3-29 Maybe Blue
side 緋芦花
「お、お兄さっ⁉︎ 」
「急いでッ‼︎ 」
「ハ、ハイっ」
食ってかかるくらいの剣幕に、一も二もなく立ち上がった私とお母さんは、ワラワラと動く人並みにぶつかりつつ真黎さんたちの方へ駆ける。
ダッザッザッザッ
「ハァッハァッハァッ」
ーーバシュバシュンッー
ーーバシュンッー
その最中、視界の端の光が忽然と消えた。
蔓に掴まれた人は?
ーーバシュンッー
ーバシュンッー
バシュンッー
首だけを動かし見る視線の先で、ボンヤリと灯る光が次々と消えて行く。
「ッ… 」
その様はまるで暗闇が押し寄せて来てるみたいで、私はえも言えない恐怖から逃がれようと手足に力を込め直した時
『グンッ‼︎ 』
「ぁ〜っ⁉︎ 」ジャッ
繋いでいる手が引き剥がされよろめくと、お母さんがカクリと膝をついてしまっていた。
「お母さんっ」
「いいそのまま走れっ、俺がっ連れてくからっ。立ってっ」
「〜っ、ごめんなさいっ」
強引に腕を引き立たされるお母さん。
「緋芦花ちゃん、もう少しっ」
真黎さんっ
ザッザッザッ
「ハァハァッー〜っ 」
もう少しっ
迫り来る闇から逃げる人たちを尻目に、追い掛ける私も足下の青白い光の縁を踏み越える。
ザッザ〜ザ…
「ハァッ、ハァ、ハァ」
お母さんは…
そこで足を緩め振り返ったら
「うわっ」ーバシュンッー
「助け… 」ーバシュンッー
え???
「うぁ… 」ーバシュンッー
「ーー〜」ーバシュンッー
光と共に巻かれていた筈の人までもが闇に溶けて消えた。
何何何っ
『ズザザァッ』
この水何っ‼︎⁇
焦る私が急ブレーキを掛け態勢を翻した時、飛行機の窓越しに見えた機内の人たちも次々と消えて行く。
ウソウソ何でッ
ヤダよ絶対ヤダっっ
そしてこの信じられない異常な現象は、とうとうお母さんの足にもその蔓を伸ばした。
ダザッザッ
「お母さァァーーっん‼︎ 」
もしも消えちゃうのなら私も一緒にっ
ザッザッザ…
「ー〜ッ緋芦花ダメェェぇっー『ドンッ‼︎ 』ー
悲痛な顔で叫ぶお母さんは、弾かれるように背中を突き飛ばされーーー
ー『『ドっ‼ ギュゥゥッ』 ︎』
ー私たちぶつかる様に抱き締め合う。
「「〜〜っっ… 」」
お母さんの体温が、安心するその匂いが、愛しくて愛しくてたまらない。
「あぁ…そう、だった。…でもうん… 」
お兄…
その少し途切れそうな声に顔を上げると、動きを止めたお兄さんはギリギリの所で青白い光の中に居た。
ーーシュルシュルッ
そして這い上る光りの蔓はあっという間に下半身からお腹を越えていき
「お兄さんッっ」
「来るなッ‼︎ 」
動けなくなってしまった状況下において
ーシュルシュルシュルッ
「これ、が…僕の…償い、だから… 」
何故かホッとした笑顔を浮かべるお兄さんは
「挫けな…い… 」
ーバシュンッ‼︎ ー
ドッ…
目の前から忽然と消え去ってしまった。
最後にお母さんを救ってくれた、右手だけをこの場に残して。
「お、お兄…さん?」
嘘…よ……
「イヤァあぁぁーーーーーーーーっ‼︎ 」
ズズ…
ズ…
ススゥゥゥーーー…
「おい、見ろっ」
「あぁ引いてるっ、引いてるぞっ」
ここまで来て、漸く青白い光の絨毯は動きを止めると、その輝きを徐々に失いながら、逆再生するかのよう湖の方へ引いていった。
「…な、何で… 」
もう少し早くっ
「ハァハァ…た、助かった…のか?」
「はぁハぁ…多分?」
「でもまた何か来るかも知れないっ。皆んなもっと奥へ行こう」
「あぁそうだ、行こう」
「うん」
恐怖と疲労の冷めやらぬ中だけど、その声に始まって皆んな洞穴の方へと移動した。
「ハァハァっ助かった、ははっ」
「ケガしてない?」
「私は大丈夫」
ーズキンッ√
ここで漸く一旦の危機を脱したと言う安堵感が一部に広がる。
「け、けどあれ何なんだったんだよマジでっ」
「うん、人がいきなり消えるとか、ハァハァっ……有り得ないってっ」
ーズキンッ√
「緋芦花、大丈夫?」
「…ゴメンお母さん。ちょっと、キツいかも」
「っ…、いい緋芦花?ゆっくり座りなさい」
「うん」
心配するお母さんの顔を見て、私も、私の足も我慢の限界を迎えてしまった。
「……何人くらいかな、居なくなったのは」
「どうだろ…今残ってるのは、4〜50人くらいじゃ」
そう言われて私も顔を上げるけど、皆んなが皆んなうな垂れていて数える気も起きなかった。
「なぁおいCAさん」
「ぁ、ハイ」
「あんたが真っ先に避難を先導したんだよな?あっち行ってから何があった?」
九鬼さんに尋ねられた真黎さんは、あの悲鳴を聞いて機外に出てからの一部始終を説明した。
「…てことは殺人犯は判らずじまいか…って今はもうそんな状況じゃねーな。ソイツも生きてるか分らんし。で、本題だが、あんたは何であの光る靄から逃げようとしたんだ?」
「……それは」
「すんません、ちょっと良いですかね?」
2人のやり取りを聞いて居る中の1人、30歳くらい?の男の人が手を挙げた。
「もしかしてなんですけど今消えた人らってあっちに、日本に帰れたってことはないっすか?」
「消えた奴らが帰った?」
「まさか、無いだろ?」
「いやあり得るんじゃ… 」
「そうだっ、うん、そうだよ絶対。俺達はこんな訳の分からない場所に、あの湖の上にいきなり移動させられたんだ。だからあの湖なのかこの場所なのかは知らねぇけど、その時働いた天変地異的ななんかの力が、異物である俺達をまた移動させようとしたんじゃないのか?」
「い、いや、ちょっと決め付けるのは待って下さいよ。俺は一応の可能性を言ったまでで… 」
「じゃ消えたヤツらは何処に行ったって言うんだっ。お前だってそう思ったから言ったんだろうがっ」
初めに意見した男の人がそう言うけれど、話し出した白シャツの男の人は止まらない。
この人上着脱いでて髪も乱れてるけど、さっき酔って絡んでた人だ。
「クソクソっ、こんな真っ暗な所に取り残されて一体どう責任取んだよえぇッ?俺達はテメェのせいで帰れなかったんだぞクソがぁッ」
「な、ちょっとそんなっ」
「ンじゃ証明しろやっ、納得出来る説明を今してみろオラァッ」
反論しかけた活発そうなCAさんは、下唇を噛み拳を握りしめジッと睨み返すけど、それを見た男の人は勝ち誇った嗜虐的な笑みを浮かべる。
やっぱりサイテーだ、この人。
「「「「「「「「「「…………… 」」」」」」」」」」
けれど見通しの全く見えない現状で、無言になるしか無い行き場を失った感情は、一斉に1人の方へと注がれてしまう。
おかしい、絶対におかしい。
この気持ちの悪い同調圧力なんかに従いたくない。
けど、私はただの子供…
「信じるよ、私はね」
力強くキレの良いその声は、私の無力感ともどかしさを突き破ってくれた。
「ハ?なんだお前、何を根拠に言ってんだ?」
「プッ、ならそもそもさ、必死こいて逃げなきゃ良かったじゃんアンタ」
そうだ、その通りだ。
「私も信じますっ」
「あ?」
ビクッ
声を上げた私は低い声で凄まれる。
「あぁハイハイもうイイから。ったく、そもCA1人責めてどうなんのよバカらしい。ねぇそっちのオジさんちょっといい?これさ、見てみなよ」
後ろをボーイッシュに刈り上げたカッコイイ女の人は心底辟易と言った様子でシッシと手首を払い、一層苛立つ男をガン無視してオジさんに声をかけると、どこか挑発的な笑みで持っているカメラを差し出した。
「……〜な、何だコレっ。あんたコレ、さっき撮ったのか?逃げながら」
「そだよ。それよりもうちょいちゃんと見てよ」
確認したオジさんは唐突にカメラから顔を背けると、女の人は " ホラね " と満足気に言う。
「…ぁ、あぁ」
「おい、何だよ。ちょっと見せてくれ」
「俺も、…うわっ、コレ…… 」
「動画?どれ、……ぅ、マジだ」
このやり取りでカメラに人が群がるけど、見終えた誰もが一様に青褪めるか言葉を失った。
「何?何が映ってるの?」
その異様さから自らは見れない女の人が、見終えた彼氏?に尋ねた。
「…手…みたいのが映ってる。何十本も… 」
「「「「「「「「…………… 」」」」」」」」
この場においてのそれは、まごうことなき死を私たち連想させ、湧きかけた憤懣の熱なんて容易く消し飛ばす。
「は、ハハ…、何の冗談だよそれ。そんなもん、…無かっただろ?」
狼狽える男の人は真黎さんから目を逸らす。
けど当の真黎さんは納得がいかないのか、険しい表情を浮かべたまま男の人を見てる。
ん?違う?
男の人の向こう?
「に、逃げてっ、早く‼︎ 」
「……はぁ?……、何だよフッ。またそんなこと言ったって俺は騙… 」
男の人は驚きつつも背後を確認しすぐ向き直ると、小バカにしたような表情を浮か
「っぶフ⁉︎ 」ー
べた途端咽せるよう咳込み更に、次の瞬間には吊るされるよう身体が宙に浮き、白いシャツに暗いシミが広がると
「キャーーーーーーーッ」
「何だ何だよっ⁉︎ 」「どど、どうなってんだ?」
ーー『ドシャッ‼︎ 』
すぐさま2mほどの高さから無造作に地面へと投げ落とされた。
((フスゥーー… ))
そしてその後ろから音も無く現れたのは、血に濡れた槍を突き出す黒い影。
「キャーーーーーーッ‼︎ 」
「うわぁァアっ、ンッだコイツァ⁉︎ 」
前列に居た人たちが蜘蛛の子を散らすよう逃げ惑うと、各々の持つライトが脱走犯を探す刑務所の照明の様に周囲を暴れ回り
「退けェっっ」
「イヤぁーーーーーーっ」
「皆様ァッ、機内へ、急ぎ機内へ避難を‼︎ 」
「ヤベェぞ逃げろーーーーーーっ」
奥の洞穴から続々と出てくる不気味な人影をなぞり入り乱れる。
「…俺…ま、だ、タス…『ゴシャッ』
そんな中必死に手を伸ばし助けを求めるシャツの人だけど、その後頭部に鈍い金色の無慈悲な槍が刺し込まれ動きを止めた。
「緋芦花っ」
せっかく…
せっかく歩けるようになったのに足に力が…
結局引き離せない。
この自分からは抜け出せない。
「……〜〜っ、何で、何でよ… 」
もういい加減にして…
「ヤメ、ギャぁぁーーーーッ‼︎ 」
「やめてーーーっ」
そう、こうやってまた思い知らされる。
目の前に突きつけられる現実は、いつも夢以上に突拍子もなくどこまでも無情。
しかもその挙句、いつまで経っても終わりは来ない。
「緋芦花っ」
「お母さん私、ダメみたいだからゴメン……逃げてっ」
遠のいて行く。
どんどんと。
取り残されてしまう。
延々と。
「一体どうなってるんだよぉ〜」
「助けてェェーーーーっ」
「ハァハァっなんでこんギャぁぁっっ」
『ギュゥゥ‼︎ 』
「大丈夫よ。緋芦花はお母さんが守るから……ね?」
あぁ…沸点間近まで膨れ上がった感情が、一気に反転し凝固点まで突き抜けて涙も凍らせる。
ホント…希望なんて簡単に草臥れる。




