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六章 最強

 探索を再開し、約三時間。

 日が西へと傾き、影が少しだけ長くなる頃合い。

 それまで何も異変は起こらなかった。

 死の気配は依然として存在するが、それだけ。魔物が出たり、新たに何かを見つけたり、なんてことはなかった。

 初めて御霊島に足を踏み入れたときと何一つ変わらない状況。

 

 しかし、異変が起こらなかったのはそこまでだった。

 唐突に()()が変わったような気がして俺は足を止めた。


「刀至?」


 急に立ち止まった俺を見て智琉が訝しげに呟いた。だけどその呼び掛けに答えている余裕はない。

 霊峰富士で培った勘がうるさいほどに警鐘を鳴らしている。

 現在進行形でなにかが起こっていることは確実だ。


 ……なんだ?


 だけど、その()()()がわからない。

 強いて言うならば空気感。

 しかしどう変わったのかを言語化することは難しい。確かなのは、なにかが変化したということだけ。


「みんな。なにか感じるか?」

「? いや、僕はなんともないよ」

「オレもだ」

「わたしもです」


 問うと、返ってきたのは否定の言葉。

 死の気配と同様に俺以外は何も感じていない。

 

「……ん?」


 そこで俺は声が一つ少ないことに気付き、振り返った。つられて智琉、颯斗、天音さんも俺の視線を追う。

 列の最後尾。そこにいたのは……。


「……真白?」


 全員の視線が向かう中、真白がどこか虚な瞳で虚空を見つめていた。

 俺の呼び掛けにも応じず、ただ一点を見続けている。おそらくみんなが見ていることにも気付いていない。

 そんな異様な光景。しかし俺は瞬時に何が起きているのかを悟った。


 ……まさか……星詠みか!


 真白の星詠みは死を視る。

 俺は即座に腰の鞘から白帝と虚皇を引き抜いた。

 臨戦態勢だ。これから俺たちに死を(もたら)すほどのなにかが起こる。


「――各自最大限の警戒を!」


 俺の言葉に智琉が二丁拳銃を顕現させ、颯斗が拳を構え、天音さんは虚空から杖と魔導書を取り出した。

 皆、()()の成果が出ており、即座に臨戦態勢に入った。


 するとそこで、俺はもう一つの異変に気付いた。

 ()()、とでも言うのだろうか。真白の()()()()時間が長い。

 以前、大森林パークで星詠みが発動した時は一瞬だった。


 ……一体、何を視てるんだ?


 わからない。だけどこれが良い変化なはずがない。

 ならば警戒よりも先にするべきことがある。


「撤退だ!」


 俺は即座にそう判断した。


「真白を頼む! 殿(しんがり)は俺が――」


 叫んだ瞬間、真白の瞳に光が戻った。

 と同時に視線が宙を彷徨い、大粒の涙が溢れ出す。


「いや……いやぁぁぁあああああ!!!」


 真白は地面に崩れ落ちると、頭を振り乱し、絶叫した。

 普段の真白からは考えられない姿。智琉、颯斗、天音さんの動きが止まる。


 ……まずい!


 撤退の判断が遅れた。

 俺はすぐさま真白に駆け寄り、真白と視線を合わせる。


「真白!」


 真白は自らの身体を抱き、恐怖に震えていた。その視線は俺を見ていない。

 

「ごめん!」

 

 俺は地面に白帝と虚皇を突き刺すと、真白の頬に手を添え、強制的に視線を合わせる。


「真白。俺を見ろ。大丈――」

 

 しかし事態はすでに動き始めている。

 それは濁流のように、今まさに俺たちを飲み込もうとしていた。


「――ッ!?」


 俺の言葉を遮るように、大地が大きく揺れる。

 下から突き上げるような縦揺れだ。所々地面が割れ、黒いモヤが溢れだす。


 ……これは……瘴気!


 実体化するほどの瘴気だ。かなり濃度が高い。

 その濃度は大森林パークの時とは段違い。霊峰富士にも匹敵する濃度だ。

 このままでは、俺以外は確実に瘴気中毒を引き起こす。


「天音さん! 浄化を頼む!」

「は、はい!」


 天音さんが杖を振り、魔術式を記述する。俺はそれを見届けることなく、再び真白に向き直った。


「真白! 何を視た!? 教えてくれ!」

「とう……じ……くん! 刀至くん!」


 涙を流し、俺の腕に縋り付いてくる真白。その姿が()()()と重なる。


「ッ……!」


 俺は(かぶり)を振って幻影を振り払う。

 今、目の前にいるのは真白だ。混同してはいけない。


「真白。大丈夫だ。俺がいる。だから、落ち着いてくれ」


 俺は焦らずにゆっくりと語りかける。

 すると、とめどなく流れ落ちる涙を拭おうともせずに真白が呟いた。


「みんな……。みんな! ()()()()()()


 ()()()()

 つまりは敵がいると言うことだ。

 瘴気が吹き出したということから敵は十中八九、魔物。

 それにこの瘴気濃度。出てくるのは霊峰クラスのバケモノだ。


「ありがとう」


 離れようとすると、真白の腕に力が入った。


「……やだ。置いていかないで……」

「……ッ!」


 まただ。

 俺はこの言葉を聞いたことがある。

 昔、今の真白と同じような表情で言われた。涙に濡れた顔、そして縋り付くような目。

 

 意図せず、俺の口から出たのも昔と同じ言葉だった。


「――大丈夫だ。どこにも行かないよ」


 すると真白は大きく目を見開き、顔を歪めた。その腕に先ほどよりも大きな力が籠る。

 同じ言葉に同じ返答。真白もわかっている。

 俺がどんな末路を迎えたのか。


 だけど()()()とは違う。


「ごめん」


 俺はそう断ると真白の腕を強引に引き離し、白帝と虚皇を手に取――。

 その瞬間、背筋に悪寒が走った。

 息が詰まるほどに濃密な殺気。もはや重圧すら覚えるほどの死の気配。


 ――背後に死神がいる。


 条件反射的に身体が動いた。

 まず地面から白帝を引き抜き、迫り来る()()()を迎撃。

 そこでその()()()が人影が繰り出した手刀だと認識。すぐさま虚皇を引き抜き、魔力を込め、大きく踏み込む。

 半神の身体による踏み込み。地面が砕け、大地が揺れる。


「きゃあ!」

「ッ……!」


 小さな悲鳴が上がる。

 あまりの殺気に加減が出来なかった。

 だけど止められない。一瞬にして刀身が漆黒の光を纏い、敵の首へと吸い込まれていく。

 だが虚皇の斬撃は空を切った。人影が後退し、距離を取る。

 後退速度が常軌を逸していたのも要因だが、俺も気を取られたせいで刀が鈍った。

 俺はすぐさま白帝と虚皇を引き戻し、構える。


「わる……」


 敵を見て、言葉が止まった。


 ……これは……マズイな。なにが霊峰クラスだ。


 ツーッと額を冷や汗が伝う。

 霊峰クラス(それ)どころではない。

 

 目の前にいたのは人型の魔物だった。

 細身ながらも鍛え上げられた褐色の体躯に、およそ感情を感じることのできない能面のような表情。

 禍々しい色合いをした黒い目に紅い瞳。

 全身には血管のように脈動する赤黒い線が幾重も走っている。

 そして一際目を引くのはその額。

 そこには一本の立派な角が生えていた。


 ――鬼人種。


 伝説に語られる最強種がそこにいた。




 敵が鬼人だと認識した瞬間、俺はまず初めに魔力感知を切った。

 鬼人種は魔力を代償として、恐るべき膂力を得ている。拳一つで山を砕いたなんて逸話もあるくらいだ。

 だからこそ、ここから先は単純な力勝負となる。故に魔力感知は意味をなさない。


 本音を言えば完全に切るのは愚策だ。

 他にも魔物が発生している可能性が高い。ならばこそ伏兵の警戒は重要。

 だけど最強種相手にそこまでしている余裕はない。


 一点集中。

 全神経を鬼人に注ぎ込まなければ俺の命は即座に(つい)える。そう確信していた。


「……」


 俺は白帝と虚皇を構えながら、鬼人の様子を伺う。

 鬼人は何もすることなく、ただ佇み、俺を見ていた。

 他の四人には見向きもしていない。

 おそらく敵とすら認識されていないのだろう。


「――全員、動くなよ」


 念のため、小声でそう忠告しておく。

 今は敵と認識されていない。しかし一度(ひとたび)敵対行動を取れば、その限りではない。前提が崩れ去る。

 

 ……偽物って可能性は……ないな。


 大森林パークで遭遇した偽龍や白竜が脳裏を過った。しかし俺は即座に否定。存在圧とでもいうのだろうか。いるだけで圧倒的な存在感がある。

 霊峰富士に出現する魔物を凌駕するほどの圧力だ。

 偽物にこの圧は出せない。


 ……角が一本なのがまだ救いか。


 鬼人という魔物は角の本数によって強さが異なる。

 目の前にいる鬼人は一本。もしこれが二本以上だった場合、俺は既に生きていないだろう。

 師匠が言うには角の本数によって強さは二倍にも三倍にもなるらしい。


「とうじ……くん」


 背後から真白の震える声がした。


「殺されるってアレに、だよな?」

「……ぁ。……はい。……全員です」

「……」


 それは俺にとって到底看過できない未来だ。

 そんなクソみたいな未来はなんとしてでも変えなければならない。

 

「大丈夫。俺が守るよ」


 俺は決意を込めてそう呟いた。

 真白が視た未来を変えられるのは俺だけだ。だからなんとしても俺が、鬼人(ヤツ)を殺さなけれならない。


 切り替えろ。感覚を研ぎ澄ませ。


 敵は最強種。

 此処は紛うことなき死地。

 危険度で言えば霊峰富士よりも遥かに上だ。

 故に、出し惜しみなんてしている場合じゃない。


「……ふぅ」


 俺は誰にも聞こえないように小さく息を()いた。

 

 これをしてどう思われるか。

 恐れられ、忌避されるかもしれない。

 俺はもはや人ではなく、()()()()存在だ。

 

 もちろん躊躇いはある。

 だけど、()()失うぐらいなら俺はバケモノでいい。

 

 そして俺は――。


 ――抑え込んでいた魔力を解放した。

 

 次の瞬間、身に秘めた膨大な魔力が溢れ出す。

 大気が震撼し、ミシミシと悲鳴を上げている。

 まるで地獄の門を開けてしまったかのように溢れ出すは。実体化するほどに濃密で純粋な魔力。

 それは深く、暗い、深淵のような赤と黒が混ざった禍々しい色をしていた。しかしどこか神聖さも伴っている。

 

 ひさしぶりの全力だ。

 仲間たちの反応は気になるが、鬼人から目が離せない。

 敵はここまでしても尚足りないバケモノだ。油断なんてものは微塵も許されない。


 するとそこで(ようや)く鬼人が動いた。――と、思った瞬間には手刀が眼前に迫っていた。


 ……速い!


 咄嗟に首を逸らして回避する。しかし完全には避けきれず、頬が浅く切り裂かれた。

 流石は最強種。俺が今まで戦ってきたどんな魔物よりも強い。それが一瞬でわかった。


 ……気を引き締めろ。


 一瞬でも隙を見せれば死ぬ。敵は圧倒的に格上。

 だけどこんな窮地、決して初めてではない。

 霊峰富士では常に格上と戦ってきた。故に、これも幾度となくくぐり抜けてきた死戦にすぎない。

 だから今回もやることは同じだ。

 俺は、全身全霊を以てこの最強種を殺す――。




 俺は溢れ出る魔力を全身と右手の白帝、左手の虚皇に押し込める。

 緻密な制御(コントロール)は出来ないが、動かすぐらいなら可能だ。

 

 魔力が身体の深いところに浸透していく。

 魔術師が扱う身体強化。それの擬似的な再現。

 魔術式を用いないため、効率はすこぶる悪い。だが、俺の魔力は文字通り無尽蔵。尽きることはほぼない。

 俺だからこそ可能な力技だ。


 俺は漆黒の光を纏った虚皇を鬼人の首目掛けて振った。

 鬼人は自身の首と虚皇の間に右腕を差し込み、受けの構えを取る。同時に左拳を握り、身体を捻っていた。

 

 その両腕には魔力も、瘴気も、何もこもっていない。

 だがまともに食らえば即死する。それだけの威力が込められている必殺の一撃だ。


 だけど受けてくれるのならば好都合。

 

 ――虚皇に防御は通じない。


 漆黒の軌跡が線を描く。

 すると、鬼人の右腕と首が飛んだ。血飛沫を撒き散らしながら宙を舞う。


 虚皇は虚空を操る。

 それは全てを呑み込み、無と()す特異空間。虚皇がごく普通の刀と同じ気配をしているのは異質な気配が全て虚空に呑まれているからだ。

 副次的な効果として防御無視の絶対切断が可能となる。虚皇の前に防御は意味を成さない。

 最強の刃。それが虚皇だ。


 だけどこれで決まったなどと自惚れてはいない。

 相手は最強種。首を断ち切ったぐらいで死ぬものか。


 俺はすぐさま白帝を振り上げる。そこへ魔力をありったけ注ぎ込んだ。

 天を衝く勢いで立ち昇るは銀の奔流。


 白帝の能力は放出。

 ただ込められた魔力を斬撃として放出するだけだ。

 虚皇と比べ、単純明快な能力。故に――強力。

 無尽蔵の魔力を持つ俺とはすこぶる相性がいい。


「――吹き飛べ」


 いくら鬼人だろうと、身体を跡形もなく吹き飛ばせば殺せる。


 それに、今は千載一遇の好機(チャンス)だ。

 再生能力を持つ魔物は頭部を失えば、動きが鈍る傾向にある。魔物でも思考は脳でしているということだろう。

 少なくとも今まで戦った魔物はそうだった。

 

 俺は静かに白帝を振り下ろす。

 しかし、瞬きをしたその一瞬で鬼人は既に再生を終えていた。

 右腕はもちろん、刎ねたはずの頭部すらも再生している。


「チッ!」


 つい舌打ちが漏れる。

 再生速度が尋常ではない。霊峰富士の魔物と比べても段違いに早い。

 一瞬だけ斬り飛ばした身体に視線を向けると、ボロボロと崩れて消えていくところだった。

 

 振り下ろされる銀光。それはまさに罪人を裁く断罪刃。


 対する鬼人は再生したばかりの右手を掲げた。

 そして銀光を無造作に()()


 ……なにをするつもりだ?


 拮抗する銀光と鬼人の腕。しかしそれは一瞬だった。

 鬼人が銀光を()()()()。それだけで全ての銀光が消失した。


「……な……に!?」


 白帝が放出するのは純粋な魔力の奔流。

 それを掴み、あまつさえ握り潰すとはなにごとか。

 まるでワケがわからない。だが相手は最強種。正真正銘、埒外のバケモノだ。

 ならばそういうこともありえる。そう思うしかない。


「……」


 刹那の動揺を即座に抑え込む。

 思考はクリアだ。澱みはない。

 

 俺は次の手を打つべく、白帝と虚皇を構え直す。だがその瞬間には鬼人の拳が眼前に迫っていた。


 ――速ッ!


 先ほどよりも速度が上がっている。

 圧倒的な速度だ。俺は瞬時に避けきれないと悟った。

 しかし食らえば頭が爆ぜる。よって、俺は膨大な魔力を顔の前に掻き集めた。


 直後、衝撃。


「ぐぁッ――!!!」


 木々をへし折りながら吹っ飛んでいく。

 

 防御が間に合ったというのに、首がへし折れたかと思った。それほどの衝撃。

 しかし思考が続いているということは死んでいない。

 それが分かれば、あとはどうでもいい。


 俺は白帝を地面に突き刺し、すぐさま体勢を立て直す。

 かなりの距離を吹っ飛ばされた。

 海に出ていてもおかしくないほどの距離だ。だけどまだ俺は森の中にいる。

 おそらく御霊島は終域(エンド)化し、空間が拡張されたのだろう。

 今までの地理は役に立たない。


 ……早く戻らないと――!


 そう思った瞬間、鬼人は既にすぐそばにいた。

 頭上から手刀が振り下ろされる。狙いは首。それを俺は漆黒の光を纏わせた虚皇で受けの姿勢を取る。


 これは賭けだ。それもかなり分の悪い賭け。

 虚皇は虚空を操る。だがその条件は()()()()()()()。簡単に言うのならば斬ることだ。

 故に、受けに回ればただの丈夫な刀でしかない。

 だが虚皇の斬れ味は既に見せている。ならば防御ですらもあの斬れ味を誇ると誤認している可能性がある。

 要はブラフだ。


 ……まあ誤認していて尚……ってこともあるが。


 再生するからいいとばかりに割り切ってくる可能性はもちろんある。

 しかし、どこかで勝負に出なければならない。もし誤認しているのならばそれだけで優位(アドバンテージ)を取れる。

 それに、しているか、していないか。これだけでも重要な情報だ。

 だから俺は賭けに出る。


 ……どうだ!?

 

 手刀が虚皇に当たる直前、鬼人がその動きを止めたのだ。


 ……勝った!

 

 刹那にも満たない隙。それと同時に俺は体勢を立て直し、白帝に魔力を込める。


「はぁあああああ!!!」


 放たれる銀光。

 膨大な魔力の奔流が鬼人を呑み込む。

 しかし次の瞬間、突如として銀光が消失した。

 銀光の中から現れたのは握り拳を前に突き出した鬼人。あの状態から握り潰したのだと悟った。

 だけどこれは既に見た。想定内だ。


 それよりも誤認していると確信できたのは大きい。

 誤認を前提に戦いを組んでいける。


 ……それにしても、掴まれるのはマズイな。


 どんな理屈で握り潰されているのかはわからない。だが掴まれた瞬間、俺自身も潰される可能性がある。

 そうなれば即死だ。危険どころではない。


「……」


 鬼人が前に突き出した拳を引き絞る。

 その瞬間、殺気が増した。押し潰されそうになるほどの重圧。そして一瞬の()()

 これを打たせてはマズイと本能的に理解し、俺は距離を詰めた。

 放たれる前に虚皇で右拳を切断。そして魔力を纏わせた白帝で首を斬る。


 しかし、それは甲高い音と共に弾かれた。


 ……硬……すぎる!


 白帝は虚皇と同じ魔剣だ。

 斬れ味も相応に高い。だけど弾かれた。

 それだけ鬼人の肌が硬いということだ。


 ……白帝は決定打にならないな。


 刃は通らず、銀光は潰される。

 俺は即座にそう判断した。唯一通用するのは虚皇。

 

 ならばどう殺すか。


 再生する魔物を殺す方法は主に二つ。

 大森林パークで人型の魔物相手にやったように、再生できなくなるまで削る方法がまず一つ。

 二つ目は先ほどやろうとしたように身体全てを吹き飛ばす方法だ。

 この二つが定石。だがどちらも鬼人には通用しない。

 

 あの再生速度から鬼人の再生能力は極めて高いと推測できる。削り切ろうなんて気も起きないほどに。

 しかし全身を消し飛ばそうとしても握り潰される。


 一応、封印という手段もあるが、俺にはできないので除外する。となると鬼人を殺す方法はない。

 残るは救援が来るまで時間を稼ぐことだが、これは論外だ。

 時間なんて稼げるわけがない。

 俺が今しているのは一つのミスが死へと繋がる極限の戦いだ。そんな中、時間を稼ぐ余裕なんてない。

 すぐにでも殺さなければ俺が殺される。時間が経つにつれ、不利になるのは俺だ。


 ……なら手段は一つだな。


 俺にしか、正確には虚皇にしかできない方法がたった一つある。


 ――虚空にぶち込む。


 勝ちの目はそこにしかない。

 

 勝ち方は決めた。ならば後はどうやってそこまで持っていくかが鍵だ。


 ……まずは動きを止めないとな。


 虚空を()()()のは簡単だ。一秒あればできる。

 しかし鬼人を一秒間釘付けにしなければならないとなると話は変わってくる。

 たったの一秒。だけどその時間を稼ぐのはとてつも無い難易度だ。

 だけどやるしかない。


 俺は弾かれた白帝をすぐに引き戻した。その時には既に拳撃が放たれている。


 ……受けに回ったらダメだな。


 虚皇で受けるというブラフが見破られた瞬間、俺の優位性(アドバンテージ)は消える。

 ならば受けずに攻め続けるのが正解だ。


 俺は迫り来る右拳を虚皇で切断する。すると鬼人は身体を回転させ、回し蹴りを放ってきた。

 凄まじい速度の回転。だが(ようや)()()()()()()()


 かがみ込むことにより、回し蹴りを回避。一歩踏み込み、下段から虚皇で斬り上げる。

 鬼人は回し蹴りを放った直後だ。これは避けられない。


 だが次の瞬間、俺は自分の目を疑った。


「……!?」


 流石にそれはない。思わず頬が引き攣る。

 虚皇は完全に鬼人の胴体を両断した。だが、断ち斬れなかった。


 ……刃が通った瞬間に再生しやがった……!


 確実に再生速度が上がっている。この短期間で進化した。


「くっ!」


 そう進化だ。

 頭に嫌な想像が浮かぶ。背筋が冷たくなるほどの最悪な想像。

 俺は想像(ソレ)を確かめるべく、恐る恐る鬼人の頭を見た。正確にはその額、角を。


「……チッ!」

 

 つい舌打ちが溢れる。

 嫌な想像は当たっていた。

 

 心なしか、角の位置が右にズレている。

 それが示す答えは一つ。


 ――二本角になろうとしている。


 ありえない。

 こんな短期間で魔物が進化するなど聞いたことがない。霊峰ですら、そんなことはなかった。

 しかしこの瘴気濃度。気付けば霊峰を凌駕している。

 

 加えてこれだけ戦っていて、他の魔物を見ていない。

 ということは、だ。

 この鬼人が御霊島の瘴気を一身に受けていると仮定できる。

 そうなると別におかしな話でもない。……気がする。


 ……最強種ってのはなんでもありかよ!


 俄には信じられない。だけどこれも紛れもない現実だ。

 二本角になった瞬間、俺は死ぬ。

 

 かつて平安時代、京都に出現した鬼人「百鬼夜行」。

 ()の鬼人が二本角だったと記録されている。

 その「百鬼夜行」を討伐するために組まれた討伐隊は五人の特級魔術師。結果、四人が死亡し、(ようや)()()できたと言う。

 そう。特級が五人もいて討伐ではなく、封印だ。


 この鬼人は今まさにそんなバケモノに成ろうとしている。


 流石の俺でもそんなバケモノを一人で討伐できるとは思っていない。


 つい白帝と虚皇を握る手に力がこもる。

 これで明確な時間制限(タイムリミット)が出来てしまった。

 鬼人が二本角に至る前に殺さなくてはならない。

 全くもって無理難題。


 ……ったく。師匠でもこんな課題は出さねぇぞ。


 だけどやるしかない。再び失わないために――。

 

 

 

 鬼人が拳を振り下ろす。

 格闘技で言う鉄槌打ち。拳の底を叩きつける技だ。

 食らえば骨が砕ける。虚皇は既に振り抜いた状態。故に、受けるのならば白帝。


 ……受けられないとか言ってる場合じゃねぇ!


 敵が進化している以上、俺も喰らいついていくしかない。

 俺は溢れ出る魔力を腕に集中させた。そして振り落とされた鉄槌を白帝で真正面から受ける。


「ぐぅっ!」


 まるで山が降ってきたかのような衝撃が()し掛かってきた。

 地面が砕け、陥没する。


 ……これでも……無理か!


 腕から嫌な音が鳴る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 気合いでどうにかなる問題ではなかった。だが一瞬ならば受けられる。それがわかれば十分。

 俺は白帝の刃を傾け、角度を付けた。そして圧し掛かる鉄槌を逸らす。

 衝撃で地面が弾け飛んだ。その衝撃を利用して前へと出る。

 だけど鬼人もそれを予想していたのか、左拳を合わせてきた。

 しかしそれは想定内。読めている。俺は冷静に左腕を虚皇で切断する。


 ……よし。


 胴体は再生された。だけど胴より細い腕ならばまだ切断できる。

 俺は一歩踏み込み、白帝を振るった。

 さっきは弾かれた。だから鬼人は気にせず前へと出てくる。

 だが俺も無策で振るったわけではない。


 ……俺はどうやら過小評価をしていたらしい。


 白帝と虚皇。師匠から貰った二振りの魔剣。

 実のところ、俺はこの二振りがどれほど丈夫かを理解していなかった。

 まさか、()()()()()()()()()()()()

 先ほどの攻防でそれがわかった。ならば俺の全力にもこの二振りは耐えられる。


「うぉおおおおおおお!!!」


 裂帛の一撃。

 普通の刀ならば砕け散るほどの威力を内包した一撃。半神の身体から放たれる全力だ。

 白帝が鬼人の頭部を捉え、吹き飛ばす。


 ……これ、で!


 俺は鬼人を穿つべく、虚皇を引き絞――った瞬間に頭部の再生が終わった。

 頭を飛ばしたと言うのに全く隙になっていない。


 虚皇の()()に鬼人の拳が迫る。

 鬼人も試しているのだろう。絶対切断はどの範囲に及ぶのかを。だからこその側面。

 突きを放つより、鬼人の拳の方が速い。つまり、軌跡を描けない。

 

 俺は咄嗟に虚皇を消した。空を切る鬼人の拳。それと同時に手の角度を変えつつ、再び虚皇を召喚する。

 無理な姿勢。だが斬撃は放てる。


 ……ここ……だ!


 決めるのならばここしかない。

 そう直感し、腕の力だけで斬撃を放つ。

 力が乗り切っていない半端な一撃。もしこれが白帝だったならば弾かれただろう。だけど虚皇だ。

 ならば斬れる。


 ……い……けぇえええ!!!

 

 肩口から入った虚皇が虚皇の右腕を切断する。そして身体を分かちながら体内を進む。

 しかしこのまま振り切っても鬼人は両断できない。既に刃が通った部分は再生を終えている。

 だから俺は身体の中心で虚皇を止めた。


 でもこれだけではダメだ。

 一秒というとてつもなく長い時間を稼げない。だから俺は白帝に魔力を込めた。

 放たれる銀光。しかしそれは鬼人に掴まれた。

 だけもこれも想定内。本命は虚皇だ。


 ――(ひら)け!


 黒が開く。虚空が開く。

 軌跡が全てを呑み込――。


「チッ!」


 虚空が開く。その寸前で鉄槌が落ちた。

 振り下ろされた拳が虚皇の背を捉える。

 衝撃で虚皇が下半身へと抜ける。その瞬間、黒が鬼人の下半身を呑み込んだ。


 ……くそっ!


 先ほど虚皇を消したのがいけなかった。回避行動を取ったせいで、刃でなければ問題ないとバレている。

 ブラフが半分崩された。


 これではダメだ。全身ではない。

 俺は魔力を注ぎ込んで虚空を維持する。無尽蔵のはずの魔力がゴリゴリと削れていく。


 ……もっと大きく! 全てを呑み込めるぐらいに……!

 

 僅かに広がる虚空。虚空へと落ちていく鬼人の上半身。

 だが鬼人が左手をこちらに伸ばしてきた。


 ……くっ!


 上体を逸らすが、上半身が虚空へ落ち切るよりも掴まれる方が速い。

 掴まれたら握り潰される。間に合わない。


 ……ダメ……か!


 俺は距離を取った。虚空が閉じ、鬼人が再生する。


 最悪だ。

 決めきれなかった上に、切札を見られた。

 鬼人は虚皇への警戒をより強めるだろう。再び虚空を開けるのは至難の業だ。


 ……時間がないってのに……。


 見れば鬼人の角が移動を終えていた。それに反対側がほんの僅かに隆起しているように見える。

 成りかけだ。猶予はない。


「……ふぅ――」


 俺は大きく息をつく。

 時間的猶予はない。進化の速度から考えて、あと数分だろう。

 

 焦ってはことを仕損じる――。

 

 まさにその通りだ。いくら時間が無かろうと冷静に。

 常に精神は凪いでいないといけない。

 でなければ、勝てる戦いも勝てなくなる。


 ……大丈夫。冷静だ。


 客観的に再確認し、俺は再び白帝と虚皇を構えた。

 仕切り直しだ。


 ……もっと深く、鋭く、集中しろ。


 俺は一歩踏み出し、鬼人へと向かっていく。

 



 目を大きく開け、次々と襲い来る攻撃を捌いていく。

 虚皇で拳を断ち、白帝で攻撃。鬼人も即座に再生。拳撃や蹴撃が絶え間なく襲い来る。

 熾烈極まる攻撃の応酬。

 一息の間に何十、何百もの攻撃が交差する。

 余波だけで地面が捲れ、木々は倒壊。戦場となった場所の景色は一瞬にして変貌した。

 それはさながら台風のように、広範囲を蹂躙する。

 

 一瞬でも判断を誤れば死に繋がる極限の攻防。

 仲間たちが近くにいなくてよかったと心底思う。この嵐の中ではとてもじゃないが生きられない。

 

 その中で俺は自身の剣技が研ぎ澄まされていくのを感じていた。

 しかし同時に抱く、違和感。

 剣を振るうごとに理想と現実が乖離(かいり)していく。


 ……なんだ……これは。


 こんな感覚は初めてだ。

 剣を振るうごとに、理想へ近付くのならばわかる。

 霊峰で格上の魔物たちと激闘を繰り広げていた時はそうだった。

 だけど今回は全くの逆。理想としている形がひどく遠い。


 ……おかしい。


 身体は絶好調。剣技の冴えもかつてない。

 だけど思考と動作に大きなズレが発生している。

 身体が重い。まるで鎖に繋がれたかのように窮屈だ。


 ……そうだ。俺はこんなものじゃない。

 

 脳裏に過去の幻影がチラつく。

 かつての俺ならば()()()()()()、簡単に倒せたはずだ。

 ならばなぜ倒せないのか。それは俺が衰えているからだ。


 ……違う。かつてってなんだ。


 思考に雑念が混じる。

 こんなことを考えている場合ではないのに、思考が止まらない。


 ……あぁ。

 

 そして気付いた。

 今、俺が理想として見ている幻影は過去の俺だ。

 神代のバケモノと相打ちとなった時の俺。あの時の剣技はこんなものじゃなかった。

 

 そうだ。あのバケモノはもっと強かった。それこそこの戦いが児戯とすら感じられるほどに。


 ……もっとだ。もっと研ぎ澄ませ。


 理想は見えている。

 ならばどれだけ遠かろうが届くはずだ。


「スゥ――」


 呼吸を浅く、長くする。

 前から迫る掌底を白帝で受け流し。返す刀で首を断つ。すぐに再生されるが、その時には虚皇で両腕を落としている。

 迫り来るハイキックは引き戻した白帝で受け流した。


 ……いける!


 僅かにだが、押せている。

 そう確信した瞬間、また鬼人の速度が上がった。

 額を見れば、小さな突起が一つ。角が生えかけている。


 ……くっ!


 激しくなる攻撃の嵐。

 虚皇で攻め、白帝で受ける。その中から僅かな隙を見つけ、鬼人の身体を断つ。

 するとその時、唐突に頭痛が走った。

 膝の力が抜け、身体が傾く。


 ……マズイ!


 と思った時には左腕に激痛が走っていた。


「ぐっ!」


 感覚が消えた。この痛みは知っている。

 左腕が落とされた。瞬時にそう悟る。

 この局面でこれはマズイ。単純に手数が減る。結果的に防戦一方となった。

 それでも俺は鬼人の攻撃をひたすらに捌く。


 捌くだけならばなんとかできる。だが攻撃に転じることができない。


 だけど俺の心は凪いでいる。

 焦りはない。冷静だ。もはや痛みも感じない。

 それに、俺は片腕での戦い方も知っている。

 

 だけど問題は身体がいつまでもつか。

 限界は既に越えている。先ほどの頭痛は身体の悲鳴だ。

 これ以上は身体がもたない。先に限界がくる。

 おそらくもってあと十秒。

 

 ……ならばそれまでに殺せばいい。


 それしか手はない。

 受けは最小限に。少しの被弾ならば許容する。

 一瞬にして至る所の肌が裂け、血が噴き出した。

 半神の身体じゃなければとっくに死んでいるだろう。だが、気にしない。

 致命傷じゃなければなにも問題はない。

 無駄を削ぎ落とし、なんとか攻撃に転じる。


 ありったけの魔力を白帝に注ぎ込む。

 もはや後はない。無尽蔵の魔力を全て使い果たすつもりで魔力を込める。

 巨大な銀光が刀身から溢れ出た。普段ならばこのまま放出する。だけどそれでは今までと同じだ。

 俺は銀光を無理矢理刀身に留め、鋭利に研いでいく。


 ……ついてこいよ! 白帝!!! 出来るだろ!?


 俺の想いに応えるように鋭利な形をした銀光が刀身を覆った。鬼人は銀光に掴み掛かるが何も問題はない。そう確信していた。


 鬼人の手を銀光が千々に斬り裂く。

 一瞬で再生されるが、斬り裂く方が速い。銀光が鬼人の腕を吹き飛ばした。

 だけどそれでも再生される。


 まだ遅い。

 もっと速く。理想に追いつけ――。

 すると突然、意識が引き延ばされるような感覚がした。身体を縛り付ける鎖がボロボロと崩れていく。

 身体が軽い。(ようや)くだ。(ようや)く、理想に手が掛かった。


 白帝を振るう。

 刹那の間に四肢と首を切断した。


 ……ここだ。


 無防備となった鬼人の胸に白帝を突き刺す。


 ……待たせたな。出番だ虚皇。存分に力を奮え。


 白帝と虚皇を入れ替える。

 

 ――開け。


 黒が開く。虚空が開く。

 残った魔力、その全てを使って。

 開かれるは漆黒の大孔。それは一瞬にして全てを呑み込んだ。


 地面も空間も。根こそぎ何もかも。


 次の瞬間、魔力が枯渇し虚空が閉じる。

 後には、何も残っていなかった。


「がっ――!」


 限界だ。血反吐を吐いて、地面に崩れ落ちる。

 もはや指の一本も動かせない。

 全身は血塗れ。加えて左腕はどこかへ吹っ飛んだ。


 ……だけど勝った。


 それで十分だ。無くした左腕も富士に帰れば師匠に治療してもらえるだろう。


 ……それにしてもここまでになるのは初めてだな。


 あれだけあった魔力が完全に枯渇している。

 回復には時間を要するだろう。


 ……だけど今は休んでいいよな


 瞼が重い。これは耐えられそうにない。

 そう予感した瞬間、俺の意識は深い水底に沈んでいった。

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