永遠の愛①
精霊術師であることを認め、ジェナの治癒を承諾してから、アメリアの待遇は一変した。
一部屋だけ与えられていたのが隣の客間もアメリア専用となり、ドレスや宝石といった高価な物が、次から次へ運び込まれてくるようになった。その中には、精霊術師に関する資料も含まれていた。
他にも、毎食の食事が驚くほど豪華になった。ただ、食事に関しては良い物を食べ慣れていなかったせいか、数日は胃痛を起こして腹を下した。腐った物を食べても全然平気だったのに、なんだか腑に落ちない。
それ以外では、アメリアの護衛にルーカスが付くことになった。
真っ先に監視を疑ったものの、ジェナの治癒を行うためルーカスが傍にいてくれたほうが、誤解を招く心配もなくなる。
それに、ジェナの治癒を唯一行える精霊術師であることを考えれば、彼らが神経を尖らせるのも十分に理解できた。
貴族の娘として生まれながら、貴族からかけ離れた暮らしを送っていたアメリアは、ようやくそれらしい生活に感動が止まらなかった。
とくに一番嬉しかったのは、アメリアの銀行口座が開設されたことだ。
ジェナの治療についてカルロと話し合った時、治癒の代金は直接口座へ入金されることになった。当然、それは私財となってアメリア個人に帰属する。
支払いは一回の治癒につき、金貨十枚。伯爵家で働いていたときの給金が、月に金貨一枚だったことを思えば破格だ。さらに衣食住付きの好待遇。断る理由がない。
契約を進めていきながら、他にも希望があれば申し出るようにと言われ、アメリアは真っ先に自分だけが開閉できる金庫をお願いした。
何気なく頼むと、カルロは焦ったように「まさか、使用人に何か盗まれたのか!?」と訊かれた。後ろに控えていたルーカスも動揺していたように思う。
「いいえ、盗まれてはいません。ベッドの間にしっかり隠しておきましたから」
何もなかったことを強調するつもりが口を滑らせてしまい、カルロとルーカスは何とも言えない顔になった。しかし、このやり取りがあったおかげで、膝丈まである立派な金庫を手に入れることができた。
魔道具でできた金庫は、鍵となる指輪に自分の血を垂らして所有者の登録をすることで、自分以外の者が使用することはできなくなる。
アメリアは金庫に残りの退職金と、魔術師がくれた魔法の種を入れた。
だが、貰ってばかりもいられない。
アメリアは落ち着いた色のワンピースに着替え、ルーカスを伴ってジェナの待つ別邸に足を運んだ。
「こんにちは、ジェナさん」
「リア、貴女が来るのを待っていたわ」
治癒は今のところ三日に一回。
アメリアは「リア」と名乗り、女主人が不在の侯爵家で、カルロに雇われた秘書ということになっている。立場は、没落した貴族の娘だ。
アメリアこそが侯爵家の女主人なのだが、ジェナの前では秘密にしなければいけない。あくまで、侯爵家に雇われた平民だ。ちなみに後者の没落貴族の娘というのは、遅かれ早かれ言葉の通りになるだろう。
アメリアは早速、ベッドで横になるジェナに向かって治癒を施した。
彼女の目には、僅かばかり生気が戻っているように見える。生きる意思を持つことは大切だ。
別邸の滞在は禁じられているため、治癒を終わった後はさっさと退室するのが決まりだ。正体を隠す必要があるアメリアも、それには同意している。
ところが、ベッドから離れていこうとするアメリアに、ジェナが手を掴んできた。
「ねぇ、リア。今度、一緒にお茶をしない?」
「……お茶、ですか?」
「ええ、カルロとルーカスだけでは花がないでしょ? だから、貴女も一緒にどうかしら?」
骨ばった指がアメリアの手を握り締める。けれど、彼女の力は幼子のようだった。
いつ訪れるか分からない瞬間に怯え、最後はやりたいこともできず、死を受け入れるしかないのだ。そんな彼女からのお願いに困惑し、一緒にいたルーカスに助けを求めた。
だが、ルーカスが間に割って入ってみるものの、「ルーカスは黙っていて」と突っぱねられ、弟は大人しく従った。
「旦那様に確認してみます」
役に立たないルーカスに呆れ、アメリアはカルロに尋ねてみると答え、なんとかその場をしのいだ。
そのカルロもジェナの頼みは断れないことを考えると、彼女とお茶を飲むことはほぼ決定事項だろう。ボロが出そうで不安だと、アメリアは短く息を吐いた。
「ジェナさんの症状ですが、心臓に問題があるようです。鼓動が弱く、本来の半分も機能していないように思います」
別邸に通った日は、カルロの執務室に立ち寄って報告するのが決まりとなっていた。
アメリアとしてはそこで出されるお茶とお菓子に満足しているため、毎日でも通いたいぐらいだと思ったのは、ここだけの話だ。
「ああ……、他の医者もそのように言っていた。だから、治療は難しいだろうと。やがて心臓の機能が停止すれば、ジェナは──……」
口に入れたら溶けてしまう甘いお菓子を堪能しているところで、急に重苦しい空気となり、むせ返りそうになった。
食べ物を吐き出すような真似はできず、アメリアは必死で飲み込んだ。
「……ごほん。原因が分からない以上、病自体を取り除くことはできません。ただ、以前お話ししたように進行を遅らせることはできると思います」
「良い方法があるなら、是非教えてくれ……っ」
さらにお茶を飲んで事なきを得たアメリアは、お菓子に伸ばそうとした手を一旦止めてカルロに説明した。
「今は精霊の治癒によって、痛みを和らげているだけに過ぎません。そこで、植物の芽を直接心臓に埋め込み、内側から進行を遅らせるのです。植物の芽が心臓の代わりを果たし、それで数年は大丈夫だと思います……」
「なに、それは本当か!? その方法を使っても、ジェナへの影響や負担はないんだな!?」
ジェナの余命ばかり宣告されてきたカルロにとって、それは初めて提案される治療方法だった。アメリアは彼の迫力に押され、頷き返すことしかできなかった。
──それだけ、彼女のことを考えているのだろう。
目の下にくまができているのを見ると、ろくに眠っていないのが窺える。しかし、彼は自分の体よりジェナのことを大切にしていた。愛、ゆえに。
アメリアの話を聞いて歓喜に身を震わせるカルロに、こちらまで彼の気持ちが伝わってくるようだ。
「──とりあえず、ジェナには私から伝える。それからルーカスとも相談することにしよう」
「分かりました、お願いします」
カルロへの報告も終わり、お茶やお菓子も奇麗になくなったところで立ち上がった。
その時、ジェナにお願いされたことを思い出して、アメリアはカルロに尋ねた。
「旦那様、ジェナさんからお茶を一緒にしないかと誘われたのですが、いかがしますか?」
「君をお茶に……」
「気が進まないようでしたらお断りします。私はどちらでも構いません」
立場がバレてしまう不安はあるものの、彼女のところで出されるお茶とお菓子のこと考えると胸が弾んでしまう。
それに、貴族の女性がこぞって参加するお茶会に、アメリアは誘われたことがなかった。
伯爵家ではいつも使用人として、美しく着飾った女性たちがお茶を飲みながら談笑する姿を眺めているだけだった。彼女たちの前に置かれたお菓子は、すべてが宝石のように見えた。
すると、話を聞いたカルロは、前髪を掻き上げて嘆息した。
「君が良いなら招待を受けてくれると助かる。ジェナは私とルーカス以外では、一緒にお茶を飲む相手もいない。同じ女性だからできる話もあるだろう。君が話し相手になってくれたら喜ぶはずだ」
「旦那様が許してくださるなら、私には何の問題もありません」
きっと愛する彼女のために、最高のティータイムを用意してくれるはずだ。アメリアは無意識の内に頬を緩めてしまった。
それがカルロの目にどのように映ったのかは分からない。
ただ、彼もまた立ち上がって、部屋の扉までエスコートしてくれた。
「君のおかげで、私も心に余裕ができた」
「いいえ、お役に立てて良かったです」
代わりに扉を開けてくれたカルロは、他にも伝えたい言葉があったのか名残惜しそうに見つめてきた。
だが、ちょうどそこへ侯爵家の騎士が慌てた様子で走ってきた。……何かあったのだろう。アメリアは軽く頭を下げて、その場から離れた。
そっと耳を澄ませば、どうやら騎士は地下牢の監視をしていたようだ。なんでも、牢屋に入れていた使用人が死んだという報告だった。
数日前から下痢や嘔吐が続き、最後は水も飲めなくなって命を落としたという。
アメリアへの嫌がらせで出していた食事を、同じく与えられていた使用人たちは、相次いで同じ症状を訴え、一人、また一人と死んでいったらしい。
腐った野菜に、カビの生えたパンに、生焼けの肉……当然の結果である。アメリアが特殊だっただけで普通の人間では一週間ともたない。
最初は気になって聞き耳を立てていたが、途中からは興味を失い、アメリアは今日の夕食と夜食のことを考えていた。
しかし、部屋に戻ったところで、メイドがアメリア宛の手紙を持ってやって来た。
侯爵家へわざわざ手紙を送ってくるような友達はいないと思いつつ、早速封を開けて中身を確認すると、アメリアは灰色の瞳を輝かせた。
「まあ、パウルからだわ。…………彼が、ここへ来るですって?」