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別邸の主③

「夫人とはぐれた、だと……?」


 執務室で仕事をしていたカルロは、老執事と一緒に入ってきたメイドと騎士に眉根を寄せた。

 彼らの話では、買い物へ出掛けるアメリアに同行したが、途中ではぐれてしまったと言う。店の前で待っていたが、アメリアが勝手に抜け出して消えてしまったようだ。

 カルロは額にかかる前髪を掻き上げた。


「なぜ店の中までついていかなかったんだ」


 彼らの話が本当であれば、アメリアは好き勝手に行動して迷惑をかけたことになる。

 だが、同行した二人を見ていると腑に落ちなかった。どちらも口裏を合わせているようにしか思えなかったのだ。

 何より、二人もいて店からいなくなったアメリアに気づかないわけがない。片方は護衛を任された騎士だ。彼らの行動は職務怠慢に当たる。


「夫人にしっかりついていなかったお前たちの責任だ。今日限りで辞めてもらう」


 すぐに処罰を言い渡すと、二人は蒼褪めた顔で必死に謝ってきたが、カルロはさっさと二人を追い出すように命じた。

 決して夫人の立場を思いやったわけではない。今、この侯爵家で職務を放棄するような使用人がいては困るのだ。


「夫人のことはどうするつもりだ?」


 小さな嵐が過ぎ去ると、傍に控えていたルーカスが尋ねてきた。

 カルロはやせ細った妻を思い出して嘆息した。あの体では、荷物を運ぶことも、一人で馬車に乗ることも難しそうだ。


「まだ街にいるかもしれない。迎えの馬車を向かわせろ」

「もし、夫人がここから逃げ出すためにいなくなったとしたら……」

「馬鹿な、逃げたところでどこに行くというんだ。子爵家は破滅寸前、働いていた伯爵家にも戻ることはできない。ジェナがいる間は、彼女の居場所はここだけだ」


 ──逃げられるものか。

 莫大な借金を肩代わりした侯爵家に、アメリアは買われてきたようなものなのだから。彼女自身を信じることはできなくても、交わした契約は信じている。

 再びカルロが指示を出すと、ルーカスは大人しく従った。

 だがその時、廊下が騒がしくなってカルロとルーカスは同時に振り返った。扉のほうに視線をやれば、別邸を担当するメイド長が血相を変えて飛び込んできた。


「だ、旦那様……ジェナ様が……っ! ジェナ様のお姿が、部屋に見当たらず……っ!」


 悲鳴にも似た声を上げて報告してきたメイド長は、その場にへたり込んだ。全力で走ってきたからだろう。もしくは、最悪の事態を想像したのかもしれない。

 知らせを受けて先に動き出したのはルーカスだった。彼は内容を聞くなり、部屋を飛び出していた。

 一方、カルロもまた息も絶え絶えなメイド長に「ジェナがいなくなったのはいつだ!?」と詰め寄った。


「つい先ほどです! お茶の準備をしている僅かな間に……っ」

「他の使用人たちは一体何をしていたんだ!」


 こういう時のために、侯爵家の使用人たちには普段から厳しく指導するように伝えていた。とくに別邸の使用人には不測の事態に備え、緊張感を持って働くように言い聞かせていた。

 カルロはメイド長の報告から「遠くには行っていないはずだ」と推測し、彼もまた執務室から出た。


 本邸から別邸までは距離がある。

 それでも、出入りの激しい本邸とは違って別邸なら人の目もつきやすい。建物の裏には使用人や業者が出入りする門もあって、門番も配備している。

 ……すべては、愛する女性のために。

 原因不明の病に倒れ、余命わずかだと知ってから──何度も、何度も、自ら命を絶とうとするジェナのために。

 毎晩襲ってくる胸の苦しみに耐えきれず暴れだし、泣き喚いて屋敷にある物を破壊し、外へ飛び出してしまう彼女を守るために、別邸に置いて隔離しなければいけなかった。

 自分の気が触れそうになっても放っておくことはできず、最後の瞬間まで傍にいると心に決めていた。

 だから、勝手に命を絶つような真似は許さない。


「ジェナ、ダメだ……っ」


 死んではダメだ、ダメだ、ダメだ、と。

 別邸に急ぐカルロの頭の中はジェナに支配され、アメリアのことなどすっかり忘れてしまっていた。

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