1-12 Missing Link
sideヒロ
「ミレェェエッ」
飛び込んだ直後の僅かな浮遊感…
〜ッ…
ーーー『『バッシャァっっ‼︎ 』』
その後水中に入った音と衝撃が身体を走る。
『ボシャっバシャバシャっ… 』
「ミレッどこだぁあっ、ミレェエーーーッ」
そして海水の抵抗で思ったように進まない足を力ずくで動かし、水の中に手を伸ばしながら四方八方彼女を探す。
『バシャバシャっ、ボジャっボシャっ』
だけど空を包む黒紫の色と混じり合った海面は、さっきまでよりも一層暗く淀み1m先さえ捉えられない。
「クッソぉぉお、ミレっミレェーーーッ‼︎ 」
とにかく水を掻き分け呼び続ける。
この指先が、この声が、彼女の何処かに届いてくれたらと。
((バシャっ…バシャ…))
水音⁉︎
ハッとそちらに視線を上げると、ボンヤリと映る人影。
ミレっ?
『バシャ… 』
僕は人影へ急ぎ駆け寄る。
『バシャ、バシャバシャッ』
「………… 」
すると立ち止まり大きく目を見開いていたのはミレだった。
『バシャボシャっボシャっバシャ』
「良かったぁぁ、溺れてなかったっ…… 」
僕は泣き叫ぶようにミレを抱き寄せる。
腕の中に確かにある彼女の感触が、さっきまでの不安をバネにして僕を安堵で包み込む。
「ヒ、ロ…?………なに… 」
でも耳元から伝わったのは困惑。
さっきからミレの様子も行動も、その何もかもが僕には分からない。
分からないから…
「大丈夫?ケガはない?」
だからこの言葉しか出てこない。
「………… 」
それでもミレに反応はない。
噛み合わない……
これがこの数日間の僕達の距離感。
遣る瀬無さと焦燥感で決壊寸前の感情を押し殺していた時、僕はふと違和感を覚えた。
………?
あれ?
…海、……波は?
膝下の深さになった足底の感触は浅瀬の砂浜………
僕はミレから腕を離し振り返る。
シロっ
…
…
・
・
・
「……はあっ⁉︎ 」
それは本来視界に映るはずの景色じゃなかった。
「 …なん……で?」
友達や親戚の家に泊まった翌朝、起きた瞬間の居場所に混乱した時みたいに…
脳の記憶と目の前の風景がマッチしない。
何故ならそこにはミレを追い降りてきた崖も…
『ザザァァーー…ザザァァーーーーン… 』
海岸線を走る国道のガードレールも何もなく…
「……………… 」
ただ真っ暗な暗闇だけが静かに広がっていた。
sideシロ
『『ザバァーーン…ザパァッ…ザザァァーーーー』』
ミレとか言う女は海の方へ向かって岩場を進んでるけど、その先にはお仲間も船も見当たらない。
ハァ…
どう見てもここいらが潮時なんだけどなぁ。
「…………… 」
男2人を殺意を込めて殺害出来る素地から考えると、逃亡中の他国の工作員か殺し屋辺りが思い浮かぶ。
ただそんな前情報無しにしても日本人的な雰囲気からは掛け離れてんだよなぁ、見た目はアジア系で見えなくもないけど。
でもピンポイントでそこと関わるかぁ?
「ミレッ」
堪え兼ねた様にヒロ君が呼び止める。
しかも安定の40℃超え。
「「……………… 」」
あぁ〜あぁ〜見つめ合っちゃってるよ。
"なぁシロ君、ヒロはシロ君以外友達も居ないし考え無しな所があるだろ?悪いけどヒロの事見ててやってくれるか?"
お父さん、オタクの息子さんは考え無しじゃなくって中毒です。
はぁ……
始まりは困ってる人に手を差し伸べたってのは分かってるけど、ここからは関係の無い人間が踏み込むべきじゃないんだよ。
何より問題なのは過去どうこうよりも、これから何をする気なのかが全く判らないって所。
だから正直今のヒロ君は置いていかれたくなくて必死に追い縋っている風にしか映ってない。
ヒロ君にとってはそんな事どーでもイイんだろうけど…
「ちょっと待ってミレっ」
ザっザっザっ…
ほら言ってる側から付いて行った。
にしてもどうするつもりだあの女。
ザっザっザっザっ…
よっほっとっとっと。
海面から3m程の岩場の影からは、階段状の段差が海まで続いていた。
「…どう言うつもりだろね」
まさか自殺する気か?
ザっタっザっタっザっザザっ…
「……っ、………… 」
ヒロ君はオレの問いに何も答えずに彼女の後を追う。
「フゥ… 」
何よこの時間…
『『バッシァッンっザッパァンっサザァーーーっ… 』』
ミレとか言う女はもう二〜三歩も進めば海と言う所で立ち止まったままジっと佇んでいる。
それを背後から見つめずっと固まってるヒロ君。
流石にヒロ君も心中する気は無いと思うけ……
無いよな?
しかしその背中を見続けていたヒロ君も、やがてどうしたもんかとこっちを振り返った時…
あの子の身体が動いた。
海に向かっ…
「……〜ー」
咄嗟に声を出そうとした瞬間
ーーーフッー…
「…っツ⁉︎⁇ 」
彼女が視界から消えた。
落ち…た?
いや間違いなく消失したぞ?
そう一瞬で結論付けた刹那、ヒロ君が後を追おうとする。
「違うっ‼︎ ちょっと待っ… 」
ーーーフッー…
止めようと叫んだ途中ヒロ君までも消えてしまった。
『『ザザァァーーーーン…ザっバァァァーーーーン… 』』
「ッ⁈ ………な、なんだよ、これ… 」
こんなオチ、想像出来るかよ…
オレは無意識に右手で顔を覆っていた。
((ドッドッドッドッドッドッドッドッドッ… ))
激しくかき揺らす心臓以外、全身は指先から脳の奥までが凍り付いた。
「っ……っハァっ、っハァっハァハァっ」
けどその息苦しさがゆえ、一応呼吸が出来ている事に気が付く。
「スゥゥ……フゥゥ〜ーーゥ〜ーー〜… 」
落ち着け落ち着けと言い聞かせつつする深呼吸は逆に震えを感じさせる、
((ドクっドクっドクっドクっドクっドクっ… ))
…だけど数十秒前よりは思考が追い付いてきたオレは、呼吸を整えつつゆっくりともう一度岩場の縁からその下へ目を凝らす。
『『ザザンっサザァっザッパァァーーーーっっ… 』』
…
…
何もない、し誰もいない……
・
・
『ビュウゥォォォォオーーー』
波の音に続いて海風の音が恐怖を煽ってくる。
さっきまでは気にならなかったのに。
・
・
「…………ッぅ」
ダメだっ、とりあえず車に戻ろうっ
ヒロ君の安否が気に掛かるけど、今のオレは冷静とは程遠い。
ザっダダっ
ザっザっザっザっ…
「ハァハァハァっハァハァッ」
そう切り替えて背中を向けた途端、真っ暗な海が得体の知れない何かに感じられる。
カっカっタンッ、タっタっタっタっタっタっタ…
そしてガードレールを飛び越え、後ろを何度か振り返りつつも歩道を走り抜けた。
ピピッ
『ガチャバタンっ』カシャっ
「ハァッハァッハァッ、ハァハァッハァっ」
ガシっ
『キュルルルボボゥゥゥ…ゥゥ…』
運転席に滑り込むと同時にドアロックをし空かさずエンジンを掛ける。
「ハァハァっ、ハァハァフゥーー… 」
視線の先を照らすヘッドライトと見慣れた橙のメーター類は何ら変わりなく反応し、それが恐怖に煽られて覚束ない精神を宥めようとしてくれた。
ウィーーィ…ウィーッ…
シートを少し倒して深く背もたれに身体を預け目を閉じる…
・
・
・
身体を揺らすエンジンの振動。
・
・
・
熱くなった身体を冷やすエアコンの風。
・
・
「はぁ〜〜〜〜〜… 」
そしてやっとこ冷静さが戻ってきた頃目を開き、数分前の出来事を反芻する。
けど結論は分からない。
♪♪♪
♪♪
♪
聞き慣れたアーティストのアップテンポな歌が煩わしくてボリュームを下げ、両手で握ったハンドルへ頭を押し付けつつ目の奥に集中する。
ついさっき目の当たりにした非現実な現実の出来事を。
視界に残っている一連の事象を。
記憶の中のそれを一コマ一コマ巻き戻しながら現実の可能性を模索する。
原因は?
未確認の超常現象?
未知のテクノロジー?
テレポート能力?ならワザワザあそこに行く必要はない。
ならワープ装置とか?まさかタイムスリップではないよな…
何か見落としてはいないか?
いや兆候は勿論痕跡も一切無かった。
音も光も振動も臭いも。
何がどうなってる?
どうもこうもない。
情報が足りなさ過ぎる。
それに調べ様にも準備は何も無いしこの暗さじゃ…
((ブブブブブブブブブッブブブブブブブブブッ))
っ⁉︎
ヒロ君?
と思い携帯を見ると表示された名前は御月。
「…はい」
「シロさん、マリーナまで問題ナシっす。この後どうすれば良いですか?」
「……あ、あぁ御月…こっちは大丈夫だったから、そのまま帰っていいよ。助かったよありがとう」
「そうっすか、良かったです。じゃまた何かあれば連絡します」
「あぁ…お疲れ」
それから1分。
「……………… 」
2分とどれだけ考えども思考は淀むばかり。
…………クソっ
何も浮かばない事にもただここに居続けるという事にも耐え切れず、ギアを入れたオレは逃げる様にアクセルを踏む。




