲の気配を探る。少なからず人はいるが、誰もこちらに視線を向けていない。

 だから小さく呟いた。


「……『白帝』」


 呼びかけに応じ、手の中に白銀の刀『白帝』が顕現した。それはどうみても「一般人」が行えることではない。

 つまり少女が言っていた「どのような場所か」というのは魔術を知っているのかどうかだ。

 少女は目を見開くと、頭を下げた。


「こちらこそ申し訳ございません。当主に取り次ぎます。ついてきて下さい」




 屋敷に入るなり、まずは客間に通された。少女は当主に取り次ぐために席を外している。

 俺は案内された部屋をぐるりと見渡した。

 外観から予想はしていたが当然のように和室だ。どうやら日本の魔術師は和室が好きらしい。とはいっても俺が知る魔術師が師匠とこの家の人ぐらいしかいないので偏見でしかないのだが。


……魔術師がみんな日本風なわけないよな?

 

 ともあれ長いこと和室で生活していたので居心地がいい。

 荷物を置き、待つこと数分。少女が客間に戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」


 少女の案内のもと、当主がいるという大広間へと移動した。

 

 大広間へと入ると大きな机があり、上座に一人の男が座っていた。黒いスーツをきちりと着こなした真面目そうな顔立ちの男性だ。

 歳は四十代だろうか。髪と瞳は黒く、典型的な日本人といった風貌。髪は少し長く眼鏡をかけていることから理知的な印象を受ける。


「お父様。連れて参りました」

「うん。ありがとう」


 白い少女の言葉に男は柔和な笑みを浮かべた。


「では私は準備があるのでこれで」

「真白も聞いていってくれるかな? 関係のある話だから」

「……わかりました」


 どうやら少女は真白というらしい。容姿にとても合っている名前だ。

 彼女は頷くと男の隣に座った。


「キミも座ってくれ」


 そう言われて俺は下座に腰を下ろした。


「まずは遠い所から来てくれてありがとう。私の名前は星宮修司(ほしみやしゅうじ)。この星宮家の当主をしている」

「ご丁寧にありがとうございます。岩戸刀至です」

「それでこっちは娘だ。ほら真白」

星宮真白(ほしみやましろ)です」


 失礼ながら星宮親子を見て、似てないなと思った。

 修司さんの容姿は平凡なものだ。顔は整っていて理知的な印象を受けるがとびきりかっこいいというわけではない。

 しかし星宮さんはと言うと、とびきりの美人だ。そこいらの芸能人やモデルにも引けを取らない容姿をしている。

 日本人離れした雪原のような白髪がその印象を加速させている。

 簡単に言うと星宮さんの容姿が飛び抜けているのだ。


「似てないと思ったかい?」


 心臓がドキッと跳ねた。思い切り図星だ。視線を彷徨わせたがそれはもはや「そうだ」と言っているようなもの。

 俺はバツが悪くなり、素直に謝罪を口にした。


「すみません」

「ははは。キミは正直だな。でも謝ることじゃないよ。よく言われるからね。真白は母親似なんだ。美人だろう?」

「お父様!」


 星宮さんが慌てて声を上げた。恥ずかしいのか頬が赤くなっている。

 修司さんが軽快に笑う。


「ともあれ刀至くん。キミのことは先生から聞いているよ」

「先生?」

「そう先生。キミの師匠だ。そして私と先生の関係はこれを見ればわかるかい?」


 そう言って掲げて見せた左手の中指には刀至の中指に着いている指輪と同じものがあった。

 まさかこんなに早く、唯一の兄弟子に会うことになるとは。


「どういうことですか?」


 疑問の声を上げたのは星宮さんだ。

 はたから見ると何もない手を見せつけただけのように見えたはず。当然の反応だ。


「真白には時が来たら教えるよ」

「……わかりました」


 自分だけ除け者にされたのが不服だったのか星宮さんは少し不満そうに頬を膨らませた。


「まあキミのことを聞いた、と言っても聞いたのはついさっきなんだけどね。いきなり連絡してきて驚いたよ」


 ……聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。


「さっき……ですか?」

「うん。三十分ぐらい前かな?」


 ……それはつまり、出立してから連絡したということか?


 俺が富士樹海の隠れ家を旅立ってからおよそ七時間。その間、いつでも連絡できたはずだ。

 夜は迷惑だからと遠慮した可能性もあるが、普通は連絡をしてから送り出すものじゃないのかと思わずにはいられない。


 思わず頬が引き攣った。

 それに気付いたのか修司さんも苦笑を浮かべる。


「その顔は、また先生が何かやったんだね」

「ええ……まあ。そうです。学園に入れと言われて出立したのが日付が変わって直ぐだったんですよ」


 別に隠すことでもないので素直に白状した。


「それは何というか……先生らしいね」

「ですね……」


 修司さんが疲れたような笑みを見せた。

 兄弟子ともなると師匠のメチャクチャには俺以上に付き合わされているはずだ。通じるものを感じて曖昧に笑う。


「さて! じゃあ早速だけど本題に入ろうか」


 修司さんは空気を切り替えるように柏手を打った。


「私は先生に大恩がある。だから頼られた時は可能な限り応えるようにしているんだ。今回のこともそうだね。学園の卒業までキミのことは私が面倒を見ることになった」

「え?」


 星宮さんが思わずと言ったように声を漏らした。

 慌てて口に手を当てていることから本意ではなかったのだろう。

 しかし黙っていることはできなかったようで修司さんに言い募る。


「お父様。どういうことですか?」

「言葉の通りだよ。刀至くんは星宮家で預かることになった。簡単に言うと養子だ。真白もよろしくね」

「よろしくねって……でも私は……!」


 星宮さんが身を乗り出す勢いで修司さんに迫る。見れば肩が震えていた。

 しかし当の修司さんは星宮さんの反応は想定内だったのか、諭すように言葉を口にする。


「わかっているよ。だが彼なら大丈夫だ」

「……何を根拠に!」


 尚も言い募る星宮さんを修司さんは片手を上げて制した。


「真白。キミもわかるだろう? このままじゃいけないって。だから私を信じてくれ」


 修司さんの言葉に星宮さんは俯いた。そして絞り出すように言葉を溢す。

 

「…………養子ということは星宮家に入るということですか?」

「その通りだね」

「それは……他の家が黙っていないのでは?」


 星宮さんの様子は何か理由を探しているようにも見えた。どうやら歓迎されていないらしい。

 

「まあそうだね。でもこれは譲れない。私と先生の間にはそれだけ大きな恩があるんだ」

「…………わかり……ました」


 渋々といった様子で星宮さんは引き下がった。

 その様子に修司さんはホッとしたように息をつく。

 しかし肝心な問題が残っている。

 

「待ってください! 養子ですか?」


 当事者であるはずの俺が置いてけぼりだった。養子なんて話はまるで聞いていない。


「聞いていないんだね……。まずは食い違いがあるといけないから刀至くんの聞いたことを教えてくれないかい?」

「ええ。と言っても学園に入れと言われて地図を渡されただけですが」

「うーん。やはりと言うべきか、先生は何ひとつ説明していないんだね。まああの人がちゃんと説明なんてするはずないか……」


 修司さんは天を仰ぎ、目頭をおさえた。


「よし。なら私から説明しよう。まずさっきも言った通り刀至くんは星宮家の養子になる。急だったからいま手続きは進めているところだけど、今日からキミは星宮刀至になる訳だ。これは岩戸刀至の身の上だと不都合があるから。理由はわかるね?」


 これは岩戸刀至という人間が戸籍上はもう生きていないからだろう。俺は()()()死んだことになっている。

 修司さんはどうやらそこら辺の事情も師匠から聞いているらしい。

 あえてボカして言ったのは星宮さんがいるため。配慮してくれたのだろう。

 師匠が手は打ってあると言っていたのはおそらくこのこと。

 正確には手を打っていた訳ではなく丸投げだった訳だが。ともあれ死んでいる人間が学園に通えるはずもないので養子という手段には納得した。


「はい」

「だから星宮刀至として学園に通う」

「それはわかりました。ですが、私はどこから来たことになっているんですか?」

「当然の疑問だね。だけどそこは安心してくれていい。キミは星宮家が運営している施設から引き取ったことになっている。これでも星宮家は名家でね。少し強引な手も使えるんだ」

「すみません。お手数をおかけしました」


 修司さんは簡単に言っているが、実在しない人間を養子に迎えるのだ。容易にできることではない。おそらくかなりの手間が掛かっている。

 俺は感謝の意を込めて頭を下げた。


「だから私はキミのことを息子として扱う。キミも私を父親だと思ってくれ。この家も実家だと思って寛いで貰って構わない。部屋は後で案内するよ」

「何から何までありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 俺は二人に頭を下げた。


「それと敬語も不要だよ。なんならお父さんと呼んでくれてもいいよ。真白は呼んでくれないからね」


 修司さんが戯けた様に笑う。気さくな人の様で安心した。

 しかしそれとこれとは別問題だ。会ったばかりの人を父と呼ぶには少し抵抗がある。

 なにせ俺には家族がいない。だから父親という存在がどういうものなのかがあまり理解できていないのだ。

 

「……善処します」


 だから俺はなんとかそれだけ口にした。


 


 修司さんとの話が終わった時には時刻は八時になっていた。学園には八時半集合のため、ゆっくりしている余裕はない。

 幸い、学園までは五分で行けるとのことだった。星宮さんが案内をしてくれるそうなので十分後に正門の前で待ち合わせをしている。

 なので自室となる部屋に案内された後、すぐさま制服に着替えることにした。


「たしかクローゼットの中に用意してくれてるんだっけか?」


 修司さんに言われた通り、クローゼットを開ける。すると白を基調とした制服がハンガーにかけられていた。

 たったの数時間前に連絡を受けたと言うのにすぐに用意してくれたのだから星宮家には感謝しかない。

 早速制服を取り出すと着替えを始めた。


「それにしても久しぶりだな」


 グレーのシャツに袖を通しながらつぶやく。修行が始まってからずっと和装しか着ていなかった。だから制服のようにきっちりとした服を着るのは約二年半ぶりだ。

 和装に慣れていたこともあり、少し窮屈に感じる。だけどこれから毎日着ることになるのだ。そうも言っていられない。


「まあそのうち慣れるか」


 手早くズボンを履き変え、ジャケットを羽織りネクタイを締めれる。これね着替えは完了だ。

 最後に姿見の前でおかしなところはないかと確認する。


「よし! 大丈夫そうだな!」


 サイズも問題なくて一安心だ。今日は始業式のため、特に荷物もない。修司さんによると武器さえ忘れなければいいらしい。

 始業式に武器がいるとは本当に魔術学園なんだなと、今更ながらに実感が湧いてくる。

 そんなことを考えながらリュックから二振りの愛刀を取り出し、先程修司さんから貰った竹刀袋に入れた。

 それを肩にかければ準備は完了。忘れ物もない。

 ちなみに弥栄学園の生徒は銃刀法が適応されないらしい。

 たとえ職質されても生徒手帳を見せれば見逃されるのだとか。

 

 一応『白帝』と『虚皇』はいつでも取り出せるが、師匠から学園では使用禁止と言われているので出番はないだろう。


「はたから見たら剣道少年だな」


 部屋を出る際にチラと鏡を見て苦笑を浮かべた。それから星宮さんが待つ正門へと向かう。




「お待たせしました!」


 正門に着くと既に制服に身を包んだ星宮さんがいた。

 俺と同じ白い制服に同じ色の長い髪がよく映えていてる。


「とても似合っていますね」

「……ありがとうございます」


 星宮さんは大して反応も見せずにそれだけ言うとスタスタと歩き出してしまった。

 俺も慌てて後を追う。


 ……やっぱ歓迎されてないよなぁ。


 星宮さんと修司さんのやりとりを見て率直に思ったことだ。

 星宮さんは俺が養子になるのに反対していた。修司さんに言いくるめられる形で強引に納得させられた感じだ。


 ……まあ第一印象が最悪だったから仕方ない……か。


 出来ればこの誤解は解いておきたい。

 だけど「キミにそっくりな子を夢に見たんだ」なんて言おうとものなら警戒心はさらに増すだろう。


 ……それに女の子だしな。


 突然歳の近い見知らぬ男が養子となり、一つ屋根の下で暮らすことになる。女の子ならば誰でも不安に思う状況だ。

 だけどやはり一緒に暮らす以上、この関係性はどうにかしたい。

 

 どうするべきかと考えながら歩いていると、すぐに学園へと到着した。

 

 国立弥栄学園。

 表向きは超の付くほどのエリート校。しかし裏側は魔術師育成機関。

 日本最大の魔術組織、日本魔術協会が運営母体となっている学園だ。

 

 同じ白の制服を着た大勢の人々が一様に校門へと向かっている。これが全て魔術師、その卵なのだ。

 数年前まで御伽噺の住人だと思っていた人々がこんなに大勢いるなんてとても信じられない。

 自分の知っていた世界がいかに表面的なもよだったのか思い知らされた気分だ。


 ……それにしても大きいな。


 学園は巨大だった。

 星宮家の武家屋敷も大きかったが、弥栄学園はそれ以上だ。

 校舎は七階建て。左右と正面に合計三つの棟がある。加えて校舎のそのまた奥には高層ビルが三棟立ち並んでいた。何十階建てなのかはここからでは判断がつかない。


 ……それに、あれは魔術だな。


 目を細め、じっくり観察していると上層階部分が魔力で覆われていることに気付いた。となるとおそらく見た目通りの大きさではない。

 内部は魔術によって拡張されていることだろう。


「――早く行きますよ」


 学園に圧倒されていると、星宮さんはスタスタと校門をくぐってしまった。

 俺は慌てて後を追いかける。だけど校門の直前で急ブレーキを掛けた。


 ……僅かに魔力があるな。


 眼前に小さいながらも魔力反応がある。


 ……やっぱりまだまだ未熟だな。


 校舎に気を取られて気付かなかった。

 師匠であれば遠目からでも看破したことだろう。ともあれ星宮さんが無事通り抜けていることから学園を守っている結界だと予測できる。

 目を瞑り、集中していくと学園全体を球形上に覆っていることがわかった。


 ……これなら問題ない、な。


 俺は安全を確かめてから目を開く。すると星宮さんがこちらを見ていることに気付いた。


「わかるのですか?」

「結界……ですよね? それにしても大きいですね。学園の敷地全てを覆っている。この規模の結界は初めて見ました」


 富士樹海の隠れ家にも結界が張ってあった。

 結界と言っても隠れ家全体を覆えるほどの小規模なものだ。だけどそれは師匠のお手製結界。

 壊してみろよ。なんて言われてムキになり、全力で斬りかかったがビクともしなかった。結局、二年半の期間で一度も壊せなかった。

 ともあれ、あの結界により隠れ家の安全は保障されていた。師匠という危険はあったが。


 すると俺の言葉を聞いた星宮さんが大きく目を見開いた。


「この学園全体を感知できるのですか?」

「まあこのくらいなら」


 というより出来なければ霊峰富士では生きて行けない。これぐらいの範囲を感知できなければ奇襲で死ぬ。あそこではこれ以上の距離からの奇襲なんてザラだった。

 

 しかし俺の言葉が意外だったのか、星宮さんは狐につままれたような表情を浮かべている。


「この……くらい……?」

「……? はい」


 なんで驚くのかがよく分からずにとりあえず頷いた。普通は出来ないのだろうか。


「凄まじいですね。得意な魔術はなんですか?」

「……あぁ〜」


 俺は剣士だ。魔術は全く使えない。

 しかしここは魔術師育成機関だ。なんで言おうとか悩む。するの星宮さんは誤解したのか、慌てて頭を下げた。


「すみません。あまり詮索するものではありませんね」

「あぁいや。そういうわけじゃなくて……魔術は使えないんですよ」

「……え?」


 星宮さんが目を見開く。当然の反応だ。逆の立場だったら俺でも同じ反応をする自信がある。

 

「全く使えないんです。ちょっと事情があって……」


 魔術というものは魔術定数と呼ばれる数式のようなものを組み合わせて発動する。その組み合わせたものが魔術式だ。

 普段は一般人レベルに抑え込んでいるが、俺の身には膨大な魔力が秘められている。その量が桁違い過ぎるあまり緻密な制御ができず、魔術式を記述できない。もし記述できたとしても魔術式が俺の魔力に耐えられず壊れてしまうのだ。

 だから俺は魔術が使えない。一応事情から基礎は学んでいるが、早々に諦めた。


 ――お前は剣才が飛び抜けてるからそっちを伸ばせ。


 これが師匠の言葉だ。

 曰く、使えない魔術に時間を割くぐらいなら得意な剣術を伸ばせとのこと。

 

「貴方は魔術師じゃないのですか?」

「はい。俺は剣士です」

「待ってください。魔術師じゃないのに編入できたんですか?」

「らしいです」

「らしいって……。今朝話していたお師匠様がすごい方なのですか?」

「おそらく……?」


 実のところ、俺は師匠が何者なのかをよくわかっていない。だけど今まで特に気になったことはなかった。俺に力を授けてくれる存在。それだけで十分だったからだ。


 ……しかしこうなると気になってくるな。


 魔術師育成機関に魔術の使えない人物を送り込める。そしてあんな豪邸に住む修司さんの先生。

 まったくもって謎だらけだ。


「お名前をお聞きしても?」

「鴉羽士道……ですね」


 特に隠すことでもないような気がしたので教えた。

 あれだけ強いのだから多分星宮さんも知っているのだろうと思って。

 

「鴉羽士道……」


 しかし星宮さんは名前を反芻して首を傾げるだけだった。


「知りませんか?」

「はい。聞いたことがないですね」

「そうですか」


 意外だった。

 てっきり有名人だと予測していたのだが、そうではなかったらしい。


 ……まじで何者なんだ師匠。


 するとその時、校舎からチャイムが聞こえてきた。

 久しぶりに聞く音だ。少し懐かしくなる。


「すみません。急がないと遅刻してしまいますね」


 どうやら長話をしてしまったらしい。

 あれだけいた生徒たちがいまや(まば)らになっている。

 

「急ぎましょうか」


 そうして俺たちは一緒に下駄箱へと向かった。

 



 俺は転入生なのでまずは職員室へ赴くようにと修司さんから言われている。師匠とは違って本当に頼りになることこの上ない。

 星宮さんは自分の教室に行くとのことだったので職員室の場所を聞いてからわかれた。

 職員室は一階の奥まった場所にあるらしい。広大な校舎のため、迷うかと思ったが下駄箱からは一本道だった。流石に一本道では迷いようがない。

 無事、時間に遅れずに到着できた。

 

 ……しっかり転入生の話は伝わってるのか?


 連絡したのが修司さんなら信用できる。

 しかし師匠ならまったくできない。だから少し不安に思った。

 しかしあまり時間もないのですぐに職員室の扉をノックする。


「すみません。転入生のいわ……星宮刀至です」


 岩戸と言いかけたが慌てて訂正した。岩戸刀至は既にこの世には存在しない。これからは星宮刀至なのだと改めて肝に銘じておく。

 バレると師匠や修司さんに迷惑が掛かる。それは俺も本意ではなかった。


「星宮家当主から職員室へ赴くようにと言われて来たのですが……」

 

 一瞬の沈黙。

 まさか伝わってないのではなんて思ったが、すぐに中の気配が動いてこちらにきた。

 なので少し待つ。

 

 すると一人の男性教師が扉を開けて現れた。


「君が転入生か! オレは一級魔術師の工藤翔(くどうかける)だ! よろしくな!」

 

 鬣のような金髪に口髭、野性味を帯びた顔はまるでライオンのようだ。濡羽色の軍服を着ているが、鍛え上げられた筋肉ではち切れそうになっている。

 そんな男はニカっと笑うと握手を求めてきた。

 見た目から想像できる通り、なかなか豪快な人物みたいだ。


「星宮刀至です。よろしくお願いします」


 俺は工藤先生の手を取り、握手を交わした。

 大きな手だ。この手は剣を握った者の手ではない。おそらく拳を武器とした武闘派の魔術師なのだろう。


 ……なるほど()()()一級か。


 魔術師には階級がある。

 下から、

 五級魔術師。

 四級魔術師。

 三級魔術師。

 二級魔術師。

 一級魔術師。

 そして、最上位の特級魔術師。

 

 師匠によれば特級魔術師は日本魔術協会内で最強の十人に与えられる特別な階級らしい。

 なんでも全ての魔術師の目標であり憧れの存在なんだとか。なので工藤先生の一級は最上位ではないものの、十分に強者といえる。


 俺はというと五級だ。

 弥栄学園、その高等部に進学した時点で生徒たちは皆、五級魔術師になるらしい。

 しかしおそらくだが俺の今の実力は少なく見積もっても一級以上。特級は会っていないのでわからない。


「おう! 星宮は高等部一年の一組だ」


 どうやら手続きは無事なされていたようだ。先程抱いた不安は杞憂だったらしい。

 本当によかった。


 ……さて、これはどっちがやってくれたんだろうな?


 おそらく修司さんな気がする。


「星宮はこの学園でのクラスの意味を知っているか?」

「いえ。知りません」


 師匠からはなにも説明を受けていない。俺にあるのは魔術師についての最低限の知識だけ。

 普通の学校ならばクラスはランダムで決められる。そこに意味はない。

 例外的に特進クラスのある学校もあるらしいが、弥栄学園でもそういった意味合いのクラス分けがあるのだろうか。


「なら先に教えておこう。この学園では一クラスは三十人だ。そしてクラスメイトはテスト毎に変わる」

「珍しいですね。普通の学校なら一年毎ですよね?」

「そうだな。だが弥栄学園は普通じゃない。この学園は実力が全てだ。定期テストの結果で上から三十人ごとにクラス分けが行われる」

「ということは一組の人間が上位三十名ってことですか……。でもなんで俺が一組なんですか? テストとか受けてないですけど……」


 学園に行けと言われて来ただけなのでいきなり高等部一年の中の上位三十名に入れられることに違和感を感じる。


「さあな。それは俺も知らないが理事長からのお達しだ。星宮っていうのが関係してるんじゃないか?」


 つまりコネか。おそらく工藤先生の言った通り、星宮家が何かしら働きかけたのだろう。

 あんな立派な武家屋敷に住んでいるのだから星宮家はそれなりの地位だと思っていた。だけど最上位クラスに魔術師でもない人間をねじ込めるとは予想以上に高い地位の家らしい。

 だから聞いてみた。


「……星宮家ってそんなに凄いんですか?」

「………………は?」


 工藤先生が呆けた声を出した。気付けば、職員室も静まり返っている。


 ……やらかしたか?


 もしかして当たり前のことを聞いてしまったのだろうか。

 やがてたっぷり数秒ほど固まっていた工藤先生が再起動した。


「今なんて言った?」


 どうやら聞き間違いを疑っているらしい。

 

「……星宮家ってそんなに凄いんですか?」

「……聞き間違いじゃなかったか。しかしお前、本気か? 星宮家といえば日本魔術界の御三家じゃねーか。重鎮だぞ重鎮」

「……」


 予想以上に大物だった。というよりそもそも御三家とか仰々しいものが魔術師の世界では当たり前なことにも驚いた。


「まったくどういう敬意で養子になんてなったんだ? まあ詮索はしないでおこう。藪蛇になりそうだ……」

「そうしてもらえると助かります」

「やっぱりか……。だけどこれからは弥栄学園の生徒だ。そこら辺も勉強して、より励むように」

「はい。わかりました」

「じゃあさっそく今日の予定だが、これから始業式がある。星宮……いや、二人いるから名前で呼んでいいか?」

「大丈夫です。紛らわしいですもんね」


 実際、星宮と呼ばれてすぐに反応できる自信がない。名前で呼んでもらえると非常に助かる。


 ……これも慣れないといけないな。


 当然、全員が全員名前で呼んでくれるわけではない。だから早々に慣れる必要がある。


 ……すこし寂しいけどな。


 俺にとって岩戸という苗字は大切なものだ。『家族』との思い出が詰まっている。

 そんな苗字を隠さなければならないのはやはり寂しい。


 ……まあ仕方ないか。


 こうするしかない以上は納得するしかない。

 

「助かるよ。では刀至。まずは始業式に参加してもらう。そのあとはホームルームだ。そこで刀至のことをクラスメイトに紹介する」

「了解しました」


 頷いたタイミングでちょうどよくチャイムが鳴った。


「ちょうどいいな。では行くぞ」


 先に廊下に出た工藤先生に続いて、俺も廊下に出た。




 始業式はかなり大規模なものだった。

 なにせ弥栄学園は小中高一貫。全校生徒が集まればそれは大規模なものになって当然だ。

 それに普通の学校ならば始業式は体育館と相場で決まっているが、弥栄学園はワケが違う。

 会場は劇場のような形をしたホールだ。

 当然、全員が椅子に着席している。しかし俺は転入生ということもあって、教職員席の後ろの方に座っていた。

 制服を着ているのにも関わらず教職員の列にいるのが珍しいらしく、チラチラと視線を感じる。


 ……しかし多いな。


 校舎を見て予想はしていたが、生徒の数がひたすら多い。

 一学年、三クラスの九十名。それが小中高ともなれば単純計算で千八十名。教職員を含めればもっといるだろう。

 見たところ前から高等部、中等部、小等部となり、右側に高学年がいる。教職員の位置はそのさらに隣だ。


 ……ていうか魔術師になる人間ってこんなに多いのか。


 魔術師は世間から秘匿された、いわば裏側の人間だ。

 そんな魔術師、魔術師の卵が目の前にたくさんいることが元一般人の俺にとって不思議な感覚だった。

 なにより各々が武器を身につけているのが面白い。そんな俺も愛刀を二振り装備している。


『これより始業式を開始いたします』


 アナウンスとともに始業式が始まった。

 始業式は特に変わったところはない。普通の学校のように生徒会長が話し、校長が話し、連絡事項が伝えられていく。

 定番の校長先生の話が長い、なんてことはなく簡潔に必要事項だけ話して終わった。そのため、かかった時間は二十分ほど。

 しかし最後の最後で異変が起こった。


『これにて始業式は終了しま……』


 アナウンスの途中で壇上に黒い靄のような物が出現。それはやがて人の形を作った。

 どこからどう見ても異常事態。いつでも抜けるように俺は腰の刀に手を伸ばした。


 ――常在戦場。


 師匠の教えは学園に来ても変わらない。いつでも対応できるように構えている。

 

 やがて姿を現したのは漆黒の長髪に漆黒の目をした女性だった。

 濡羽色のローブを纏い、身の丈を超える杖を携えている。いかにも魔術師然とした人物だ。


 その人物が出現するなり教職員が一斉に跪いた。学生たちは訳も分からず困惑している。

 耳を澄ますと「だれだ?」という声が大半。壇上の人物が誰だかわかっていない様子だ。


「面をあげよ」


 凛と透き通るような声が響いた。教職員達が顔を上げ、直立の体制を取る。


「生徒諸君は初めまして。私は始祖代理のアラトニス=シャドウ。この学園の理事長でもある」


 よく通る声で女性はそう名乗った。

 始祖代理という地位がどれほどのものかはわからない。しかし始祖なんていう仰々しい単語が入っていることから低くないことは容易に想像がつく。


「私からも挨拶と行こうか。昨今、魔術師の質は落ちている。これは由々しき事態だ。魔術師が弱くなれば終域(エンド)の対処に追い付かず、国が滅ぶ。君たちは国の守護者、その卵なのだ。ではなぜ質が落ちるのか。わかる者はいるかね?」


 アラトニスは問うた。

 しかしその異様な雰囲気に圧倒されたのか答える者はいない。

 俺はというとさらに警戒心を高めていた。質問に答えるよりも意識を逸らすなと頭の中で警鐘が鳴り響いている。


「いないか。これは期待外れだな。しかし面白いのも何人かいる」


 アラトニスが冷めた瞳でホールを睥睨する。無機質な表情と相まって冷徹な印象を受けた。

 ひとしきり生徒を見回した後、アラトニスは教職員の列に目を向ける。

 そして俺と目があった。

 吸い込まれそうなほど暗い、闇のような瞳だ。

 とても嫌な予感がする。その予感を裏付けるかのようにアラトニスが不敵に笑った。

 しかしアラトニスはすぐに視線を外すと言葉を続ける。


「答えは危機感の欠如だ。強敵と相対することがなければ人は弱くなる。命の危機が人を成長させるのだ」


 どうやらアラトニスは師匠と同じような考えを持っているらしい。


「……よって私がキミたちの危機となろう」


 教職員の数人が身構えたのがわかった。工藤先生もそのうちの一人だ。よくよく見ると強そうな気配を持った数人の教師は全員身構えている。


「――では始めよう」


 瞬間、アラトニスから殺気が迸った。

 師匠の殺気と遜色の無いほどに圧倒的な死の気配。

 意識を失い、倒れるものが多数。蹲るものが若干数。そして立っていられたのはわずか数名。

 俺も二年半前なら気絶していたことだろう。

 しかし慣れている。それ以上に身体が反応する。


 ――殺られる前に殺る。

 

 それは修行中に経験した度重なる死の予感からの反射。死の気配を感じたら無意識でも身体が動くようになっている。

 頭で考えていたら遅い。富士の魔物は、正真正銘のバケモノどもは思考を待ってくれやしない。


「『白帝』! 『虚皇』!」


 出し惜しみはしない。使用を禁じられた銀と黒の魔剣が姿を表す。相手はそれほどのバケモノだ。

 

 身体を沈め、足に力を溜める。並行して白帝に身体中の魔力を注ぎ込む。

 一般的な魔術式では俺の持つ膨大な魔力を受け止めきれない。しかし、この魔剣たちは別だ。

 普通の魔術式ならばとっくに破綻している量の魔力を喰らっても未だ限界が見えない。

 それよりも「もっとよこせ」とばかりに魔力を喰らい尽くす。


「――!」


 半神の身体能力を駆使して、彼我の距離を一呼吸の内に詰める。


「シィッ!」


 裂帛の気迫を込めて銀光纏し白帝で斬撃を放つ。後のことなんて考えていない全力の斬撃。

 しかし、アラトニスは俺の一挙手一投足を見ていた。

 ほぼ一瞬で放たれた斬撃にアラトニスは右手を掲げることで応える。

 直後、轟音と共に衝撃がホールを揺らした。


「――チッ!」


 口から思わず舌打ちが漏れる。

 アラトニスが掲げた右手にはいつのまにか黒い靄が出現していた。それが斬撃を受け止めている。


 ……バケモノか!


 富士の魔物でも一撃で絶命させるほどの斬撃だった。魔剣の性能も相まって、今までで最高の一撃だったと自負している。

 しかしアラトニスは片手だけで防いだ。


 ……なら!

 

 すかさず虚皇に魔力を込め、二ノ太刀を振ろうと構える。だが動作に移る直前でアラトニスの左腕に襟を掴まれた。


 ……なにっ!?


 凄まじい膂力で引き寄せられる。

 俺は拘束から逃れるべく、虚皇を振り上げた。目的は腕の切断。虚皇ならば()()()

 しかし虚皇を振るう寸前、アラトニスが小さな声で呟いた。


「なるほど。これは凄まじいな。さすがは半神と言ったところか」


 それと共に襟を掴んでいた手を離す。

 俺は警戒しつつも距離をとった。

 

「――ッ! ……なぜ知っている!」

「見ればわかる。それより……」


 アラトニスが視線を俺の背後へ向ける。


「彼らが強者だ。よく覚えておけ」


 そう言うと、アラトニスは殺気を霧散させた。警戒はやめずに生徒たちに視線を向ける。

 小等部、中等部は全滅だ。

 高等部でも立っているのは三人。蹲りながらも意識のある者は五人。その他は全員気絶している。

 立っているのは者の中には星宮さんも含まれていた。

 しかし立っていると言っても全員が同じ状態なわけではない。

 星宮さんは余裕があるように見える。だが、すぐ近くに立っている眼鏡をかけた男子生徒は額に珠のような汗を浮かべている。おそらく立っているだけでやっとの状態。

 そしてもう一人。位置が離れていることからおそらく上級生の女子生徒だ。こちらは男子生徒よりは余裕はあるが、星宮さんよりはない。ちょうど二人の間と言ったところか。


「これを見せるために?」

「魔術師の仕事は五人パーティで行うのが基本だからな。お前ほどの逸材を凡人と組ませるのは勿体ない」

「……なぜそこまでしてくれるんです?」


 アラトニスの言った理由は納得できる。俺が学生レベルの魔術師と同じチームになっても百害あって一利なしだ。学生は俺についていけず、俺は学生から得るものがない。

 しかし何故ここまでしてくれるのかがよくわからなかった。

 

「頼まれごとだよ。お前の師匠からな」

「師匠から?」


 ここで師匠の名前が出るとは思わなかった。


 ……ホントに何者なんだよ師匠。

 

 始祖代理なんて仰々しい役職の人物に頼みごとができる身分だとは。

 しかしあの強さならば納得もできる。


「では私の用件は済んだことだし行くとするか。っとその前にお前は元の場所に戻れ」


 アラトニスが俺に手をかざすと視界が闇に包まれた。次の瞬間、すぐに視界が晴れる。


「……は!?」


 いつのまにか元いた場所に戻っていた。おそらくは転移魔術の類だ。

 だけど魔術式は見えなかった。どういう原理なのかが全くわからない。


 ……異能の類か?


 師匠から聞いたことがある。

 稀に魔術式なしで魔術のような現象を引き起こす人々がいると。しかし無条件で使えるわけではない。

 

 ……代償はなんだ?


 異能を持つ者は例外なく代償を払っている。

 それは生まれつき視力がなかったり、片腕がなかったり。代償の大きさは異能の強さに比例する。

 しかしアラトニスに欠陥は見られない。


 ……せめてもう一度……。


 俺は両手に力を込める。するとその時、肩を掴まれた。


「刀至。これ以上は見過ごせない」


 工藤先生だった。周囲を見れば教職員たちが身構えている。


 ……しまったな。


 アラトニスに集中するあまり、周りが見えなくなっていた。害がないので意識外に置いていたとも言う。

 俺は身体の熱を吐き出すように大きく息をついた。


「……失礼しました」


 頭を下げてから白帝と虚皇を消し、臨戦態勢を解く。ただ警戒は怠らない。


 ……完敗だな。


 これが実戦なら俺は負けていただろう。

 それも超越者ではない人間に。ひたすら悔しい。


 ……まだまだ実力不足……か。


 超越者に挑む以上、アラトニスにも勝てなければ話にならないだろう。

 日本に超越者がいないということはアラトニスは超越者ではない。なのにも関わらずあの強さ。

 ならば俺にとってアラトニスも越えなければならない壁だ。


 ……どうやら少し驕りがあったらしい。


 誰が相手であれ、師匠ほどではない。そんな驕りが心のどこかにあったと気付いた。

 俺なんかよりも強者は山ほどいる。意識を改めねばならない。

 これではダメだ。


 ……やはりまだ未熟だな。


 俺は人知れず拳を握りしめる。

 するとその時、アラトニスが口を開いた。


緋月火憐(ひつきかりん)、星宮真白、神城智琉(かみしろさとる)。お前達には期待しているぞ。精進を怠るな」

「「「はい!」」」


 名前を呼ばれた三人が声を揃えて返事をした。

 それを聞いたアラトニスは一つ頷くと、現れた時と同じよう黒い靄となって消える。

 そうして波乱の始業式は幕を下ろした。


 ……それにしても。


「これどうするんだ?」


 俺は死屍累々の有様となった体育館を見ながら呟いた。

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