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別邸の主①

 ついてない日は、何をやってもうまくいかない。不運が不運を生み、どうしようもない状況に立たされることもある。

 アメリアにとってその日は、そんな一日だった。

 湿ったパンと味のしないスープを食した後、紺色のワンピースに着替えた。


「痛……っ」


 刹那、指先にチクッとした痛みを感じて右手を見下ろした。

 すると、スカートの脇に針が刺さっていた。侯爵邸に嫁いでからクローゼットにしまっておいたワンピースだけに、自然と悪いほうへ考えが働いてしまう。

 だからと言って、起きたことを伝えられる相手はいない。

 アメリアは針を抜いて、外出の準備をした。

 そろそろ新しい洋服が欲しい。洗濯に出すたび、ボロボロになって戻ってくる衣類に、袖も通すことができなくなっている。それから少しでも美味しい物が食べたい。

 買い物資金は伯爵家から出された退職金がある。盗まれないように、ベッドのフレームとマットレスの間に挟んでいた。

 これは劣悪な状況下で身に付いた癖のようなものだ。

 弟とひもじい思いをしていると両親が気まぐれに、それ以外では見兼ねた両親の愛人が、お金などを恵んでくれることがあった。しかし、使用人たちに見つかると取り上げられてしまうため、高価なものは常に隠しておかなければいけなかった。

 まさか貴族の娘がベッドの間にお金を隠しておくなど思わないようで、今のところ見つかっていない。

 ただ、頻繁に出掛けるのは避けるようにしている。


「買い物に、街へ行きたいの」


 これは昨日の内に伝えていたことだ。

 返ってきたのはメイドの舌打ちと面倒臭そうな「承知しました」だが、外出自体に問題がなくてホッとした。

 一人で外出の準備を済ませたアメリアは、念のため侯爵家の紋章がついた書類を折りたたんでポケットにしまった。いつも最悪なケースに備えておけば、安心して行動することができる。


「馬車の準備ができました」


 アメリアが玄関へ向かうと、使用人たちの冷たい視線が降り注ぐ。実家でも同じだった。否、実家のほうがもっと酷かったかもしれない。

 アメリアはそれらを無視して、用意された馬車に乗り込んだ。紋章のついていない、古びた馬車だった。

 それでも外出できる嬉しさに胸を弾ませ、ガタガタと揺れる馬車から外の景色を眺めた。



 首都には暮らしていたが、郊外だったため街へ繰り出すのは初めてだ。

 侯爵邸を出発した馬車は首都の街をゆっくりと走った。貴族が行き交う場所は舗装された道も含め、どこも見事に整備されている。景観も美しい。

 食い入るように首都の街並みを見ていると、すぐ近くから小さな笑い声が聞こえた。しかし、それは貧乏丸出しのアメリアを笑ったものではなかった。

 外出するアメリアのために、メイドと護衛の騎士がそれぞれ同行することになった。

 一緒に馬車へ乗った二人は、どうやら恋人同士のようだ。使用人同士の恋愛は禁止されているため、雇われている騎士たちと恋に落ちるメイドは多い。

 そんな二人は、アメリアがいる傍でもお互いの気持ちを隠そうとしなかった。触れ合うことこそしなかったが、ふわふわと浮き立つ彼らに不安ばかりが募る。

 首都の中でもブティックの店が建ち並ぶ大通りに差し掛かったところで馬車が止まり、外へ出たアメリアは買い物に良さそうな洋服店を探して歩いた。

 後ろからついてくる二人は、目を離したらどこかへ消えてしまいそうで心配だ。子を持つ親の気持ちだろうか。


「ここで買い物をしてくるわ」


 アメリアは自分に合いそうな洋服が飾ってある店を見つけ、二人に声を掛けた。

 メイドは「店内が狭いようなので、こちらでお待ちします」と、ショーウインドーの前で待っていると言ってきた。

 その不安から、メイドだけにはついてきてほしかったが仕方ない。アメリアはなるべく早く買い物を済ませて出てくるようにした。

 けれど、早々に買い物を終えて店を出ると、そこに二人の姿はなかった。


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