1-6 Do Say?Life〔P2〕
sideヒロ
『ウィンウィンウィンウィンウィンン…… 』
「ふぅーーー〜っ」
やっと終わりだ。
仕事終わりに吐く息の軽やかさ。
……
…
シュ…シュ…バサっ
帰社後に作業着を脱ぐ爽快感。
ガチャン
ロッカーを閉めてさぁ帰…
「あ〜居た居たぁ網口君。悪いんだけどさ、残業少しお願い出来ないかな?」
「…え?いや、僕もう着替えて……ちょっと予定も… 」
「すまんっ30分で良いんだっ、明日使う機械の清掃だけ何とか頼むっ」
頭を下げる管理部長。
寂しい頭頂部が哀愁を漂わせる。
はぁ、この感じは余程か…
「…分かりました。30分だけですよ?」
バッ
「助かるよ〜〜ありがとう」
更衣室の時計をチラ見した僕は、ダッシュで着替え作業に向かった。
……
…
タっタっタっタっタっタっタっ…
「ハァっハァっハァっハァ、ハァっ」
クッソっ
最悪だっ
タっタっタっタっタっタっタっ…
「ハァハァっ、ハァっハァっハァ」
結局一区切りするまで1時間以上掛かった。
タっタっタっタっタっタ…
「ハァハァ、ハァっハァ〜」
ウィーーーン
乱れた呼吸のままに自動ドアをくぐると、店内のいつものニオイが少しだけ気持ちを落ち着かせる。
スタスタスタスタ…
「ハァ、ハァ、ふぅ〜」
…
…
えーと、今日は一階で良いのか。
エントランスにある各取扱い書籍の案内を確認し、いつも乗るエレベーターを通り過ぎ、正面にある自動ドアへと真っ直ぐ向かう。
ウィーーーン
スタスタスタスタスタ…
「ハァ、ふぅ〜…あっつ」
吹き出してくる汗を手の甲で拭う。
今日は会社でずっとミレとのコミュニケーションについて考えてて、至った結論としては子供向けの絵本を買うことにした。
絵本コーナー絵本コーナーと。
……
…
「あ、運転手さん次を左で」
「次左ですね〜」
せっかく残業してもタクシーに乗ってりゃ世話ないよ。
カサっ
そんな愚痴が浮かぶけど、膝の上の袋の感触が僕を慰める。
上手く伝わると良いけどなぁ…
「あ、あそこのコンビニでいいです」
「は〜い、あそこのコンビニですね〜」
コンビニの駐車場でタクシーを降りそのまま店内に突入し夜飯を物色。
気の急いた僕は目に付いた物をとにかくカゴに放り込み、足早に会計を済まし帰路についた。
タっタっタっタっタっタっ…
「ハァっハァっハァっハァっ」
両手に下げた袋が揺れる。
時間は21時を回ってしまった。
あっ、またパトカー…
タクシーの中でも見掛けた本日2台目のパトカーは、赤色灯を回しながら低速でパトロールをしていた。
『ブゥゥーーーー… 』
犯人、捕まったのかな…
白黒の車体とすれ違いざまブル吉たちが頭を過った。
けど、今は急がなきゃと地面を蹴る。
タンっ、タンっタンっ、タンっタンっ…
階段を一段飛ばしで上がりながら、ポケットの中の部屋の鍵をまさぐる。
タンっタン、タっタっタっタ…
「ハァハァっハァ…ふぅ、ふぅ… 」
居る、よな。
ドアを前にして不安が溢れ出す。
ジャリ…
「あれ?」
思わず声が出る。
ガチャ…キィ…
鍵を回すことなくドアは開いた。
ーーーシン…
薄暗い玄関で真っ先に探す靴。
無い。
無い。
嘘だろっ
ダタタタっ …バタン。
パチっ
「………、………、……っ」
駆け込んだ室内はもぬけの空。
ダタタっ
『カラカラカラっ 』
浴室にも居ない。
「そん、な…ーー〜ッ」
僕の両手は頭を抱えた。
左手首に絵本、右手首にはカップ麺諸々の入った袋を引っさげたまま。
だけど直ぐに我に返り探さなきゃっ
『バサッガサッ』
と、荷物を下ろしかけるけど…
何処を?
「…………… 」
フラリと現れた言葉も通じない女の子。
名前以外何も分からない女の子。
血の気が引いてしまった僕はその場に立ち尽くす。
僕は何をすべきだったのだろう…
どうしすれば良いかっただろうかと…
『チャラッチャッチャッチャッチャッチャ〜〜 ♪』
そんな折に鳴り響く緊張感の無い音。
僕はここで漸く荷物を床に置き、ポケットの携帯を取り出すと、表示されたのは知らない番号。
一瞬迷ったけど通話をフリック。
「……はい」
「夜分にすみません。新元町警察署生活安全課の者ですが、網口さんでしょうか?」
え?警察?
何?
もしかしてミレになにか…
「……もしもし、もしもし聞こえますか?」
「…あ、はいすみません。網口です」
「被害届を出されていた原付きバイクが見つかりましたのでご連絡差し上げました。署にてお預かりしておりますので早めに取りにお越しください。それからその時に本人確認出来る身分証と判子を忘れずにお願いします」
ぁぁ…そっちか。
「…分かりました、ありがとうございます」
ここ数日ずっと気掛かりだった原付が見つかった。
なのにこの気分の晴れなさ加減に自分で驚く。
……
…
キュルルルっ『ウィンポポポポポ… 』
手続きも割りとすぐに終わりスムーズに受け取った原付きは、目立つ傷も見当たらずエンジンも問題なく掛かった。
カポッ
「ありがとうございました」
僕はヘルメットを被り礼を言う。
「では夜も遅いので帰り道お気をつけて。あ、数日前の事件はご存知ですか?」
「事件?って繁華街の?それとも犬が殺された件ですか?」
「繁華街?犬?いえ、お住まいのご住所の近く、東小坂近辺で通り魔事件があったんですよ」
通り魔…
「そ、そうなんですか?」
「ええ。犯人がまだ捕まっていないのでね、くれぐれも気を付けて下さい」
そう言ってお兄さんは警察署内へと戻って行った。
…
…
僕はもう一度振り返って警察署を見上げた。
『ブィィーーーーーンッ』
「……………… 」
なんだかもう頭の中がぐちゃぐちゃ。
僕は目一杯アクセルをふかす。
『ブィィーーーーン、ボボポポポッ』
「………………… 」
一応近くの公園と家の周囲を二周くらい回ってみたけど見当たらず、諦めてアパートの敷地に入り駐輪場へ向かおうとしたその時…
あれ…って…『キキィッ‼︎ 』
カポッ、…『ガツ、ゴロゴロッ』
引き抜くように外したヘルメットは椅子の上から地面に転がった。
ダタタタっ
だけど僕は振り返りもせず走る。
タンっ、タンっタンっ、タンっタンっ…
「ハァハァっハァハァハァハァっ」
三階を通り越し
タンっタンっタンっ、ダタタタンっタンっ…
「ハァハァハァハァっハァハァハァハァっ」
四階から五階へ。
タンっタンっ…タタタっ
「ハァハァっ、ハァ…ハ、はは… 」
いつもより風の強い同じ通路の途中、手摺り壁の上に肘を乗せ街の灯りを眺めている彼女がそこに居た。
スタ、スタ、スタ、スタ…
「……………ひ、ろ?」
ふらふらと近づく僕に気が付いたミレの髪が靡く。
「……ぁあ、うん。ただいまミレっ」
遅くなってゴメンとか…
どうしてこんな所にとか…
そんな事は全部どうでもいい。
今はただ、君が居てくれたことだけで、僕は完膚無きまでに満たされてしまったから。