4-12 サイ&カイ〔P2〕
sideシロ
「どうぞ〜」
ガチャ
「ヌオォデっっカぁっ、九鬼さんよかデカく『ドフ‼︎ 』ネブっ」
(( 黙れヤマッ ))
部屋が狭く感じる程のゴツゴツ親父登場に、思わず無遠慮に指差す八参へ制裁。
うん、彼女のお陰で手間が減る。
「……座っても良いかね?」
目が合って僅かに眉を動かしたウインザは、オレの気配の変化に気が付いた。
が、同時にオレの穏やかではない心情も読み取りそこには触れず。
「アンタの屋敷だ」
この人の思慮深さは変わらず。
でもだからこそ、何でだと言う思いが付き纏う。
信頼の裏返しとして。
そして何も言わず主人用一人掛けソファーに腰を下ろしたウインザは、お茶を用意しようとしたココワさんに手をかざして止めた。
「再会の挨拶の前に言わせてくれ。すまない、私の力不足だった。ヒロは間違いなく頑張っていた。若い候補生のやっかみ等含め、私の対処対応が甘かった」
肘掛けを掴み、頭を深く下げるウインザ。
あぁーー〜クソ。
急ぎで予期せぬ渋滞にはまる苛立ちと、この歳で弁当を作り忘れた母親に文句言うみたいな構図が最悪だ。
「はぁ……ウインザさん。頭を下げさせて申し訳ないけどこっちも色々面倒な状況で、それより今は協力をお願いしに来たんですよ」
「協力?」
「戦う力の無い女性が2人、丸腰でフラエの森を彷徨っている。だからヒロ君を預けた件は後回しにさせてもらいたい」
瞬時に目付きを変えたウインザ団長は、ミレインと目を合わせ頷き合う。
「話しを聞こう。ココワ、地図を」
「はい旦那様」
「ミレイン。お前は本部へ行き臨時捜索隊を編成しろ。それと衛都にイグアスもだ」
「了解しました」
「団長。唐突で不躾な私の請願に対し、迅速なご理解ご協力を賜りましたこと、心より感謝を申し上げます」
side八参
やや不穏な雰囲気から始まったシロさんたちの再会だったが、今は奥の卓へと移り、広げられた地図を前に指差し合って話し込んでいる。
「ドーぞ。シロサマからデス」
そんなやり取りを遠目に見ていると、ザ・侍女って格好のココワって子が、少し下手くそな日本語で目の前に茶菓子を並べてくれた。
「ありがとうございます」
「あんがとね〜パクっ、モグモグモグ」
芋?栗?
口に広がる中々の味にグーサインを送ると、ココワは淑やかに礼をして数歩下がる。
「ズズズ〜ーゴクっ。けど改めてシロさんってスゲェよなぁ。あんな鬼みたいな大公?ゆかりのエラいさんにも認められてるし、こうやって待ってる俺らへの気遣いも忘れねーし」
「名前の通り真冬の雪みたいな人。だからどれ程身を削ったんだろう……、痛みも傷痕も、降りしきる雪で覆い隠して」
「ヘェ、お前でも詩的こと言うんだな。なぁさ、運命とか信じる?」
「何?急に」
「いいから答えろよ」
「……そう言うの否定派だったけど、今は何とも。けどそんな言い方だと論者なワケ?キャラ違うでしょ」
" 飲んだっ、飲みやがったぜコイツワハハっ。オラ、美味いだろ?俺のはよ。これでお前も理解したよな?次逆らったらコレじゃ済まさんぜ?"
「ー〜っ…ン、ゴクっゴクっゴクっぷうっっ‼︎ けどよぉ」
喉奥に指を突っ込んで来るクソな思い出を、まだ熱い茶で強引にはね退ける。
「人間最下位にまで落っこちた俺が、全てに置いて行かれた俺がだぜ?脇役でも端役でも新しい居場所をもらって、こんな真っさらな世界を今更浴びられるなんてのは、もうソレしかねぇだろ?」
「ヤマ、どうした?キモいよ」
「ハ…だよな」
" 毎日ちょっとした物を買って食べたり、夜更かしをしたり少し寝坊をしたり…とか、そんな当たり前の家を捨て去って、土砂降りの雨の中へ誰が飛び出せる?着の身着のまま他人の為に "
他人は他人。
よその不幸なんてミリ以上触れたくもねぇから離れて避ける。
それに…
「そう思うお前はよ、やっぱぁそっち側なんだって」
「そっち側って?」
「メインストリート、選べる側。だからそっち側にとっては普通なんだよ。俺らみたいのが感じる特別なタイミング。運命って呼びたくなっちまう様な、ラッキーで恵まれた出来事がよ」
「私は違う。今の仕事だって自衛軍編成時に拾われただけだし。どこか惰性と言うか、言われるがままの毎日に流されていただけ」
「オリンピックに選ばれてもか?」
コイツはシロさんが扱いが難しいと言ったコンパウンドボウも、すぐに使いこなして見せた。
「それは少し恵まれた才能ってだけ。アンタにも有るじゃん、歌」
「自己完結出来ねー能力なんて、ここじゃ何の役にも立たねーけどな」
いや、何でこんな話しになってんだ?
グチるつもりなんてこれっぽっちもねーのに。
「それを言うのなら、自分より大きな相手にも怯まない、決して勝てない相手にも屈さない、当たり前さえ奪われる10数年でさえも折れなかった、アンタの強さの方が余程スペシャルだよ」
「……ぉ、お前こそキメぇぜ。つか警察だろ?犯罪者褒めてんなよ」
「言ってろ。だからアンタの資料も読んだ。でも警察組織にいるからこそ私らは、一般的な職種の人達よりも色々な考えや思いを持っている。逮捕権と言う公権力を扱う性質上、そういう感情を表には出せないっていうだけで」
「そりゃ〜失礼しました。けどそうは言っても俺なんてよ、厄介事の星ってヤツに見込まれた厄介者でしかねーよ」
「でもだからこそ強い」
「アホか、そんなモン結果だ。たまたまやり過ごせたってだけ。ムショじゃ人格壊れるヤツ、自殺するヤツだってゴロゴロいんだ」
「ねぇ、シロさんってチーフの事好きだと思う?」
「また何だよお前…突飛過ぎんだろ。そもそも俺はオモロいこと言うタイプじゃねぇっての」
「アンタに品のあるユーモアなんて求めてない。お互い様の暇つぶし」
「……多分そう言うのじゃねぇと思うぜ。聞いた通り、あの人は全てにおいて自分基準だからな」
「分かるよそれは。けどそのもっと奥の部分でさ、一緒に居て何か感じなかった?」
「言っても数日の付き合いだかんなぁ…、けど根本が違う気がすんぜ。多分あの人は女とかってのは二の次で、人としてって所を重視する。だから真黎さんのことは認めてるけど、異性の好きとかは無いだろーな、まだ」
「ヤマさ、ホントにシロさん好きなんだね」
「恩義感謝敬意。そんな色々が合わさって心服してんよ。思い出してみ?操られた九鬼のおっさんがいきなり野木をブッ飛ばした直後を」
そう言うと、男女は考え込む。
俺も含めて誰もが唖然と固まる中、無防備な真黎さんの首元へと迫る凶刃。
一瞬の躊躇なんて許されない中で、シロさんだけがアレに反応し、自らの腕を差し込んだ。
「…流石に今回は、私達の真黎さんでも分が悪いか。ねぇヤマ?アンタはさ、異性を本気で好きになったことってある?」
「無い」
「そっか。私もなんだよね〜」
「いやいや待て、一緒にすんなよ。俺の場合は青春がスッポリ無くなっただけだからな」
「青春か。普通に笑ったりとか出来なかったし、どっかおかしいんだろうね」
「まぁ、お前見るからに面倒クサそうだもんな。その化粧っ気のなさをどうにかしや、目つきもちったぁ変わんだろーに」
こうやって接していると、コイツは首も長くスタイルはかなり良い。
「よく言われるけど自眉もあるから面倒なのよ。殊更可愛く見せる意味とか分からないし」
「そんなもん普通は条件の良い男掴まえたいからだろ」
「だね。でも、その収入は私の物じゃないし、私が目指す物でもない。だから私は最終、分厚い秘密保持契約でパートナーも持てない仕事を引き受けられたし、そんなだったからこそ今、私はこうしてここにも踏み出せた。って感じてるようだとさ、とてもアンタを笑えないわね」
「ハっ、確かにな。お前も俺も、シロさんも、世間一般よかあっちこっちにズレてっから、ここに来られたんかもだなぁ」
「フフ、宇実果が気に入ったのも少し分かった。じゃあヤマは今回が初恋になりそうだね」
「初恋?松宮姉のことかぁ。確かに乳もデケェしムラつく女ではあるけどよ……どうなんだろうなぁ」
「お前、やっぱゲスい」
まっ、助けられたって点で言えば同じなんだけど、それを言っても感謝はしてるだとかとかで流すんだろうな、情緒の薄いコイツじゃ。
でもって気付いてねぇんだろーよ。
「何ニヤついてんの?」
「あ?別にぃ」
病院出てからこっち、まるで殻でも破ったみたく、話し方から表情から随分豊かになってんことに。
そんな風に話し込んでいると、やがて息を切らしたあの娘が戻って来て、俺達は別の部屋へと案内される。




