9p【初めて倒した時】
先日のドラゴン騒動の余波は、町の人々に傷を負わせ、掘り作業の進行を阻んだ。しかし、今日、ついにその作業は完了した。
ユベルとその仲間たち、そして町の人々は、喜びに満ちた心で町の門の方へと集まっていった。
門の前では、町長が堀の完成を祝うスピーチを行っていた。彼の声は力強く、町の未来に対する希望に満ちていた。人々はその言葉に耳を傾け、堀が町を守る強固な結界であることを感じ取った。
「それでは、結界を張ります。」
大人の姿に変身しているディアは水差しを持ち、丁寧に設置する台にその水差しを置いた。水が流れる音が、穏やかな静寂の中に響き渡り始めると同時に、その水は堀に流れ込み始めた。最初はわずかな水の流れだったが、次第にその流れは勢いを増し、堀全体を包むように水が広がっていく。
聖なる水が無限に湧き出る水差しに、周囲の人々は驚きを隠せない様子だった。驚きと感動が口々に囁かれる。
「これで、もう、この町には魔物は近づきません。ですが、周囲に魔物が潜んでいる事を忘れないで下さい。」
ディアが話し終えて、ユベルの顔を見て頷きます。
「皆さん。俺が教えたトレーニング方法を忘れないで下さい。剣術の訓練方法を細かく書きまとめた本も念のため町長さんに預けておきます。」
「ユベル様!本当にありがとうございます!!」
「いえ、頑張ったのは皆さんです。俺はただ護衛してただけですし…。」
「ははははっ!ユベル様は謙遜し過ぎですよ。この世界の誰も、ドラゴンを倒せる人なんていませんよ。」
「いえ、筋肉は裏切りません。毎日トレーニングを積み重ねれば必ず倒せる日もきます。」
そして、お祭りの準備が整い、人々はお祭りを開始した。
「さぁ!ユベル様もお祭りを楽しみましょう!」
町の人達に手を引かれて町の中心へと向かうユベル達。
彩り鮮やかな旗が風になびき、町の至る所からは笑顔と歓声が溢れ出す。音楽が鳴り響き、美味しい食べ物や飲み物が供され、人々は心地よいひとときを楽しんだ。町の中心には舞台が設けられ、歌やダンス、さまざまな催し物が行われ、一体となって祝福の歌を歌い上げた。
ユベルとディア、そしてナリウスもお祭りの一部として参加し、人々と楽しい時間を過ごしていた。
その夜。
「ディア、ナリウス。ちょっといいか?もう一ヶ所、水を流して欲しい場所がある。」
ディアとナリウスはユベルの言葉に不思議そうな表情を浮かべ、興味津々の様子でユベルに近づいた。
ユベルは、ディアとナリウスを両脇に抱え、驚異的なスピードで走り出した。彼らは一瞬のうちに風を切るように町を後にし、見る間に遠くへと消えていった。
「ねぇ、この方向ってまさか。」
キュール公爵領が見えると、ユベルは急に足を止めました。焼け焦げた看板がその入り口を示し、荒々しい堀が広がっていました。
「ユベル様…もしかして毎晩これを?」
ディアはすぐにユベルが何をしていたのか気付きました。
ユベルは勢いよくジャンプし、空中に浮かび上がりました。彼の視線は公爵領全体を覆うように広がる堀に向けられ、その広がりを一望しました。
「これ、ユベルにーちゃん一人でやったの?」
「あぁ。」
ユベルは慎重に、ディアとナリウスにダメージを与えないように配慮しながら、ゆっくりと地面に着地した。
そう、ユベルは
「ディア、ここに水を流してほしい。」
「分かりました。」
「ナリウス。俺と一緒に公爵領内の魔物を倒そう。」
「今から!?」
「あぁ。実践で剣の扱いを覚えてもらう。ディア、剣を渡してやってくれ。」
「はい。」
ディアは荷袋の中から、ナリウスでも扱えそうな剣と剣帯を取り出し、ナリウスに手渡しました。ナリウスは剣と剣帯を受け取り、真剣な表情でその重みを感じていました。
「この剣…。」
「しっかり持ってろ、いくぞ。」
ユベルはナリウスを抱えて、走り出しました。
「ちょっ、えっ!?ディアを一人にしてて大丈夫なの!?」
「問題ない。不死の巫女だからな。」
しばらく走っていると、群れをなしているメリーケンを見つめました。そこで足を止めて、ナリウスを降ろした。
「丁度良い敵だ。俺が殺気で奴らの動きを止める。その隙に剣で倒せ。」
「えぇ!?剣持つの初めてなんだけど…。」
ナリウスはぎこちなく革の剣帯を装着してから剣を引き抜いた。
「手短に教える。持ち方はこうだ。」
ユベルはナリウスに、剣の持ち方と振り方を教えた。彼はナリウスが理解するまで繰り返し説明し、様々な基本動作を指導した。ナリウスは熱心に取り組み、ユベルの指導に従って姿勢を正し、剣をしっかりと握りしめた。
「よし。いけそうだな。」
「…でも、ちょっと恐いよ。」
ユベルが殺気を放ち、メリーケンの足を止めて先ずは数体狩って、残り2体をナリウスに任せる事にしてみた。
しかし、ナリウスは震えていて、メリーケンに立ち向かおうとしない。その様子を見て、ユベルは少し驚いた。しかし、彼を怒ったり叱責するのではなく、落ち着かせるように声をかけた。
「ナリウス、大丈夫だ。ゆっくりと息を吸って、自信を持って振りかざせ。俺がそばにいるから。」
ユベルは威圧的な雰囲気を引いて、ナリウスに自信を与えるよう励ました。
ナリウスはユベルの言葉に励まされ、深呼吸をして落ち着きを取り戻した。そして、自信を持って剣を振りかざし、メリーケンに立ち向かった。最初は不安そうな表情だったが、徐々に自信をつけ、剣を振るう動作も力強くなっていった。
ユベルはナリウスの姿を見て満足げに微笑んでいると、突然、昔の記憶が脳裏に浮かび上がった。それは遠い昔の出来事であり、ユベルがまだ幼かった頃のことだった。彼はその記憶の中で、王宮の騎士たちに酷い体罰を受け、母親を人質にされて敵国の人間を剣で処刑するように命令されていた。その時の彼は弱く、剣を握る手は震えていて、結局殺せずに自分の母親を殺されてしまったのだ。そして帰ってきた父に酷く殴られて、敵国に放り出された。そこで飢えを体験して、初めて人を殺したのだ。
―――何が大丈夫だ?震える子供を無理やり…俺はアイツらと同じ事をナリウスに強要したのか?
「ユベルにーちゃん大丈夫!?」
ユベルが気がつくと、息が荒くなり、頭を手で抑えていた。昔の記憶が突然脳裏に浮かび上がり、それが彼に強い衝撃を与えたようだった。彼は深く息を吸い込み、心を落ち着かせようと努力した。
ナリウスの後ろに、狂暴そうな巨大トカゲが迫っていました。ユベルはナリウスを抱えながら、片手でその巨大トカゲを素手で切り刻みました。
「うわっ!?」
「ハァ…ハァ…。」
ユベルがナリウスを降ろして膝をつき、苦しそうに胸を抑えた。彼の息が荒く、痛々しい表情を浮かべている。
―――クソッ。こんな時に…。落ち着け。何も考えるな。今は安全なところへ移動を…。
「ユベルにーちゃん…。」
その時、先程の巨大トカゲの子供らしきトカゲの魔物が近づいてきました。それにいち早く気づいたナリウスは剣を構えます。
「にーちゃん!俺がやるよ!」
ナリウスはメリーケンを倒して自信がついたのか、やれると思い、前へ出ました。
「待て!!ナリウス!俺から離れるな!」
ユベルは一瞬で状況を理解し、そのトカゲがナリウスに襲いかかるのを防ごうとしたが、間に合わず、トカゲの爪がナリウスの肉を切り裂く音が響きました。
「ナリウス!!!」
叫びと共にトカゲを倒したユベルは、ピクリとも動かず冷たくなっていくナリウスを抱きかかえた。
「ナリウスーーーーー!!!!」
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