1-7 事実はラノベよりも異奇也
sideヒロ
土曜の朝。
いつもは1週間の疲れにまかせ思いっ切り寝坊するのが決まりだけど、出勤時間よりも早く目が覚めた僕の携帯には、昨日の若い警察官が教えてくれた事件が表示されていた。
[20日未明東小坂で通り魔事件。被害者は20代の男性2人。身体を複数箇所刺され心肺停止状態で発見。病院に搬送後死亡が確認された。しかし犯人はいまだ逃走中で目撃者も見つかっておらず、警察は人員を増やし現在100人体制で犯人を捜索中]
100人体制…か。
あの警察車両もそうなんだろうな。
て言うか100パーないだろ。
だって20代の男2人にこんな女の子が無理だって。
僕1人でも押さえ込……いやいやっ
((…スゥーー………スゥーー…… ))
ベッドで寝てるミレからは、ほんの僅かな寝息が聞こえる。
それが信じられないくらいに心地良い。
うん有り得ない。
有り得ないけど事実から事件との関連性をもう一度仮定してみよう。
まず第一にミレのケガ。
口元のあのケガはおそらく叩かれた若しくは殴られた内出血だと思う。
それをやったのが見知らぬ成人男性だとしたら、目的は犯罪じゃなきゃ考えられなくて、もし最悪事後だとしたら、その犯人が死んでいるのはおかしい。
第二にあの汚れ。
仮に、考えられないけど仮にミレが刺したとしよう。
例えば脅してきた相手の刃物がたまたま刺さってしまったとかで…
だとしたら袖周りを中心に付着するんじゃ?
でも服には疎らに飛び散っていた。
ミレのケガから考えても、血痕はミレ自身のものと考えるのが妥当。
つまり事件との関連性は極めて低いけど、ミレは何らかの問題を抱えている。
これが僕の導き出した結論。
けどちょっと重症だよな…
これが魂を重力に引かれるって事なのか……?
"いい加減フラれて泣く幼馴染を慰める遊びには飽きてるからね"
「…フっ」
やめやめ。
低い空で静かに回る|シーリングファンライト《スペースコロニー》を眺めながら、僕は疲れた身体に誘われて目を閉じた。
…
… …
…
「これが冷蔵庫ね」
「れいぞう…こ」
絵本を片手に指を差す。
まるで小学校の先生にでもなった気分。
ミレとのコミュニケーションは着実に進んでいき、僕の名前を始めとした固有名詞はすぐに覚えてくれた。
と言うかかなり頭良くない?この子。
『ピーンポーーーン』
ん?
「ミレ、ちょっと待ってて」
僕がそう言うとミレはコクリ頷いた。
スタスタスタスタ…
いつもの癖で足音は立てずに進み、一応覗き窓から外を確認しようとした時…
『コンコンコンッ 』
「すみません、新元町警察署の者ですが」
へ?
警察?
僕はその場固まってしまった。
『コンコンコンッ』
「すみません、新元町警察署の者ですが」
((……居ないか?次行くぞ))
((あ、はい))
扉越しにそんなやり取りが聞こえ、すぐに足音は離れて行く。
「…………… 」
どうしよう。
動転して居留守を使っちゃったけど…
ピーーンポーーーン
((すみません、新元町警察署の者ですが))
隣で聞き込みをする声が聞こえる。
"100人体制で犯人を捜索中"
何も疚しい事は無い…と思いたい。
けど僕はまだミレについて知らない事が多過ぎる。
とりあえず年齢は21だったから未成年問題は解決したけど問題は国籍。
身分証は無く日本人じゃないのはほぼ確定だから、不法就労不法滞在の可能性は充分に考えられる。
たしか "警察は現行犯じゃなければ基本捜査目的以外では動かない" ってシロが言ってたけど…
でもこれだけの事件の最中、犯人も見つかっていないのなら不審人物は間違いなく "署までご同行を" となるはず。
とりあえず靴っ
靴とか隠さないと。
グッ
そう自答してミレのブーツを掴み上げた時、見た目にそぐわない重量に違和感を覚えた。
重っ
それにこれ飾りにしてはデカイよな…
ブーツの装飾部分に見えるそれを掴んで引っ張ると、カシっカシっ引っ掛かって動かない。
『カシっカシっカシっシュルッ』
ッ‼︎⁈
けど装飾とは思えない握り易さから何度か引いていると、少し捻った折にスルリと抜けた。
「ウ…ソ、…だろ… 」
それは刃渡り30cm程の肉厚のナイフ。
見た目よりもずっしりとしたその存在感は、腕全体に掛かる重量で以って僕にホンモノだと主張する。
そしてその刃には…
・
・
・
・
黒ずんだ汚れが付着していた。
思わず停止した数秒の後、思考が回り出した事を認識すると同時にブルブルと全身が震えているのに気がついた。
((ドクっドクっドクっドクっドクっドクっドクっ… ))
ミ、ミレが殺人犯…
なのか?
包丁とは全然違う、その為に作られたと解る武器。
ゲームなんかでは何度も見慣れたそれなのに、現実で手にした時の衝撃は想像をはるかに超えていた。
余りにもタイミングが悪かったとしても。
そして手に乗るナイフの重さに堪え兼ねたように下半身の力が抜けるけど、僕は何とか床に片膝をつくに留めた。
ー√ ゾクリ
一瞬背中を走る恐怖から部屋を振り返る。
「…………… 」
けどホラー映画よろしくそこにミレは立ってはいなかった。
内心で吐く安堵の息。
待てよ僕。
そうだよ、まだミレだと決まったわけじゃない。
この汚れも含めて早合点の可能性だってある。
『シュゥ…カチリっ』
とりあえず手にあるそれをブーツに戻す。
視界から消えた事で少しだけ楽になったけど、右手の余韻は消えていない。
グッ
スタスタスタスタ…
兎にも角にも我を取り戻し、僕はブーツを持って部屋へ戻る。
「………… 」
すぐに視線がミレへと吸い寄せられるけど、ミレの様子はさっきまでと変わりが無かった。
「ふぅー〜〜… 」カラカラカラ…トン。
それを見て弱々しい息を吐き出しつつ、僕はゆっくりと部屋の扉を閉めた。
スタスタスタ…
『ゴロゴロゴロゴロ』バサバサっトンっ
そしてすぐ様ブーツをクロゼットの奥に置き、クロゼットを開けたままミレの前に座る。
「…ミレ、聞いて欲しい。今からここに人が来るかも知れない」
僕は絵本を交えつつ伝える。
ミレは僕の表情を見て、なにかに気付いた様に真剣な顔で頷いた。
「そうしたらミレには直ぐこの中に入って、そして僕が呼ぶまで決して出てきちゃダメだ」
そう言って、クロゼットを指した。
ミレは深く頷きを返してくれた。
……
…
ジャーーーーー
『パシャっパシャっパシャっ』
「フゥーーーーーっ」
洗面所で顔を洗っていると
『ピーンポーーーン』
っ⁉︎
室内に鳴り響く聴き慣れた電子音。
それが今日は取り分け最悪の気分にさせる。
「すみません新元町警察署の者ですが〜、何方かいらっしゃいませんか〜」
やっぱり来たか。
ゴシゴシゴシっ
「すぅーーーふぅーーーーっ」
顔を拭った僕は洗面所を出て直ぐミレに話さないよう指示を出し、そのままクロゼットへ入るよう手で促した。
スタスタスタバサバサっカサ…
「「………… 」」
頷き合った僕たちは、静かにクロゼットを閉じた。
『コンコンコンッ』
「すみません、新元町警察署の者ですが〜」
音の無くなった室内。
ダタタっ
「あ、は〜い。今出まーーす」
『カラカラカラ…ドン』
僕はTVのスイッチを入れ、扉を少し勢い良く開いて玄関に向かう。
…
…
一応レンズから外を確認。
シャツにネクタイをした男性が2人。
((ドクっドクっドクっドクっドクっドクっドクっ… ))
「……っ」
喉の奥が詰まったような気持ち悪さにイライラしつつ、僕はドアノブへと手を掛けた。