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七章 半神

「――じくん……! 刀至くん!」


 名前を呼ばれ、意識が微睡から浮かんでいく。

 気付けば身体全体が温かい。このまま眠ってしまいそうになるほどに心地良い。

 だけど⬛︎⬛︎が呼んでいる。ならば起きなければ。

 そうして俺の意識は水底から浮上した。




「刀至くん! 刀至くん!」

「ぅ……大丈夫だ。聞こえてる」


 目を開けると青空を背景に真白が俺の顔を覗き込んでいた。涙に濡れた顔に既視感を覚える。

 だけど俺は生きている。腕は持ってかれたが、致命傷は負っていない。

 ()()()とは違う結果だ。

 

「刀至くん……!」

「うおっ!?」


 真白は顔を歪めると、勢いよく抱きついてきた。

 柔らかい感触といい匂いが――って。俺は(よこしま)な考えを(かぶり)を振って振り払う。


「心配かけたな」

「よかった……。生きてた……」


 俺は残った右腕を真白の背中に回した。

 手に感じる熱が生き残ったと実感させてくれる。


「……どのぐらい経った?」

「ほんの数分だよ」


 泣いている真白に変わり、ほっと息をついた智琉が答えてくれた。

 どうやら気を失っていたのは短い時間だったらしい。


「みんなにも心配かけたな」

「生きててよかったよ。それと、何もできなくてごめん」

「オレも。肝心な時に役立たずだった」


 地面に視線を落とし俯く智琉と、拳を強く握りしめる颯斗。二人とも思うところがあったようだ。

 

「しか……」


 仕方ない。そう言いかけてやめた。

 この言葉では二人のためにならない。

 

「……その気持ちを忘れるな。そうすれば成長できる」


 おそらく二人が感じているのは無力感。

 俺が何もできずに『家族』を失ってしまった時と同じような感情だろう。その感情は人を強くする。

 現にこうして、俺は強くなった。


「そうだね。俯いている場合じゃなかった」

「だな。……刀至。帰ったら日課、厳しくしてくれ。オレはお前と肩を並べて戦いたい」

「わかった。とびっきり厳しくしてやるよ。……それはそうと……何も思わないのか?」


 あれだけの力を出したのだ。

 正直、バケモノだと罵られてもおかしくないと思っていた。だけどみんなの態度は変わらない。

 昨日までと同じ。いつも通りだ。


「あの魔力のこと?」

「ああ」


 俺は頷いた。すると智琉と颯斗、天音さんまでもが苦笑する。


「何も思わないわけないよ。だけど、刀至は僕たちが思ってたより凄かった。それだけだよ」

「だな。それにオレたちを助けるためにやってくれたんだ。感謝こそすれ、文句を言うようなロクデナシじゃないぜオレたちは。な?」


 颯斗が智琉と天音さんに同意を求めると、二人は頷いてくれた。そういう風に思ってくれているのはとても嬉しい。

 俺はホッと安堵の息をついた。

 どうやら緊張していたらしい。そのことを初めて自覚した。


「ありがとう」


 俺は一度目を瞑り、視線を空へと移した。

 そこにあったのは雲一つない晴天の空。まるで俺の心を表しているかのようだった。

 つい笑みが溢れる。


「あっ……と。天音さん。これ、ありがとな」


 肩口から先のない左腕に視線を向けてお礼を言う。

 もう出血は止まっていた。回復魔術を使ってくれたのだろう。

 

「……いえ、でも腕が……」


 すると天音さんは悲痛そうに顔を歪めた。

 欠損した部位を再生させるには高度な回復魔術が必要だ。授業で習ったが、日本国内でもできるのはほんの一握りらしい。


「これなら問題ないよ。富士に帰れば師匠に治してもらえるから」

「……ぇ? 富士? ……帰る?」


 天音さんがキョトンと首を傾げた。

 それで俺は自分の失言を悟る。


「あっ……」


 時既に遅し。智琉と颯斗も天音さんと同じくキョトンとしていた。


「まさか刀至。前言ってた『何度か死にかけた』って……」

「あー……。いや……。……良い機会か」

 

 誤魔化そうとしてやめた。あの力を見せた以上、もう隠せない。

 それになにより、三人はこんな俺を肯定してくれた。だから信用する。今、そう決めた。


「……帰ったらちゃんと話すよ」

「あっ。ごめん。無理に聞き出したいわけじゃないんだ。だから話さなくてもいいよ?」


 気を遣ってくれた智琉に俺は首を振る。

 

「いや、俺が聞いてもらいたいんだ」

「……わかった。そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」

「ついに刀至の強さの秘密がわかるのか! これは楽しみだな!」

「もぅ茶化しちゃダメだよ? 颯斗くん」


 そんな幼馴染三人のやり取りに俺は苦笑した。


「さて、そろそろ身体も動くようになってきたし、戻ろうか。……っと、そういえば救援要請は出したか?」

「いや、瘴気が吹き出してから通信が繋がらないんだ」

「……ん?」


 俺は智琉の言葉に違和感を抱いた。しかしそれがなんなのかがわからない。


「刀至?」

「あぁいや。通信が繋がらないなら自力で帰らないとだな」


 正直、身体を動かすのも億劫だ。

 だけどチンタラしていると日が暮れてしまう。


「真白。帰ろうか」

「……はい」


 背中をさすりながら言うと、真白は小さく頷いて身体を離した。


「すみません。情けないところを……」

「そんなこと思ってないよ。……無事でよかった」

「……また、救われてしまいましたね」

「救えてよかったよ」


 また失わなくて済んだ。それだけで十分だ。

 俺はなんとか動けるまでに回復した身体を引き摺るように起こし、立ち上がる。

 魔力も僅かながら回復していた。


「わるい。方向感覚が曖昧なんだ。どっちが船だ?」


 周りを見れば地面は抉れ、木々は吹き飛び、地形までもが変わっていた。

 もはや地図なんて当てにならない。無論、現在地もわからなくなっている。


「多分向こうだと思うけど、僕たちもあまり自信はないかな。たぶん終域(エンド)化してるから」

「あぁ。そうだった……な?」


 智琉の言葉に嫌な予感がした。


 ――いや、瘴気が吹き出してから通信が繋がらないんだ。


 先ほど抱いた違和感が膨らんでいくのを感じる。


「いや待て。なんで終域(エンド)化が……」


 瘴気を一身に受けた鬼人は殺した。

 ヤツが核だったのはほぼほぼ間違いない。

 ならば終域(エンド)化も解けていないとおかしい。普通ならば通信も繋がるはずなのだ。

 それが示す答えは一つ。


 ――バリン。


 と、何かが割れる音がした。

 視線を向ければ、そこに何かがあった。

 

 亀裂だ。空間に亀裂が走っている。


 ――バリン。


 そして再び響く破砕音。

 

 ――まだ、終わっていない。


「ッ……! 全員! 今すぐに――」


 俺の言葉を遮るように、一際大きな破砕音が響いた。亀裂から何かが飛び出している。

 いや、何かではない。腕だ。褐色の腕が空間を割り、姿を現した。


「……嘘……だろ」


 ありえない。虚空は全てを無に()す空間だ。いくら最強種だろうと耐えられるはずがない。


 ……虚皇!


 呼び掛けに応え、漆黒の刀が顕現する。

 俺は即座に魔力を注ぎ込んだ。

 虚皇を漆黒の光が包み込む。だがもう魔力はほとんど残っていない。

 気を失っている間に回復した分だけだ。

 これでは虚空を開けない。


 ゆっくりと褐色の腕が亀裂の中へと戻っていく。

 次の瞬間、空間が弾けた。

 先ほどまでとは比べ物にならないほど重厚な存在圧。息が詰まる。呼吸が苦しい。


 ……最悪だ。


 姿を現した鬼人。その額にあったのは立派に聳え立つ()()の角。

 目の前に居るのは紛うことなき厄災だ。

 俺たちに勝ち目はない。

 

 瞬間、鬼人の姿が掻き消えた。直後、腹部に衝撃を受ける。


「がはっ!」

「刀至くん……!?」


 地面を転がり、数回バウンドしてから硬い何かに激突し止まる。

 何をされたのかすら分からなかった。拳か蹴か、それ以外か。


 すぐに立とうとして失敗した。

 激痛の走る腹部を見ると、大穴が空いている。

 喉から血が逆流し、血反吐を吐く。

 完全に致命傷だ。命がこぼれ落ちていく感覚がする。

 だけど止まる理由にはならない。


 ……この程度の傷、別に初めてじゃない。


 自身を鼓舞して立ち上がる。内臓がこぼれ落ちるが、気にしている余裕はない。なんとしても仲間たちが逃げる時間を――。


「『神滅天使』! 颯斗! 行くぞ! 刀至を死なせるな!」

「当然だ!!! 小夜! 星宮さん! 刀至の回復を!」

「う、うん!」


 光が溢れ、智琉の姿が天使のように変化する。それと同時に颯斗も全身に炎を纏った。

 初めから全力だ。だが致命的に実力が足りていない。

 

「待て! やめ――!」


 無数の光線を生み出す智琉。炎を纏って拳撃を放つ颯斗。

 一瞬だった。

 一瞬で、智琉の右肩口が吹き飛び、颯斗の脇腹が消失した。

 背後へと吹き飛んでいく二人を見て、天音さんが悲鳴を上げる。


「智琉くん!!! 颯斗くん!!!」


 智琉はまだいい。だけど颯斗の負傷が酷い。

 今すぐに応急処置をしなければ間に合わなくなる。

 

「僕は……いい! 先に刀至……を!」

「刀至くんは私が! 小夜さんは東條くんを!」

「は、はい!」


 天音さんが颯斗の元へ、真白が俺の元へ駆け寄ってくる。


「刀至くん! ……ッ!」


 俺の傷を見て、真白が大きく目を見開いた。

 彼女もわかったのだろう。これは手遅れだと。

 師匠のような回復魔術ならば話は別だが、学生レベルの魔術では治せない。

 腹に大穴が空くというのはそれほどの傷だ。


 だけど真白は諦めなかった。

 歯を食いしばり、次々と魔術式を記述していく。


「……今度は……死なせません!」


 今度は俺が目を見開く番だった。

 真白が記述する魔術式が増える。それはとどまることを知らず、指数関数的に増えていく。


 ……ありえない。


 記述速度に、数。時には並行していくつもの魔術式が記述されていく。そしてその魔術式が移動し、複雑に絡み合い、組み上がっていく。

 

 剣士の俺ですらわかる。

 それは一流と呼ばれる魔術師でも到底成し得ない超絶技巧。その様はいっそ幻想的だった。


 ……あぁ。真白もか。


 俺は悟った。

 真白もかつての理想に追い付かんと限界を超えているのだと。

 

 真白の身体から純白の魔力が立ち昇る。

 神々しさすら感じる姿だが、身体には想像を絶する負荷がかかっているはずだ。その証拠に真白は血の涙を流していた。

 

 そうして緻密に組み上がった立体魔術式。それは神秘的な美しさを誇っていた。


 魔術式が眩いほどの輝きを放ち、儚く消える。すると俺の身体を光が包み込んだ。

 瞬く間に傷が塞がっていく。だが……。


「あっ……」


 真白が声を漏らした。その瞬間、凄まじい量の血を吐いた。


「ま……しろ……!」

「ごめん……なさい。失敗しちゃ……った」


 確かに傷は塞がっている。だけど完全回復には程遠く、致命傷を脱した程度だ。

 だけどこれで十分。戦える。


「ありが――」


 しかしそんな思いとは裏腹に立ち上がろうとした瞬間、力が抜けて地面に崩れ落ちた。

 身体に力が入らない。


 ……くそっ!


 その瞬間、視界の端を何かが横切った。


「がっは……!」

「……さと……る!」


 吹き飛んできたのは両腕を失った智琉だった。しかしそれでも尚、立ち上がろうとしている。


 カツカツと、死神の足音が響く。

 いつのまにか、鬼人が目の前に立っていた。


 ……立て! ここで立たないでどうする!? 何のために力をつけた!!!


 強く願い、身体に力を入れる。

 だけどそれでも動かない。限界はすでに超えているのだ。

 手刀を振り上げる鬼人。その動作がやけに遅く見えた。


 そして振り下ろされる致死の一撃。


「死なせ……ない!!!」


 そこへ白い髪を翻し、人影が割り込んだ。


「やめ――」


 真白の身体へと吸い込まれていく手刀。


 ……また失うのか?


 このまま何もできなければ、あの日の悲劇が繰り返される。

 俺の力不足でまた失ってしまう。


 ……あぁ。


 その時、俺は気付いた。


 ……やってくれましたね。師匠。


 師匠が言っていた大切なもの。その最後の一つがわかった。

 なぜわからなかったのか。それは俺が、既に失っていたからだ。

 それは、――『繋がり』。

 

 俺は『家族』を失った。だからもう失うものはなかった。

 だけど学園に行き、『仲間』が出来た。

 新たな『繋がり』だ。


 失うもののなかった俺に失うものができた。それがどれだけ大きなことか、理解した。


 ……師匠。


 これも全て師匠の手のひらの上。そう考えると少し悔しい。だけど同時に感謝している。


 ……だって俺はまた失うぐらいなら、なんだってできる。

 

 やってやる。そして必ず()()()()()

 

 誓いを果たす前に死んでたまるか。

 

 でないと復讐が果たせない。そして何よりまた⬛︎⬛︎を悲しませてしまう。


 俺は覚悟を決めた。

 回復した僅かな魔力、その全てを胸に刻まれた魔術刻印に注ぎ込む。

 たとえ僅かな魔力でも半神の魔力だ。それは普通の魔術師の魔力よりも遥かに多い。

 封印をこじ開けるには十分だ。

 

 そしてバリンと、魔術刻印が砕け散った。


 ――神威(しんい)が溢れ出す。




 その時、世界でたったの五人がその異変を察知した。

 北欧の閉ざされた山脈、その頂上で一人。


「ほう? ヤツが言っていたのはこれか……」


 南米の地下深く、誰も到達し得ない帝国で一人。


「カカカッ! ついに動き出すか!」


 米国、聳え立つ摩天楼の頂上で一人。


「フハハハッ!!! 祝おう! 新たな英雄(ヒーロー)の誕生を!!! フハハハハハッ!!!!!」


 御霊島上空で佇む一人。


「これほどとは! やはり私は間違っていなかった!!!」


 そして霊峰のほとりで一人。


「……見つけたか。刀至。さて、どう転ぶか。見せてもらおうか」


 五人が五人、新たな時代の訪れを予感していた。




『――止まれ』


 口にした瞬間、全てが止まった。

 鬼人の動きも、風も、音も、空気も。なにもかも。


 神の言霊。神言(しんごん)

 力ある言葉が全てを縛り付ける。

 

 だが無制限に使えるものではない。

 言葉を発した瞬間、耐え切れずに喉が潰れ、鮮血を吐いた。

 激痛がする。だけどそんな痛みはすぐに気にならなくなった。

 絶え間なく全身を襲う痛みと比べれば、こんな痛み、ないようなものだ。


 この痛みは知っている。

 身体が侵蝕されていく痛みだ。

 人間の部分が神のものへと作り替えられていく。

 それと共に先ほど負った致命傷は塞がった。だけど神威で再生したものだ。左腕と腹は全て神の肉体に入れ替わった。

 

 このままいけば俺は俺じゃなくなる。そんな確信があった。


 ……それにしても。


 神威を解放してようやくわかった。

 死の気配の正体、そして鬼人なんていうバケモノが産み落とされた理由、が。

 

 黎明大戦の壁画が描かれていた遺跡。その真下。

 普段の俺では到底感知できないほど深くにそれはあった。


 ……なんだ……あれは。


 邪悪の塊。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 視線を向けているだけで怖気が走る。

 大きさや形はよくわからない。不定形で蠢いている。

 アレが死の気配の根源だ。


 おそらく柱と遺跡は封印なのだろう。

 というよりも御霊島自体がアレを封印するための装置のようなものだ。

 地下を巡る巨大な力の奔流が……。


 ……いや、考察は後だ。


 俺は目の前の鬼人に目を向けた。

 侵蝕は今も尚、進行している。

 だからこそ今すぐにでも殺さなくてはならない。でないと戻って来れなくなる。


「――()()


 神の力を行使する。

 求めに応じ、現れたのは十二の刀。しかし実体があるのはたったの一振り。

 他の十一の刀は不定形に揺らいでいる。これではとても刀としての役割を果たせない。


 だけど今はこれで充分。一振りあれば殺せる。

 俺は実体化している一振りに手を伸ばした。


 ――第一神刀:星ノ刀(ステトレール=ラゼル)


 その刀は深淵を思わせるような色をしていた。。刀身から鍔に至るまで、何から何までが漆黒。

 この刀は既に俺の一部と化している。だから使い方もわかる。

 星ノ刀(ステトレール=ラゼル)が司るのはその名の通り()


「ぐっ!」


 手に取った瞬間、神威が増した。

 侵蝕速度が上がっていき、全身に激痛が走る。あまりの痛みに視界が赤く明滅した。

 意識が飛びそうだ。身体中が悲鳴を上げている。

 だけどまだだ。まだ倒れるわけにはいかない。

 

「刀至……くん? ……なんだよね?」


 見れば真白が揺れる瞳で心配そうに俺を見つめていた。神威が揺らいだせいで神言の効力が途切れている。

 俺は真白の言葉に頷いた。

 俺は俺だ。少なくとも今は……。


 ……大丈夫。すぐに終わらせるよ。


 口にしたつもりが言葉にならなかった。喉が潰れているせいで出てくるのは空気が漏れる音だけ。

 ならば行動で示そう。


 いつのまにか動き出していた鬼人が手刀を放つ。俺を狙ったのは一番の脅威だと認識しているから。

 その通りだ。


 さっきまでは速すぎて何も見えなかった攻撃が今はひどくゆっくりに見える。

 避けるのは簡単だ。だけど今となっては避ける意味もない。

 俺は星ノ刀(ステトレール=ラゼル)に神威を流し込み、星の力を行使する。

 瞬間、鬼人は地に沈んだ。


 ……これを……耐えるのか。


 押し潰したつもりだった。だけど加減が過ぎたようだ。

 流石は神の力をというべきか。制御が凄まじく難しい。


 ……なら盛大にいこうか。


 星の力を行使し、仲間たちを俺の元に引き寄せ、浮遊させる。傷に障らないように丁寧に。

 同時に俺と真白も浮遊する。こうしないと巻き込まれる。

 

 そして俺は星ノ刀(ステトレール=ラゼル)を天に掲げた。


 範囲は俺の周囲を除いた御霊島全域。終域(エンド)化していてかなり広大だが、今の俺ならば捉えられる。

 俺は潰れた喉から無理矢理に声を出した。


「堕ち……ろ!」


 そして星ノ刀(ステトレール=ラゼル)を振り下ろす。


 ――|星よ、押し潰せ《ステトレール=ドルカス》。


 天蓋が堕ちる。

 そう錯覚するほどの重力の奔流。

 刹那の()に、御霊島が更地と化した。

 影響を及ぼせなかったのは()()柱と遺跡ぐらいだ。

 

 無論、鬼人も例外ではない。

 あれほど強大だった最強種は肉片一つ残さずに潰れて消えた。もはや跡形もない。あるのは赤いシミだけだ。


 俺たちはゆっくりと地面に降り立ち、浮遊を解除した。

 地面もだいぶ沈下している。

 

 ともあれ、正真正銘これで終わ――。


 俺は弾かれるように上空へ視線を向けた。そして大きく目を見開く。


「――ッ!」


 終域(エンド)が崩壊していく。

 隔絶されていた世界が開いていく。


 だからこそわかった。

 空の遥か彼方。肉眼では捉えられない距離。

 だけど俺は知っている。この気配、この魔力。

 胸の灯っていたドス黒い炎が激しく燃え盛り、勢いを増していく。


「……ヒューゥゥゥアアアア!!!」


 身体に走る激痛をも忘れ、叫んだ。

 

 いる。

 天蓋を超えた向こう側に【奇術師】が――。


 俺は即座に星ノ刀(ステトレール=ラゼル)を向け、星の力を行使する。


 ――|来れ、破滅の星よ《リィゼ=ディストレール》。


 空に巨大な亀裂が走る。

 そこから姿を表すは破滅の星。天を覆うほどに巨大な落星。

 だが瞬きの間に、星は砕け散った。

 文字通り粉々に。

 無数の星が降り、燃え尽きていく。


「おひさしぶりですね。刀至くん」


 『家族』の仇。【奇術師】ヒュー・デル・アガルトがいつの間にか目の前に立っていた。


「……」


 成長した今だからこそわかる。彼我の差が。

 神の力を持ってしてもまだ、足りない。


「そう睨まないでください。今日は戦いに来たのではありません」

「どの……口が……!」

「……やめておいた方がいいですよ?」


 星ノ刀(ステトレール=ラゼル)を構えた瞬間、そう制された。


「見たところ神化が八割に達しようとしています。そこを越えたら戻れなくなる。感じているのでしょう? 人間性の喪失を」

「……」


 図星だった。

 侵蝕が進むに連れ、感情が希薄になっているのを感じる。個の喪失とでもいうのだろうか。荒れ狂う激情をどこか俯瞰して見ている俺がいた。

 だけどそんなことはどうでもいい。

 目の前のコイツを殺せるのならば。

 

 だけどそう思うのと同時に真白とあの子の顔が脳裏を過った。

 そのせい(おかげ)で、腕が硬直する。


「それは私の望むところではありません」

「……何を……しに来た?」

「……ふむ。お仲間を殺しに……なんて言ったらどうしますか?」


 【奇術師】が目を細め嗤う。()()()と同じ表情で。


「おぉ。怖い怖い。冗談ですよ。あまり睨まないでください」


 なんて心底楽しそうに(わら)う。全くもって不愉快だ。


「それをしてしまっては本末転倒です。でもこうなるのならば……なんでしたっけ? あの少年を殺したのは失敗でしたねぇ」

「……あの……少年だと? ……和樹のことを言っているのか?」

「そうでしたそうでした! たしかそんな名前でしたねぇ! 彼は生かしておくべきでした!」


 今すぐにでも殺してしまいたかった。だけどやはり手が動かない。

 こんなにも炎は燃え上がっているというのに。

 

「……なにを……言っている?」


 殺したら本末転倒。

 言葉の意味が理解できない。痛みで思考が鈍っているのだろうか。


()()()()がなぜ仲間を作らせたのが気になってですね。試したんですよ。結果は大成功でした。刀至くん。貴方は守るべき人間がいると強くなるタイプだ」

「……」

「気になりませんでしたか? なぜ鬼人と相対して弱者が殺されていないのか」


 【奇術師】(ヒュー)がその目を仲間たちに向ける。

 確かにその通りだ。智琉も颯斗も致命傷を負ったものの生きている。

 

 相手は二本角の鬼人。普通ならばそんな奇跡は起こり得ない。一瞬で殺されているはずだ。

 敢えて生かし、致命傷で留めたのはその方が都合がよかったからに過ぎない。

 つまりはすべて【奇術師】(ヒュー)の計画だ。


「……実地任務の……アレも……お前か?」

「実地任務……ですか?」


 キョトンと首を傾げる【奇術師】(ヒュー)。しかしすぐに何かを思い出したのか、手を叩いた。


「あぁ! もしかして人造魔物の件ですか? それならば私ですよ。おかげで貴重なデータが取れました。お礼を言っておいてください。ありがとうございます」


 飄々とそんなことを(うそぶ)く。


「お前のせいで……何人死んだと……!」

「興味ありませんね。弱者が何人死のうと私には全く関係がない。っと、そういえばまだ初めの質問に答えていませんでしたね。私がここに来た理由はただの挨拶ですよ」

「……挨……拶?」

「ええ。本当はすぐに帰るつもりだったんですが、貴方の成長が私の予想を越えていました。まさかバレるとは。それで、バレてしまっては仕方ないということで挨拶です。それも終わりましたし、帰るとしましょうか」

「……逃すと思っているのか?」

「……刀至くん。貴方、立っているのもやっとでしょう?」

「……」


 それも図星だ。

 激痛がひどい。振るえるとしても一太刀だろう。

 だけどもし攻撃すれば【奇術師】(ヒュー)の気が変わってしまう恐れがある。

 そうなればその牙は仲間たちに向かう。

 今の俺では守りきれない。

 

 殺せと叫ぶ俺と、仲間を優先しろと叫ぶ俺がいた。

 

「それに、あのお方が保険を掛けていないわけがありませんからねぇ」


 迷っている間にも事態は動く。

 【奇術師】(ヒュー)がそう呟いた瞬間、辺り一面が暗くなった。

 空を見上げれば、太陽に月が掛かっている。


 ……なんだ?


 皆既日食だ。だが、おかしい。

 近日中に日食が起こるなんて情報はなかったはずだ。

 なにせ日食という現象は魔術的に重要な意味を持つ。天体魔術という星の配置で扱う魔術もあるぐらいだ。だからもし日食があるのならば、通達がある。そう聞いた。

 だけど現に、月が太陽を覆っている。

 

 闇が(きた)る。夜が(きた)る。

 世界を闇/夜が満たしていく。


「……おっと。()()()()()()。では私はこの辺りで。次に会う時を楽しみにしていますよ? 刀至くん?」

「待て――!」


 そう叫んだものの、俺は星ノ刀(ステトレール=ラゼル)を振るうことができなかった。

 【奇術師】(ヒュー)()みを浮かべながらその姿を消す。神の感知能力を持ってしても、もう捉えられない。

 するとその時、師匠からもらった指輪が震えた。


「――侵蝕率79.9%を確認。対神封印術式を強制起動します」


 闇/夜から無数の帯が浮かび上がる。そして俺の身体に纏わりついてきた。


「刀至くん!? 刀至くん!!!」


 真白が叫んでいたが、もはや声を出す余力すらない。

 意識が、深い闇へと沈んでいく。

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