永遠の愛③
アメリアがおもむろに口を開くと、パウルはなぜ三年なのか訝しんだ。だが、察しがいい彼は自ら答えを導き出すと、複雑そうに顔を顰めた。
「三年っていうのは、俺の考えている期間のことで合ってるよな。……どうして王族の血も流れる高貴な侯爵様が、没落寸前の貧乏令嬢に求婚してきたのかと思ったが、そういうことか。……これだから貴族ってやつは。他人の人生を物のように扱いやがる」
態度は悪くても予めヴェンツ侯爵家を調べてくるあたり、パウルは仕事が早い。おかげで余計な説明をせずに済んだ。
「承知の上で結婚したのよ。それに、私も貴族の端くれよ?」
「飯さえろくに食わせてもらえなかった娘のどこが貴族だ」
間髪を容れずぴしゃりと言われたアメリアは押し黙った。
彼が言っていることは正しい。そして、アメリアがどんな状況下で結婚に至ったのか、すでに気づいているだろう。苛立った様子で髪を掻き回すパウルの姿に、自然と笑みがこぼれてしまう。
「笑っている場合か。当然、お前の弁護は俺が引き受けていいんだよな?」
「そうね、それはお任せするわ」
「……まぁ、そんな契約を出してきた屑男に、お前が穢されなくて良かったと喜ぶべきか。──ご依頼承りました、ヴェンツ侯爵夫人。このパウルにお任せ下さい」
依頼をしなくても勝手に動いていただろうに、左胸に手を当てて白々しく頭を下げてきたパウルに、アメリアは肩を竦めた。
彼なら、誰が相手だろうととことん調べ尽くして、隠された真実も明らかにしてくれるだろう。
三年が過ぎれば、全てが白紙になる──。
そうなればアメリアはもちろん、カルロも結婚したという事実はなくなり、彼の下には愛するジェナだけが残る。誰一人として、彼らの愛に傷を残してはいけない。
お茶で喉を潤したアメリアは、その時のことを考えて口元を緩めた。
すると、それを気づいたパウルがあきれ顔で言ってきた。
「お前、また他人の恋愛に首を突っ込んで、人の愛を試すような真似をしてないか?」
「……そんなこと」
「あのなぁ、お前が求めている「永遠の愛」なんてものは存在しないって、もう気づいてんだろ? もしまた違ったら、幻滅して悲しむのはお前のほうだぞ」
好き合って結婚したアメリアの両親は、オスカーが生まれるまではアメリアに愛情を注いでくれた。事業がうまくいかなくても、お前がいてくれれば幸せだと大切にしてくれた。
そんな彼らも、結婚当初は傾く家門を何とかしようと奮闘していたように思う。
けれど、自分たちの手に負えない事態まで転がり落ちていることに気づいたのか、それとも周囲からの反応に嫌気が差したのか、彼らは楽な道へと逃げるようになった。幼子二人を残して。
一体、二人の間にあった愛はどこへ消えてしまったのか……。
永遠の愛を誓い合ったはずなのに。
それでも、信じたいのだ──最後まで貫ける愛があると。
アメリアはカップを皿に戻して、かつては母親の愛人だったパウルに向かってほほ笑んだ。
「いいえ、違うわ。今度こそ本物よ。私はそう信じているの」
あのような契約結婚を提案し、愛する人に別邸まで用意し、使用人たちですら信じている愛に、アメリアも期待せずにはいられない。
カルロの愛は本物だ、と。
何があっても壊れることはないと信じている。
しかし、パウルは変わらず嘆息して「弁護に不利になるようなことだけはしてくれるなよ」と言ってきた。
それから用事が済むと、彼はソファーから立ち上がってネクタイを締め直した。
「俺が今日ここに来たことで侯爵家の監視がつくかもしれない」
「事務所に戻るの?」
「いや、フロイント国に帰る。とある人に呼び出されているのもあるが、国を出たほうが何かと動きやすそうだ」
確かに侯爵家の監視を気にしながら、侯爵家を調べるのは難しいだろう。それなら一度国を出て、監視の目が緩んだところで戻ってくるほうが無難だ。三年という期間があるのだから、すぐに動く必要もない。
アメリアは見送りのため、パウルと一緒に玄関ホールへ向かった。そこでは噂を聞きつけた使用人たちがパウルを一目見ようと出てきている。パウルはパウルで、周りにいた女性たちに愛嬌を振りまいていた。
「それでも誰かに虐められたら言ってこい。法的に抹殺してやる。三年待たなくても、お前を救う方法ならいくらでもあるんだからな」
「分かったわ」
すでに受けてきた酷い仕打ちを話したら、パウルは怒り狂っていたかもしれない。伝えたらすぐにでも連れ出されそうで、アメリアは笑って誤魔化した。
玄関先ではパウルの乗ってきた馬車が待機していた。
先ほどのやり取りでここでの出来事を思い出してしまったせいか、彼と離れるのが急に寂しくなる。それでも、アメリアは「元気で」と気丈に振る舞った。
その時、前を歩いていたパウルが急に立ち止まり、振り返ってアメリアを優しく抱き締めてきた。突然のことに驚くと、周囲にいた使用人たちも目を丸くした。
「──俺もフロイントの人間だ。少しだが、魔力もある。アメリア、気をつけろよ。この建物の裏から嫌な気配がする。むやみに近づくな」
「ええ、知っているわ」
危険を察知して知らせてくれたパウルに、アメリアは頷いた。建物の裏というのは別邸のことだ。十分すぎるほど分かっていると彼の背中を二、三回叩くと、パウルは手遅れだったことに気づいて眉根を寄せた。
刹那、アメリアたちに向かって鋭い声が飛んできた。
「そこで何をしている」
反射的に振り向くと、階段の上にカルロが立っていた。
彼は、抱き合うアメリアたちに怪訝そうな表情を浮かべると、階段を下りて近づいてきた。
アメリアはパウルから離れ、スカートの端を持って腰を落とした。
「ご機嫌麗しく、旦那様」
「嫁いだばかりで寂しいのは分かるが、君がこのように引き止めてしまっては、客人も帰るに帰れないだろう」
「ええ、そうですわね。申し訳ございません」
言葉こそ丁寧だったが、パウルを見るカルロの視線は冷ややかだった。
女性からの人気は天井知らずでも、男性からは不人気だ。だが、パウル本人も嫉妬される外見を持っていることは自覚しているようで飄々としていた。
「初にお目にかかります、侯爵閣下。侯爵夫人のご実家であるフローデン子爵家の顧問弁護士をしております、パウルと申します。奥様とは長い付き合いのため、私のほうが名残惜しくなってしまったようです」
「なるほど、私の妻が世話になったようだ。あの子爵家を潰さず維持できているのだから、余程優秀な弁護士なのだろう」
「恐れ入ります。また遅くなりましたが、お二人の成婚を心よりお祝い申し上げます」
深々と頭を下げてお祝いの言葉を述べたパウルは、口元に笑みは浮かべても、目元は笑っていなかった。それに気づいていたのはアメリアだけだ。
「どうやら長居してしまったようです。こちらで失礼致します」
顔を上げたパウルは、アメリアに向かって小さく頷くと侯爵家を後にした。
アメリアはパウルの乗った馬車が見えなくなるまで見送っていたかったが、隣に肩を並べてきたカルロによって視線を奪われた。
「君の私的なことに口を出すつもりはない。だが、侯爵家の名を汚すようなことはしないでくれ」
「それは、私を疑っているということでしょうか……?」
「そういうわけではない。ただ……」
アメリアを頭上からつま先まで見下ろしてきたカルロは、ふと手元のところで視線を止めた。
「他の男性に触れた手で、ジェナに触れてほしくないだけだ」
「────」
──どこまで。
どこまで、素晴らしい愛なのだろう。
アメリアはようやく巡り合えたそれに、心が奮い立つのを感じた。
興奮して何も言えずにいると、カルロは踵を返して執務室に戻って行った。
なぜ、わざわざ玄関ホールまで出てきたのかは分からない。けれど、アメリアにはそんなことはどうでも良かった。
カルロのジェナに対する気持ちこそ、求めていたもので間違いない。
「惚れてしまいそうですわ、旦那様。──貴方の、その愛に」
永遠の愛はきっと彼が証明してくれると、期待に胸を膨らませた。
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