5p【人々は退化していた】
翌朝、町長の家を訪れたユベルとディアは、真剣な表情で町長との面会を待っていた。ディアは大人の姿に変身し、落ち着いた雰囲気を演出していた。目的は、町の周りに掘りを作り、聖なる水を流して魔物除けの結界を作りたいということで、町の人々の協力を得られないかというものだった。
しばらくすると町長が部屋に入ってきた。
「待たせたね。町を守ってくれた英雄ユベル君だね?隣のお嬢さんは…。」
「不死の巫女ディアと申します。」
「ふ、不死の巫女!?あの伝説の?お嬢さん、冗談はいけませんよ。」
ディアは短剣を取り出し、自らの腕に傷をつけた。その傷はほんの数秒で癒え、まるで何もなかったかのように元通りになった。自分が不死である事を証明してみせたのだ。
「な、なんと!!」
ディアは深く息を吐き、短剣をしまいながら、町長に対して自分たちの提案を続ける。
「町の安全を確保するために、私達は町の周辺に掘りを作り、聖水を流して魔物除けの結界を張りたいと考えています。町の皆さんの協力を得ることができますでしょうか?」
「本当か?」
町長はユベルの顔を見た。
「本当です。王国はすでに同様の方法で町を守っています。」とユベルは真摯に答えました。
「ユベルさんがそうおっしゃるのなら、間違いありませんね。昨日の町を救っていただいた際の貴方の勇姿は信頼に値します。では、町の人々に呼びかけてみます。よろしくお願いします。」
「はい。」
ユベルと町長は握手を交わした。
ユベルとディアが町長の家を後にすると、ディアは突然姿を小さくして、ぷくーっとむくれた表情を浮かべた。その小さな姿は愛らしくもあり、何かを不満に思っている様子だった。
(どうしたか、聞きたいが、さっきから少し手が震える…。先に魔物を倒すしかないな。)
ユベルはむくれるディアを優しく抱きかかえ、町の外へと走り出した。
ディアは何も言わず、大人しく抱きかかえられていたが、その表情からは明らかに不機嫌さがにじみ出ていた。
森の外に出ると、不思議な紙袋を抱えたヒトではないが、小人のような生物が群れをなしていました。その姿はまるで森の精霊のようで、彼らは賑やかに騒ぎながら何かを話し合っているようでした。
「なんだ…こいつらは…魔物か?」
「メリーケンですね。小麦粉を落とす魔物です。」
「そうか。便利な魔物だな。」
ユベルはディアを地面に優しく降ろし、静かに剣を抜いた。その剣は彼の手にしっかりと収まり、光を反射して森の中に幻想的な輝きを放つ。
ユベルは呼吸を整え、集中して魔物狩りを開始した。そして、小麦粉が入っているであろう袋に傷をつけないように、器用に剣を振り回して魔物たちに立ち向かう。彼の動きは優雅でありながらも迅速で、鋭い刃は魔物たちを容赦なく切り裂いていく。
その間、ディアはユベルに続いて、魔物が落とす小麦粉を素早く拾い集め、荷物袋の中に詰め込んでいく。同時に、彼女はユベルの足場を邪魔しないように、巧みに動いて魔物との距離を保ちながら、彼をサポートしていた。
ユベルは約1時間にわたって魔物を狩り続け、ようやく狂気による震えが収まり、最後の一体の魔物が倒れ、ユベルは深い息をついて剣をしまった。彼の周りには、数多くの倒れた魔物の死体が散らばっており、その光景はまるで戦場のようだった。
「この死体は放置でいいのか?」
「メリーケンの死体は放置しておけば、森の木々や土の養分になるので大丈夫です。」
ユベルは魔物を狩る間、違和感を感じていた。魔物たちは人々にとって便利な素材を過剰に落としているように見えたのだ。そのことが彼にとっては不自然に感じられた。
(どうして…、魔物たちは人々にとって有用な素材を大量に持っているんだ。君が関係しているのか?アーレイ…。)
彼は、アーレイが何らかの方法で魔物たちを操作し、人々にとって役立つ素材を供給しているのではないかと疑っていた。
「そういえばディア、さっきはどうして機嫌が悪かったんだ?」
「別に大した理由じゃないんですけど、せっかく大人に変身したのに、ユベル様の方が信頼を得ていると感じて、変身した意味がないと思っちゃったんです。」
「なるほど…それは…悪い事をした。」
「もうこの姿のままいます!これからはユベル様が交渉して下さい。」
「それは、困ったな。俺はディアみたいに上手く話せる自信がないよ。牢獄から出たばかりで、まだ色々よく分かってないし。俺はディアを頼りにしてるんだけどな…。」
ディアは頼りにされていると分かり、少し安心した様子で微笑んだ。
「分かりました、ユベル様。仕方がないですね。」
「ありがとう、ディア。君がいると心強いよ」とユベルが言うと、ディアもにっこりと微笑みながら、これからも一緒に交渉していこうと約束をした。
翌日、町の周りに大勢の人々が集まり、掘りを作る計画が実行された。ユベルは町の人々の護衛として立ち、労働者たちと共に掘りを進めていく。町の外周に沿って、堀を作り、その中に聖なる水を流して魔物除けの結界を形成する作業は大変だったが、人々は一丸となって力を合わせて作業を進めていった。
「この様子だと、一週間もすれば完成して次の町へ行けそうですね。」
「そうだな。」
ユベルは作業を進める中で、町の人々の筋力が少ないことに気が付いた。彼らの体力が不足しているのは明らかであり、掘りを進める作業に支障をきたしているようだった。
(何故だ?痩せこけているようには見えない。単に運動不足か?)
ユベルは魔物が現れるたびに、迅速に対処し、その脅威を撃退していた。その度に人々はユベルを称賛していた。
その日の夜、ユベルは宿屋に入ると、ディアに向かって質問をぶつけた。
「ディア、気になることがあるんだ。なんでこの町の人々の筋力が少ないんだろう?」
ディアは考え込んでから答えた。
「それはですね、町に限らず、人々は長い間、魔物に襲われずに平和に暮らしてきたからなんです。魔物が現れることも少なく、戦闘の経験がほとんどないのです。それと同時に、王室が何年にも渡って、ユベル様のような人を生み出さない為に鍛えるといったような行動を制限していたんです。」
ディアは静かに説明し、その理由をユベルに伝えた。その言葉には悲しみと複雑な思いがにじんでいた。
「あぁ…俺が王族を何人か…。そうか。」
「後は農業や木こりをしなくとも、魔物たちが必要なものを落としてくれるので、余計にですね。」
ユベルは思っていた以上に複雑な状況に驚いていた。町の人々が長い間魔物に襲われずに平和に暮らしてきたこと、王室が戦闘の経験を制限してきたこと、そして魔物が必要な資源を提供してくれることによって、人々が農業や木こりなどの生活に頼らなくても済む状況を知り、彼の考えが一変した。
「鍛え方でも教えた方が良いか?」
「それはとても良い案です!ユベル様のトレーニングを是非、みなさんに教えてあげると喜ばれますよ!」
「ディア、また協力してくれるかな?」
「はい!!」
ディアはユベルから頼りにされることに喜んでいるようで、彼女の表情からはその喜びが滲み出ていた。彼女は自分の力が役立つことを感じ、誇らしげに微笑んでいた。
ユベルは毎日、筋肉トレーニングを続けていた。部屋の片隅に立ち、体を軽く動かしながら腕立て伏せやスクワットを行った。初心者でもできる程度の動きだろうかと考えながらも、静かな部屋の中で、彼の呼吸音と筋肉の動きだけが聞こえ、自身の身体を鍛え続けた。
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