3-12 Apologetic Moratorium
静なる夜、この物語を気にしてくれているアナタへ
side八参
…〜
…漂って…〜
…いる?〜
けど重い…〜
(( 変わったヤツだ ))
…んなのは知ってるよ。〜
… …〜
酷く…〜
淀んだ…水の中?〜
(( 何の為に生きている? ))
…さぁ。〜
だからこんなんなったんだろ…〜
くっだらねーよ…〜
全部が全部さ…〜
… …〜
まとわりつく沼の中… 〜
…みたいな…〜
何処か…〜
…
… …ン?
「………… 」
天〜
井〜
か…?
ッ⁉︎
そうだっ
俺目が回って…
バッと起き上がり辺りを見回す。
「……、……、…… 」
するとその勢いに気が付いた何人かが振り返り座席越しに目が合うと、心做しやんわりしたムードに違和感を覚える。
いやそれよりも、酔っちまったとは言えこんな風に寝かされるなんて…
無防備過ぎんだろ。
「…………… 」
いや…
それよか歌、……歌っちまったな。
もうやめたってのに、終わりにした筈なのに…
ダセェよ。
ホント〜にクソダセェ。
「は〜〜〜〜… 」
項垂れたまま吐き出した酒臭い息の匂い。
纏わり付くそれが奔り回る虫唾を加速させる。
あの日に棄て置いた色んなモンがこんなにも当たり前に傍に在って、そしてこんなにも容易く掴んでしまえる自分の弱さを突き付けてきて。
スタスタスタ…
スタスタスタスタ…
「お早うございます、お水は如何ですか?」
「……あぁ、もらえるなら」
満面の営業スマイルで頷く松宮姉は、キビキビと手慣れた動きで紙コップに水を注いだ。
「どーうぞ」
「どうも。ゴクゴクゴクゴクっ」
冷んやりとした水はいつもより甘く感じ、口内から一気に内蔵にまで染み込むよう。
「お代わりはどうですか?」
それを見た松宮姉は察したように言う。
「つか水…まだあんの?『トクトクトク』っと⁉︎ 」
「お客様がお休みの間に飲めるお水を探して来てくれた方達が居りまして、そこへ動ける人達で水を汲みに行きましたので幾らでも」
「ゴクゴクゴクゴクっシロさん達かっ……て俺、5時間も寝てたんかよっ」
慌て見る携帯で時間の経過を知る。
「とにかく飲用水は確保出来ましたのでご安心を」
そう言ってまたなみなみと水を継ぎ足してくれた松宮姉は、軽く一礼して前へと戻って行った。
そうか、水を確保出来たからか…
不時着して以降充満する不安でパサついていた機内の空気が、今はかなり落ち着いた雰囲気になっている。
「マジで人が居るのかなぁ?」
「〆縄らしきモンってのが本当にそうなら居るんだろ?」
「なら助けを呼べるんじゃ?」
人?しめ縄?
何があったんだ?
とりあえずすぐ戻るかっ
そう思い立ち上がりかけて止まる。
「…………… 」
戻る?
俺が?
今更んなってか?
「……ぷっ」
こんなんを人生これまた一興とでも言うんかね?
・・・機外。
ザ、ザ、ザ…
「…なり昔の事は覚えてるんだね」
「みたいですね。何か変なとことか有ります?例えば少し人が変わったとか」
ん?
「いや、君は前から変わってるし変わって行く人だからね」
近付いて行くと2人の会話が耳に入る。
特に元々真面目そうなリュウコウさんは、より一層と深刻な感じ。
何かあったんか?
ザ、ザ、ザ…
「悪ぃ、世話かけた上に肝心な時に寝ちまって」
「いやいやお陰で慰労会は盛り上がったよ。そもそも誰かさんが飲ませ過ぎるのが悪いしね」
「いや、ドンドン飲むものだからイケる人なのかと… 」
「で?五時間酔いは大丈夫なん?」
二日酔いみたく言うなよ…と飲む前よりか少し砕けたシロさんのその口調に、この感覚が独り善がりじゃ無いと言うむず痒さを覚える。
「あ〜〜…とさ、調子ん乗って飲んだのは俺だからさ、リュウコウさんは気にしないでくれよ。んで今いま出すもん出したら楽んなった。あの美味かったジャーキーも出ていっちまったのは悔やまれるけどな」
「そりゃ重畳」
「八参君これ、気休めだけど飲める時飲んで」
そう言ってリュウコウさんが差し出してくれた栄養ドリンクを受け取る。
「早速飲ませてもらうわ」
パキパキっ
この自然さだよな、この人らの。
地位・金はどこまでかは知らねーけど、身体的スペックだけでも負けようがない2人なのに、そう言う奴等特有の距離も壁もな〜んも有りゃしねぇ。
「ゴクゴクゴクっフゥっ、そいやさ、2人は一般人なん?」
「オレはね」
「いや、僕もそうだよ」
「…ふ〜ん」
まぁ何者でも良いけどよ、あのバケモン相手に自分から向かってくって時点でどっかおかしいわな……ククっ
「んで水場は?どの辺にあった?危険は?」
「そっちに居る宗彌に聞いて水のありそうな方に進んで行ったらさ、40分ちょいでメチャ透明な川が流れてたよ」
ソウヤ?
あぁ、あの大学生か。
この会話も聞こえないだろう少し離れた場所に体育座りするガキは、地面に置いたスニーカー?をジッと見つめている。
「そっから先はまだずっと奥に続いてそうだったから、…明日からだな、食料含めた本格的な探索は…っ痛」
そう言ってシロさんはゆっくりと腕を動かす。
「どしたん?どっか痛めたん?」
「ん〜筋肉痛かな」
「いや筋肉痛はこんな早く出ねぇって」
「けどバク宙した時とかマズイ感じの痛みとかなかったから問題無い無い。あとプロテインガブ飲みしたし」
脳筋か。
「じゃあまぁ筋肉痛だとしてもさ、そんで探索すんの?水が確保出来たんなら焦んなくて良くね?当面救助待ちで身体休めりゃさ……って行くわな。なら明日は俺もついてくから」
やる気しかないシロさんを見て、俺まであのガキらみてーに楽しみになって来ちまった。
これは探索っつか探検っつかよ、もう冒険だな笑
side宗彌
←ーーー←ーーー←ーーー
4時間前(飲み会後八参睡眠中〜)機内
←ーーー←ーーー
" おいっ見たかっ昭昌っ。大当たりだぞっCAっ乳っ "
" ……誠太、恥ずかしいからやめろよ "
" このムッツリが〜、お前も見てただろ?"
" 確かに戦闘力高かったなーあれは……元ギャルと見た。けお前はもう1人の方が好みだろ?病み上がりのはち切れ宗彌ん "
" 勿論準備は与志斗ってアホか "
そんな風に胸躍らせた学生最後の旅行だったのに、3人とも居なくなってしまった。
噓みたいに…
" ひぃっ、たっ助けてっ、『ガァァッ』っうあぁッ" ズルっズルズズっ
" 離すなよ誠太ァァッくっそぉ〜おいっ昭昌っ、いつまでもビビってねぇで手ぇ貸せっ "
誠太を助けられなかった。
でも本当に助けられなかったんだろうか?
" おいっ昭昌ぁッ、テメェなんで手ェ貸さなかったんだっ。お前が早く来てくれれば誠太は… なんか言えよっ "
" あ、あれはアイツが1人で先走って行くから、見つかって追いかけられて…コケたのだってアイツの不注意だろっ "
" テメェッ "
『バキっ』ドタァっ
" だとしても友達だろっ?助けるだろがぁっ "
ドカっドっ、ドカ、ドカっ
そして逃げてすぐ2人が揉め始めて…
ポタポタ…
「ぐぅっ、うぅっ…ぅぅ… 」
涙がこぼれた。
あいつ等の事が次々と頭に浮かんできた。
最後に何を話しただろう。
俺も逃げずに死んでれば……
こんな思いをしなくてもすんだのに…
そんなことが頭をグルグルと回り、どんどんどんどん自分が許せない気持ちになってきてしまった。
「っずっ、ずずっ…… 」
5分ほどして涙も止まる頃、泣いてる自分すら許せない惨めな気持ちになる。
((なぁアイツだろ?))
((あぁ、泣きたいのはお前じゃねぇっての))
ピクッ
小声だけど針の筵に居るみたいな耳は聞き拾う。
やっぱりダメだ…出よう。
音を立てないよう静かに立ち上がり、通路の床を見つめたまま出口の方へと歩く。
スタ、スタ、スタ、スタ…
「……〜〜、………〜〜っ」
だけど周囲の人の呼吸すら気になってしまう。
僕を蔑んで来るみたいで。
スタ、スタ…
「あ、あの、外へ出たいのですが」
「あぁハイ、……ちょっと良いですか?」
話し掛けたCAさんは笑顔を一転し真剣な表情に変えると、僕を先導するように前へと手をかざした。
「どうかされました?いえ、何か有りましたか?」
そして他の乗客の目が届かない所に行くとすぐCAさんは言う。
「いえ、特には。ただ外の空気が吸いたいなと思って」
「…あのね、君だって死にたくなくて必死だっただけでしょ?これは私個人の意見だけど、他の人だって君と同じ立場だったらどうしたのって話。それに貴方はちゃんと謝った。だから居ればいいんだよ。" これ以上何か言うなら私が言います "ってのはチーフの受け売りだけどね」
" ほら、言うことあるだろっ "
" 出来ればあんたらからも一言言ってくれよ "
今思えばあのオジサンも言い方は荒けなかったけど、やらかした僕に謝罪を付ける切っ掛けを作ってくれた。
「お気遣い本当にありがとうこざいます。でも僕のやってしまった事は謝って済む事じゃないし、こんな時に目障りになって空気を悪くしたくもないので……。それに外に居る人もいますし、僕自身の気も楽ですから」
ボソボソと影から小声で謗ったりせず、こうしてはっきりと物を言うちゃんとした大人の人達も居る。
「…フゥ、そっか分かった。でもね、私達にとっては貴方も大切なお客様の1人なの。だから何かあれば遠慮なく言ってね」
そう言ってCAさんは扉を開けてくれた。
ボム、ボム、ボム、ボム…
壁に囲まれた安全な機内から出た途端僕を包むのは、シンとした静寂と無機質な土臭さだけ。
でも、今の僕にはこっちの方が余程いい。
ザ、ザ、ザ、ザ、ザ…
皆んな、確かにあのCAさんは大当たりだったよ。
それに八参さんがこっちに来る寸前、あのオジサンに促されたシロさんは、僕の尻拭いをしてくれたあの人は言った。
" 無事で良かったな "と。
そして皆んなが八参さん達の方を向く中で、四面楚歌にしか思えなかった僕は、当然それは車椅子の女の子に向けられている言葉だと思った。
でもあの人はそんな僕を見て、僕の目の奥を貫くように見て頷いてくれた。
お前が無事で良かったな…と。
少し前までふざけ合っていた友達3人を目の前で喪くし、誰も味方をしてくれず責め立てられる中で、唯一寄り添ってくれる人が居たあの瞬間
僕だって誰も巻き込みたくなかったに決まってるだろっ
どうにか出来るのならしたかったさっ
でも仕方ないだろっ
2人でも友達1人助けられなかったんだッッ
何も…
何も考えられなかったんだから仕方ないだろっ
そうやって抑え込んでいた感情が暴発しそうになった時
スッ
左肘の当たりを軽く、本当に触れるような感じで軽く押された。
ザ、ザ、ザ、ザ、ザ…
僕はあの感触を、ギリギリで支えてもらったこの気持ちを忘れない。