8p【償い】
翌日、ユベルは決意を固め、少年の部屋へと足を運んだ。ドアを軽くノックして、中からの返事を待った。しばらくすると、中から少年の声が返ってきた。
「なんですか。」
ユベルはドアを開けて部屋に入ると、少年はユベルの姿を見て驚いたような表情を浮かべた。
昨日、少年の姿は泥や血で汚れ、髪の毛の色を見極めることは難しかった。しかし、今日は違った。彼の頭上に広がる髪は美しい青色に染まっていた。その青は、何か特別な魔法の力を宿しているようにも見えた。属性の魔力が髪の色に表れることは珍しくなく、おそらく少年もその一例だろう。
「その…昨日はありがとう。おはよう。」
「おはよう。その…大丈夫か?」
少年は恐る恐る頷いた。
「大丈夫。」
ユベルは少年の様子を見ながら、やさしく微笑んだ。
「もし、よければなんだけど、一緒に旅に出てみないか?旅の費用は気にしなくていい。君が大人になるまで、その…。」
少年は目を丸くし、驚いた表情を浮かべたが、すぐに溜息をついて顔を落とした。
「俺は荷物になりたくない。だから、これ以上は…。」
「いや、荷物になるのは俺の方だ。これから一緒に旅をしようっていうのに、何も知らずに連れていくのは良くないからな…。少し、俺の話を聞いてくれないか。」
少年は少し首を傾げた。
「まぁ、聞くだけなら。」
「そういえば、名前は?」
「ナリウス・キュール。」
「そうか。俺は…もともとどうだったかな。ユベルという名前しか思い出せないんだ。どこから話そうか。」
朝の光が室内に柔らかな輝きをもたらし、ユベルは少年に自分の物語を語り始めた。彼は過去の記憶を振り返りながら、少年に自分の心の内を明かすことに決めた。
「まず、この国は海に囲まれた大きな島なのを知っているか?」
「うん、世界地図を見た事がある。」
「数千年前、この島には4つの国があった。俺が所属していた国は戦争好きで、常に戦争をしかけていた。俺は戦争で武功を上げて、国の英雄になった。その感覚、快感が忘れられなくて、多くの人を手にかけてしまった。結果、俺は千年ほど牢獄に入れられる事になった。」
「信じられないよ。だって、ヒトは数千年も生きられない…。」
「そうだな。多くの人を手にかけてしまったと言ったと思うが、その中に斬っても斬っても再生する不思議な男がいた。世に珍しい黒い髪をして…化け物…みたいな赤い目をしていた。そいつを倒した時に、体が再生するようになって、飯を食わなくても周囲に漂う魔力を吸えば生きられるようになった。アーレイという科学者曰く、謎のバクテリアが体に入り込んだ原因らしいが…。」
「コホンッ!ユベル様、今の時代に科学もバクテリアという単語も存在しません!」
ディアに軽く怒られて、ユベルはその声にハッとさせられた。
「そ、そうか。とにかく、世話になったアーレイが最果ての村の先にいる。ディアもアーレイと知り合いらしく、アーレイを助けるために俺を牢獄から出して、一緒に旅することになったんだ。俺は、あの魔物達のように誰かの親を殺して、誰かの子供を殺して…誰かの大切な人を奪うだけの生活をしていた。だからかな。せめて、君を助けたいと思ってる。けど、やっぱりやめた方がいいかな。俺は未だに定期的に魔物を倒さないと体が震えて狂気に飲み込まれる。そうなったらナリウスも無事じゃすまない。」
ユベルは心に不安を抱えながら、自分の狂気がナリウスに及ぼす影響を心配していた。その不安は彼の心を重く圧し、深い落ち込みに陥らせた。
「行くよ。」
「え?」
「一緒に行くって言ってるだろ。」
「だめだ。危険だ。」
「どっちだよ!連れて行きたいんだろ?」
「まぁ、そう…なんだが。」
「ユベル様、大丈夫ですよ。もし切り刻んでしまったとしても、数分以内なら完璧に回復させてみせますから!」
ディアは笑顔で、まるで冗談のように恐ろしいことを言い出した。その言葉が部屋に静寂をもたらし、空気が凍りついた。
ディアの言葉に対して、ナリウスは不安げに生唾を飲み込んだ。彼の表情には不安がにじみ出ており、周囲の緊張感が高まる中、彼は言葉に詰まったように口を開いた。
「大丈夫…なんだよな?」
「そうみたい…だな。じゃあ、これからよろしく。」
「あ、うん。よろしく。」
彼女の笑顔とその言葉が不気味なコントラストを作り出し、部屋全体が不穏な雰囲気に包まれた。
「そうだ、出発はもう少し先にする。ここの町の結界を完成させないとな。それと、ナリウス。少し君を鍛える。出発はそれからだ。」
「わかった。」
ユベルは話が終わると、ナリウスに向かって優しく微笑んだ。彼はナリウスに筋トレを教えることに決め、まずは基本的なスクワットから始めることにした。ナリウスは最初は戸惑いながらも、ユベルの指導に従った。
ナリウスはスクワットをしながら、自分がなぜユベルと一緒に旅をすることを口にしたのか考え込んでいた。しかし、その時、口にしなければならないという強い衝動に駆られた。目の前の人がどうにかなってしまうような、そんな予感がしたのだ。
その日、ユベルとナリウスはひたすら筋トレに励んだ。ナリウスは体力の限界に挑戦し、最後には倒れるかのようにして眠りに落ちた。彼の顔には穏やかな表情が浮かんでいた。
「眠ってしまいましたね。」
「あぁ。ディア。ナリウスを頼む。俺はちょっと出てくる。」
「お一人で大丈夫ですか?」
「あぁ。」
ユベルは外に出て、月明かりの下で静かな夜の空を見上げた。
静かな夜の中で、指先に魔力を集めると、青い輝きを放ちながら足に魔法をかけた。その魔法は、身体を強化する力を持っていた。その一瞬、彼の心には遠い記憶が浮かび上がった。黒髪に赤い目をした男が、魔力を指先に集め、身体を強化する魔法を使っていた光景が、フラッシュバックのように思い浮かんだ。ユベルは、その男の姿を模倣しているのだ。
―――そういえば、そうだったな。指先や爪を刃物のようにする魔法も、人間離れした身体能力を得る魔法も全て、あの奇妙な男が戦いの最中に俺に教え込んだものばかりだ。だめだ。アイツの事を思い出そうとすると、頭が痛む。
ユベルは静かな夜の闇に溶け込み、目にも留まらぬ速さで身を動かした。風のように軽やかに足音を立てず、影の中を滑り、月明かりを避けながら目的地に向かった。
そして、夜が明ける少し前に宿屋に戻りまし。彼の姿は泥だらけで、長い夜の間に激しい戦いを繰り広げた証だった。彼の眼には疲労と汗が光り、しかし、その表情には充足感と決意が宿っていた。手短に湯浴みを済ましてベッドに倒れ込んだ。
ユベルは朝になれば、町の人々の掘り作業を手伝い、町の人達と一緒に汗を流した。同時に、ユベルはナリウスに筋トレを指導し、夜になると、いつもどこかへ出かけた。そして、朝日が昇る前にユベルは宿に戻り、疲れ果てた体をベッドに預ける。
この生活を1週間続けていた。
「ユベル様、今日はゆっくり休んでください。」
ユベルはディアの恐い顔を見て、少し驚きましたが、彼女の言葉に従ってゆっくりとベッドに身を横たえました。
「今日は、何処へもいかないように見張ってますからね!」
「あ、あぁ。」
「目の下にクマができてます。全然眠ってない証拠です。」
「いや、俺は寝なくても死なない。」
「死ぬ、死なないではありません。人間離れした行動は、いつか本当にヒトの道を外してしまいます。ユベル様を管理する者として、それは見過ごせません!」
「わ、わかったよ。」
ディアの厳しい言葉に、ユベルは素直に従うことに決めました。
―――まぁ、丁度あれも完成したところだし。まぁ、いいか。
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