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別邸の主②

 アメリアは荷物を持ったまま、しばらく店先で彼らを待ったが、いくら待っても二人は現れなかった。次第に、店内にいたスタッフたちの視線にも居たたまれなくなり、一旦離れるしかなかった。

 それから付近を捜索した。

 恋人同士の二人だけに、どこかにしけ込んでいるかもしれないと薄暗い裏路地にも入ってみた。また、通り過ぎる人にも尋ねてみたが、期待する言葉は返ってこなかった。

 やはり買い物をした店で待っていたほうが安全かもしれない。そう思って歩いてきた道を戻ろうとした時、河川の上に架けられた橋から拍手が聞こえてきた。

 大勢の観光客が訪れる首都の街頭では、吟遊詩人が自作の歌を披露し、旅芸人がさまざまなパフォーマンスをして観客を虜にすると聞いたことがある。

 アメリアは好奇心を抑えきれず、観光客が群がる橋に足を運んだ。

 様子を窺いながら近づくと、子供から大人まで歓声を上げてはしゃいでいる。彼らが取り囲む欄干には、旅芸人が見たこともない芸で人々を魅了していた。


「あれは、魔法……?」


 そこには奇抜な格好をした青年がいた。

 白をベースとした柄物のスーツに、夕日より鮮やかなオレンジ色の髪に赤い目。顔にはいくつものペイントをして、青年の素顔は分からない。けれど、観客を楽しませる顔は人の良さが滲み出ていた。

 青年が軽くお辞儀をすると川の水が持ち上がり、くねくねと動いた水は橋を越えて観客の一人に握手を求めてきた。それを見た子供たちは喜び、水の塊に近づいて抱き着いた。水は膜が張られているのか割れることもなく、むしろ子供たちを軽く弾き飛ばしていた。

 それから青年が両手を持ち上げると、不思議なことに白い結晶が降ってきた。雪とは違い、結晶を手のひらに載せると白い花に変わった。

 実際この目で魔術を見たのは初めてだ。

 ツィンゲル大国では、魔力を持って生まれる人間が極端に少ない。その代わり、魔水晶などの資源が豊富に採れることから、何かしらの犠牲が伴っているのではないかと昔から云われてきた。

 一方、貿易の盛んなフロイント大国は魔法の宝庫だ。魔法を扱う者が殆どで、アカデミーの学生はフロイント出身の少年少女が大半を占めている。

 だから、目の前にいる青年もフロイント出身の者なのだろう。

 他にも観客を沸かせる芸を披露していると、ふわふわとした黄色の綿が、白い帽子を逆さにして運んできた。チップの回収だ。彼の生活がかかっているかもしれないと思ったら、急に現実へ引き戻される。

 だが、魔術など滅多に見られるものではない。アメリアは巾着袋から銀貨を取り出し、帽子の中へ投げ入れた。

 ──瞬間、黄色の綿が弾け飛んだ。

 驚きのあまり固まると、アメリアの入れた銀貨と共に白い帽子が地面に落ちる。不安になって視線を上げると、旅芸人の青年と目が合った。

 彼はなぜか右の耳を押さえ、目を丸くしてこちらを見つめていた。

 アメリアは意味が分からず頭が真っ白になる。

 その間に、他の観客たちも異変に気づいて振り返ってきた。人の視線に晒されるのは好きではない。アメリアは咄嗟に踵を返して走り出していた。


「あ、待って、君……!」


 右耳を手で塞いだ青年が、その場から走り去っていくアメリアに声を掛けてきた。

 しかし、アメリアは青年の呼び止めには応じず、橋が見えなくなるまでひた走った。




 全力で走ったのは何年ぶりだろう。

 伯爵家で働いていたときはもっと体力があったのに、最近の運動不足が祟ったようだ。呼吸が整うまで時間がかかった。

 アメリアは再び買い物をした店に戻ったが、メイドと騎士の姿はなかった。今度こそ待っているかもしれないという期待は虚しく砕け散った。

 このまま待っていても無駄だと思ったアメリアは、大通りに停まっていた辻馬車に乗り、侯爵家へ帰ることにした。

 普通であれば正面入り口に向かう馬車は、アメリアを侯爵家のメイドか何かだと勘違いしたのか、使用人たちが使う裏門で降ろされた。

 ここから本館まではかなり距離がある。けれど、同じ敷地内だと思えば街にいるより安心だ。

 侯爵家の者と分かる通行証を持っていなかったが、アメリアは侯爵家の紋章が入った書類を出して門番に見せた。すると、すんなり中へ通してくれた。備えていたことが功を奏した。

 アメリアは胸を撫で下ろし、裏門から本館に向かって歩き始めた。

 大きな本館は嫌でも目に入るため、道を確認する必要はなかった。

 しかし、侯爵家の敷地をしっかり把握していれば、アメリアもわざわざ自ら火の中へ飛び込むような場所は通らなかったはずだ。

 歩いている途中、花の香りが漂ってきてふと足を止めた。

 そこには、裏庭にしては見事なフラワーアーチが続いていた。アメリアは誘われるようにして花のアーチに近づいた。

 と、それまで静かだった花が嬉しそうに揺れだした。

 ひとつが揺れると、もうひとつが。

 アメリアがやって来たことを知らせるように、次から次と動き出した花が頭上や真横に寄ってきた。

 そう、まるで──。


「花が踊っているみたいね」

「──っ!」


 突然掛けられた声に、アメリアは驚いて振り返った。後ろから近づいてくる気配にまったく気づかなかった。目を丸くして凝視すると、目の前にハニーブラウンの髪に琥珀色の瞳をした女性が立っていた。

 穏やかな笑みを浮かべつつ、どこか儚げに見える女性はアメリアに向かってほっそりとした手を伸ばしてきた。


「花びら、髪についているわ。新しいメイドの子かしら?」


 すべてを包み込むような優しい声と笑顔に、彼女に対する警戒が自然と取り払われる。

 その一方、本能が警告していた。

 ──彼女には近づいてはいけない、と。この光景を誰かに見られてはいけない、と。

 この人こそ別邸に隠された、夫の愛する女性だとすぐに理解した……。


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