10p【成長】
―――何が償いだ。俺はやっぱり死ぬべきだ。
『何を言ってるんだい?君は死ねないよ?』
―――どういう事だ?
『君も自分で言ってたじゃないか。不老不死だって…。』
ユベルは幻想の中で、黒髪に赤い瞳をした男の姿をふと見たような気がした。
「ユベル様!!しっかりして下さい!」
ディアの声がユベルの耳に届き、彼の意識が戻った。彼は深呼吸をして、周囲の状況に再び集中した。目の前には顔色が良くなったナリウスが横たわっていて、ナリウスを挟んで正面にディアが座っていた。
「ディア…ナリウスは…。」
「間に合いました。見ての通り、もう大丈夫です。」
「そうか。良かった…。」
あの後、すぐにユベルはナリウスを抱きかかえ、ディアの元へと急いだ。彼の心臓は激しく鼓動し、不安が胸を圧し掛かったが、ディアの治癒能力を信じていた。ディアの手元に着くと、彼女は穏やかな微笑みでナリウスの傷を処置した。ナリウスの傷が驚くほど早く癒えていくのをユベルは目の当たりにした。ディアの回復力は確かに人知を超える驚異的な力だった。
「私を置いていくからですよ!戦利品だって拾わないといけないのに!」
ディアのふくれっ面にユベルは反省の表情を見せた。
「あぁ…そうだな。悪かった。」
彼の心は重く、不安に満ちているようだった。
「ユベル様…。」
「やっぱり…危険だ。ナリウスは…町で平和に育った方がいいかもしれないな…。」
そう呟くと近くで横たわるナリウスがユベルの服の袖を掴んだ。
「にーちゃん…俺、嫌だよ。もっと強くなりたい…もん。」
傷は完全に癒えているとはいえ、意識が覚醒したばかりで弱々しい口調のナリウスを見てユベルは辛い顔をしてしまう。
「ナリウス…。そんな…だめだ…。」
「へへっ。最強のにーちゃんでも…弱い時ってあるんだな。俺安心したよ。だからさ、連れてってよ。皆を守れるくらい強くなりたいんだ。」
ナリウスもまた、鋭い勘を持ち合わせているようだった。今ユベルと離れれば自分は一生成長しないとどこかで感じ取っているようだ。
「ナリウス…。」
ユベルはナリウスの言葉に驚いた。彼は深く息を吸い、ナリウスの目を見つめました。ナリウスの目には強い意志がしっかりと宿っているように見えた。
「ユベル様、私がいる限り、例え命が失われたとしても数分以内でしたら元通りにしてみせますよ。それが巫女ですから。」
「ほら、ディアがいれば俺も不死じゃん。」
ナリウスはニカッと笑った。
「生意気なガキだ。」
ユベルは少し笑って、ナリウスの頭を撫でた。
「へへっ。でも超恐かった。」
「俺も最初は恐かったんだ。逃げだして、大切なものを沢山失って、自分を失いそうになってやっと立ち向かえるようになったんだ。」
「俺と一緒じゃん。あ~あ。もっとしっかり授業を受けておけば良かった。俺、サボってばっかだったんだ。剣術だってせっかく先生がいたのに俺は公爵家だって威張って真面目に取り組まなかった。真面目に取り組んでいたら、誰かを救えたかもしれないのに。」
ナリウスの声は震えていた。そして、片腕を目に当て、自分の涙を隠すような仕草をした。
「沢山の人が囮になってくれて、俺はあの町に辿り着く事ができたんだ。」
ユベルはナリウスの言葉に驚きを隠せず、感心した表情を浮かべました。
「それでも、凄いよ。」
「ナリウス君、あなたはとても成長してます。自分の過ちを認め、それを乗り越えようとする姿勢は立派です。ユベル様と共に自分の心にしっかりと向き合って、成長していきましょうね。」
ディアは微笑みながら、ユベルとナリウスが少し打ち解けたことを喜んでいた。
―――――――
――――
その後、ユベルたちは一度町に戻って休息を取った後、公爵領へ向かい、魔物退治に取り組んだ。
ユベルはナリウスに対して、より丁寧に剣の扱いを教えていた。
「いいか。剣は最初は、こう持つといい。基本をしっかりと覚えれば後はセンスだ。」
「ふわっとしてんなぁ。にーちゃん。」
彼は基本的な剣術から始め、慎重に動きや姿勢を指導した。ナリウスは真剣に学び、ユベルの指導に熱心に従う。彼らの間には信頼と絆が生まれ、ナリウスの剣術の腕も着実に向上していった。
「ナリウス。あれにリベンジするか。」
ユベルが指差したのは巨大トカゲの魔物だった。それを見たナリウスはゴクリと生唾を飲んだ。
「恐いならやめていい。無理だけは…」
「いや、いくよ。俺はここで立ち止まれないから。」
その強い意志の宿った目と姿勢に驚かされるユベル。
ナリウスは剣を握りしめ、目を凝らして巨大トカゲに向かって歩み寄った。トカゲは口を開けて彼に向かって突進し、ナリウスは一瞬身をかわして、その間隙を突いてトカゲの腹部に剣を突き立てた。トカゲは咆哮をあげ、激しく暴れながらナリウスを襲い、ナリウスは剣を振り回してその攻撃を防ごうとした。
「ていやー!!!」
ナリウスは見事に一人で巨大トカゲを倒してみせた。まだ硬い鱗は切れないにしても、短期間で一人で巨大な魔物を倒せるまでに成長したナリウスを見て感動してしまうユベル。
「よくやった。剣の才能がありそうだな。」
「ほんと?」
「あぁ。王宮騎士時代の事はうろ覚えだが、その歳でこの魔物を倒せるくらいの力がある奴はいなかった気がする。」
それを聞いたナリウスは嬉しそうにするわけでもなく、どこか悲し気な表情を浮かべているだけだった。ユベルはナリウスの背中をパンッと叩いて「次いくぞ。」と声をかけた。
「うん。」
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―――――
その地での戦いは激しいものであり、敵の数も多かったが、ナリウスはユベルから学んだ剣術を駆使し、巧みな戦術で敵に立ち向かっていた。彼の姿勢は以前よりも自信に満ちていて、決して負けるつもりはないという強い意志を宿らせていた。
ユベルとナリウスは魔物を討伐している最中、生き残った人々を発見した。彼らは傷つき、恐怖に震えながらも命をつないでいたようだ。ナリウスは幼いながらも、領民たちに深く謝罪し、自分が力を持っていなかったことを悔やんでいた。彼の素直な謝罪と優しさに、人々は感謝の意を示し、彼を励ました。ユベルもナリウスの姿勢に感心していた。そして、一緒に生き延びた人々を助け、彼らを安全な場所に案内した。
「良かったな。生き残った人がいて。」
「うん…。」
ナリウスはぎゅっと拳を握っていた。ユベルはナリウスの拳を見て、彼の心情を察して、ナリウスの肩を軽く叩いた。
「短期間で随分と成長したな。さっき空から公爵領を見て回ったが、もう魔物はいないみたいだ。よく頑張ったな。」
「俺、ほんとにもっと強くなるよ。強くなったら、またここに帰ってくる。」
―――幼い頃の俺はナリウスのように強かっただろうか。逃げてばかりで、その末が今だ。黒髪の不気味な赤い目のアイツを殺した時もそうだった。説明のつかない現象に恐くて恐くてたまらなかった。斬っても斬っても、修復され続ける細胞に脅え続けた。ナリウスなら、あれと戦う時どうしただろうか。そもそも殺意のなかったアイツを倒そうとは思わないか。俺もいつかそうなれるだろうか。いや、ならないといけないよな。全く…色々と考えさせられる旅路になりそうだな。
「ユベル様、昔がどうだっただとか、今は関係ありません。今どうあるかが大事だと私は思いますよ。」
ディアの幼い容姿と、その口から発せられる深い言葉のギャップに、ユベルは驚かされた。彼女の言葉はまるで長い時を生きてきた賢者のようであり、その深みには敬意を払わざるを得なかった。
「そうだな。ナリウス、一緒に成長していこう。」
「え?それ以上強くなってどうするの?」
「・・・。」
「ふふふ。そろそろ次の町へ行きましょうか。」
ユベルとナリウスはディアの言葉に頷き、次の町へと歩き出した。
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