7p【罪悪感】
ユベルは地面に着地し、左手の人差し指と中指を剣の刃に沿ってそっと滑らせました。すると、剣は彼の指先から受けた力を感知し、白い光を放ちだした。
「鈍っていてくれるなよ…。」
ユベルは自らに戒めるように呟きながら、ドラゴンに向かって突進した。息を殺し、身体を一瞬の静止状態に持ち込んだ後、再びその驚異的な速さで剣を振り回した。その一連の動きは、まるで稲妻が闇夜を切り裂くような速さで、ドラゴンを瞬く間に斬り捨てるかのようだった。ユベルの身のこなしは、まさに神業の域に達していた。
ドラゴンがピクリとも動かなくなったと確認するや否や、ユベルは万全の態勢であるかのように、ドラゴンの腹部に剣を突き立て、その硬い鱗を貫き、瞬時に手さばきを加え、ドラゴンの内臓を露わにした。その中で、鼓動を感じる大きな心臓が静かに脈動していた。ユベルは慎重に心臓を取り出し、ドラゴンの命を断ち切った。
「終わった。」
その一言を受け、町の人々や彼を信じて見守っていた者たちが、大きな歓声を上げました。彼らの声は喜びや安堵、そしてユベルへの感謝の意を込めて満ち溢れていました。
少年の悲痛な泣き声が静かな歓声の中に混ざり合いました。彼は悔しさや失望、この一連の出来事が彼の心に深い傷を残したことは明らかだった。
少年の悔しげな叫びと涙は、周囲の歓声にかき消され、誰も気づかないままだった。彼の心の傷や苦悩は、その場にいる者たちの視線から逃れて、ただただ孤独に叫び続ける。
ユベルは硬い装備を取り外しながら、少年の元へ静かに近づきました。その瞬間、まるで時間が止まったかのように、周囲の喧騒が遠のき、ユベルと少年だけが静かな空間に取り残されたかのような感覚が広がった。そっと、少年を抱きしめ、その背中に手を置いた。
「って…こない。」
「ん?」
「ドラ…ゴンが…倒されても…俺の父上と母上は…ヒック……もぅ一生帰ってこないんだっ!!」
「………っ!!」
彼の涙が服を濡らし、胸に伝わる感触が、ユベルの心を静かに打ち震えさせた。
彼がなぜこの少年を抱きしめたのか、その理由は彼自身にもわからなかった。しかし、この瞬間に何かが心の奥深くで共鳴し、ユベルはただその感情に身を委ねることしかできなかった。少年が泣き止むまで、静かにその場にとどまり続けた。
しばらくして、町がお祭りモードになる中、換金所の鑑定士がドラゴンを査定するために出向いてくれていた。その間も、ユベルは少年のそばに静かに立っていました。周囲が賑やかな中、ユベルと少年だけが静かな空気の中でぼんやりと解体されていくドラゴンを見つめていた。
一方でディアはユベルと少年が邪魔されないように、人々の注意をそらし、ユベルと少年が穏やかに話せる空間を確保するために、様々な手段を駆使していました。
その後、ユベルとディアは少年を宿屋に案内し、一室を借りることにした。その部屋は清潔で居心地の良い空間であり、少年が安心して休むことができるように整えられていた。ユベルは少年に「今日はとりあえずここでゆっくり休んでいい。何か必要なものがあれば言ってくれ。金は払ってある。心配するな。」と声をかけ、少年の顔に微笑みを浮かべる。ディアも少年に親身になって声をかけ、安心感を与えるように努めていた。彼らは少年が安全で快適な休息を取れるように配慮し、部屋を後にした。
ユベルは自分たちの部屋に戻ると、まず湯船を用意しました。
ユベルは湯船に浸かり、疲れを癒すためにゆっくりと身体を洗いました。湯船の中で、ドラゴンの血が彼の肌に張り付いている感覚がありましたが、熱い湯のおかげで次第に流れ落ちていきました。
―これからあの少年はどうなる?両親を失い、家も失い、生まれ育った領地も何もかもが失い…。あの少年の悲痛な叫びが脳裏から離れない。待てよ…俺が殺してしまった人達も家族がいたんじゃないのか?あの少年のように、身寄りを無くしてしまった子供が…。
その強烈な感情がユベルを襲った瞬間、彼は胸に激痛を覚えた。その痛みはまるで身体が内側から引き裂かれるような感覚で、息が詰まるような苦しさが押し寄せた。彼は湯船の中で苦しみながらも、その痛みに耐えようとしましたが、次第に意識が遠のいく。最後の意識の中で、彼は呼吸が困難になる中、ディアの名前を呼んだ。その声はぼやけていき、湯船の中で静かに消えていった。
――――――――――
―――――――
ユベルが目を覚ますと、ベッドの上で横たわっていた。ディアがベッドのそばに座って彼を見つめていました。彼女の表情は心配そうで、手を握りしめているのがわかった。
「ディア…」
「大丈夫ですか?」
ユベルは自分がベッドにいることに戸惑いながらも、ゆっくりと頷きました。
「すまない。手間をかけさせた。」
「ここまで運ぶの大変だったんですからね!」
ディアは握っている手をブンブン振ります。
「あ、あぁ。気を付ける。」
「何があったんですか?」
「いや…。俺は今まで数えきれない人を殺してきた。あの少年のように誰かの大切な人を奪い続けていたのかと考えてしまって…死にたくなった…のかもしれんな。この辺りが酷く痛いんだ。」
ユベルは胸のあたりをさした。
「今まで何も思わなかったのに…ですか?」
「あぁ。考えた事もなかったよ。」
ユベルが静かに目を閉じていたとき、彼の耳には小さな音が聞こえた。それはさざめく風の音ではない。それは、柔らかな波の音でもない。それは、彼女の涙が静かに流れる音だった。
ゆっくりと目を開けたユベルは、ディアの涙を見つめた。彼女の両目から、まるで小さな水滴が一つ一つ、静かに彼女の頬を伝っていくようだった。その様子に、ユベルは驚いて起き上がり、ディアの様子を見つめた。
「どうした?」
「ユベル様の感情が1つお戻りになったので…」
「それでどうしてディアが泣く?」
「お辛いでしょう?」
―辛いか。と問われれば辛い。はじめてだ。こんなにも消えてしまいと思ってしまったのは。普段は、ただ快感を味わえればなんでもいいと思っていた。けど、あの少年の心のからの叫びが俺の奥深くの何かに触れたんだ。この感情を知ってしまえば、もう快感を味わうだけの、あの時には戻れない。そんな事さえ思えてしまうほどに。
ユベルの心は突然、激しい痛みに襲われた。苦しげに胸を抑えながら、彼は息を詰まらせた。その痛みは、彼の身体を縛り付けるようなものだった。
「ぐっ…。うっ!!」
ディアは驚いた表情でユベルを見つめ、心配そうに手を伸ばして彼の背中をさすった。
「ユベル様は…悪くありません!例え誰かの大切を奪っていたとしてもです。貴方は…あの時代、国民を守る為に必死に戦った英雄ではありませんか。誰よりも過酷な戦いに耐え抜いて…。何度も心を壊されて…。私は知っています…。ですから、大丈夫ですよ。」
ディアの言葉が静かにユベルの心に響いた。彼女の優しさと信頼が、彼の痛みを和らげ、心を安堵させた。ユベルはディアの言葉に感謝の気持ちで溢れ、彼女の手を優しく握り返した。
「俺は…弱いな。」
「強いです。」
「ディアは凄いな…。」
「いえ、凄いのはユベル様です。」
「俺は…生きてていいのかな…。」
「少なくとも、アーレイ様を助けるまでは、生きなければだめです。」
「そうだったな…。」
(アーレイ…。君は今無事なのか?それとも…。)
「なぁ、ディア。」
「はい。」
「あの少年のことだけど、あの子さえ良ければ、俺達の旅に同行してもらう…なんてのはどうだろう。」
「はい。素敵だと思います。」
「できれば、俺が面倒みたいんだ。それが今思いつく罪滅ぼし…的な。どう…かな。」
「では、明日。聞いてみましょう。」
「ディアは?俺に…その…。迷惑…じゃないか?」
ディアは首を左右に振った。
「迷惑ではありません。ですが、理由を述べる事は今はできません。アーレイ様を救い出すまでは。」
「ディア…。君とアーレイはどういう関係なんだ?」
「すみません、それも今は言えません。けれど、とても親しい間柄とだけお伝えしておきます。」
――ディアは謎が多い。分かっているのは不死の巫女で、アーレイを助けようとしているということだけだ。だが、今の俺にはディアの優しさや温もりが必要だった。なんだっていい。ディアの存在は俺が今、生きてて良い理由だ。
読んで下さってありがとうございます!
お手数かけますが、イイネやブクマをいただけたら幸いです。モチベに繋がります( *´艸`)